第590話 目的地へのついでに
ユークリット政権を盤石なものにするための施策が終了し、ハリスとマーカスそしてヴァーグ子爵に都政を託した。ハリスとマーカスを実務から解放する作戦は成功したのだ。二人はヴァーグ子爵に指示を出すだけで国政を行えるようになっている。ダークエルフのウルドには司法長官及び、陰からの監視役としてイレギュラーな事態が起きた場合の対策を伝達している。
「今回も大仕事だったな」
オスプレイを操縦しながらエミルが言う。
「ああ。だけどエミルのお父さんに苦労を掛けるわけにはいかない、その部分も今後はウルドがきちんと管理するから安心してくれ」
「気を使ってもらってすまん」
「いやいや、親友の父ちゃんに過酷なブラック労働を強いるのはさすがにまずかった」
「それは俺も分かったうえで、父さんにお願いしていったからな」
「実の息子の頼みじゃ断れないもんな」
「親父にはかなりの苦労をかけてしまった。だけどラウルのおかげで殺人的スケジュールからは解放されたし、結果オーライってことで」
「まあ息子のエミルがそう言うならそれで良かったよ」
俺達は魔人基地への兵器補給を済ませ、次の目的地であるシュラーデンへと向かっていた。オスプレイには俺、モーリス先生、カトリーヌ、マリア、エミル、ケイナ、シャーミリア、マキーナ、アナミス、ファントム、エドハイラの11人全員が搭乗している。エドハイラはウルドの所に残留するのかと思いきや、俺達について来る選択をした。
「ふむ。じゃがユークリット王都はもとより壊滅状態じゃったからの、強制的な改善は必要じゃったよ」
先生の言うとおりだ。行政にもテコ入れが出来たし、なんちゃって貴族を含んだ国家としての体裁も整いそうだ。将来的に王宮で働く子供たちの確保も出来たし、素晴らしいイノベーションだったと思う。
「ラウル。でかめの鳥が飛んでるぞ」
俺がキャノピーからのぞくと、渡り鳥のように十数羽のタラム鳥が飛んでいた。
「こっちに向かってこられても厄介だな、シャーミリア、マキーナ頼めるか?」
「「かしこまりました」」
オスプレイの後部ハッチをゆっくり開くと隙間ができ、シャーミリアとマキーナは消えるように機内からいなくなった。外を見ると、まるでスー〇マンかウル〇ラマンのように機体の両脇を飛翔し始める。オスプレイは時速500㎞くらいの速度があるので、彼女らは余裕でそのくらいのスピードで飛んでいる事になる。
「あれ美味いんだよなあ」
俺はうっかり呟いてしまった。
「ラウル様…そんな事を言ったら…」
カトリーヌに言われ俺はハッとする。
「あっ」
俺が慌てて外を見ると、すでにシャーミリアが2羽とマキーナが1羽の、タラム鳥の首根っこを掴んで飛んでいた。パタパタパタと長い首の先の胴体がなびいている。
《ご主人様。確保いたしました!》
《お、おう…じゃあマーグへの土産にするか》
《は!》
タラム鳥はシャーミリアの体の何倍もあり数百キログラムありそうだが、全く苦にすることなく二羽ぶら下げて飛んでいた。マキーナも一羽を吊るし問題なく飛んでいる。ダチョウのような長い首の先に大きな胴体がなびいて凧の足のようだ。
《タラム鳥の群れはどうなった?》
《襲撃したら逃げました》
《なら後部ハッチからワイヤーを垂らすから、それに鳥を括り付けて機内に入れ》
《かしこまりました》
ここまで十数分の出来事だが、彼女らのおかげでタラム鳥や飛竜が出ても問題なく飛び続ける事が出来るのだった。無防備に飛ぶと魔獣はヘリを獲物だと思って襲って来るか、防衛本能が働いて追い払おうと近づく時がある。前世の動物と違って図体が大きい分ヘリにとっては厄介なのだ。
「ご苦労さん」
「いえ。造作もない事でございます」
機内に入って来たシャーミリアとマキーナがそろって俺に綺麗な礼をする。たった今まで、まるでスーパーヒーローのような働きをした者とは思えない。とても上品な所作だった。
「若干機体が安定しないな」
エミルが言った。
「すまん、バカでかい鳥がぶら下がってる」
「精霊を飛ばすか」
エミルはスッと手を伸ばし、手先から光の玉のような物がでて壁を抜けて行く。途端にオスプレイは安定し平常運転に戻った。
「風精霊だっけ?」
「そうだ」
「すまんな。お土産の為にそんなことをさせて」
「いや、お土産は必要だろ?」
「まあ、そうだな」
たったこれだけの事だが、こんな常軌を逸した事が出来るようになったのも全員が進化したおかげだった。しばらく飛んでいると、太陽が落ちかけて夕日が左から機内を照らし始めていた。眼下には森が広がっており、雲が無い為とても見通しが良い。
「美しいのう」
「ええ先生。美しいですわね」
「本当じゃのう」
先生は空から見る世界が好きだ。ヘリに乗るといつも窓から外を眺めたまま動かない。飽きないのかな?とも思うのだが、カトリーヌもマリアも意外に外を眺めるのが好きなようだった。この世界にはテレビもインターネットも無いので、大空の風景を見たことのある人は少ない。それだけに何度飛んでもつい見とれてしまうのかもしれない。
「ラウルは眠っておるのか?」
「いえ、起きてますよ」
実は寝ていたのだが意識は半分覚醒していた。モーリス先生とカトリーヌの話も当然聞こえている。魔人達は周囲を見張る為しっかりと起きているが、俺は眠って魔力の回復に努める事が多い。いつも大量に魔力のある感覚はあるのだが、有事に備えていつも満タンにしようとする癖がついて来た。
「おぬしは天のそのまた上まで昇ったのであろう?」
「あ、そうですね」
先生はシン国防衛戦の時に空母落としをやったことをいっている。あのときデイジー&ミーシャ製の推進器の限界に挑戦したのだが、高度200㎞以上は到達したはずだ。
「その時の話をもう一度聞かせておくれ」
「はい。天より上は空気がありませんでした。そして眼下に見下ろしたこの大地の先は丸くなっており、果ては湾曲して見えません。青い海が広がり大地は海に浮いているようにありました。上空から見た感じでは雲などがあり、この大陸しか見えませんでしたが魔人国があるように他にも大陸があるかもしれません」
「いいのお…わしも見てみたいのじゃ」
「申し訳ございません。魔導鎧と推進剤と私の魔力とがあって可能な技であると思います。今の技術力では先生をお連れすることはできません」
「これではいけないのかの?」
「限界高度がありますので」
「残念じゃ」
《宇宙ロケットか…なぜか俺のデータベースには無いな。子供の頃にあまり興味が無かったからだろうか?あれば先生をお連れすることも可能かもしれないが。そもそもICBMですら…待てよ…そういえば、砂漠に空母落としをした後で進化の眠りについたっけな。それからは忙しすぎてデータベースはよく見ていない》
俺はおもむろにデータベースのトップインターフェイスを開いた。
場所 陸上兵器LV5 航空兵器LV3 海上兵器LV4 宇宙兵器LV1
用途 攻撃兵器LV7 防衛兵器LV4
規模 大量破壊兵器LV7 通常兵器LV7
種類 核兵器LV1 生物兵器LV0 化学兵器LV3 光学兵器LV0 音響兵器LV2
対象 対人兵器LV7 対物兵器LV6
効果 非致死性兵器LV3
施設 基地設備LV4
日常 備品LV5
連結 LV3
《おお!宇宙兵器がLV0からLV1になっている!それと大量破壊兵器がLV3から一気にLV5に!核兵器がLV0からLV1になってるじゃないか!いきなり戦術の幅がひろがりそうだぞ。やはり砂漠で神の杖作戦を行ったためだろうな…実戦でやったことが反映されるんだった》
「ラウルよ、どうしたのじゃ?」
「あ、すみません!ちょっと考えごとをしておりました!どうにか先生をお連れする方法がないかと」
「あるのか?」
「すみません。残念ながら無いです」
「そうか…」
モーリス先生はしょぼんとしてしまった。だが可能性は無いとは言えない、グラドラムの軍事研究所にICBMを置いてくればあいつらならやるかも。先生が生きている間に実現化させたいものだ。
「ラウル!シュラーデン基地が見えて来たぞ」
「了解エミル」
《マーグ!》
エミルの言葉を受けてライカンのマーグに念話を繋ぐ。
《ラウル様!ようやくご到着ですか》
《待たせた》
《心待ちにしておりました》
《基地に降りる》
《それではすぐに我も向かいましょう》
どうやらマーグはシュラーデンの都市にいるらしかった。
「エミル!基地に降ろしてくれ」
「了解」
オスプレイはシュラーデン近郊の、小高い丘の森に出来た基地へと着陸した。俺達がオスプレイを降りると魔人達が一斉に膝をついて出迎える。ここでもやはり一糸乱れぬ動きをしていて、オージェの指導は絶大なようだ。
「あー、みんなお疲れさん!」
「「「「「は!」」」」」
ザッ
俺が声をかけると、数百の魔人が立ち上がり気をつけの姿勢になった。動きがそろっていて気持ちいい。
「みんなの仕事の邪魔をしていないかな?」
「見張りはきちんと行っております!」
前にいたダークエルフの進化魔人が言う。
「そうか。とにかく皆は仕事に戻っていいぞ、休憩をしていたやつもいるだろうから戻ってくれ」
「は!全員!解散!」
「ではみんなで、司令部に行きましょうか」
「ラウル様!私がマーグ様より仰せつかっております!」
ダークエルフの進化魔人が言う。
「そうか、なら司令塔へ連れて行ってくれ」
「は!」
俺達はダークエルフの進化魔人について司令塔へと向かった。基地はさらに充実しており、建物は堅牢でまるで前世の軍基地のような雰囲気を醸し出している。
「こちらです!」
ダークエルフの進化魔人に促され、大きな司令部の建物奥へと入って行く。中にも魔人がおり廊下を歩いて行くと両サイドに立って礼をした。
「ずいぶん教育が行き届いておるのう」
「そうですね。何かの影響を受けているのでしょうか?」
「はは、ラウル。何かのって…オージェの影響しかないじゃないか」
「ふぉっふぉっ、全くその通りじゃな」
エミルとモーリス先生が笑っている。だがここではオージェは少ししか滞在していない、なのにこんなにビシッとしているのは俺的には不思議だった。
「ラウル様!」
ライカンの部隊長だったマーグが入ってくる。相変わらず精悍な顔立ちに獣のような犬歯が目立ち、獰猛な中にも優しい表情が漂っている。彼は負けると分かっていながらも、オージェとし合った事のある強者だ。
「いや、悪いね来てもらって」
「いえ。いろいろとご報告したいことがございます!」
「そうか。でさ、ちょっと途中でタラム鳥を獲って来たんだよ。炊き出しできる人はいるかな?」
「おりますが、魔人ですので気の利いた料理にはならないかもしれません」
「問題ない」
俺はマリアを見る。
「はい、お任せください。ではタラム鳥を持ってきてさばきます。キッチンはどこかしら?」
「マリアをキッチンに案内しろ」
マーグがダークエルフの進化魔人に指示を出した。
「は!」
ダークエルフの進化魔人に連れられて、マリアが部屋を出て行った。
「もしかして、タラム鳥でセルマ直伝のパイを焼いてくれるのかのう?」
「恐らくは作ると思いますよ。あとスープが上手いんですよねあれ」
「楽しみじゃ」
「はい」
俺達は料理が出てくるまでの間に近況方向会を開く事にした。そこで俺達はマーグから驚愕の事実を知らされることになるのだった。




