第598話 震える鉄瓶
モーリス先生と俺、エミルとファントムが薄暗い削りだしの岩壁の部屋にいた。
シュラーデン王国の隠し宝物庫はユークリット王国のそれと比べ、それほど厳重な機密保全対策はされていなかった。広さに関してもユークリットの十分の一に満たないだろう。それでもそこには結構な金銀財宝や重要な書籍、武器や武具の類が置いてあった。
「こんなに財宝があるんですから、ぜひマーグに活用してもらわないといけないですね」
「ふむ。じゃが王家の秘宝のような物もある、それらは手をつけん方がいいじゃろうな」
「はい」
金貨や銀貨が入っている箱が置いてあったので、それらをマーグに使ってもらう事にした。先生の言う通り、宝石の類には手を付けないようにする。
「書物の方はいかがですか?」
「目新しい物は特に無いようじゃが、気になる物が少々といったところかのう。もう少し見てみるのじゃ」
「役に立ちそうですか?」
「知識として入れておいて良いものじゃろう。じゃが今すぐ役に立ちそうなものは無いようじゃ」
「そうですか」
先生がいる書庫と武器庫は繋がっているが扉は無かった。先生がいろいろと読み漁っており、俺とエミルが異世界の武器の数々を見ている。どれも凄い物に見えるが、この世界の武器に関しての価値がわからない。
「どうやら魔道具の類は無いようじゃぞ」
隣の部屋から先生に言われてガックリときた。魔道具があれば参考までに回収し、グラドラムに持ち帰って研究させようと思ったのだが、無いのであればもうここには用はない。
「ユークリットの書物庫とはぜんぜん違いますね」
「そりゃそうじゃろ。国の大きさが全く違うのじゃから」
「バルムス達の研究材料があればとも思ったのですが」
「凄い魔道具がこんな田舎にあるとも思えんしのう。じゃが業物ならばちらほらあるようじゃぞ」
「業物ですか?」
「きっと名のある鍛冶師によるものなのじゃろうな」
「父さんに聞いた事があります。世界には業物と呼ばれる武器があると」
「そこの弓などは良い物じゃわい」
本を物色しながら、こっちを見ないでモーリス先生が言う。だが俺にもエミルにも何を指して言っているのかが分かった。明らかに普通の弓ではないと思えるのが置いてある。
「業物とは剣だけじゃないのですね?」
「そうじゃな弓に斧に槍にと、いろいろとあるのじゃ」
「なるほどです」
「そしてそっちの奥にある剣じゃが、それなら恐らくラウルでも岩がきれるじゃろ」
「え!ど、どれですか?」
「その柄の所に羽の彫金が施されているやつじゃ」
「これが…」
「じゃが鞘から抜かん方がええじゃろ、取り扱いを間違うと腕を切り落としてしまうぞ」
俺が剣を持ち上げてエミルと一緒に見ていたが、先生の一言で一気に汗が噴き出す。魔道具じゃなくても恐ろしい切れ味を持っているらしい。
「わかりました」
「まさかこんなところに、そのような剣があるとは驚きじゃ」
と言いつつも、先生は武器に全くの興味を示していなかった。まったくこっちを見ることなく、本を一冊一冊確認している。どうやら全部頭の中に叩き込んでいるらしい。
「とりあえず手を付けない方がいいですね」
俺が言う。
「いやいや…こんなところで眠らせておくのも、もったいないじゃろ。カーライルにでも持って行ってやったらどうじゃ?あやつならばその剣を軽々と使いこなすじゃろうて」
「なるほど!ファントム、この剣と弓と弓矢をしまえ」
俺が命ずるとファントムの口から胸までがっぱりと裂け、黒い穴が空いて剣と弓矢が吸い込まれていく。どう考えても寸法が合わないのだが、はみ出す事も無くファントムの体に納まっていった。
《またやってしまった…墓場泥棒。でもどうせ使う人も居ないんだし、武器は使ってナンボだ。こんなところで眠らせておくのは作った鍛冶師にも悪い》
俺は自分に言い聞かせつつ、ファントムの口が閉じていくのを見ていた。
「わしはもう少々時間がかかるが、おぬしらはどうする?」
「もちろん隅々まで見ます。エミルはどうする?」
「こんな珍しい物を見れる機会はそうないんだし、俺も全部見たいと思う」
「それならおぬしらが欲しい物も持ってたらええじゃろ」
このおじいちゃん、孫に堂々と泥棒を勧めて来る。
正直欲しいものと言われても、俺もエミルも剣や槍を使いこなす事は出来ない。ユークリット王都の書庫と違って、俺達でも気軽に見て問題なさそうにも思うが。
…まあ亡くなった、シュラーデン王家の人たちには申し訳ないと思うけど。
「じゃあ適当に見てます」
「わかりました」
俺とエミルはモーリス先生が本を見ている間、自由に武器を見る事にした。
「短剣とか無いかな?」
「短剣か?何に使うんだ?」
「マリアへのプレゼント。果物を向いたり出来ないかと」
「短剣でか?包丁で良いだろ」
「いや、実はメイドのスカートをめくったらカッコイイ短剣が装着してある。ってそれだけでカッコイイなと思って」
「ラウル…なんか趣味全開じゃねえか?」
「しゅ!趣味とかじゃなくて、マリアの隠しホルスターが様になってて、空いてる場所に装飾された短剣があってもいいかなって」
「まあ悪くはなさそうだ」
「だろ?」
「カトリーヌさんには良いのか?」
「魔法の杖とかは、ここにはなさそうだし」
「ああ確かに無いな、じゃあ宝石とかどうだろ」
「いやいや、盗んだ宝石とか嬉しくないだろ」
「…そりゃそうか。悪い」
「いや、てかケイナには何かいらないのか?」
「といってもなあ、ケイナも武器を使うわけじゃないしなあ」
そんな事を二人で話しながら武器庫を物色していく。ひとつひとつ見て行くが俺達はある物が気になった。それは武器庫の奥の中央に鎮座するように置いてあった。
「ラウル。何でこんなものがここにあるんだ?」
「これはなんだ?急須?ヤカン?違うよな。違わないか…」
「似ていると言えば似てる。だけど、どう考えても武器じゃないと思う」
「うん武器じゃない。まさかヤカンで殴らんだろ」
「ああ」
武器の中に一つだけ、鉄か何かの素材で出来た銀のヤカンが置いてあるのだった。こんなところにポツンと置いてあるのは凄く不自然だ。いきなり武器の中にヤカンが…ひとつ。
「もしかして物凄く美味い飲み物が出てくるヤカンとか?」
「はは、ラウル。いくら何でもそんなドラ〇モンみたいな便利グッズあるわけないだろう」
「馬鹿だなエミル。既にこの世界自体が俺達にとってアニメみたいなもんじゃないか、無いとはいえなくないか?」
「…まあ確かにな。いきなり酒とかあふれ出して来たらどうする?」
「そんなん、先生が毎日二日酔いになっちまうだろ」
「確かに」
エミルが先生をみて笑いながら言う。
「先生はここに魔道具は無いと言ったし、きっとここの管理人が忘れていった物とかそんなんじゃね?その隣に座ってくぴって飲んで忘れた、みたいな」
「まあそんなとこだろうよ」
カタン
「!」
「!」
シーン
一瞬ほんのわずかにヤカンが動いた気がする。
「いま動いた?」
「振動じゃないか?」
「あ、俺が壁にぶつかったのかもしれん」
「きっとそうだろ」
「だな」
シーン。どうやら本当に俺がぶつかったらしい。
「で、短剣探してるんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうそう。マリアに似合うカッコイイやつ無いかな」
そう言って俺達がその場から離れようとした時だった。
カタン
「!」
「!」
シーン
「エミル!気のせいじゃ無くね?」
「まさか…」
「怖っ!」
「幽霊とかいるんじゃない?」
「エミル!俺の武器じゃ幽霊は無理だぞ!精霊で対処できるか?」
「その前に、す、すぐ、先生に相談したほうが良くない?」
「せっ!」
俺が先生を呼ぼうとした瞬間…
カタカタカタカタカタ
明らかにおかしい。間違いなくヤカンはカタカタなっている…
「先生!来てください!」
「な、なんじゃ!」
俺のあまりにもの切羽詰まった声に、先生は本を置いて急いでこちらに歩み寄って来た。
「これ…」
「なんじゃ!ヤカンが動いとる!」
「魔力はどうですかね?」
「一切感じんぞ」
「え?」
俺とエミルは確信した、ここには幽霊が住んでいるのだと。俺達が墓を荒らしているので怒って出てきたのかもしれない。魔法じゃないとなればそうだ。
「どうしましょう?」
モーリス先生が手をかざしてヤカンに結界魔法を施すと、ヤカンは一瞬で大人しくなった。
「幽霊でしょうか?」
「ゴースト類の感知は出来ておらん」
「なんでしょうか?」
「うーむ。一体なんじゃろう?じゃがこのヤカンが意図的にここに置いてある事は確かじゃ」
「魔道具でしょうか?」
「魔導の類は一切関知できん」
「では一体…」
目の前のヤカンを前に俺達3人は呆然としていた。後ろでファントムがどこか遠くを見つめて突っ立っているだけだ。
「先生」
エミルが不意に口を開く。
「なんじゃ?」
俺と先生がヤカンから目をそらしてエミルと見る。するとエミルがかすかに光っているのがわかった。どうやら自分に違和感を感じて先生を呼んだらしい。
「これは、どういう事でしょう?」
「わからんのじゃ」
大賢者が分からないんじゃ、俺達に分かるわけがない。
「エミル、そのヤカンはエミルに反応してるんじゃないのか?」
「なんとなくそれは分かるが、ヤカンに反応したことなんて初めてなんでな」
そりゃそうだ…ヤカンに反応する事なんて一生に一度あるかないか…いや無いだろう。
「わしが気が付かんのも無理はないのう、精霊神と反応するものとはいったい何かの?」
「とりあえず危険では?放っておいてここを出るってのはどうですかね?」
俺が言う。
「いやラウルよ、このまま放っておいて去るのはむしろ危険じゃと思うが…」
「俺もそう思うぞ。墓荒らししたなら最後まで責任もって荒らさないと」
エミルの言っている事がわかったような…わからないような。いや、コイツは滅茶苦茶な事を言っているだけだ。と言うよりも自分に反応している事から責任感が出てきたようだ。
《ここにエミルだけ置いて行く訳にもいかないし…どうするか?》
「エミルの言っている事はおかしいが、とにかく放っておくのは問題じゃ」
「ではどうしたら…」
エミルも困惑している。いきなり自分に責任がかかって来て焦っているようにも見える。
「ちょっと待ってください。増援を呼びましょう!シャーミリアとマキーナを」
「その方が良さそうじゃ」
《ミリア!マキーナ!俺の位置が分かるか?》
《もちろんでございます!ご主人様の位置を見失うなどありえません》
《急いで来い!》
俺が指示した次の瞬間。
ドン!
俺達の脇にシャーミリアが現れた。光より速いんじゃないかと思う。
「どうされました!」
シャーミリアが俺を見て言う。俺達が焦っているから何かが起きたと察したらしい。
スッ
遅れてマキーナが現れた。
「遅くなり申し訳ございません」
いや数秒だし、今はそれどころじゃないし。
「いや…実はねこの書庫を調査していたら不可解な事が起きてね、万が一に備えて来てもらったんだ」
「は!何なりとお申し付けください!」
「とにかくここに居てくれ。万が一何か起きたら先生とエミルを守ってほしい、ファントムは俺を護衛しろ」
「かしこまりました」
「は!」
「……」
2人と1体が身構える。急の事態が起きてもすぐに対応できるように体制を整えた。いやファントムは身構えてすらいない。
「ふむ。では結界を解こうかの」
「お願いします」
「3、2、1」
先生が数を数えて結界を解く。
シーン
「あれ?」
「む?」
「おや?」
3人の頭に疑問符が浮かんだ。ヤカンが動かなくなってしまった。
シーン
「ご主人様?これは?」
「いや…」
シャーミリアはヤカンに集中して固まっている俺達を見て、不思議に思ったらしい。これではまるで俺達が何も無いのにビビッて二人を呼んだように思われる。
「まて!」
一応俺はシャーミリアに答える。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
5人は沈黙してヤカンを注視するがヤカンは動かない。ヤカンはただそこに居て俺達に見つめられるままだ。
「気のせいじゃったか?」
「でしょうか?」
「ですが私の体が…」
エミルの体はいまも光っているままだ。
「ちょっと持ってみろよ」
「えっ!嫌だよ」
「いや、もう動いてないし」
「でも」
「何かあったら俺達が何とかするから」
「このままでは埒があかんじゃろ、魔人の最強格がおるのじゃ問題なかろうて」
「せ、先生がそう言うなら」
エミルがヤカンに手を伸ばしたその時だった。
カタッ、カタカタカタカタカタ!ガタガタガタガタ!
「!」
「!」
「!」
今まで以上にヤカンが激しく揺れ出したのだった。思わずエミルが手を引く、するとその揺れは収まった。
「やっぱエミルが犯人だ」
「犯人とか酷くね?」
「いや…すまん。犯人はおかしかった、原因だっ」
「あ、ああ…」
微妙な空気が流れるが、俺達5人の目の前には静かにたたずむヤカンがある。
魔王子と精霊神、大賢者、オリジナルヴァンパイア、眷属、ハイグールが見守る中、いや…ハイグールはどっか見ているが…魔人軍の主要な人物達がじっとヤカンを見つめるのだった。