第593話 王国復活の礎
俺達は王城の講堂でシュラーデンの役人や冒険者、商人達と向かい合っていた。マーグと魔人達が民達を連れて来てくれたのだった。
「王よ!この方たちが王がおっしゃっていた悪魔と戦う戦士の方々でしょうか?」
「そうだ」
マーグはためらうことなく答えた。
「何と素晴らしい!神の遣わした戦士たち」
「違う。このお方自身が神なのだ」
マーグがエミルを指して淡々と言うと、シュラーデンの民たちは一斉に騒ぎ立てた。
《いやマーグよ。おおむね本当の事だけど、そんな事言っても人間は信じないと思う》
《申し訳ございません。ではどのようにお伝えすれば…》
マーグが困っているが、俺だっていきなりそんな紹介されたら説明に困る。
「すまんのう…口を挟んでもよろしいかの?」
モーリス先生が話し出す。
「あなたは?」
「わしはユークリットのモーリス・サウエルという者じゃ」
「おおお!大賢者様!」
「お初にお目にかかります!」
「やはり大賢者様は生きていらっしゃったという事なのですね!」
流石に有名人は違う。モーリス先生の名前は皆が知っているらしい。だが属国とはいえ一般市民ではモーリス先生に会った事など無いようで、初めて見る生きる伝説に興奮している。
「ふむ。そしてこっちの淑女がナスタリア家のご息女である。カトリーヌ・レーナ・ナスタリア様じゃよ」
「な、なんと!あのナスタリア家の…」
役人はみんな目を見開いてカトリーヌを見た。
「そうじゃ。言うてみれば、今残っている貴族の中で唯一の王位継承権を持った者じゃな」
それを聞いて役人たちが一斉に膝をついた。それを見た商人や冒険者が分けも分からず、右ならえで膝をつく。
まあそうだろう。大国ユークリットの正当な王位継承権を持つ者を前に、属国シュラーデンの役人が恐れ多くてひれ伏してしまうのは当然だ。
《ラウル様。やはり人間は権力に弱いのですね》
《そうだよアナミス。しかも古くから有名なナスタリア家と言えば、恐れ多くてこうなるのは当たり前なんだよ》
《学びになります》
アナミスの勉強になったらしい。
「皆さん。私は王位を継承したわけでもございません。そんなにかしこまらないでいただきたいです」
「とんでもございません!」
お役人の1人が頭をさげたまま言う。
「でも、こういう感じですとお話がしづらいですから、出来れば普通にしていただけると助かります」
「わかりました。では皆…」
一番前のお役人が言うと皆が頭を上げた。
「わしらはこの後ろに並ぶ者達の助力を得て、今ここにおるのじゃよ」
モーリス先生が俺達を見渡す。
「あの、先ほどマーグ王が神がおられると申されました」
「いかにも。それは事実じゃよ、こちらが精霊神様じゃな。そして…」
「我らが主でもあり、王のご子息でもあるラウル様である」
モーリス先生が言う前に、マーグが俺を指して言う。
「マーグ王の主様ですと!」
「そうだ」
すると役人はさらに頭が低くなった。神様より俺の方が上の存在に思われてる?
「あー、いいんですよそんなにかしこまらなくて。マーグに接するように接していただければ」
「そのようなわけにはまいりません!」
役人が言う。
「いや本当に」
そう言っても民たちはかしこまったまま動かない。
「こちらにいらっしゃるマーグ王はとても人格者であらせられる。冒険者や民にも気さくに声をかけられ、我ら役人にもきちんと仕事を与えてくださった。民に愛され気軽に声をかけられる王だと尊敬を集めているのです。その主様となれば、それは我々にとって神に等しい」
《いやいやいやいや!俺は人格者と言う存在からはまるで正反対の位置にいる存在だし!確かに魔神を受体しているらしいけど、自分では何ら実感も無いし。これからの立ち振る舞いがしずらくなるからやめてほしい!》
心の声が叫んでいる。
「皆きいてくれ」
マーグが言う。
「なんでしょう」
「我が主はそのようなことを望んではいない、それよりも現実的な話をされる事を望んでおられる。そう言う御方だ」
マーグはこういうフォローも出来るのか…
「わかりました。王がそう言うのであれば」
「分かってくれたならいい」
「あのう…」
そんな中で冒険者のひとりが手を挙げた。
「なんじゃろ?」
「えっとぉ…」
冒険者が言い辛そうにしている。
「問題ないのじゃ、何でも言うてくれるかの?」
「みなさんがここに来た目的ってなんなんだい?」
冒険者が言うとお役人が口を挟む。
「おい!大賢者様にそんな口の利き方をしてはならん!」
「ふぉっ?問題ないのじゃ。元より冒険者とは皆こんなもんじゃろ。わしも話しやすくて良いのう」
モーリス先生は髭を撫でながら、お役人に対して諭すように言う。
「すみません」
「すまん。こんな話方しかできないんだ」
その冒険者はかなり年季が入った皮の鎧に傷だらけの顔で、普通に見かけたら近寄りがたい雰囲気だ。だが喋り口調は穏やかで優しい感じがする。
「よいよい」
「それで大賢者様。ここに来た目的はなんなんだい?」
「それではラウルが答えねばなるまいな、わしはラウルについてまわるオマケのじじいじゃからの」
「オマケ?大賢者が?」
「そうじゃ、わしゃほとんど役に立っとらんよ」
「そんな…」
冒険者はポカーンとする。
「先生。役に立ってないなどど、皆さんが本気にしてしまいます」
「じょ冗談なのかい?」
「ふぉっ?わしゃ冗談など言っておらんがのう」
「いえ先生。冗談ですよね?大賢者様なくして我々は、ここまで順調にたどり着けなかったでしょう。世界の真理を探し続けた人なのです、その英知は私達に多大な恩恵をもたらしております」
「いや、わしゃ面白いから一緒に居るんじゃ。あと、いざという時に孫らを守らねばならん」
「わ、わかりました」
確かに今の台詞は本気だ。
「で、どうしてここに来たのかを聞きたいのでしたね」
「そうだ」
「分かりやすく言うと」
「分かりやすく言うと?」
「見に来た」
「見に来た?なにを?」
「ここいらの状況を」
「えっと、もう少し分かりやすく言ってくれねえかな?」
「だからシュラーデンがどうなってんのかな?って見に来たの」
「それだけ?」
「それだけ」
「……」
どうしたんだろう?皆が静かになって考え込んでいるようだ。
「えっと、なんか他に用件があった方がよかったかな?」
「い、いや!いやいや!そうじゃないんだ!」
「じゃあ何かな?」
「マーグ王を連れて行くんじゃないのか?」
冒険者がそう言うと、皆が静かになり固唾をのんで俺の言葉を待っているようだ。
「いや、連れてかない。マーグはここの王になったんだし、連れて行かれたら皆が困るだろうし」
「ほ、本当かい?」
「本当」
ここに居る市民、全員がほーっと息を吐いた。どうやらマーグを連れて行かれることが心配だったらしい。
《ラウル様。我はここで引き続き王を演じるのですね?》
《マーグ。演じるんじゃない、本当にここの王として君臨し続けるんだ》
《なるほど。それはラウル様の御為になるのですね?》
《ああ。この国はへき地だが、海と西の山脈は十分警戒し続けなければならない。平和な世界になったら連れに来るから、それまでは王様をしていてくれると助かる》
《ご命令とあらば》
マーグとアイコンタクトをとりながら念話で話す。
「よかった」
「本当に、いつ強大な敵がやってくるか分かんねえからな」
「俺達冒険者では守り切れなかったし」
冒険者達が安堵の声を漏らした。
「商人としても海産物と森の恵みがあってこその繁栄だと思っておりました。彼らが去ればこの国は以前のように貧しい国へと戻ってしまうでしょう。さすれば商人の商売などあがったりですからな」
商人も、良かったなーとか言いながら肩をたたき合っている。
「我々としても助かるのです。シュラーデンに貴族はおらず軍も壊滅、オージェ様がこの地を去り、また敵国の侵入におびえる日々が続くかと思っておりました。それがマーグ王のお仲間は一騎当千の者ばかり、しかも将来の兵士を育てるために戦いの訓練もしてくださっている。近隣の森には巨大な魔獣もおります故、これからどうなるかと思っておりました。シュラーデンはマーグ王がいなければ繁栄はないでしょう」
「あー!すみません。オージェは私の親友なので連れて行ってしまいました」
「いえいえ!オージェ様は自由な方でいらっしゃいましたから。あのお方は敵兵の処遇に困っておりましたが、敵兵と行列をなしていなくなったという情報が都市内を回りまして」
「あのとき敵兵は一人残らず連れて行きましたからね。そしてマーグには暫定的にシュラーデンの治安を守るように伝えていったのです」
「なるほど、そういうわけでございましたか」
「それが、何の因果か見に来てみれば、マーグが王になっていたというわけです」
「我ら市民からの歎願を聞き入れてくださっていたのです」
「それは聞いております」
市民たちからすればマーグと進化魔人達は、シュラーデンに必要不可欠な存在になっているらしい。
「しかもマーグ王や臣下の方達は、いっさい偉ぶる事も無く謙虚でいらっしゃる。我々の要望も速やかに聞いてくださり、どんどん改善もなさる素晴らしいお方だ。北側の海で漁など魔獣が怖くてできなかったのですよ」
《そういえばマーグは、なんで海の漁を始めたんだっけ?》
《手持無沙汰でしたので》
《なーるほど》
「喜んで頂けて何よりです」
「それも全てラウル様の命によりやったまで、すべてはラウル様の功によるものかと」
マーグが言う。いや、マーグよ。そこまで凄い事は期待していなかったけどね。ホント謙虚ね。
「さらには、ユークリットの王家の所縁の方とも縁があるとは。ただ者ではないと思っておりましたが、ここまでとはいざ知らず、市民たちはマーグ王に無礼な態度で…」
「いや!いいのです!マーグはそれを望んでおりません。だよな?」
「は!我は意見をしやすい構造をと思ったまで」
「マーグもこう言っているので、口の利き方とか接し方はぜひ今まで通りに」
「かしこまりました。マーグ王のご希望とあらば、今まで通りにいたしましょう」
今までの流れでマーグがなぜ王様に選ばれたのかが分かった。もちろんその手腕もさることながら、人格的にも優れていると思ったのだろう。マーグにも何らかの心境の変化があったのかもしれないが、この国はマーグに一任して問題なさそうだった。
「他に何かありますかね?」
「いえ。私達の知りたいことは確認できましたゆえ」
「では、私達からよろしいでしょうか?」
「な、なんでしょうか!」
役人たちが俺に何を言われるかとピリッとしている。
「ここに学校はありますか」
「いえ。このようなご時世ですので閉鎖しております。学校を開く余裕は無かったのです」
「なるほどそれはいけませんね?先生」
「そうじゃな。子は宝じゃ、子供のうちからの学びはとても重要じゃよ」
「都市内に読み書きを教えていた人は居ますかね?」
「はい、いると思います。今は商人の手伝いをしたり農業に専念したりしていると思いますが」
「彼らに、政府からお金を払って学校を開いてもらえますか?」
「学校を?」
「ええ。税収はありますか?」
「もちろんです。王政を復活させるためにも、我々がある程度行政の立て直しをしましたので」
「ラウル様。我らも税の集金で回る事があります」
「上出来だ。それならばその一部から先生がたの給金を賄いましょう。学ぶ場所は…」
「それならば元の学校がそのまま建っておりますが」
商人が言う。
「ではそこで」
「わかりました」
それから俺達はさまざまの細かい事柄を詰めて、これからどうするのかを確定させていった。結局マーグは王様のまま、進化魔人達が騎士のような役割で残ることになった。
「では以上ですね」
「はい!今後とも何卒よろしくお願いします!」
市民達はぺこりと頭を下げて出て行った。しばらくは俺達だけ残り話をすることになる。
「先生。当面の課題は学校だけですね」
「上出来じゃな。マーグよ、おぬしはよくぞ冷静にここまでもってこれたの」
「我は変わったのです」
「変わった?」
「オージェ様に手も足も出ずにねじ伏せられた事で変わりました」
「ああ、そう言えば組手したっけね」
「我は腕には人並ならぬ自信がありました」
まあそうだろうね。魔人の中でもかなりの強さを持っているし、ギリギリトップ10には入ってくるんじゃないかな?
「ですが腕だけではだめだと思い知らされました」
「そう思えるのは素晴らしい事じゃよ。伸びしろがあるという事じゃ」
「ありがとうございます。それで我は人間の知恵を知ってみる事にしたのです」
「なるほど。それでこんな形になったんだ」
「はい。いろいろと学びました。我に足らぬところも少しは見えて来たかと」
「さすがマーグだ」
「いえ。まだまだ精進せねばなりません」
「なら引き続きこの国の行政に入り込みながら、その能力に磨きをかけて行ってくれるかな」
「かしこまりました」
謙虚で人一倍努力家の魔人らしい。俺もだいぶマーグに対して好感度が上がった。むしろ魔人国の次期王もマーグでもいいんじゃね?とすら思う。だが魔人国の上下関係は力だ、マーグが力だけじゃないと気付けたのはとても大きいと思うのだが、他の魔人は納得しないだろう。
「じゃギルドへ行って見ますか?」
「そうじゃのう」
「それではついて来てください」
俺達は再びマーグについて王城を出るのだった。




