第599話 精霊のランプ
なんだ?
ヤカンを見つめる全員の頭にはそれしかなかった。
エミルが手を差し伸べるとヤカンはガタガタなり始め、もう少しすると”ピーッ”って音がしそうなくらいになった。おもわず、台所に駆けだしそうなくらいに!しかし手を離した瞬間にピタッと止まったのだった。
じーっ
俺達5人はじっとヤカンを見る。だが動かない。エミルが手を離したら静かになったままだ。
「止まりましたね」
「ふむ」
「エミルはまだ光ってるね」
「そうか…俺は光っているか…」
じーっ
やっぱりヤカンは動かなかった。じっと見ていると気が付いた事がある、これはタダのヤカンではないようだ。ホコリはかぶっているが、表面に薄っすらと装飾が施されているのが見える。しかし良く見つめないと気が付かないくらいだ。
「これは鉄瓶のようじゃが、綺麗に装飾されておるようじゃ」
「布で拭いてみたいですが?」
「やめた方がええ、ちょっと待つのじゃ」
先生がバッグから魔法の杖小をとりだした。
シューーー
魔法の杖の先から風が吹いて、かぶったほこりを全て吹き飛ばした。まるでPCのホコリを吹き飛ばすエアクリーナースプレーのようだ。
「これは…」
そのヤカンの表面には薄っすらと非常に細かい装飾が施されており、銀に近い金色の素材で出来ていた。
「先生。これは魔法陣でしょうか?」
「違うのじゃ」
「なぜ私に反応するのでしょう?」
「やはりそれも分からん。だが精霊神かエルフに関係している物なのじゃろ」
先生の見立ては皆が納得する。だって精霊神に反応しているのだから。
「とりあえずエミル。もう一回チャレンジしてみろよ」
「…わかった。だが…いきなり爆発とかしないだろうか?」
「大丈夫じゃ、わしが結界で何とかするのじゃ」
「エリクサーも用意しておく。ファントム!エリクサーを出せ!」
ファントムの腹の部分からエリクサーがにゅうっと出て来た。俺はそれを手にしてすぐにかけられるように構える。
「では取ります」
エミルが手を差し伸べると、やはり先ほどのように装飾されたヤカンはガタガタと揺れ出すのだった。しかし今回は皆も心の準備が出来ているので、エミルも手を引っ込めることは無かった。
ガタガタガタガタ
揺れは最高潮になる。エミルがそっと取っ手に手をかけてヤカンを持ち上げた。
ピタッ
止まった…
そして
「これ…わかりました」
いきなりエミルが言う。急に何かを理解したらしい。
「何かのう?」
「これは…」
「これは?」
「これは?」
「中に精霊が封じ込められております。これは精霊を封じ込める神器です」
「なんでいきなり分かんの?」
「急に頭の中に、その知識?記憶のような物が入り込んで来たんだ」
「え?そうなの?」
「それは面白いのじゃ」
俺とモーリス先生がエミルをじっと見つめる。
「ラウル、とりあえずそのエリクサーの小瓶はしまってくれ」
「あ、ああ」
俺はびっくりして、ずっとエリクサーの瓶を構えたまま固まっていた。
「先生も杖は…」
「そうじゃな」
エミルが俺達に安心させるように言う。
「これは俺が作った物のようです。いや…昔の精霊神が作った物と言うのが正しいですね」
「なんと!神が作りたもうた神器というわけか!」
確かにさっきエミルがそう言っていた。モーリス先生は目を爛爛と輝かせてヤカンを見つめる。
「凄い物なのですか?」
「わしも神器の現物を見るのは2回目じゃの」
「見た事あるのですか?」
「おぬしらも見たことがあるじゃろ」
先生が言う言葉に俺はピンときた。
「もしかしてあのナブルト洞窟の上に浮いてた、黒い球のような物?」
「そうじゃ」
どうやら精霊神はモノづくりが好きなようだ。あちこちに制作物があるらしい。
「エミルが持ったら、それはおとなしくなったみたいだな」
「ああ。今もこの中に精霊がいる」
どうやらこの鉄瓶は精霊を閉じ込めておくもので、今も中には精霊がいるらしかった。
「なんの為に精霊を閉じ込めたんだろう」
「すまんがそこまでの記憶は戻らないらしい」
「そうか」
とりあえず精霊を閉じ込めた綺麗なヤカンはおとなしかった。そしてこれが精霊神の作成物だとしたら答えは出ている。
「じゃあエミルはそれを持って行こう」
「そうじゃな」
「なんとなくこの書物庫と武器庫の中で一番高価な気がする」
「わしもそう思う」
エミルはじっとその鉄瓶を眺めて考えている。
「どうした?」
「恐らくこの中の精霊を俺は呼び出せると思う」
エミルがポツリと言った。
「なんじゃと?」
「どんな精霊なんだ?」
「それは呼び出してみないと分かんないけど」
「……」
「……」
「どうしたらいいでしょう?」
「うむ…エミルよ。どう…と言われてもさすがにわしは判断がつかぬぞ」
「そうだよエミル。先生は魔術の専門家であって精霊の専門家はお前だろ」
「まあ…確かにそうだな」
エミルはしばらくヤカンを見つめ続けた。俺達はエミルが判断するのを待って静かにしている。
コトリ
エミルがおもむろに床にそのヤカンを置いた。
「どうする?」
「蓋を開ける」
「だと精霊が出て来るのか?」
「そうだ」
「大丈夫なのか?」
「それは…やってみないと分からない」
皆が黙る。どんな精霊が入っているかもわからない以上は、すべてエミルに任せるしか方法が無い。とにかくエミルの判断を信じる事にする。
「ならば開けてみればよかろう」
「はい」
エミルがヤカンの蓋に手をかけるが、ヤカンは静かにそこにあるだけだ。
「では行きます」
「ふむ」
「おう」
「3、2、1」
カパ
ドッズゥゥゥゥゥン
気がつけば俺はファントムにつかまれて上空にいた。シャーミリアはモーリス先生を抱いて空に、マキーナはエミルを抱いて空を飛んでいる。一瞬の出来事だった、魔人達は一瞬の判断で俺達を空へと連れ出したみたいだ。シャーミリアとマキーナは上空に対空したままだが、ファントムはジャンプしただけなので少しずつ降下し始めた。
ズズズズズズ
でっかい何かが王城の脇にいる。既に宝物庫はきれいさっぱり吹き飛んでしまったらしく、その上にとにかくデカい何かが佇んでいた。俺が離れた場所に落ちると、すぐにマーグとアナミスが駆けつけて来た。
「ラウル様!」
「ご無事で?」
「問題ない!」
俺はその巨大な物から目をそらす事が出来なかった。
「あれは…」
「いったい…」
ズズズズズズ
俺達3人が見上げる先に、とにかくデカいのがいる。そしてそのデカいのはよく見ると人間のような形をしていたのだった。
「スプリガン?」
「いえラウル様。いかにスプリガンとはいえあんなに巨大なものはおりません」
その巨人はおもむろに上空を見る。そして何かを見つけたようだった。
スゥッ
巨人はいきなり浮き上がり空中へと舞ったのだった。
《シャーミリア!マキーナ!二人を連れて逃げろ!》
巨人は上空に浮かぶエミルを見ているようだ。
《ラウル様!》
《どうしたマキーナ?》
《精霊神様が大丈夫だと、そう伝えてくれと申しております》
《大丈夫?》
《はい、その様に申しております》
ズズズズズズ
空中に飛んでいく巨人の目標はやはりエミルのようだ。エミルとマキーナめがけて飛んでいく、そしてエミルの前に滞空して何かを話しているようだ。
《マキーナ?なんて言ってる?》
《そのままお伝えします》
《たのむ》
《これはこれは精霊神様、ご機嫌麗しゅうございます。かなり待ちぼうけましたが、ようやくお越しいただけたようで嬉しゅうございます。本日はお日柄も良く、精霊神様のお元気な姿を見れた事は至上の喜びにございます》
《そうか》
どうやらエミル達に危害を加える事は無さそうだった。ただとにかくデカいのでこのまま王都に降りて来られると、余計な損害が出そうな気がする。
《いかがなさいましょう?》
《ああマキーナ。とりあえず都市内に下ろすわけにはいかない、郊外の森に着陸してもらうかね》
《伝えます》
《頼む》
どうやらエミルが巨人を誘導するべく話をしているようだ。
《ラウル様》
《どうだ?》
《その必要は無いと》
《どういうことだ?》
《すぐにわかると》
そう言われ空中に浮かんでいる巨人を見ていると、一瞬にしてシュポン!と消えた…いや…消えてない。遠目で見るとマキーナとエミルの前には小さな人間がいる。どうやらいきなり小型化したようだった。
《了解だ。とにかくこちらに降りてくるように伝えてほしい》
《はい》
《ミリア!モーリス先生をつれて降りて来てほしい》
《かしこまりました》
少し待っているとシャーミリアとモーリス先生が、遅れてマキーナとエミル…そして少年が降りて来た。少年は天女の羽衣のような布切れ一枚を羽織っているが、髪はぼさぼさで体はまあまあ引き締まっている。だがほっそりとしていて強そうではなかった。顔はあどけなさを残すが、子供なのか青年なのかははっきりしない。そして全体的に青っぽく光っているように見える。
「先生、ラウル申し訳ない。いきなりこんなデカいのが出てくると思わなかったもので」
「いや…わしゃシャーミリア嬢のおかげで無事じゃったわ」
「俺もファントムが飛んでくれた」
「あ…その鉄瓶は離さなかったのじゃな」
「ええ。と言うよりいきなりで手が硬直しました」
「なるほどのう」
エミルがしっかりとつかむ鉄瓶をみんなが見て、再びその少年のような存在に目を向ける。
「どうも!オイラはジン!」
あれ?デカかった時とキャラ変わってない?言葉遣いが全く違うんだが…とても礼儀正しそうな巨人はどこいった?
「どうも。俺はラウルです」
「わしゃサウエル・モーリスじゃ」
「オイラ精霊神様に呼び出されたんだ!」
「知っとるよ」
「知ってる」
「あの、とりあえず。いいかな?」
エミルが冷静に話を切り出す。
「ふむ」
「ああ」
「何から話して良いか分かんないんだけど、とにかく分かっている事を言います。これは精霊で、もう一つ加えて言うと俺の分体です」
「「分体!」」
「はい」
「こんなとこにいんの!」
「そうだ」
「なんでこんなところにおるのじゃ?」
「それはこれから、彼に聞こうと思います」
《なるほど。龍神、虹蛇、魔神と分体がいるのに、精霊神にいなかったのは、こんなところに眠っていたからだったのか…しかも千夜一夜の物語に出て来るような奴だとは。てかあのデカさ、虹蛇やレヴィアタンよりは小さいが半端ないな。俺のヴァルキリーが一番ちっちゃいぞ》
まあちっさいからダメって事もないだろうが。
「シャーミリア、書庫の状態を見てきてくれ」
「は!」
ドシュ
シャーミリアが消えるように飛ぶ。
「わあ!すごいすごい!オイラあんなに速く飛ぶやつみたことない!」
「そうかい。とにかく君の事をいろいろ知りたいんだけど、いきなり大きくなったりしないかい?」
「大丈夫!久しぶりに開放されたんで思いっきり伸びをしちゃったんだ。オイラはたいていこの姿だから問題ないよ」
「ならいいんだ」
ドン!
シャーミリアが戻って来た。ジンが少し焦っている、まあ怖くて当たり前だけど。
「どうだった?」
「跡形もございません」
「やっぱりか」
あそこには金銀財宝や読みかけの書物があった。きっと爆散して飛び散ってしまったのだろう。
「マーグ!実はあそこに宝物庫があったんだけどさ、木っ端みじんになって中の物が吹き飛んじゃったんだよ…早速で悪いんだけど、それは王家の物だからさ獣人たちを使って捜索させてくれるか?」
「わかりました」
「最初の仕事がいきなり広範囲で大変だと思うけど、一応都市の外まで吹き飛んでるかもしれないから魔人と共同で探ってくれ」
「は!」
やっと決まった獣人の仕事だったが、早速役に立つときが来てしまった。むしろこのために獣人の仕事を決めた気もしてくる。
「ラウル様!」
「どうしたのです?」
「大丈夫?」
カトリーヌとマリア、ケイナとエドハイラもようやく魔人に連れられて駆けつけて来た。相当大きい爆発になってしまったので、驚いたのだろう。
「問題ない。ちょっとエミルの古い知り合いに会ってね」
「あれ?その人…」
ケイナが気づいたようだ。
「あ、エルフじゃないか!オイラ久しぶりに見たな」
「見た事があるような無いような」
「とにかく説明する」
エミルが話を締めた。遠くからぞろぞろと市民が集まり出したからだ、どうやら王城の北側の壁が崩れてしまったらしく民からは丸見えだ。
「城に行こう」
「だな」
「マーグ、後は一般市民が王城の敷地に入らないように見張りをたてた方がいいな」
「は!」
マーグが近くにいる魔人に指示をだした。魔人は素早く動いて北の城壁に向かって走り出す。それを見届けて俺達はジンを連れて王城へと歩き出した。ジンは俺達の周りをスルスルと走り回り、みんなの顔を見て喜んでいるようだ。
「エミル、まるでアレだな」
「ああ」
俺達は前世のあの物語の記憶を辿るのだった。