第591話 無許可で国家乗っ取り
北西の端に位置するシュラーデン王国へもグラドラムから一般兵を補充しており、かなりの人数となっていた。もともとは20名程度の進化魔人を派遣していたのだが、既に未進化魔人が数百単位でいるようだ。
「マーグ。近況の報告と、周辺地域の状況を聞きたい」
「は!」
向かいに座ったマーグからの報告が始まる。
補充した魔人達が順調に地域に馴染んできている事。
人間達との交流が円滑に行われている事。
北側に面した海で魔人達が海産物の漁を始めた事。
ラシュタルやユークリットと貿易を復活させ、その運搬を魔人が行っている事。
周辺を調査した結果、転移やインフェルノなどの魔法陣設置は確認されていなかった事。
そして…
「それで都市の状況は?貴族がいない状態では治安も悪くなっているんじゃないのか?」
「それは問題ありませんが…」
「何かあるのか?」
「はい…いえ…問題が無いと言ったら嘘になりましょう…我は勝手な真似をしてしまいました」
どうやら俺に対して言い辛い事があるようで、とても申し訳なさそうにしている。屈強なライカンなのに耳と尻尾を畳んでいるかのようだ。もちろん進化魔人なのでどこからどう見ても人間にしか見えないが、見えない耳と尻尾は明らかに畳まれている。
「問題ない、言って見ろ」
「では、実はシュラーデン王都で市民たちといろいろな話をいたしました。いや一方的に話をされたと言いますか…」
「なにを?」
「もちろん断りもしたのです!それでも、どうしても我に頼みたいという事で!致し方なかったのです!」
「えーっと話が見えないけど、何でもいいから言ってよ」
「ご主人様からの命令よ」
シャーミリアからも強めに催促されるが、どうやら相当言いづらそうだ。そんなにとんでもない事をしてしまったのだろうか?市民と揉めて殺してしまったとか、都市を破壊してしまったとか?
「それが…」
「ああ」
「王になってしまいました」
「へ?」
「申し訳ございません」
「いや、あの…もう一回言ってくれ。なんだって?」
「ですから、我はシュラーデンの王になってしまいました」
「はぁ?」
「なんじゃと!」
「なんですって?」
「どういう事なのか!」
俺とモーリス先生、カトリーヌ、シャーミリアが立て続けに驚きの声を上げる。ライカン超進化魔人であるマーグが、なぜ人間の国であるシュラーデンの王になっているのだろう?全員の頭の上にはハテナマークが浮かび上がっていた。
「えっと、自称って事?」
俺は思わず素っ頓狂な質問をしてしまった。
「いえ、そうではありません。民に選出されて王になったのです」
「民に選ばれて?」
「はい。シュラーデン市民達が我を選びました」
「市民が…選んだ?マーグを?王に?」
「はい。ある日、我が王城から出た時の話です」
皆が話の続きを聞くために静かにする。
「王城前の広場に市民たちが待っていたのです」
「それで?」
「我はてっきり不法に王城を占拠しているので、立ち退きを言い渡されるのかと思いました」
「違った‥てことか」
「はい」
「そこには、どんな人がいたんだ?」
「商人や町を取り仕切っていた元役人などです。一般市民も多数おりましたが」
「おお!お役人が生きていたのか!」
「はい。どうやら正体を隠して潜伏していたらしく、彼らが大勢集まって王城の前で待っていたのです」
「そこで何を話した?」
「はい。市民の意見をまとめた結果、我に王としてこの国を治めてほしいのだと。それがここに住む者達の総意なのだと言われてしまいました」
「元お役人達がか?」
「はい」
「なんでお役人が、貴族でもなんでもないマーグを王に?」
「正直な所、全く心当たりがございません。あるとすればオージェ様の後を受け継ぎ、青年や子供たちに体術の指導をしておったからでしょうか?」
「そんなことで王になってくれとは言わないと思うよ」
「そうじゃな…」
「であれば全く分かりません」
「なんで…元お役人が見ず知らずの男を王に?」
「なぜでしょう?」
どういう事だ?そもそも貴族でも何でもないマーグを、王として迎える事などあるのだろうか?罠とかそう言うわけではなさそうだが…
「とにかくマーグはそれを受けたと?」
「申し訳ございません!行政を行うためには彼らの力が必要だと考えました。我が王になって事が収まるのであれば良いと思い…」
「不敬な!ご主人様の許可も無く、そのような重要な事を勝手に決めるなど言語道断!」
こわっ!!シャーミリアの目が座ってる。そして殺気だったものがピリッと伝わってくる。
「そ、それは!どうにも申し開きのしようもなく!」
マーグの額には汗が浮いていた。シャーミリアから睨まれてはたまったものではない、無敵のライカンとはいえ無事では済まないだろう。
「いや!まってくれシャーミリア!落ち着いてくれ!むしろこれはいい事だぞ!」
「はい?」
「え?」
シャーミリアとマーグが俺を見た。
「バルギウスもユークリットもテコ入れが本当に大変だったんだよ!これからもさらに時間がかかりそうだし、すぐには結果が出ないような状態だった!それはここに居るみんなが体験したことだよな!」
「左様にございます」
シャーミリアがスッと後ろに引いて、マーグが驚いた顔をしている。
「でもシュラーデンは市民の状態も悪くなさそうだし、普通に貿易も行っているとなれば既に復興していると言ってもいいんじゃないかな?以前にシュラーデンへ来た時には、オージェが敵兵を全て管理(強制指導)していたしね。そいつらはもうここにはいないし、貴族以外の市民は皆が生き残っていたわけだし」
「はい…」
「なあエミルもハイラさんもそう思うよね。市民が王を決めるなんて民主主義じゃんね!」
「あ、ああ確かに」
「そう言われてみればそうですね」
「ふむ。以前ラウルが言っておったのう、人民が政治を主導していくんじゃったか!」
「はい、その原型がここにあると思ったのです!」
「面白いのぉ!新しい政治か…見てみたいものじゃ!」
「はい。成功するか失敗するかはわかりませんが、ここから始めてみるのも良いでしょう。悪いところもたくさんある制度ですからね、少しずつ改良を加えて理想形にしていくのも悪くなさそうです!」
「実験都市と言うわけじゃな!」
「はい、いいと思いますよね!」
「そうじゃな!わざわざ上手くいっているのを、壊す必要もないじゃろうからの!」
「だからマーグはそのまま王を続けろ!」
「そ、それでよろしいのでしょうか?」
マーグは少しうろたえている。いや既にシャーミリアが引いているのだからうろたえる必要もない。
「むしろ命令だ!」
「わかりました!」
とんとん拍子に話を進めて王を続ける事を命令する。これで魔人同士でひびが入るのを防ぐ事が出来たと思う。
「で、いつからそうなったんだ?」
「実はつい最近なのです。半月ほど前でしょうか?」
「なるほど。と言う事は、俺達が二カルス大森林の向こうにいた時だな?」
「二カルスの向こうに…なるほどです。お伝えしようと思いましたが、念話が繋がらず申し訳ございませんでした」
「良いと思う。自分の判断でそうしたんでしょ?」
「左様でございます」
凄い。やはりマーグは自分で判断して、事後承諾をしてくるような奴だと思った。内容からすれば問題がないし、むしろ民の願いを即決で聞いた事で、さらに信頼度は増してるかもしれない。
「で、どうなんだ?」
「もとより進化魔人達には陰から都市内すべての管理をさせ、周辺の森はグラドラムからの未進化魔人達が監視しておりました。そのため人間には一切の被害が出た事はありません。また一部の民から聞いていた、ギルドとやらを設立し魔人が運営するようにしました」
「うっそ!シュラーデンではギルドを運営してるのか?」
「は!王を依頼されるだいぶ前からですが!」
なんかめっちゃ優秀。自分で冷静に判断し行動する奴だとは思っていたけど、ここまで出来るとは正直思っていなかった。ライカンは脳筋だという常識はいっぺんに覆った。
「どうやら都市内には冒険者がおり、人間にしては優れた能力のある者もたくさんおりました。彼らの能力が十分使えると思いましたので起用する事にしたのです。それにはギルドという組織が必要だと聞き及び、すぐ組織を設立し運用に至ったのでございます」
「民の意見を聞いた結果と言う事か?」
「左様でございます」
「その後は冒険者、あるいは民から自主的に相談が来た?」
「はい。我らは王城に住んでおったのですが、陳情の類は王城に集まるようになってきまして」
「まあ貴族もギルドも正式なものはないだろうからな、市民はどこにも行く場所が無かったのかもしれん」
「そんなことをしているうちに、都市内の全ての困りごと相談は全て王城に集まるようになってしまいました」
なるほど。市民の困りごと相談を受け付けているうちに、信頼関係が築けて行ったって事か。だがそれだけがマーグを王として、迎え入れる事に繋がるとは思えない。
「なるほどのう、ではラウルよ」
「はい」
「都市に言って民の話を聞いてみるがよかろう」
「なるほど」
「今は既に夜じゃからのう、明日の朝にでも民に会いに行けばよいのではないか?」
「そうします。じゃあマーグ!そう言う事だから」
「かしこまりました」
話が終わるのを見計らったように、コンコン!ドアがノックされて、マリアと魔人達が入って来た。
「料理が出来ました!本日の料理はタラム鳥のパイとシチューでございます。前菜に野菜と野草の炒めと、なんと!魚が御座いましたので、揚げてから香辛料とハーブにて味付けをしました」
「おお!なんとも楽しみじゃの!」
「まずは前菜から」
運ばれてきたのは、炒めた野菜と野草の上にパプリカのような鮮やかな野菜が添えられた料理だった。
「先生はこちらをどうぞ」
「なんじゃ?」
「シュラーデンのお酒だそうです」
「おお!酒があるのか?」
「恩師様がお見えになるという事で、我が持ち込みました」
マーグが言う。なんていう気配りだろうか…この人に対して脳筋などと言った俺の方が脳筋だ。
「マーグよ!その気配りはとても素晴らしいのじゃ、もちろんわしは気を使ってなど欲しくはないが嬉しいのう」
「気を使うという事はどういう事か分かりませんが、ラウル様の恩師様がお喜びになっていただけるのを想像してお持ちしただけです」
うわあ…感動すら覚える。
「嬉しいのう…それは嬉しい…」
「では」
マリアが酒壺からモーリス先生の盃に酒をついだ。プンと俺の元にもアルコールの臭いが漂って来る。
「良いのう良いのう…」
モーリス先生は目を細めて、赤ん坊を撫でるように盃を持った。
くぴ
一口飲む。
「美味い!良い酒じゃ!昔と変わらぬ味じゃわい」
「喜んでいただけてなによりです」
「マーグよ。おぬしは素晴らしい」
モーリス先生は先ほどの話も含めて、マーグの事をべた褒めしている。
《よかったなマーグ》
《は!》
俺が念話で伝える。そして周りを見てみると…シャーミリアとアナミス、マキーナがめっちゃ羨ましそうにマーグを見ていた。どうやら俺の恩師であるモーリス先生にマーグが褒められているのが羨ましいらしい。
《シャーミリア、アナミス、マキーナ》
《《《はい!》》》
《この気配りは、むしろ見習うべきところが多いぞ》
《肝に銘じます》
《見習いたいと思います》
《勉強いたします》
3人は心の底からそう思っているらしかった。もちろん魔人は俺に対して特に気を使っているが、こういった人間がやるような気づかいはあまり得意ではない。俺と俺の大切な人たちに向ける思いは本物だが、これから人間の大陸に馴染んで行こうと思うのならこういう事も必要だろう。
もしかしたらマーグが王として市民から受け入れられたのは、こういった人間のような心遣いが出来る事が要因の一つかもしれない。俺としてもまた一つ、これからの大陸に進出するうえでの魔人達の課題が見えて来た。
「本当にうまいのう…」
しみじみと言う先生を見て、俺は一人思いを巡らせるのだった。




