第596話 散々たる結果で土下座
俺達は残存していたシュラーデン兵舎の怪我人を収容する部屋にいた。並んでいるベッドは全て埋まっており時折うめき声が聞こえている。その並ぶベッドの前の床に、二人の人間が土下座をしていた。
そう。俺達は都市に戻っていていたのだ。
「いや!頭を上げてくだせえ!」
ベッドの上で上半身を起こし、慌てて言っているのは大山猫の獣人リガスだ。
「そうですよ、俺達が弱いのがいけなかったんでやす」
その隣のベッドに寝ながらこっちを向いて言っているのは、犬の獣人のガルブだ。
「そう!わざわざ訓練をしていただいたっていうのにすいやせん」
そのまた隣のベッドであおむけに寝ている犬の獣人サバーカが言う。
「……」
「……」
申し開きも無いのか…床で土下座をし言葉を無くした二人の人間とは…もちろん俺とモーリス先生だ。
「なんかすいやせん…」
リガスがしょぼんとした雰囲気で耳を畳み謝る。
「いや…」
俺が口を開く。
「俺が間違ってた。みんなにつらい思いをさせてゴメン」
「そんな事ねえですよ!」
「そうです!」
「俺達の力がたんなかったんでさあ!」
「わしも思慮が足らんかった、ラウルだけが悪いわけではないのじゃ」
「大賢者様!そんな事言わねえでくだせえ」
「そうです。俺らがわるいんでさあ」
「頭をあげてくだせえ」
今は朝。結局のところ、夜間生き残り訓練は朝が来る前に終了した。大型魔獣の住む森では全員が朝を迎える事は出来なかったのだ。
「違うんだ。俺は勘違いをしていたんだ、君たちが力不足なんじゃないよ」
「そんなことはねえです!」
「ある!」
「実際に無理でした!」
リガスはどうしても自分たちが悪いと言い張るらしい、だが今回の事は俺のミスだ。
「そうじゃ、わしも何と言うか…麻痺しとった」
「大賢者様!とにかく立ってくだせえ!」
「そうはいかん!」
「立ってくだせえ!」
なんかだんだんと語気も荒くなってきた。
「あ、あの」
「ハイラさんは黙ってて。これは俺が全面的に悪いんだから」
「は、はい」
そうだ。今回の魔獣の森、夜間生き残り訓練を計画したのは俺だ。さらにその相談をして楽しそうに良いじゃろ!と決めたのはモーリス先生だ。間違いなく戦犯はこの二人だった。
「みんな本当に申し訳ない」
俺はまた床に頭をこすりつけて謝る。モーリス先生も俺にならうように謝った。
なぜこんなことになっているのか…それは…訓練で死人が出そうになったからだ。幸いにも死人は出なかった。獣人たちは訓練だといきなり連れて来られた魔獣の森に、丸腰の状態でいきなり放り出され3日間生き抜けと言われた…無理な話だ。俺はすっかり麻痺していたしモーリス先生も麻痺していた。
魔人達は進化無しでも6人単位でチームを組めば、魔獣から身を護る事が出来る。進化魔人は少数でも魔獣を撃退し狩る事すら容易にできる。超進化魔人なら単体で森中の魔獣を殺し尽くせるだろう。俺もモーリス先生も間違ってしまったのだ、魔人達を相手にする感覚でこの訓練は容易だと思い込んでしまっていた。人間よりも身体能力の高い獣人達ではあるが、あんなおっかない魔獣が出る森に放り出したらそりゃこうなる。死人が出なかったことが奇跡かもしれない。
「だれも死んでねえんですから、そんなに謝らなくてもいいでやすよ!」
「とにかく!マリア!ハイラさん!ケイナ!全員にエリクサーをかけてください」
「「「はい!」」」
3人は一人一人ベッドを回りエリクサーをかけ始める。一旦はカトリーヌの回復魔法で大事に至らない状態になっていたが、完全に回復させるために必要だった。
「アナミス!唸っている人や怯えた人から恐怖を取り除いて寝かせてくれ」
「はい」
アナミスがベッドを回り、恐慌状態に陥っている者や魘されている者に癒しの術をかけて行く。
「凄い、一気に治って行く」
「回復魔法で十分治ったんでやすがね」
「神様みてえだ」
皆がエリクサーとアナミスの力を見て驚いている。
「とにかくすまなかった!要望は無いか?」
「とくに、ねえでやす」
「分かった」
「とにかく辛いです、お二方とも立ち上がってください」
リガスが懇願するので、俺と先生は立ち上がった。
「本当にすまなかったのじゃ」
「すまなかった」
「大丈夫でやす!」
「とにかく今日はゆっくり休んでくれ」
ベッドではマリアとハイラとケイナがせっせと周り、治癒薬を振りまき続けている。アナミスがその後を追って精神の傷を治していた。
「エミル…」
「なんだ?」
「ここを頼めるか?」
「分かった」
俺は怪我人たちをエミル達に任せて部屋を出た。
「こちらです」
俺が廊下に出るとマキーナが声をかけて来た。俺と先生がマキーナについて廊下を歩いて行く。
コンコン
「お迎えして」
中からシャーミリアの声が聞こえる。マキーナがドアを開けると、中にはシャーミリアとファントムがいた。獣人が恐れるといけないので、ファントムはシャーミリアに連れていってもらったのだ。
「よくお眠りのようです」
「そうか」
ベッドにはカトリーヌが眠っていた。俺の無謀な訓練のためにカトリーヌには大量の魔力を使わせてしまった。魔力枯渇による失神から未だ目覚めていない。すっかり空っぽになってしまったのだろう。
「素晴らしいお働きでしたから、カトリーヌ様はより大変だったかと」
うん。
「カトリーヌ様は、次期魔王のお子を宿す宿命を持っておられるのです」
「はい」
「はい」
俺とモーリス先生が恐縮しながら返事をする。シャーミリアもそれに気が付いたらしい。
「いえ、私奴はご主人様を責める事などありません!もちろん恩師様もでございます!私奴が言いたいのはカトリーヌ様にここまでお力を使わせたあの者達です」
「いやあ…彼らは彼らで俺の犠牲者と言うか…」
「あの者達が不甲斐ないからいけないのです。ご主人様は森を3昼夜ほど生き残れと言っただけではありませんか!そんな簡単な事も出来ないなどと情けない」
「いや、彼らは魔人じゃないし」
「まがりなりにも、魔人の直下で働こうという者があの体たらくではどうしましょう」
「まあそうだけど、やはりいろいろと限界もあったかなと」
「あれでご主人様の大切な民を守れますでしょうか?」
「いや、シュラーデンの民だし」
「マーグが王になった以上、この国はラウル様の物です」
あ‥‥確かにそうなるのか…
「確かにそうじゃの」
俺が口に出すより早くモーリス先生が言う。
「デモンが攻め入った時に、あの者達は民を守りえるのでしょうか?」
「そうか…そうだな…それは無理だろう」
「申し訳ございません。私奴ごときものが配慮もせずに大言を吐いてしまいました。何なりと処罰をしていただけますよう」
「しないしない!むしろ嬉しいよ。そう言う助言は嬉しい!今回の事件は俺が面白いからと突っ走った結果だし」
「私奴の足りぬ頭で愚考し、それがご主人様のお役に立つのであれば」
「立つ立つ!是非言ってくれ。とにかくあの獣人達は、人間達の治安維持のためだけに働いてもらうよ」
「は!」
「シャーミリア嬢よ、今回の事はわしにも大きな責任があるのじゃ。ラウルだけではないという事を知っておいておくれ」
「かしこまりました」
なんだが…シャーミリアがだんだん心強い存在になって来た気がする。俺の秘書としての自覚が強くなってきたのかもしれない、今回カトリーヌがこうなってより強く芽生えたらしい。
俺はカトリーヌのベッドのわきに座り、寝ている彼女の手を握る。
「カティすまない。ゾーンヒールを乱発したらしいね…気を失うまでやり続けてくれたなんて、俺は本当にどうしようもない奴だよ。今後は気を付けるから今はゆっくり休んでくれ」
昨日の訓練はそれは酷いものだった。最初の2グループを皮切りに一気に数グループ単位で魔獣に襲われ始めたのだ。全体をフォローしようと俺が必死に動いたが、すべてをフォローする事が出来なくなってしまった。死人が出そうな状態になりつつあり、俺は必死に救助と護衛をくりかえしていたが、いかんせん魔獣の量が多かった。
「シャーミリアも助かったよ」
「いえ。私奴はご主人様の剣となり盾となる者です。当然の仕事をしただけの事です」
シャーミリアが美しい礼をする。
そう。結局最後は全く追いつかなくなって、シャーミリアに一気に魔獣たちを片付けさせたのだった。モーリス先生の護衛はファントムに任せ、更に上空のヘリからマキーナに頼んでカトリーヌを地上に下ろしてもらった。現地で治療しなければ追いつかなくなってしまったからだ。
森は魔獣と獣人の血であふれていた。
必死に治療しまくったカトリーヌは失神し、怪我をした獣人たちを俺とファントムとシャーミリアが朝まで護衛していた。モーリス先生も念のため寝ている獣人たちに結界を張り、周辺で待機していてくれたのだった。
「とにかくカティの看病は俺がするよ。シャーミリアとマキーナはギルドに行って、残った獣人たちに説明してきてくれないか?」
「かしこまりました」
「は!」
二人は部屋を出て行った。
「先生…やっちゃいましたね」
「そうじゃな、悪ノリしすぎたかもしれん」
「はい。巻き込んですいませんでした」
「いや、わしも興味津々じゃったからの」
「魔人の相手をし続けて、麻痺しちゃってました」
「わしもじゃ」
俺達の反省会をファントムが黙って見ている。いや…見てない…どこか遠くを見ている。
「南ではオージェやグレースたちが、今にも来るかもしれない敵に備えて頑張ってるんですけどね」
「彼らにもすまなんだ」
「はい。遊んでいる場合ではないと思うんですけどね」
「つい…じゃろ?」
「そうそう!つい!」
「そうなのじゃよ!」
「先生もですよね!」
「そうなのじゃ!面白そうと思ったらついやっちゃうのじゃ!」
「あはははは!私もです!だって夜間生き残り訓練ってどうなるのかな?って思いましたよね!」
「思った思った!もちろんこんな危険じゃと思わんかったがの」
「私もです!でも死人が出なくてよかったなーとは思ってます」
「ホントそれじゃな!」
「はい!」
「次は何か考えておるのか?」
「ちょっときつすぎる訓練はダメですね、やはり対魔人戦でしょうかね?やっぱ魔獣は手加減とかしてくれないのでダメっすわ」
「ぷっ!魔獣が手加減してくれると思うたのか?」
「いや、間違ったんですよ。魔人達があんなに軽くやってくれるから、なんか魔獣が手を抜いてるんじゃないかと錯覚していたのかも」
「なんとなくその感覚がわからんでもないのじゃ」
「ですよね!はははははは」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
と話をしていた時だった…俺とモーリス先生は何かの視線を感じた。
恐る恐る後ろを振り向いてみると、ベッドのカトリーヌが上半身を起こしてこちらを見ている。
「あ」
「ふぉ」
「ラウル様…先生…」
「いや、違う!」
「何がですか?」
カトリーヌの目が座っている。
「違わないって言うか」
「そうじゃぞ!あれは必要な訓練じゃった!」
「カトリーヌには申し訳ない事をしたと思ってる!」
「いえ!私の事を言っているのではありません。ラウル様や先生の為なら、私がどうなっても任務は完遂します!」
「あ、そうだよね!わかってるよ!」
「今回は獣人に人死にが出ませんでしたが!本当に危ない人もいましたよ!」
「も、申し訳ない!」
「申し訳ない!じゃないですよ!魔人とは違うんです!獣人や人間は脆いのです!」
「わ、分かってる。でもほらエリクサーがあったから」
「命はそんな簡単なものじゃありません!」
カトリーヌに強く言われた瞬間だった。
俺とモーリス先生は土下座をして床におでこをこすりつけていた。確かに戦いで傷ついたのなら仕方ないが、興味本位の訓練で死にかけるなど言語道断だ。もちろんそんな結果を想像していたわけではないが、軽々しかったのは事実だ。
それにもまして、カトリーヌのこんなおっかない顔を見た事は初めてだった。
俺と先生が思わず土下座をせずにいられないほどに。




