第594話 異質なギルド
街は相変わらず賑やかで戦争前の活気に満ちたユークリット王都のようだった。城から都市の中央付近に進んだところに、ひときわ大きめの建物があった。そこが元々のギルド跡地らしく再びギルドとして復活させたらしい。
「先生は、ここのギルドには来た事があるのですか?」
「もちろんじゃ」
どうやらモーリス先生は若い頃に、ここのギルドに来た事があるらしい。
「以前と比べてどうですかね?」
「外観は全く変わっとらん。ちとボロになったかの」
「まあまあの年代物って感じなんですね」
「わしが来た時は、ずいぶん若い頃じゃしな」
「なるほど」
マーグが先頭を歩いているので、王城からここまでの間にも何人もの人から声をかけられた。まるでマーグは民たちの心の拠り所にでもなっているかのようだ。
「人気者じゃの」
「いえ!恩師様。みな雑用を頼まれた事のある者ばかりでして、顔見知りのようになっているだけです」
「マーグ。そう言う頼み事はギルドで受けてるんだろ?」
「いえ。ギルドでも王城でも道を歩いている時でも、どこでも頼んでいいという事にしてあります」
「マジ?」
「ま…まじです」
マーグは俺が使う言葉を覚えていたようだ。普通に返事をくれるあたりが順応性が高い。
「とにかくギルドへ」
「そうじゃな」
「ああ」
マーグが俺達11人を連れて、路地をぞろぞろと歩いて行く。マーグが連れているので周りも関係者だと思っているのか、歓迎ムードがあって気分は悪くない。
ギイ
ギルドの少し立て付けの悪そうな、観音開きのドアを開けた。すると中にもたくさんの人たちが右往左往しているようだ。
「なんじゃ?」
「あれ?」
「あら?」
「ん?」
そのギルドの異質な感じにモーリス先生と俺、カトリーヌにエミルも気が付いた。もちろん俺の配下達も気が付いたらしい。
「おっ!だんな!」
ギルドの奥からデカい男が声をかけて来た。だがただデカいだけでは無かった、その耳はふさふさで丸く顔も鼻も丸くて全体的に愛嬌のある顔をしていた。それにもまして毛深いし…いや毛深いなんてもんじゃない。
何故ならそれはふさふさの尻尾が生えた獣人だったからだ。
「ようやくおでましだ!」
「だんなの客人が来るってんで、既に上の階で準備してますぜ」
「みなさんよくお越しくださいました!」
とギルドの職員らしき全員が声をかけて来た。その職員も全員獣人のようだ。
「マーグ…」
「上の部屋で説明いたしましょう」
「わかった」
「1階は数名に任せて、お前達も来い」
「わかった!」
「へい!」
「じゃあ任せたぞ!」
と言って3人の獣人がついて来た。ギルド内の半数は獣人で半数が人間、その全員の視線が俺達に注がれている。俺とシャーミリアとカトリーヌがギルドにふさわしくない、貴族っぽい服装だから目立っているのか…
…それか、カトリーヌとシャーミリア、マキーナ、アナミスの美女軍団が目立っているのか?
恐らく後者の者が確実にいそうだ。鼻の下が伸びている男が数人見受けられる。
「こちらです」
マーグに連れられ2階に行くと廊下にも獣人がおり、部屋に入るとまた数名の獣人がいる。
「「「「ようこそいらっしゃいました!」」」」
まるで…反〇の事務所に来たように、部屋の両脇に一列に並んだ獣人たちが一斉に挨拶をする。
「元気がいいのう」
モーリス先生だけは動じない。俺達は何事かと思いソワソワしながら入って行く。
「すみません。皆がラウル様達を心待ちにしていたようなので、とにかくお座りください」
マーグが言う。
俺達が椅子に座るとすかさず、目の前のテーブルに飲み物が出て来た。飲み物を置いた獣人がさっとはけて行く。
「ラウルよ、何か…」
「言うな」
何ていうか、若い衆が後ろ手に手を組んで周りに立っているのが落ち着かない。
「えーっと、何で獣人ばかりなの?」
マーグに尋ねる。
「それが、ルタンとラシュタルあたりを拠点にしている、獣人組織から来たそうなのです」
「えっと…獣人組織?」
「はい。そして…その組織の長と言うのが、ラウル様も知っている…」
「テッカ?だよね?」
「はい…」
どうやらクマの獣人のテッカが獣人組織のボスをそのままやっているらしい。だがなんでこんな雰囲気になってるのか?俺の想像しているギルドとは程遠い。
「リガス!カルブ!サバーカ!こっちに来なさい」
「「「へい!」」」
マーグに呼ばれ最初に声をかけて来た丸い顔の獣人と、少し耳の尖がった犬歯の生えた獣人二人がやってくる。
「我の主のラウル様だ」
「この度は!ようこそ!シュラーデンのギルドへおいで下さいました!どうぞごゆるりと!」
リガスと呼ばれた丸い顔の獣人がきっちり礼をして言う。
「えっと、テッカから言われてきたのかい?」
「へい!ボスからはマーグの旦那の役に立つようにと!こちらの支部に送られた次第です!マーグの旦那にはいつも良くしていただいておりやす!」
「そ、そうか。テッカはボスなんだね」
「へい!ボスからは決して粗相のないようにと!皆が躾けされておりますのでなんでも申しつけてくだせえ!」
俺がゆっくりと周りを見てみると、心なしか皆が尻尾を振っているように見える。もしかしたら俺に会えてうれしがっているのかもしれない。
「なら俺の事は知ってるよね?」
「へい!生きる伝説とも、世界を牛耳る者とも聞いておりやした」
「せ、世界を…牛耳るって…」
「プッ!」
エミルがこらえきれずに軽く噴き出した。
「あの、ラシュタルにはニケもいたと思うんだけど、彼女は元気にしてるかな?」
「はい!姐さんはいつもお優しい方で、俺達にとても優しくしてくれます!」
姐さんって…
どうやらテッカの獣人組織は不思議な方向へ向かって歩き出したようだ。
「マーグ。何故に、この人たちはギルドに?」
「すみません。やらせることが無かったので、全員ギルド職員に仕立て上げました」
ははは…やっとだ…やっとマーグにも穴らしい穴が出てきた。どうやら大量に送られた獣人の扱いに困っていたのだろう、身体能力は人間より高いからギルド職員としてはもってこいだと思うが。
「そうか。まあそうだよな、体資本の仕事するなら獣人の方が適してると思う」
「彼らは従順で、よく言う事を聞きます。むしろそういうふうに向こうで躾けられたようです」
「だけど、ギルド職員が全員獣人だと何かと困らないか?」
「そこなのです…」
マーグが少し困った顔をする。
「なるほどのう、確かにマーグは良い判断じゃったと思うがの。これでは事務仕事が捗らんじゃろうな」
「事務仕事は、ほぼ抜きでやっています。ですので何度も同じ仕事をやってしまったり、お金をもらい損ねたり冒険者に多く支払ったりと火の車です」
「す、すいやせん!俺らがバカばっかりで!マーグの旦那にご迷惑ばかりおかけしておりやす!」
獣人たちがペコペコしている。
「いや、お前達はよくやっている。ただ獣人しかいないからか、人間達がギルドで働きたがらないだけだ」
マーグがフォローしている。だが、獣人しかいないから…じゃないと思う…この雰囲気がいけないんだと思う。
「なるほどなるほど。少しの問題ですね先生」
「そうじゃの、むしろギルド職員で全員を収めておく必要はないじゃろうな」
「どのようにすれば良いでしょうか?」
マーグが聞いて来る。
「獣人の冒険者にしちゃえばいいじゃん。まあ揉め事処理のために半分はギルドに残した方がいいと思うけど」
「獣人冒険者ですか」
「ああ。ギルドで頼まれごとをする冒険者は人間だけなんだろうけど、獣人なら嗅覚や聴覚が優れている者が多いから、探し事や迷子の操作などに適してると思う。あとは森の中の薬草探しとか、あと鼻が利くなら伽藍主根だって探せるんじゃないか?」
「あ!」
サバーカと呼ばれた犬風の獣人が声を上げる。
「どうした?」
「薬草や伽藍主根なら探すのが得意なやつをしっておりやす!」
「そうか!それならやはり冒険者として仕事をした方が良い」
「それなら迷子探しだって、ペット探しだってお手の物ですわ」
カルブと呼ばれた、これまた犬風の獣人が声を上げた。
「そうだろうね。だったらそういう人たちは、自分に適した仕事をするべきだ」
「「へい!」」
マーグがなるほど、といった風の納得した顔をしている。どうやら彼らの扱いには困っていたのかもしれない。
「あとは、マーグ」
「は!」
「力量を見極めて魔人達で鍛え上げてやるといい。その中から兵として通用するような者を見出して、進化魔人達に部下をつけてやれないかな?」
「なるほど」
「ふむ。雑用は獣人たちに任せて、魔人兵は兵士としての仕事をするべきじゃろうな。この都市には軍隊が無いといっとったじゃろ、魔人軍基地は近郊にあるが人間達が自分で何も出来ないようではいかん。子供達を鍛えるのも悪くはないが時間がかかりすぎるからのう。進化魔人を全て指揮官にすえて、もっと兵士を確保する為の仕事をした方がよい」
「先生の言うとおりだ。出来れば魔人と獣人の混合部隊なんてのも作れたら面白いんだがな」
「混合部隊ですか?」
「そうだ。他の国にはない軍隊が出来上がるぞ」
「かしこまりました。それではすぐに人選をはじめたいと思います。ですがギルド職員に適した者を見極めるにはどうすればよいか…」
「大丈夫だ、それは俺達に任せてくれ」
「かしこまりました」
よかった。マーグが優秀すぎるので、この国に来てなんにもすることが無いと思っていたが、多少は協力できるところがありそうだ。しかも魔人と獣人の混合部隊には非常に興味がある。俺達は早速その作業にとりかかるのだった。
獣人一人一人と話してみると、それぞれに個性があって面白かった。最初に声をかけて来た山猫の獣人リガスだが、彼にはギルドマスターとしての資質がありそうだった。獣人みんなに慕われているし、どうやら獣人の中では一番強いのだそうだ。見た目は全部丸くて愛嬌がある感じの大男なのだが、その能力はずば抜けているらしい。あとは荒事に向いている者や協調性のある獣人を選んでいく。
ギルド内にあふれていた獣人たちは、兵士、冒険者、ギルド職員に振り分けられた。
「えー、この振り分けに不服な人いるー?」
俺が聞いてみる。
「「「「「いえ!ラウル様に選んでいただいた仕事を、精一杯やらせていただきやす!」」」」」
皆が声をそろえていう。
「あとは今日明日で試験を行う。試験と言っても簡単な戦闘訓練のような物だ」
「「「「「へい!」」」」」
「試験で最終的な配置決定を行うけど、まずは先ほど決めた仕事になると思っていてくれ」
「「「「「へい!」」」」」
「なにか質問あるか?」
「いえ!ボスのテッカさんの顔に泥を塗らねえように、精一杯頑張らせていただきやす!」
「お、おう!その意気だ」
「へい!」
リガスの言葉で全員が頭を下げた。
「ところで、夜間訓練が大丈夫なやつは手をあげてくれ」
するとほとんどの獣人が手を挙げた。
「なるほど、そりゃすごい」
「ではラウル様。本日の夜からすぐに訓練に入りますか?」
「だな。マーグ準備をしておこう」
「かしこまりました」
俺達はギルドにいた獣人グループの振り分け試験を行う事となった。人間と違って獣人は夜目も利くため、夜間訓練でも問題なさそうだった。むしろ暗視ゴーグルとかいらない分、人間よりかなり有利かもしれない。
話を端的にまとめて、俺達はギルドの受付を行う獣人をのこし都市の外へと向かう。
《さて、獣人の戦闘能力を見るのは初めてだな》
ひそかな期待を込めて獣人との共同訓練に向かうのだった。




