第600話 引きこもり体質
俺達はヤカン…もとい、ランプ…いや、やはり…ヤカンから出て来たエミルの分体を前に事情聴取をすることになった。エミルとジンが対面で座って、俺とモーリス先生が近くに座り皆が立って見ている。
「ジンはどうしてここに居るのか分かるかい?」
エミルが分体に聞く。
「えっと、ここはどこなの?」
「分からないのか?ここはシュラーデン王国という大陸北西の末端にある国だ」
「オイラ、そんな遠いところにいるんだ…」
「どこだと思った?」
エミルが静かに尋ねる。
「えっと、その前に精霊神様に聞きたいんだけどさ、世代交代してまだ間もないのかい?」
「そうだ」
「そうなんだね…えっと…オイラがどうしてここに居るのかだっけ?」
「そうそう、どうしてシュラーデンに?」
「それはオイラにもわかんないんだ」
ジンは腕を組み、おかしいなぁっといった表情を浮かべている。
「分からないってどういう事?」
「ずーっと籠ってて解き放たれたと思ったらここにいたのさ」
「籠ってた?」
「それの中に」
ジンは装飾されたヤカンを指さす。
「なぜだい?」
「それはオイラの家だからね」
「家?」
「精霊神様が作ってくれたのさ!素敵な家でしょ!」
精霊神と言っても先代のだろうか?それとももっと前のだろうか?
「で、ジンは家に籠っていたと?」
「うーん、籠っていたというより出れなかったというか、精霊神様がふたを開けてくれないと出れないし」
「……」
じゃあ精霊神が閉じ込めたって事だろうか?
「精霊神のせいってこと?」
「精霊神様のせいってことはないんだろうけど、おいらは外に出ても中に居てもどっちでもいいしね。でも精霊神様が開けてくれなきゃ出ることは出来ないのさ」
「なんか入る前に、その時の精霊神を怒らせるような事をした記憶は?」
「ないよ」
「その中に入る前はどんな状態だった?」
「えっと。精霊神様がオイラに言ったんだ、出かけるからこの中にお入りって」
「そして?」
「入って蓋を締めてもらって…で次に開けてもらったのがさっき」
「うっそ!いつから入ってたんだ?入る前はどこにいたんだ?」
「ナブルト洞窟だよ」
「で、その時の精霊神に出かけるって言われて入って、さっきまでこの中にいたって事か?」
「そう」
「狭かったんじゃないのか?」
「狭くないよ」
「そうなの?」
「うん」
俺達が皆でヤカンを見る。どうやらあの中は広いらしい…エミルとジンの会話を俺達はただ黙って聞いていたが、いろいろと興味深い事が満載だった。
「エミルよ、それはもしかするとエルフの里のような構造になってはおらんかの?」
「先生。もしかしたらそうでしょうか?」
「確かエルフの里はトレントの主が作ったんでしたよね?」
「あ、木の爺さまは元気にしてるんだ?」
俺の言葉にジンが嬉しそうに言う。
「ああ元気だったよ」
「エルフの里の作り方を木の爺さまに教えたのは、精霊神様だよ」
「なんと!」
「えっ!」
「そうなんだ!」
「そうだよ。トレント同士を繋げたのも精霊神様だしね」
「そうじゃったのか!」
先生が目をキラキラさせて感動している。ここでまた一つ世界の真理を聞く事が出来たからだ。
「と、言う事はその小さな家の構造もそうなってるのかな?」
「オイラ詳しくわかんないけど、そうだよ。精霊神様ならいつか思い出すと思う」
「そう言えば俺はまだ、精霊神の記憶を引き継いでいないんだが?」
「いつ世代交代したんだっけ?」
「まだ数ヵ月だ」
「じゃあまだまだじゃない?数百年はかかると思う」
「……」
ジンの口から聞く事は衝撃の連続だった。俺達が知りたがっている事をいろいろと知っていそうな気がする。だが、何故にジンはヤカンごとシュラーデンにいるのか?
「でも、ここに居る理由は分からないと?」
「なんだろ?精霊神様忘れっぽいしなあ、どこかに置き忘れたんだろうか?」
「そんな…何百年も?」
「分かんないけど、よくある事だから気にしてない」
「よくあるって…」
俺達は絶句する。先代なのか先々代なのか分からないが、ずぼらな神様だったらしい。自分の分体を忘れて置いて来てしまうって事なのだろうか?それとも何らかの事故で紛失してしまったって事なのだろうか?
謎だ。
「えーっと」
エミルとの話が途切れ、ジンはきょろきょろと皆を見てそわそわする。
「みんなはいったい何者?精霊神様にエルフと人間と…君は?」
急に周りに興味を抱き始めたのだろうか?俺を指さして不思議そうに言う。
「俺は次期の魔神候補だよ。というか知らんうちに受体はすませているらしいから、魔神なんだと思う」
「え?魔神様?人間みたいに見えるけど、中身は魔人と言うかなんていうか…不思議な感じ」
「彼はどちらの血もひいている」
俺がどう答えようか考えていると、エミルが補足した。
「そうなんだ!それなら…でも、もう一人?なんだろ?」
ジンが不思議そうにしている。
「何か不思議だったかな?」
「人っぽいし魔神と言えば魔神て感じもするけど、なんていうか獣っていうか…前の魔神とは違う雰囲気だね!」
それと同じような事を、その昔モーリス先生にも言われた事がある。賢者と魔獣が同居しているようだと。
「ジンは、そう言うのが分かるんだ?」
「わかるよ」
「ジンはこれからどうしたい?」
「もちろん精霊神様の分け御霊なんだから、連れて行ってくれるんでしょ?」
「わかった、連れて行こう。良いかな?ラウル?」
「もちろんだ」
「よかった!今度は忘れないでね」
「大丈夫だ」
「まあ今までの精霊神様もそう言っていたけどね…」
「俺は信じて良い」
「わかった!」
そう言うとジンはシュルシュルとみんなの間をすり抜けるように歩き回り、それぞれの顔をまじまじと見たり服を見たりしている。
「ずいぶん変わった服を着ているね」
「昔は違ったのか?」
「布を巻いて、皮の腰履きをはいていたかな。足にはいてるのはなに?」
「靴だ」
「へえ、靴かあ。カッコイイね」
よく見ればジンは木と皮で出来た下駄のような物を履いている。服は布切れ1枚でフワフワと見えてはいけないところが見えそうだ。
「新しい服と靴いる?」
「うーん。オイラが変わると壊れそうだ」
「そういえば、凄く大きくなってたみたいだけど」
「あれはもう一人のオイラだね」
「服は破れないのか?」
「精霊神様が作ってくれた服と草履だからね、大きくなっても小さくなっても変わらない」
凄い…そんなものが作れるのか…。だんだんと精霊神の能力の凄さが分かって来た。
「精霊神様は物つくりの天才だからね、虹蛇様も一生懸命に真似てたし」
それはなんとなくわかる。ザンド砂漠の地下神殿はちょっとおかしな構造ではあったが、素晴らしいものだった。エミルとジンの話が途切れたので俺から聞いてみる。
「あの、俺からいいかな?」
「うん」
「海底神殿の事は知っているかい?」
「海底神殿?」
「龍神の」
「ああー!あれ神殿って言うの?稽古場でしょ?」
「確か稽古場だったな。あれに精霊神は関係してる?」
「してるよ。精霊神様が作ったし、虹蛇様にいろいろ教えるのに一緒にやったんだもん」
やっぱりそうか、これでようやくあの謎が解明した。
「もしかしてゴーレムの部屋知ってる?」
「ああ!あれが虹蛇様が作った部屋さ!命を吹き込めるからね。精霊神様はゴーレムに命は吹き込めないから、それを見て凄い凄い言ってた」
「そうなんだね」
「あと、魔神様は知っているかな?」
「何を?」
「鎧」
それも予想がついた。このヤカンを見てなんとなくそう思っていたが、ヴァルキリーの事を言っているのだろう。謎が多い鎧だったが神器だとすれば、あの強度はうなずける。
「知ってる」
「そこのヤカンと同じ原理だから頑丈なんだって言ってた」
「たしかに頑丈だな」
「やっぱり。精霊神様の言う事は間違いない」
「でも、忘れられたと?」
「それが精霊神様の面白い所さ!」
《どれだけ閉じ込められていたか分からないけど、面白い!で片付けられるんだ…凄い心が広い》
俺達は話に集中していて気が付かなかったが、外は既に夕方になっていた。どうやら俺達は昼飯も食わずに話し込んでいたらしい。ジンはフワフワしていてとらえどころがないが、俺達が聞く事には答えてくれた。とにかくみんな聞きたいことが満載で、何から聞いたらいいのか整理がつかなくなっている。
すると…
「ふぁーぁ」
ジンが大きなあくびをした。
「なんかいっぱい話したら眠くなってきた」
「あ、そうか。そうだね、しばらくぶりに出て来てこんなに人に囲まれて喋ったら疲れるか」
エミルが気を使う。
「うん、オイラは生まれてからほとんど家にいる事が多かったから、やっぱり外は疲れるね」
「そうなのか?世界を自由に飛び回っていそうな雰囲気だけどな」
「そんな事したくないよ、出来ればそろそろ家に戻りたいんだ」
「どうやったら戻れる?」
エミルは自分の分体なのに戻し方が分からないようだった。
「精霊神様が、それの蓋を開けて戻れって言ってくれれば戻れるよ」
「わかった」
エミルがヤカンを取りに行って手に取る。
「どのくらいで外に出たいとかあるのか?」
「精霊神様が必要になったらでいいけど、用が無いなら中にいる」
「外を自由に動き回らなくていいのか?」
「だって知らない人いっぱいいるし、怖いし」
「……」
なるほど。ジンは何か凄そうではあるが、基本引きこもりの分体なんだな。エミルの為なら働くけど基本は家に居たいようだ。
カパ
「入れ」
エミルは何故か慌ててふたを開けて指示を出す。
しゅるるるるるる
しゅぽん
「入ったのう」
「はいりましたね」
「どうなってんだ」
俺達は出てきたところを見ていたから、まあまあ想像ついていたがカトリーヌとマリアとエドハイラが目を丸くして驚いている。
「い、今の子はどこに?」
「ああ、カティ。見ての通りそのヤカンに入った」
「えっと、ええ。まあ見ていましたから、でもどうなってどうして?」
「その原理は俺には分からない。きっと数百年後にエミルが説明してくれると思う」
「では私は知ることは無さそうですが…」
「寿命はそれぞれに違うからな、なんだか壮大な時の流れを感じる経験をしたみたいだ」
カトリーヌもマリアも少し寂しそうな顔をする。この中で二人とモーリス先生とエドハイラは、極端に寿命が短い人間と言う種族だ。俺はどっちの親の影響が出るか分からないが、魔神として考えれば長寿であると思う。そう考えると、どこか寂しさを覚えるのは俺も同じだった。
「ふぉっ!寿命など長けりゃいいってもんじゃないのじゃぞ」
そんな雰囲気を吹き飛ばすように先生が言う。
「でも先生、私は未来永劫ラウル様とご一緒したいのです!」
「それは私もです。カトリーヌ様とラウル様に末永くお仕えするのが夢です」
カトリーヌとマリアが言う。
「それだと輪廻に戻り新しい人生をやり始めるのが、ずいぶん遅くなるがのう…」
「私は先生のように達観しておりません」
「私もです」
「まあ、おぬしらはまだ若い。歳を取ればそのうち良さが分かってくるじゃろ」
「はい…」
「わかりました」
カトリーヌもマリアも納得はいかないが、といった表情だった。
「案外、デイジーとミーシャが不老不死の薬を作ったりして」
俺も空気を変えようと冗談を言う。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、ラウルは冗談のつもりで言ったのじゃろうが、冗談に聞こえぬぞ」
「まったくだ、ラウル。彼女らなら下手をするとあり得るからな」
「……確かに」
俺もつい真顔になってしまった。あのマッドサイエンティスト二人なら、それも可能だと思えてしまう。バルムスと組んで魔導エンジンも作ったし、あの推進剤を使ったバーニアは前世の技術を凌駕している。
あるかも…
真剣に考えてしまうのだった。