第60話 街人の救出 グラドラム王 ~ポール視点~
おかしなことが起きた。
皆が・・・目の前で何が起こっているのか分からなかった。
自分達を見張っていた兵士たちがパタパタと倒れだし、急に隊長が落ちてきて・・周りで見張っていた騎士たちが逃げて行った。
1000人ほどのグラドラム首都の民だけがここに残された。
「いったい・・何が起こったというのだ?」
グラドラムの王であるポール・ディッキンソンも、目の前で起きたことを全く理解することができなかった。
ポール王は金色の短髪で金色の顎鬚を蓄えた貫禄のある男だった。見事な太鼓腹も貫禄を醸し出している要素となっている。そんな貫禄のある男が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
一緒に捕らえられている街の者たちもざわついている。
「ポール王、何が起こったのでしょうか?」
宰相のデイブが話しかけてくるが、ポールにも答えることができなかった。
「なんだろうな・・」
「いずれにせよ・・バルギウス兵がいなくなってしまいました。」
「いや・・まだそこに、隊長と呼ばれていたやつが立ってるぞ・・」
さっきまで少しでも動けば斬られそうな恐ろしい気を放っていた男だ。少し前にものすごい勢いで飛び出して行ったと思ったら、しばらくして空から降りてきた。いや・・落ちてきたと言った方がいいかもしれない・・。
ドガッ
という音とともに落ちてきて、手足を滅茶苦茶な方向へ向けて倒れていたのが、ギクシャクしながら立ち上がったのだった。それは一番隊の隊長だったヴァリウス・ラングだった。やっと立ち上がり、背中を見せてゆらゆらとたたずんでいた。
「でも、なんだか様子がおかしくありませんか?」
「そうだな・・、なんというか覇気がなくなった。」
「あの…腕がなくなっているように見えるのですが?」
ヴァリウスと呼ばれていた隊長の左腕がない。血がたれているようにも見える。銀の肩まである髪と黒いマントと騎士の鎧が同じなので、同一人物なのは間違いない。しかし気が抜けた感じで腕がなくなっている。
「本当だ・・でもな、きっと余計なことを言ったら斬られるぞ。」
「はい・・」
「あいつに逆らったやつらの首があっというまに飛んだの見たろ!」
「一瞬で何人ものうちの兵の首が・・」
「絶対に逆らってはならんぞ」
「はい・・」
目の前でゆらゆらと揺れている。
しかし・・兵隊がいなくなったため街の人間も少し気が緩んでしまったのだろうか?力が抜けた母親の手を振り払い、子供が走り出して騎士に近づいて行く。
「お、おい!」
ポール王は慌てて止めようとしたが間に合わなかった。王の手をすり抜けて騎士のほうに向かっていく。
「だめよ!」
母親が慌てて後を追いかけるが、間に合わなかったようだった。
「えい!よくも父ちゃんを!」
ポカ!
と子供がヴァリウス隊長の足を蹴っ飛ばした。
殺される!!
そう思ったが・・しかし彼はゆらゆらと揺れているだけだった。脱兎のごとく近づいたポール王が子供を抱きかかえ母親の元へ戻ってきた。首は・・斬られなかった。でも、やばい!こいつがキレたらきっと街は全滅する!ひとりで全員を斬り殺せるような力をもつ男だ!!
「こ、子供のしたことだ!許せ!」
ポール王はヴァリウス隊長に向かって叫んだ。しかし隊長と呼ばれていた男は振り向きもせずに、ゆらゆらと立って内乱をしている方向を見ていた。
「おお!感謝する!お主にも心があるのだな!子供を斬らなかったこと礼を言う!」
ポール王はヴァリウス隊長に謝罪と礼をした。しかし彼はとくに振り向くことは無かった。
「この子は後でよく言い聞かせておく。なっ!」
「ええ!もちろんです。それはいけない事をしたのですからね。」
デイブも合わせて言うが、ヴァリウス隊長は振り向きもせずゆらゆらと揺れていた。
「どうしたんですかね?」
デイブがポール王に聞いてみる。
「わからんが気が変わって子供が・・いや民が殺されてはいかん!ここは我慢だ。」
「は、はい!」
こんなに後ろで騒いでいるというのに全く振り向かなかった。すると・・
コン!
だれかが、ヴァリウス隊長に向かって石を投げた。
「お、おいおい!誰だ誰だ!やめろっ!」
ポール王は必死な形相で止めに入る。するとまたひとつ、
コン!
ゆらゆらと揺れている騎士に向かって石を投げつけた。
「こらこら!イタズラではすまんのだぞ!謝りなさい!」
コン!
カン!
カカン!
石を投げつけていたのは子供たちだった。王の声を聴き大人が子供を制してやっと収まった。
「す・・すまない!!!このとおりだ!!!子供のやったことだぁぁぁ!!!許してくれ!!!」
ポール王は地面におでこをめり込ませるほどの謝罪をする。しかし・・ヴァリウス隊長はゆらゆらと揺れているだけだった。
・・・いくら何でもおかしい気がしてきた。
「デ・・デイブ、彼は・・どうしたんだい?」
「いえポール王よ、私にもわかるはずがございません。」
「そうだよな。とにかく彼の寛大な心に感謝しよう。」
「え、ええ。そうですね。」
「とにかく・・って、おおい!!おい!!」
ひとりの悪ガキがヴァリウス隊長に小便をひっかけていた。脱兎のごとく走り寄りフルチンの子供を抱いて母親の元へ戻ってきた。
「バカモノ!死にたいのか!!」
母親に対してしかりつけ、子どもを預ける。
「このとおりだ!もうダメだろ!もうだめだよな!な!俺の首で許してくれ!まだ子供なんだ!未来があるんだ!この街の民の責任は全て私にあるのだ!俺の首ひとつで何とか許してくれぇぇい!」
死を覚悟したポール王は、それは立派な、これ以上ない土下座で謝罪をした。さすがにデイブも助からないと思ったのか、隣で同じような格好で首を差し出している。
しかし・・ヴァリウス隊長は前をみてゆらゆらと揺れているだけだった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
おかしい
街人が全員同じ思いだった。
極悪な恐ろしい騎士のはずが何をしても怒らない。それどころかこちらを振り向きもしない・・怒りすぎてどうしていいかわからなくなったのか?なんなんだ?
そんな時だった、北の暗がりの角から光が照らされた。
「な・・なんだ?」
「なんでしょう?」
ざわざわ ザワザワ
街の人間もざわついていた。明らかに松明の光などとは違うものでこちらを照らして、何かが近づいてくる。
ブゥゥゥゥゥ
不思議な音がする。すると・・それは街の人間の前で止まった。スッとまぶしい光が消え暗闇から6人の女と1人の少年がこちらに向かって歩いて来た。
「だ、だれだ?」
「私はユークリット公国のサナリアからまいりました、イオナフォレストと申します。皆様を解放しにまいりました。」
貴族のドレスを着た、女神とまごうほどの美女がそういった。
よく見れば6人とも美女ぞろいだった。ドレス姿の女神のような金髪の美女、愛らしくも強い瞳を持つ健康的な体系をしたメイド、目の比率が大きく人形のような顔をしたメイド、貴族風のドレスをまとった巻き髪金髪の顔の白い妖艶な美女、切れ長の目を持つ鋭利なイメージの顔の白い美女、かわいらしい顔をした幼女。
そしてこの少年・・どこかで・・見た事がある気がする。何か不思議な雰囲気をまとった少年。
「あなたがたは・・」
ポール王が声をかける。
「はい、私たちはあなた方を解放するためにやってきた、ユークリット解放軍のものです。」
「解放軍?」
「ええ、バルギウス帝国やファートリア神聖国が不当に周辺諸国を占拠しているのです。それらの苦しみから民を解放するべくやってまいりました。」
「そ・・そんなこと言って、あなた・・殺されますよ!お逃げください!」
ポール王がヴァリウス隊長をちらちらをみながら、イオナに逃げるように勧めてくる。
「いえ、大丈夫です。その者は既に戦う意思はございません。」
「な・・なんと・・?」
「すでに私の支配下にあります。何もいたしません、騎士よこちらを振り向きなさい。」
イオナが言うとシャーミリアがヴァリウス隊長を使役した能力で振り向かせる。
「これは・・」
ヴァリウス隊長は目がうつろで、口は開きっぱなし。あほな顔をしてそこにフラフラと立っているのであった。あれ?この者は眼光鋭く精悍な容姿の整った青年だったはずだ。それが・・まるで死んでいるようなアホな顔で立っている。
「すでにこの者には、われわれに歯向かう意思はございません。ご安心くださいませ。」
「そ、そんな。」
「本当に大丈夫です。」
それを聞いた子供たちが、「ワーッ!」と言いながら一斉にヴァリウス隊長へ駆け寄り、殴ったり蹴ったりしていた。ヴァリウスは死んだ魚の目でただゆらゆらと立っているだけだった。
「兵たちは?バルギウスの兵士たちはどこへ行ったのだ?」
「彼らは醜い内乱をしております。かなり数を減らす事でしょう。しかしまだ油断はできません・・一度壁際までさがり、防御の陣形をかためますのでご協力いただけますか?」
「内乱?なぜあいつらが内乱を・・、とにかく!おぬしらが味方だという保証がどこにある?」
「それならば問題なく味方です。ここにいる少年はガルドジンの実の息子です。」
そうだ!この少年の顔・・見たことあると思った!今は敵兵に囚われている彼に、ガルドジンに似ているのだ!顔も雰囲気も似ている。
「お、おお。そういえばどこかで見た事のある顔だと思えば・・そうか・・お前が、アルガルド君か?」
「はい、今は訳あって違う名をかたっておりますが、間違いなくアルガルドにございます。」
「ガルドジンはお前を待っていたのだ!」
「わかっております。」
ポール王は理解した。あのガルドジンの待ち人がやってきたのだ。
でも・・しかし・・どうやって兵を退け、ここまでやってきたのか?このバルギウスの隊長はなんで急に空から降ってきてこんなことになっているのか?不可解なことばかりだった。
「それでは、皆さん岩壁の前まで後退してください。」
女神のような女性が言うので、ポール王は民に指示をする。
「この女性の言う事を聞こう!とにかく岩壁の前まで進もう!」
街人はポール王に言われ岩壁のほうに進んで行く。すると、ゆっくりとヴァリウス隊長も後ろをついて来た。
「ん?デイブ、彼もついてくるのだが大丈夫なのかね?」
「まあ、見る限りは心配なさそうですが・・」
全ての民が岩壁に下がると、大きな車輪のついた乗り物も付いて来た。
「これは、なんなのです?」
ポール王が気になったので、アルガルドに聞いてみることにした。
「ああ、これは馬のいらない鉄の馬車みたいなものですよ。」
「鉄の馬車ですか?」
不思議だ!馬もないのにひとりでに進む。
「ではここに固まってください!」
少年が言うので、民が岩壁の入り組んでいるところに集まり塊になった。その前に鉄の馬車が停まる。
「みなさんはこの車の後方にいてください。」
するとアルガルドを名乗る少年はその車の少し前に歩いて行く。なにを・・
「危険ですので下がっていてください!」
民は少年の言う事を聞いて後ろに下がる。その時・・全ての民は神の御業を見た。
ズ、ズズズゥウウン!!
という大きな音とともに砂煙を上げてもう一つの大きな塊が出てきたのだった。
「す、すばらしい。」
ポール王は目の前に出てきたものをみて感嘆の声を上げた。
目の前に出てきたのは、ラウルが盾にするために召喚したM113装甲兵員輸送車だったが、この世界の物にはそれが何なのか分かるものは一人もいなかった。前世では世界で最も使用されている兵員輸送車だった。
「ガルドジン殿の息子が我々を助けにきてくれたぞ!」
ポール王が叫んだ。
オオオオォォォォ!!!
住民たちからも大歓声が巻き起こるのであった。
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