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第604話 森林部隊演習

人間対魔人の組手訓練が終わり、あちこちで話し合っていた魔人と人間達が一か所に集まっていた。ケガ人はポーションを使って治療をしている。体力の消耗が激しかったのか、まだ立ち上がれないものもいるようだ。


「あれはグラドラム産のポーションですかね?」


「いや、あれは王都近郊の村にいるモネという薬師が作った物だ」


「ああ、グラドラムの薬師デイジーさんの弟子だと言ってました」


「なるほどな。あれはなかなか質のいいものを作る。薬草の採取にあたって、浅い森なら子供達でも安全に入れるようになったのも大きいな。魔人達が森の管理をしてくれているおかげだ」


「いい形で支援出来ているようでよかったです」


「感謝しているんだ」


俺とルブレストが兵士たちを見渡しながら話をしていた。そろそろ兵士たちの治療も終わったようで、立ち上がって体を動かす者も出て来た。その中から1人の男がこちらに歩いて来る。


「ありがとうございました」


エリックだった。


「エリック凄かったね」


「負けてしまいましたが」


エリックが負けた相手は一次進化を遂げたオーガの魔人だ。普通の人間なら瞬殺されるところを、1対1の戦闘訓練で長い時間抵抗していた。


「いや、進化魔人の強さは俺も知っている。あれだけ抵抗出来るならかなりのものだと思うよ」


「攻撃が通らないうちは実感できませんね。私の攻撃は紙一重ですべて躱され、反対に防戦一方の内容でしたから。この盾を見てくださいよ」


エリックが差し出した盾は、ほとんど原型をとどめていなかった。それでも凌ぎきったその技術に敬意を表したい。


「よく腕が折れないね」


「ルブレスト様に気の扱いを教わりました。まだまだではありますが、防御の瞬間くらいは気を操る事が出来ます」


「そうなんだ。一瞬で判断してそうやってる?」


「そうなります」


「いや、その技術自体が凄すぎると思うんだけど」


「常時気が使えるようになりたいものです」


エリックが真剣な顔で言う。


「何度か相手に、攻撃があたっていたと思うけどね」


「斬れねば意味がありませんよ」


「盾が無ければ怪我くらいは負わせられたんじゃないかな?」


「戦場であれが無ければとかあれがあったら、なんていう道理は通じないでしょう?」


「まあ確かに」


エリックはそう言うが、今の力量は数年前に俺達と出会った時と比べればはるかに強かった。今のエリックならあの時に仲間を失う事も無かっただろうし、敵兵を一掃する事も可能だったかもしれない。だがエリックの言う通り、あの時ああだったらなんていう甘い言葉が通じないのが戦場だ。結果がすべてなのだ。


「私はあなた方を助けようとして逆に助けられてしまった。その時に仲間も失ってしまいました。今度誰かを助けるような機会があった時には、同じ轍を踏まないと誓ったのです。死んだ仲間に」


「そうなんだね」


「鍛えても鍛えても、鍛え終える事など無いと悟りました。まだまだやらねばならない事があると思っていたところ、ルブレスト様の隊に入れていただき今に至ります。ルブレスト様の教えと魔人との訓練は自分の能力を格段に引き上げました。私は感謝しかないのですよ、あの時ラウル様達に出会った事に」


エリックの言葉は重い。仲間を失い守護対象だった俺達から救われてしまった経験が彼を変えた。ここまで自分の能力を引き上げるのは、並大抵の努力では無かったはずだ。


「エリックは凄いよ」


「精進します」


エリックが精悍な顔つきで答え、一礼をしてその場を離れていく。


「どうかな?ラウル」


ルブレストが聞いて来る。


「ええ。エリックの能力を格段に上げた原動力は、彼の想いに他ならないのですね」


「人間が強くなるというのはそう言う事だ」


そしてルブレストの言葉に物凄く納得がいった。


「そうじゃな、ラウルよ。魔人が進化するように、人間もまた進化をしとるのじゃよ。グラムがあれほどの強さを誇ったのは、イオナ嬢とおぬしの存在に他ならないのじゃ」


「肝に銘じます」


俺はこの二人にまた教えられた気がした。そしてその想いは確かに俺の中に息づいている。グラム父さんの想いを確かに引き継いでいるのだ。おそらく俺が魔人として覚醒したのも、その想いがあったからこそだ。エリックという一介の冒険者を、進化魔人と渡り合えるほどまで引き上げる。想いという力の凄さを思い知ったのだった。


「これを見てくれ」


ルブレストが俺にポーションの瓶を差し出した。先ほど人間達が治癒の為に使っていた物らしい。


「さっきのポーションですか?」


「そうだ。言わばラシュタル製だな」


ポーションを見ると、その薄い赤色の液体は澄み渡っていた。これを作った人の仕事が凄く丁寧だと分かる。


「綺麗ですね」

「とても良い出来栄えじゃのう」


「それがモネと言う女が作った物です」


「デイジーの弟子と言うだけあるわい」


「モーリス先生、あの戦いの時に王族や貴族が殺されました。ところがどうにか逃げ延びた貴族もいたようなのです。サン村にたどり着いてさらにどこかに向かったようなのですが、その時にモネはこのポーションをこっそり渡していたらしいのです」


「それで救われた者もおるじゃろう」


「ええ。ですがモネはその時のポーションの出来栄えでは、救えない命もたくさんあったと考えていたそうです。その想いを胸に必死に純度を上げて、もっとたくさんの人を救いたいのだと言っておりました。師匠の完成度に比べれば自分はまだまだなのだと」


「なるほど…」


「今も研鑽を積んでいる事でしょう」


俺達もその薬師には一度会っている。やはり彼女も強い想いを抱いているらしい。


「ファントム」


「……」


ファントムが俺の側に立つ。


「ハイポーションを出せ」


ファントムの手のひらがボコっと盛り上がり、ポーションの小瓶が出て来た。


「ルブレスト、これはそう多くは作られてません。これをモネさんに会う時に渡してもらえないでしょうか?かなり参考になると思います」


「これは見事な…」


ルブレストはその淡く光る赤いポーションに見とれていた。


「グラドラムの最高傑作のひとつだと思います。デイジーからだと伝えてください」


「わかった。その想いと共に必ず届けよう」


「お願いします」


俺達が話しているところにザラムがやってくる。


「お話し中すみません。次の訓練に移る準備が出来ております」


ザラムに言われて、兵士たちの方を見ると再び綺麗に整列していた。だが今度は人魔バラバラに整列するのではなく、魔人と人間の混成部隊ごとに並んでいるのだった。


「ラウル。今度は部隊戦だ、森に場所を移す事になる」


ルブレストが言う。


「わかりました」

「ふむ」


「ならばカティとティファは基地に残った方が良いんじゃないかな?」


「いいえ。ついてまいります」


「私も私の騎士たちが、どのような訓練をしているのか見るのは今日が初めてなのです。ぜひ連れて行ってはくださいませんか?」


カトリーヌとティファラは行きたいそうだ。


「それなら…」


念のため一人護衛を増やすか。


《ミリア》


《は!》


《来い》


ドン!


基地内の状況を視察していたシャーミリアが、瞬間的に俺達の側に現れる。


「くっ!」


ルブレストが歯を食いしばった。


「とんでもねえ」


言葉遣いが荒くなって、うっすら額に汗を掻いていた。


「ルブレスト、森に行くのならティファラ様に護衛をつけます。シャーミリア!頼んだぞ」


「かしこまりました」


「ふっはははははは」


ルブレストが笑う。


「どうしました?」


「この地上にこれ以上安全な場所があるだろうか?」


「ああ、そういうことですか」


「どんな地獄でも彼女となら笑って歩めるだろうよ」


「はい。これまでどんな地獄も切り抜けてきました」


「配下を大事にしろよ」


ルブレストが言う。


「はい」


「いいえ…私奴は大事になどしてもらわなくてもよろしいのです」


俺の返事と同時にシャーミリアが答えた。


「いや。ルブレストの言うとおりだよ、シャーミリアは俺の大切な仲間だ。お前のおかげで俺はどこへでも行けるんだ、これまでもずっと俺の盾になってくれたじゃないか。これからもよろしく頼むよ」


「…い、いえ。ああ‥‥はあ…はあ…」


ペタン


シャーミリアが座り込んでしまった。


「えっ!」


ルブレストが目を見開く。いつもの褒めた時に起きる、あの発作が起きてしまったようだ。


「えっと、大丈夫です。シャーミリア!ほれ!」


俺が言うとシャキンと立った。


「失礼いたしました。お褒めの言葉ありがとうございます!」


「ああ。とにかく彼女を頼む」


「は!」


ザラムとルブレストを先頭に、俺達が森の中へ入って行く。その後ろを長蛇の列を作って兵士の混合部隊がついて来た。静かな森で魔獣の姿が一切見えない。まるで前世の森を歩いているかのようだった。落ち葉が濡れて足をとられるようだが、北の森らしく雑草が無くて進みやすかった。


「ずいぶん静かな森だなエミル」


「ああ。何というかオージェが側に居る時みたいだ」


「だな」


「小型の魔獣もいないだろう?魔人基地からかなりの距離まで行かないと出てこないんだ」


ルブレストが言う。


「ザラム。上手く間引きが出来ているようだな」


「訓練の邪魔になりますから。もちろん北に深く潜れば大型の魔獣は出ます」


「上出来だ」


あんまり魔獣を根絶やしにしてしまえば、ラシュタルの食卓事情が悪くなってしまう。基地周辺だけであれば問題は無いだろう。


「ではそろそろ始めるか」


ルブレストが言う。


「そうだな」


ザラムが答える。


「これから何をやるのじゃ?」


「はいモーリス様。人間と魔人混合部隊の部隊戦闘訓練です。ザラムの提案で始めたものです」


「それは興味深いのう」


「恩師様。我とルブレストがお互いの軍の司令官となり対戦を行います」


今度はザラムが中身を答え始める。


「内容は?」


「二つの軍の大将である我かルブレストに、これをぶつけられたら終わりです」


ザラムが手に何かを持っている。


「これは?」


「ルダートーマという実からとった染料を布で包んだものだ」


今度はルブレストが説明してくれた。それは白い布で包まれた丸い玉だった。


「ちょっと見ててくれ」


ルブレストがその布の玉を近くの木に投げつけた。


バフッ


当たったところには赤い染料が飛び散った。俺とエミルが顔を見合わせる。もちろんそんな感じの物を見たことがあるからだ。コンビニなどに置いてある防犯用のカラーボールだ。


「それを大将が当てられると終わりって事ですか?」


「そうだ。大将は最初に決めたところから動く事は無い、兵士は敵の侵入を阻止し大将を守る事と、攻め入る事を同時にしなければならない」


再び俺とエミルが顔を見合わせる。


これは…


「えっと大部隊が相手の攻撃や防御をかいくぐって、大将にこれをぶつければ勝ちって事ですよね?」


「というわけだ」


「面白い!」

「面白い!」


俺とエミルの声がそろってしまった。これは模擬戦だ!サバゲ―だ!この大森林をすべて利用したサバケーだ。なんて面白い事をしているんだろう。


「他に決まりごとは?」


「魔人は素手で人間は盾を持っている。森にある物は使ってもいいが武器は使わない。そして各部隊に魔人か人間のどちらからでもいいので、隊長を選出し小隊ごとに役割決めをする。そして大将だけではなく、この赤袋を当てられた者は戦闘から外れてもらう。体のどこかに染料がついたら負けだが、人間は盾で防ぐことができる」


「なるほどです。魔人は攻撃してくるのですか?」


「魔人は魔人にだけ、人間は魔人と人間に攻撃をしてもいい決まりだ」


「他には?」


「と言ったところだ」


「それは面白いですね」


「ラウル様。これは魔人国にてラウル様が我に教えてくれた訓練を、更に改良したものです。もとよりラウル様の思案した物なのです」


やっぱり。


「いいよ!これはいい!」


「ありがとうございます」


「ずいぶん細かく聞くんだな?」


「えっと、俺とエミルも参加ししたいです!お互いを分けて両軍の部隊に配属希望です!」


「ラウルと精霊神様が?」


「ダメですか?邪魔なら見てますが」


「面白い、これも何かの学びになるだろう。それなら二人でどちらの軍に属するか決めてほしい」


「私はルブレストにつきます」


俺が言う。


「だな、意思の疎通が完璧なザラムさんとじゃズルい」


エミルが答えた。


「そう言うわけです」


「なるほど。じゃあそう言う事で始めようか?」


「やりましょう、先生とカティとティファラはこのあたりに居てください。テントを用意しますのでそこで休むといいでしょう」


俺は直ぐにテントを召喚してエミルと一緒に設置する。5人くらいが入れる簡易テントだ。


「あと、カティはこれを使えるよね?」


俺はそこに小型偵察ドローンブラックホーネットとモニター及びバッテリーを用意する。


「何度か練習しました」


「ラウルよ、至れり尽くせりじゃのう」


「退屈でしょうから、寒いですしテントの中で鑑賞しててください」


「わかったのじゃ」


「それじゃあミリア、3人を頼む。ファントムもな」


「かしこまりました」

「……」


「では先生!期待していてください。私がルブレストを勝たせます」


「なにを、俺がザラムを勝たせるさ」


俺とエミルがバチバチだった。お互い前世のサバゲを思い出しつつ、既に頭の中は戦術を練っているに違いない。南の地ではオージェとグレースが頑張っているというのに、俺達はラシュタルでサバゲ…良い身分だ。


《いや、これも戦闘訓練の一環だ》


昂る自分の気持ちを誤魔化すのだった。

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