第597話 狼王と反省しない人達
王城の一室。ユークリットから来た俺達11人とマーグを交えて、今後の方針を話し合っていた。
「いやあ、と言うわけだよマーグ」
何が、”と言うわけ”なのかは分からないが、そういうわけだ。
「は!」
マーグが肝に銘じます!っとでも言うかのような気迫で返事をした。実際にその通りだと思う。
「まあ、ここまで見事にわしらの考えたやり方が通らんなら、余計なことはせんほうがええ」
「そうですよね」
あれから獣人達とさまざまな試験をしてきた。
剣や槍を持って全員でならばグレートレッドベアを狩れるか?試験をしたら、大量の負傷者を出しながらもギリギリ成し遂げた。もちろん大量のエリクサーと、カトリーヌの治癒魔法が必要となった事は言うまでもない。俺達がいなければ当然死人が出ただろう。進化魔人ならば楽にやるのだから、無理してやる必要は無いと判断が下った。
岩盤を砕いたり巨木を倒して運べるか?試験をしたら、全員でやってかなりの時間を費やせば、怪我人を出しながらでもそれなりに出来る事がわかった。だが大型魔人なら造作もない事なので、獣人がやる必要は無いと判断が下った。
ライカン対獣人全員で組手をやったら制圧出来るか?試験は話にならなかった。むしろ魔人が獣人を制圧してしまったのだ。いや、制圧したわけでは無い。獣人が徹底抗戦したものの、ライカンの無尽蔵の体力についていけなかっただけ。
「ミリアの言う通りだよ。敵がきたらあっという間にやられるだろうな。むしろ足手まといになりかねない」
「私奴の意見など。全てはご主人様が、はじめからお分かりになっていた事です」
いや、分からないからいろいろ試験したんだけどね。
「しかも獣人はマーグの指示なら上手くこなすみたいだし、やっぱマーグが取り仕切るのが1番だと思うな」
「では、ラウル様が目指すところを目標に据えて、我が微調整をしていくという事でよろしいでしょうか?」
「ああマーグ、それでよろしく頼む。」
「は!」
結局のところ今まではマーグが上手くやれてたんだから、その絶妙なバランスを壊す事はないという事だ。獣人の扱いはマーグが一番うまいらしい。
「防衛のためシュラーデン基地には、後300の魔人を補充する」
「ありがとうございます」
シュラーデンにおいてのテコ入れは大体終わった。と言うか俺がかきまわしただけのような気もする。
「しかし先生、なぜか一切こっちの目論見通りには行きませんでしたね」
「意志の疎通が難しかったのう」
「はい。彼らと話していると出来そうな雰囲気を醸し出してるんですけどね」
「そうじゃな」
「ま、とにかくマーグに任せます」
「それでマーグよ、これから獣人達はどうするのじゃ?」
「はい。今回の試験で見えて来た事がございます」
マーグが冷静に言う。
「既に決まっておると?」
「大まかには」
マーグが言う獣人の扱いは次の通りだった。
まず獣人の特徴として
鼻が効く
耳がいい
足が速い
敏捷性が高い
夜目が効く
人間より力が強い
というのがある。
それらを踏まえても俺からの提案であった、兵士としての採用は却下。敵を人間だと想定している場合は十分有効だと思うが、デモンや得体のしれない魔導士や使役した魔獣では分が悪い。
全てを考えてマーグが出した結論は3パターン
ギルド職員
冒険者
役人
「マーグ、それだとそれほど大きく変わって無いようだけど」
「はい。ですので全ての職務において、人間との混合業務となります」
「ほうほう」
「ギルドの帳票については人間が、荒事や解決の実行部隊として獣人がやるように切り分けます」
「なるほどね」
「次に冒険者についてですが、獣人の弱点とも言うべき魔法が使えないという点を考慮します。獣人たちは我々魔人のように魔法を使う者がおりません。ですが鼻も効きますし聴覚も優れている。もちろん人探しや薬草探しの任務に有利でしょうが、それにもまして斥候の仕事に長けています。冒険者パーティーの能力が上がり、生存率もおのずと上がってくると思います」
確かにマーグの言うとおりだ。森での生き残り訓練は留まらなければいけなかったが、斥候ならば危機を察知してその場を離れ味方に合流して知らせる仕事だ。獣人達なら十分にこなす事が出来るだろう。耐久訓練自体が彼らには向かなかったのだ。
「確かに助かるのじゃ、じゃが獣人とパーティーを組みたがる人間がおるかのう?」
確かにそれもそうだ。差別の少ないシュラーデンとはいえ、冒険者は依頼遂行中ずっと寝食を共にする。生活環境も違ってくるし、信頼関係に関してはどうだろう?上手くやっていけるだろうか?
「恩師様、そこに関しては我が双方を取り持とうと思っております。さらにギルドに決まりごとを作ろうと思うのです」
「決まりごと、とな?」
「はい。人間は獣人を差別してはならぬ、獣人は人間を差別してはならぬ。もしそれに相反するものがいれば、我の下で裁判をうけ罰を受けてもらうと」
「それは自己申告制という事かの?」
「いいえ自分で報告してきても、他者が報告してきてもです。我々の魔人基地がその調査をいたします。黒であると我が判断した場合のみ罰が下ります」
「罰?えっとマーグ、どんな罰だい?」
「それはもちろん決まっております。魔獣の森で一夜を過ごす。それだけです」
「ずいぶん重くない?」
「重くなければ言う事を聞かぬ者が出るやもしれません」
「そ、そうか…」
どうやら今回マーグはいろいろな事を学んだらしい。むしろマーグのためには無駄じゃなかったかも知れない。
「ふむ。まあそんな事をしなくとも、マーグの人望で言う事を聞きそうじゃがのう。特にこの都市の人間は」
「いえ。恩師様は我を買いかぶりすぎです。そしてラウル様はいつも言っておられるのです、人間は欲望の生き物だと。それを我が甘く見る事はありません。それを知って行動してきたが故の、我の今の立場だと理解しております。ラウル様はそこまで考えていたのです」
いや、俺はそこまで深く考えちゃいないけど。
「そうなのじゃなラウル」
「はい、たぶん…」
「そうなのじゃなラウルよ」
「もちろんその通りです!マーグよ、よく理解して貫き通してくれたな!」
「は!」
まあ、結果オーライかな。
「役人の下で働く件は?」
「はい。都市内の相談事は王城にも来ておりましたが、魔人の手が空いていなければ役人がギルドに依頼しておりました。税も徴収している事ですし、簡単なものは役人だけで片付けた方が面倒が無いと考えておりました。獣人には雑務担当として王城で働いてもらいます」
市役所の困りごと相談課みたいなものだね。
「名案だ」
「名案じゃ」
俺と先生の返事が被った。
「効率がいいのじゃ」
「ですね」
「マーグは良くぞ、それを思いついたのう」
「なんと申しますか…ラウル様との系譜が関係しているように思います」
「ふむ」
俺との系譜?俺の前世の記憶でも辿っているんだろうか?確かに何らかの形で影響してると考えていいだろう。進化の度に俺寄りの見た目になっていくし、考え方も変わってきた。進化した魔人達は間違いなく、初めて会った時とは違っている。闘争心の固まりだったシャーミリアも、系譜に入ったとたんに大きく変化した。何らかの関係性はあるとみていいはずだ。
「マーグ。一応聞いておくんだけど、もし罰を与えても話を聞かない人間がいた場合はどうする?」
「決まっております」
「何?」
「我の真の姿を見せましょう」
なんだろ。凄くおっかない。それだけは避けたいと言う気持ちになった。こういう冷静で優しい人がキレるのが1番怖い気がする。とにかくそんなところも俺の考えに似てきている気がするし。
「じゃ、あといいや…」
「は!」
この国はコイツに任せておけば間違いない。とにかく内政が安定した後で、改めて外交の担当を回せば完璧だろう。
今後の話し合いも終わり、俺たちはすっかり元気になった獣人たちのいる部屋に来た。ドアを開け俺が入って来ただけでビクっとし、見えない尻尾が隠れたのが見えた。俺から何の無理難題を言われるのかビクビクしているのだろう。
「皆聞け」
後から入って来たマーグの声を聞いて、獣人達はほんの少し安心したようだ。かなり信頼されているらしい。
「試験や訓練は終わりだ。無事に全員が合格だぞ!」
マーグが凛々しく力強く言うと、獣人達の緊張がすっかり解けた。だが何をもって合格なのか俺には良く分からない。
「ありがとうございやす!」
リガスに続いて獣人全員がお礼の言葉をのべた。
「良くぞ死人も出さずに耐え抜いた!ラウル様もお喜びである!」
「「「「ははぁ!」」」」
獣人が俺に跪いた。まるで魔人のようだ。
「そしてそれぞれに仕事が決まった。我と面談の後に各方面へ配属となる!」
「「「「へい!」」」」
そしてマーグは俺の方を向いたが、なにか言葉を求められているらしい。
「あ、じゃあ後はマーグに任せるよ。俺たちはここでお別れだ。獣人のみんなは良く頑張ってくれた!これからも引き続き頑張ってくれ!」
「やったー!」
「ありがとうございました!」
「よく頑張ったなあ」
「生きてるって素晴らしいよなあ」
喜び、はしゃぎ、泣き、笑いさまざまな表情を浮かべている。それだけに俺の訓練が地獄だったのだろう、大変申し訳ない事をした。
「ラ、ラウル様!」
大山猫の獣人リガスが手を上げている。
「どうぞ」
「俺たちゃ、王様に!狼王様の顔に泥を塗っちゃいませんか!」
「もちろんだ!よくやった!ところで狼王様って?」
「はい。狼の如き佇まいと風格を持つ王です!狼王の名にふさわしいお方でやす!」
リガスがうれしそうに尻尾を振っている。
「リガス。狼王ってのがいるのかい?」
「はい。獣人に伝わる御伽噺みたいなもんでさあ」
「詳しく知ってる?」
「まあ子守唄程度にですがね」
「ふむ、それならわしも聞いた事があるのじゃ」
さすが大賢者。そんな本にも残って無いような事も知ってるのね。
「どんなものですか?」
「まあ、獣人に伝わる伝承じゃな。その昔、人魔の大戦が起きる前には獣人の国があり、そこを治めた英雄の話じゃ」
「人魔の大戦前の」
「狼王は人間とも対等に渡り合い、優れた能力の持ち主なんじゃと。そう育つように獣人達は子供達に子守唄として聞かせておる」
「えーと…まんまじゃないですか」
「じゃから獣人はマーグを慕っとるのじゃろ」
マーグは幼少の頃から記憶に刻まれてきた理想像って事ね。なら獣人達がこんなふうに懐くのも無理はない。しかもライカンの進化魔人であるマーグなら尚更当てはまっている。もしかしてライカンの祖って獣人だったのかもしれないな。
「先生。シュラーデンは問題無いようですので、本日の午後にも次の目的地へと飛ぼうと思うのですが?」
「それがラウルよ。王城の敷地内に武器庫と書庫を見つけたのじゃ」
「えっ!本当ですか?」
「本当じゃよ、見ていきたいとは思わんか?王家所縁のものじゃと推測するが」
モーリス先生の顔があの顔になってる。あの墓場泥棒の悪ーい顔に。その顔で俺を唆してくる。
「もちろん見ます。出発は明日にしましょう」
俺と先生はコソコソ話をしながら、スケジュールを決めていると…今まで難しい話に入って来なかった奴が急に割り込んできた。
「何を話してるんです?」
「それがのう、ごにょごにょ…」
「ぜひ行きましょう」
エミルもすっかり染まってしまった。精霊神なんて清廉潔白そうな存在になったのに、根本は俺となんら変わっていない。
「せっかく龍神様が手付かずで置いていって下さったのじゃ、キチンと調査せねばバチがあたると言うものじゃ」
「「はい!」」
俺たちは元気に返事をする。やっぱりここは似た者同士なんだと改めて思う瞬間だった。なんだかんだと先生とうまが合うのも、こういうところの理解があるからだと思う。というか先生の方がノリノリなのだから仕方がない。
ワクワクしながら部屋を後にするのだった。




