第605話 部隊訓練の決着
120対120のチーム戦が始まる前に、俺達は各部隊に分かれて作戦会議をしていた。それぞれに1時間ほどの作戦会議の時間を設ける事にしたのだった。笛が鳴ったら戦闘開始の合図だった。
「この布袋は一人5個ずつですか」
「そうだ。無くなったら落ちているのを拾ってもいいが、一度ぶつけると染料が抜けるから使い物にならないと思っていい」
「わかりました」
細かいところをルブレストに確認する。
「全員が能力は使わない。体一つと森にある物だけが使えるが、ラウルは魔人だから魔人にしか布袋は当てられんぞ」
「それは大丈夫です」
「ラウルがこちら側に来た事で、ザラムが手を抜くとか内通する事は無いのか?」
「あり得ませんよ。と言うか私が既に命令してますから、俺を相手にして絶対に手を抜くなと。念話を繋げることも許さないと言ってあります」
「魔人はラウルの言う事は絶対だったか」
「そうです」
「いつもとだいぶ空気が違う。魔人達が鬼気迫っている感じだな」
「そうなんですか?いつもこうじゃないといけませんね」
俺はチラリと魔人達を見る。
「まあ人間相手に、やりすぎちゃ困るからな」
「まあ、そうですか」
「あとはラウルに良い所を見せたいんだろう。ずいぶん張り切っているようだ」
魔人達は俺と同じチームになった事で士気が高まっているようだった。確かに体内魔力の高揚が見られる。だが相手チームも俺を相手に手を抜いたらダメとザラムに言われているので、手はぬいてこないだろう。
「ラウル。ぜひ兵士たちに新たな戦術を教えてやってくれ」
「分かりました」
「精霊神様はどういう能力をもってるんだ?精霊を使わなければ力は人並みか?」
「いいえ。あいつは私と同等かそれ以上の戦略家です。気は抜けませんよ」
「わかった」
そしてルブレストは待機している兵士たちに呼びかけた。
「今日は我は指揮をせん、魔王子であるラウル様が皆に教えてくださるようだ」
「「「「「「は!」」」」」」
「ありがとうルブレスト」
俺は魔人と兵士の混合チームの中に進み皆の顔を見渡す。どの顔も気合が入っており、勝利を信じて疑わないようだ。
「小隊はいつも何隊ずつになっている?」
俺のチームには人間兵のターフがいた。ターフに向かって聞く。
「10です」
「では20に分ける」
「はい」
「1小隊ごとに役割を決めていくから、それぞれの得意分野にあっていると思う隊を選んでくれ」
皆が頷く。
斥候3隊
罠2隊
盾4隊
遊撃2隊
主力8隊
おとり1隊
声に出すとバレてしまうといけないため、地面に書いて知らせる。皆がうんうんと頷いていた。
「別れろ」
するとそれぞれが判断して各部隊に分かれていく。本来ならば一人一人見極めて俺が分けていきたいところだが、今日は初めてのため自己申告で分かれてもらうしかない。
「終了です」
ターフが言って来た。
「よし。少し偏りがあるようだ、俺がそれぞれの隊に振り分ける」
「はい」
魔人と人間をバランスよく混ぜていくが、斥候には魔人を多く配属させた。
「これから口に出さなくてもいいように合図を教える、みんな急で申し訳ないが頑張って覚えてくれ」
俺は皆にハンドサインを教えていく。言葉を発すれば場所を感知されてしまう可能性が高いので、なるべく言葉を発さないように指示をした。サインは10個で、すぐに覚えられるのは恐らくこれが限界だろう。
進め
隠れろ
屈め
退け
追え
敵注意
攻撃
防御
右に回り込め
左に回り込め
皆が俺と同じジェスチャーをして理解するようにする。20に分けたチームを半分に分けて左右に配置し中央におとりを置いた。斥候、罠、盾、遊撃、主力、おとりそれぞれに自分たちがどう動くべきかを説明していく。
それだけで1時間はあっという間に過ぎてしまった。
「まもなくだ」
ルブレストが言う。正直時間が足りないと思ったが条件は相手も同じだった。
「どうですかね?」
「配置から今までの訓練とは全く違っている、これだけ細かく分けて大丈夫なものなのか?」
「エミルの考えも考慮してのことです」
「なるほど、読み合いをしているというわけか」
「そう言う事です」
「わかったラウル。大将を殺さんでくれよ」
ルブレストが笑いながら言った。
「お任せください」
ピィィィィィィィ
笛の音が聞こえて来た。戦闘開始の合図だ。俺は斥候部隊に混ざって先行する。本体や他の部隊は時間をずらして動いてくるため、まだ後方に待機していた。
「さてと」
エミルも何か必ず策を弄してくる。その策を読みきった方が勝つだろう。
《そろそろ罠部隊とおとり部隊が動いている頃だ》
俺がなぜ魔人を斥候に多く起用したのか、それは森と言う地の利を生かして木の上を移動できるからだ。もちろん敵に読まれている可能性もあるが、高い場所の方が早く索敵出来る利点がある。すると森の向こうに動きを感じた。止まれ、のサインを出してもう一つの斥候の部隊を止め、注意のサインを出して敵に注意するよう促す。
そして俺達の後方からゆっくり近づいて来る、自軍のおとりの部隊にサインを送って進軍を止める。森の木々は葉を落としているため見通しはそれほど悪くはない。こちらからも敵の動きがちらほら見えるようになってきた。まだまだ布袋を投げて届く距離ではない。
《計画通りなら、罠部隊が近辺で草を結んだり枝を結び付けたりと、罠を仕掛けているはずだ。おとり部隊を広げるか》
俺はおとり部隊にサインを出して、左右に広げた。10人しかいないのだが広がった先で、草や木を揺らすように指示を出している。そこに部隊がたくさんいるように見せかけるためだ。恐らくおとり部隊を斥候だと思うだろう。
敵の動きが止まった。どうやらこちらのおとり部隊を見つけたようだ。
《引っかかってくれるかな?》
ザザザザ
どうやらおとり部隊を見つけた敵部隊は、左右に割れて挟み撃ちにする予定らしい。
…だが思ったより人数が少ない。
《間違いなく、こっちの出方の様子見をしているな》
まだ動けない。
後退!ハンドサインでおとり部隊を後ろに下げさせる。俺達斥候部隊は本体から離れ、前線に取り残されてしまった。木々の上でじっと息をひそめて敵の動きを注視する。
敵の動きが完全に止まった。完全に読み合いになっている。
《しかたない揺さぶりをかけてみるか》
俺がハンドサインで後方のおとり部隊に伝え、そのおとり部隊から更に後方の遊撃部隊へとハンドサインを繋ぐ。
《敵の先行部隊はおとりだろう。左翼に展開したおとり部隊を確実に仕留めよう》
10人の遊撃部隊2部隊で、左翼のおとり部隊を急襲させる。一気に走りつめ少ないおとり部隊に襲い掛かった遊撃部隊は、あっという間に敵のおとり部隊を仕留めた。
《左はおとなしくなったな。自分の軍がどれだけ被弾したかな?》
無線も念話も無いため、実際にどのくらいの被害が出たかは分からない。残った自軍の遊撃部隊が予定通り後方に下がっていくのがわかる。だが敵は俺達を休ませてくれなかった。一気に40名ほどの部隊が右翼から中央のおとり部隊へと襲い掛かったのだった。こちらのおとり部隊はあっという間に一掃されてしまう。
《だが…敵は木の上の俺達には気が付いていないか。しかしおとり部隊を中継してのハンドサインが後方に通らなくなってしまった…》
俺達は本体から完全に孤立してしまった。だがここまではある程度想定内だ。
敵の先行部隊が奥に進み罠地帯に突入していく、するとそれに合わせるかのように更に奥から敵の本体がやって来た。俺達の下を気が付かずに通り過ぎていく。
《よし。気が付かずに過ぎてくれたぞ》
過ぎ去った敵部隊が奥に進んだので、斥候部隊の一つを下に下ろす。俺の部隊だけは木の上に居てさらに先行していくのだった。地面を這う斥候部隊は新たに作ったおとり部隊だ。彼らに気を取られて木の上に気が付かれないようにする。
《遊撃隊が後ろに回ったか》
俺の作戦通り敵本隊の後ろにそっと遊撃隊が回り込んだ。あとは合図とともに後ろから攻撃を仕掛けたと同時に、盾部隊を前にした本体が一気に挟み込む作戦だ。
「うおおおおおお!」
「くそ!やられた!」
「こっちも被害甚大」
「魔人め!除けやがる!」
「はさめはさめ!」
「盾で防がれるぞ!」
後方からは兵士たちの声が聞こえ始めた。乱戦になってハンドサインなどやっている場合じゃなくなっているころだ。
《よし!行くぞ!》
下を歩く斥候部隊にハンドサインを出して急ぎ先に進める。それと同時に俺達も木の上を渡るように進んでいくのだった。
《見えた!》
俺達の視線にザラムの姿が見えた。そして数十名の防御部隊がおとりの部隊を待ち構えている。下の奴らは俺の指示通り派手に動き回り敵を攪乱していた。両部隊なかなか敵に当てられずにいるようだった。
《あれ?エミルとエリックがいない?》
俺が確認してきた中には、エミルとエリックはいなかった。だが今更そんなことをかまっている暇はない。俺は木の上を移動し、そのまま椅子に座るザラムを通り過ぎて後方に降りる。敵の防衛隊はおとりの斥候部隊と乱戦になっているので、俺達を阻止する事は出来なかった。数名がどうにか戻ってくるが、俺の隊の他のメンツがそれをおさえて、俺とザラムの間を塞ぐ者は何も無かった。
「もらった」
シュッ
パフ
ザラムの頭が真っ赤に染まる。
ピィィィィィィィ
ピィィィィィィィ
「勝った!…」
と思った瞬間。
「ん?向こうでも笛が鳴らなかったか?」
どうやら俺がザラムに当てた瞬間に、審判が勝利判定の笛を吹いたのだが、同時に俺の陣地でも笛がふかれたようだった。
「はーっははははっ!ラウル様どうやらおあいこの様ですぞ!」
ザラムが嬉しそうに笑った。自分の軍が負けたと思った瞬間に、向こうでも笛がふかれたのでテンションが上がってしまったらしい。
「くっっそぉぉぉぉ」
間違いない。エミルだ…あいつが何かを企んだんだ。この勝負大将さえやれば、自分の隊にどれだけ損害が出ても勝ちだと思っていた。それで俺が無傷でザラムの下にたどり着いたら勝ちのはずだった。だがエミルも同じことを考えていたようだ、何らかの戦略を用いてルブレストにたどり着いて袋をぶつけたという事だ。
そうして部隊戦はあっという間に終わってしまった。もっと長期戦になって数日かかるかと思っていたが、俺もエミルも短期決戦を挑んだのだった。
・・・・・・・
そして全員が魔人軍基地の演習場に戻って来た。
「あーはっはっはっはっ!」
ルブレストがザラムを指さして笑っている。
「だーはっはっはっはっ!」
ザラムもルブレストを指さして笑っている。
どちらも顔から上を真っ赤に染めているのだ。確かにおもしろいっちゃおもしろいが、俺とエミルは笑っていなかった。自分の戦略が上だと思っていたのに、全く同じ結果となってガッカリしている。
「木の上かよ」
「さらに外って、確かに範囲は決められてないけど」
「魔獣を避けて走った走った!」
「どおりで見かけない訳だよ」
「開始と同時にマラソンだ」
「エリックも良くついてったね」
「精霊神様の露払いの為です。日ごろの鍛錬が物をいいました」
「まいったよ」
「こっちの台詞だ」
実戦を模した訓練なので、多数の犠牲を払う事は本来の戦いの練習とは言えない。これは人が死なない色付きの袋を使った訓練だったので、部隊を犠牲にした戦いを思いついたのだった。
俺達はルブレストとザラムの下に行く。
「ラウル!よくも俺を染めてくれたな!」
「す、すんません」
「精霊神様も我を勝たせてくださるのではなかったのですか!」
「ごめんなさい」
頭を真っ赤に染めた二人に怒られてしまった。二人ともにやけ笑いながらだが…
「しかも部隊に多大な犠牲を出して、実戦なら半数が死んだぞ」
「はい、ごめんなさい」
「そうです。あれだけ人間を守れ守れとおっしゃっているのにどういう事ですか?」
「おっしゃる通りです。ごめんなさい」
だって、敵の大将を討ち取れば勝ちって言ったじゃん!俺とエミルは心の中でそう叫ぶのだった。やはりサバゲのおとり理論は、実践の訓練では使っちゃいけない事を思い知る事となる。