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第603話 ラシュタル総合武力演習

人間の兵士たちが基地に来ると聞き、俺達は訓練場にテントを張って待っていた。俺と先生、カトリーヌとティファラの4人以外に、エミル、ファントムがいる。エドハイラとケイナは、マリアから料理を教わりたいと言っていたので一緒にキッチンにいるだろう。シャーミリアとマキーナとアナミスは基地内の視察に出ていた。


「昨日はお酒、自制されてましたね」


「ラウルよ、他国の王様の前で深酒をすると思うのかの?」


「えっと、そう言う事もあるかと…」


「ふぉっ!ラウルも言うようになったの?」


「いえ、あの」


俺が先生に目でちらちらと合図を送る。その先には、前回深酒した時にモーリス先生を怒ったカトリーヌがいる。カゲヨシ将軍やサイナス枢機卿という重鎮と一緒に、派手な酒盛りをした事実があるのでカトリーヌの信用は無い。


「そ、そうじゃな!やはり飲みすぎは良くないのじゃ!」


「ですよね」


カトリーヌはニッコリと笑った。


「なんだかカティはとてもしっかりしているのね」


ティファラがおもしろそうに言う。


「そうでもないのだけれど、この二人は私の知らないところで庇い合って誤魔化すのよ」


う、鋭い。


「カトリーヌよ!そんな事は無いぞ!のうラウルよ!」


「そうです!先生の言うとおりだぞカティ!俺は誤魔化してなんていない!」


「えっと…二人とも何故そんなに狼狽なさっているのです?」


ティファラが笑いそうになっている。


「ティファ。何か怪しいのよね、この二人」


「でも大賢者様と魔王子を捕まえてそんな事を言えるなんて、カティも相当のものよ」


「えっ!まあ、それは…」


「ふふっ。でもねカティ、きっと男という生き物はいくつになってもそういう物じゃないかしら?ルブレストや兵達を見ていてつくづく思うの」


《おお!いつの間にかティファラが王様のように寛容になっている!てか王様だった!》


「ティファも苦労しているのね」


「仕方がないわ、彼らが国を支えてくれてるのだから」


「確かに責任重大ですね、陛下」


「やめてカティ。未だに私が女王なんて信じられないんだから」


「でもティファは偉いわ。私も見習わないとね」


「お互い頑張りましょう」


「ええ」


やはりここは仲がいい。幼少の頃からの心の絆が強く感じられる。


「ラウル様、兵が来ました」


ザラムがテントの外から声をかけて来た。


「おう!早いな」


なんとなく変な空気になる前にすぐに外に出る。テントの外は寒風が吹いていた。天候は悪くはないが人間にとってはだいぶ寒いだろう。


「こちらです」


俺達がザラムについて行くと向こうからルブレストに引き連れられ、防寒具を着込んだ人間の兵隊たちがやって来た。前に見た時よりだいぶ厳つくなった感じなのと、明らかに動きが洗練されているようだ。


「モーリス様。お待たせしました」


ルブレストが先生に軽く会釈をする。


「僅かな時じゃ」


モーリス先生は気にするなと言うようにひらひらと手を振る。


「ラウル様!」


先に来た兵の1人が俺に声をかけて来た。


「エリックさん!」


「エリックと呼び捨てでお願いします!」


「いやいや、だって…」


「お願いします!」


めっちゃ気合入っている。エリックもどこかワイルドな感じになっている。彼は冒険者の時に、俺達家族を助けてくれようとした命の恩人だ。


「エリック!元気そうだね」


「は!ルブレスト様の下でいろいろと学びました」


冒険者だったころのエリックより、だいぶ兵士らしい装いになっている。


「エリックは部隊を率いる大隊長だ」


ルブレストが言う。


「大隊長!凄い!出世だね、エリック」


「は!魔人の方々に鍛え上げていただいたおかげです」


なんか冒険者の時のエリックしか知らないので、こんな感じに言われるとむず痒くなる。


「ラウル。今のエリックはだいぶ凄いぞ」


「ルブレストが言うならそうなのでしょうね」


「私などまだまだです」


エリックはそう言うが、この外見と雰囲気からしてだいぶ強くなった雰囲気を感じる。


「あと、コイツは知ってたかな?」


ルブレストが呼ぶ。すると奥の方からエリックより少し背が高く、顔の四角い茶髪短髪の男がやってくる。


「ターフ」


「ありがとうございます!私を覚えていて頂いたのですね!」


「もちろんだ。ミナとサラは元気にしているのかな?」


「元気です。ティファラ女王のおかげで、仕事も頂けており元気に暮らしています」


「よかった」


ターフとは以前ラシュタル王都開放作戦の時に、都内のローラー作戦で協力してもらった男だった。もちろんその顔は覚えている。


「まもなく全員がそろう」


兵達は後から後から途切れることなく丘を登ってくる。その足取りは疲れを感じさせぬ勢いがあった。全員がそろうのに10分くらいかかり、訓練場には200名ほどの兵士が整列した。


「増えましたね」


「数十名から鍛えてきて、ようやく200だ」


「よくぞここまで屈強な兵をそろえたものです」


「それが魔人達のおかげなんだ」


「鍛えてもらったという事ですか?」


「そう言う事だ」


明らかにここにそろっている兵士は、全員が歴戦の猛者のような顔をしている。実戦の経験なんて無いと思うが、何でこんな顔つきになっているんだろう。


「みんな!聞け!」


いきなりルブレストが大きい声を出した。


「こちらにいるのが、魔人国王子のラウル様だ!今回は我々の視察に来てくださったのだ!お前たちの実力を示して、ラシュタルは大丈夫だと安心させてやれ!」


「「「「「「「「は!」」」」」」」」


兵士たちの返事は森中に響き渡る。腹の底から声を発さないとこうはならないだろう。びりびりとした空気にカトリーヌもティファラも顔をこわばらせた。ちょっと恐れをなすほどに、その声の力は凄かった。


「そして今日のこのラシュタル総合武力演習を実現できたのは、我らが王であらせられるティファラ様のおかげだ。その盟友であるカトリーヌ様との縁のおかげだという事を忘れるな」


「「「「「「「「は!」」」」」」」」


ルブレストの気合い入れが終わった。


「ではラウル、皆にひと言お願いできるか?」


えっ、ここでもひと言?


「はい、ちょっと待ってください」


「わかった」


俺はルブレストから離れ、モーリス先生の所に行く。


「せ、先生…ルブレストみたいに声出せないんですけど!」


こそこそ話で先生に言う。


「あのLRADと言うやつを出せばよいじゃろ?」


「ここで?カッコ悪すぎですよ。どうしましょう…」


「そうじゃな」


先生が考え込む。


「ラウル、俺に任せておけ」


「どうにかなるのか?」


「精霊を使って何とかな。まあまあ大きな声で話せば大丈夫だ」


「わかった」


そして俺はルブレストの所に戻った。


「では」


「ああ」


これは絶対に試されている。ここで腑抜けた感じになれば示しがつかないだろう。


スゥ―っと息を吸い込んだ。


「みなさん!」


俺の声は森中に響いた。どうやらエミルがどうにかしているらしい。


「「「「「「「は!」」」」」」」


「突然の訪問にもかかわらず、集まってくれてありがとう!今日は皆さんが力を見せてくれると聞いて楽しみにしておりました。私達魔人国はラシュタルとは深いつながりにあります。その国の兵力の増強は私の懸念材料の一つでありました。こうして立ち上がってくださった兵の方々に感謝します。今日は皆さんの力を精一杯発揮してくださることを期待します」


「「「「「「「は!」」」」」」」


兵士たちは俺の言葉を聞いて、今日の訓練の重要性を確認したようだった。俺達としては見物程度に考えていた合同訓練だが、みなかなり気合を入れて来てくれたらしい。


「素晴らしい胆力だろう!まるで頭の中に直接響くような声だ!皆も見習うように」


ルブレストが言う。


「「「「「「「は!」」」」」」」


いやいや…エミルの精霊のおかげだけどね。


「ではザラム始めよう」


「わかった」


ザラムが口に指をあてた。


ピィーッ!!


口笛を鳴らすと一斉に魔人達が集まってくる。20名ほどの1次進化をした魔人と、数十名の未進化のオーク、ダークエルフ、オーガ、竜人たちがやって来た。


ざっと50名ほどになる。


何が起こるのかワクワクして来た。日常的におこなわれている訓練のようだが、広い広場に対面で魔人と人間がそろった。


「じゃあザラム、いつものように頼めるかな」


「ああ」


ルブレストに言われ、ザラムが前に出てみんなに伝える。


「それでは!魔人対人間の組手訓練を行いたいと思う!第一組から順に前に!」


ちょっと遠いか。


「よ!」


俺はここに居る人数分の双眼鏡を召喚した。


「先生これを、カティとティファラ様もどうぞ。エミルは?」


「いらん」


先生とカトリーヌが双眼鏡をのぞくと、ティファラも真似をして覗いて見る。


「えっ!近くに見える!」


「これは双眼鏡というものです」


「素晴らしいわ、これならはっきりと見えそう」


「でしょ?ルブレストはいらないと思うけどどうぞ」


「ん?これは?」


ルブレストが目をつけてみる。


「おお!こんなに近くに、これは便利だな。ちょっと借りてもいいか?」


「あげます。ですが30日で消えるのでお気を付けください」


「すまん。ありがたく受け取っておこう」


皆で双眼鏡をのぞきながら、訓練場をみるのだった。訓練場の中央には4人の盾と剣を持った兵士と、盾だけを持った2人の未進化オークがいた。オークは武器を持っていない。


「あれは新兵だ、訓練の浅い者達だな」


「構えはそれなりにしっかりしているようです」


「まあそこらのなまくら兵よりはずっとましだが、それでも基準からするとまだまだだな」


「4人で2人のオークを?」


「そうだ」


訓練場の真ん中で向かい合う両チームの気が張り詰めているのが分かる。


「はじめ!」


ザラムの声がかかると同時に、じりじりと人間の兵士たちが二人のオークを囲むように回り込む。するとオークは人間を視界から外さないよう背中合わせに立って、人間兵の攻撃に備えているようだった。


ガキッ!


素早い剣戟がオークを襲うが、オークはそれを盾で受け止め弾いた。その弾いた瞬間を狙ってもう一人が剣を突き入れる。それもオークは反対側の手でグイっと押しのけて逸らした。後ろのオークが戦闘を始めたのをきっかけに、反対側の二人も攻撃を開始する。二人同時に鋭い突きがオークめがけて走る。だがオークは腕と肩に盾を添えるように構えて、身をかがめて突進した。剣はオークの盾に弾かれて左右にそれてしまう。二人の真ん中に入ったオークが、一人にめがけて盾を叩きつけた。


ドウッ


かなりの強さで叩きつけられた盾に、10メートル近く人間兵が飛ばされてしまった。だが盾を振りぬいて無防備になったオークの背中に、人間の剣が襲い掛かる。しかしその剣もオークに届く事が無かった、くるりと体を回したオークの反対のバックハンドが人間を襲ったのだ。人間兵はそれを見切って盾で防いだものの、これも10メートルくらい吹き飛ばされてしまう。その間に最初に吹き飛ばされた人間が、猛スピードでオークに迫って剣を突き入れる。


「刺さった?」


一瞬刺さったように見えた剣はオークの脇に抱えられ、刃の部分をオークが握り込んでいた。手が剣で斬れたようで血が出ている。だが西洋の剣は日本刀のように切れる事は無く、オークはその剣を掴んだまま人間を地面に叩きつけた。


バグゥ


人間は剣を離すことなく、地面に叩きつけられてしまった。力強く剣を握りしめていたので、拳が固まっていたのかもしれない。


そしてもう一体のオークの方も死闘は続いていた。人間とオークの一進一退の攻防は続き、次第に人間の体力が削がれて行く。だが決定打をもらうことなくオークの攻撃をしのぎ、軽いけがを負わせていくのだった。


「そこまで!」


ザラムの声が響く。


その声に反応して4人の人間がへたり込んだ。人間は今の戦闘訓練で集中し、かなり疲労してしまったらしい。オーク二人は人間に歩み寄り、手を伸ばして立たせようとしている。


パチパチパチパチパチパチ


この戦闘に敬意を表し、見ていた兵士たちが拍手をした。


「よし!」


ザラムが言う。


するとオークに肩を貸してもらいながら人間がこちらに歩いて来た。俺とモーリス先生の前に6人が来て跪いた。


《えっと…なんか言った方が良いよね?》


俺がザラムに念話で聞いている間にモーリス先生が口を開いた。


「素晴らしい戦いであった!人間と魔人がここまでの戦いを見せるとは思うておらなんだ!感動したのじゃ!」


「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」


そして6人は俺の方を見た。言葉を待っている。


「よ、よくぞここまで精進されました!これからも頑張ってください!」


「「「「「「は!」」」」」」


そして6人はお互いの戦いを健闘しながら、俺達のいる側の端っこに座る。どうやら人間と魔人が混同でいろいろと話あっているらしかった。


「エミル…」


「反省会だな」


「偉いよな」


「へとへとだろうに」


「ラウル。すぐだからいいのだ、今ならダメだったところと良い所の細かい確認が出来る。鉄は早いうちに打てだよ」


ルブレストが言う。


「大事ですね」


そんな事を話しているうちにも、ザラムが次の戦闘開始の合図をしていた。どうやらこの合同訓練はかなり魂の入った戦闘訓練のようだ。人間が魔人の胸を借りて真剣勝負をしている。とても実戦的だし、ここの人間兵達が歴戦の勇者のようないでたちだった理由も納得するのだった。

次話:第604話 森林部隊演:

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