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第587話 集団面接会

モーリス先生の話があった次の日、俺達の下へは次々に貧民街からの民が訪れていた。どうやら昨日の先生のスピーチを聞いて民の心に変化があったらしい。


「続々と来るね」


「はいラウル様。みな昨日とは表情が違うようです」


俺達は都市の中心あたりに作られた、大きめの建物で貧民街からの民が来るのを待っていた。もし心が変わったらこの建物へと来るように先生が話をしていたからだ。大きめの部屋に面接官としてモーリス先生、ヴァーグ子爵、ハリス宰相、マーカス財務大臣が座り民を待ち構えている。ウルドは少し離れたところに座り、3人の学校先生グループと共に面接を終えた人の今後の説明をしていた。ウルドの脇にはアナミスが座り、民の精神的に問題が無いかの最終チェックを行っている。


「これでだいぶ人手不足は解消されるんじゃないかな」


「はい。ティファラに依頼する必要もないかもしれません」


「そうだな。派遣団を組んでもらうにしても少人数で済みそうだ。まあこちらから有益な情報も与えられるかもしれないし、交流はした方がお互いの国のためになるだろうけど」


「そう思います」


民との面接のようなものが行われている席から離れた場所で、俺とカトリーヌが話をしているのだった。エミルとケイナやエドハイラとファントムも一緒に居る。シャーミリアとマキーナが護衛官として建物内の警護をしていた。


「ラウルさん。なんか面接会場みたいで緊張が伝わりますね」


ハイラが言う。


「それは言えてる。まるで就職面接みたいだね、まさかこっち側に座る事になるとは思わなかったけど」


「私はこれから就職活動でしたから、見てるだけでちょっと胃がシクシクしますよ」


「それもそうか」


「はい」


ハイラが答える。未だにハイラを向こうの世界に戻せるかどうかは分かっていない。モーリス先生が言うには、向こうから呼べたのならこちらから送る事も理論上できるといっていたが。


「昨日、先頭にいて話をしていたやつが来た。名前は…えーっと」


「ニフトベダルタです」


「うわっ!カティ!よく覚えていたね」

「本当ですね!凄い!」


俺とエドハイラが驚く。


「何というか、貴族の社交界で出来るだけ人の顔と名前は覚えるように、幼少の頃から言われておりましたので」


「いや凄いよ。昨日はモーリス先生のスピーチでもびっくりしたけどさ。何年も会っていない、すっかり浮浪者のようになって変わり果てた人の名前を憶えていたよね」


「先生は特別です。あの状態でしたら私も気が付きません」


「だよね」


「私も凄いと思いました」


「やっぱそうか」


カトリーヌですら驚きの記憶力らしい。原理はわからなが、むしろ記憶しているのではないのかもしれない。


「ラウルさんの先生って本当に凄いなと思います。パソコンもスマホも無いのに膨大な事を覚えていて、昨日資料の整理と情報管理の整備を手伝いましたが、尋常じゃありませんでした」


「ああ。膨大な記憶ができるみたいでさ…」


「もしかしてラウルよ。モーリス先生は普通の人間が使える脳の領域より、もっと多く使ってるんじゃないかね?魔法の精度や威力、複数の魔法の同時使用なんかも出来るしさ」


エミルが言う。


「なるほどね。なんか脳科学的にそんな話を聞いた事があるな。脳って数パーセントしか使用して無いんだっけ?確かに先生はいっぱい使ってそうだな」


「ふふっ。まさに”いっぱい”って表現しか出て来ねえよな。凄すぎて」


「なんて言っていいかわかんない、先生を表現するのに」


俺達は面接をしている場所から離れて、好き勝手に先生の噂話をしている。でも先生がくしゃみをしないところを見ると、噂をしてくしゃみをするというのは都市伝説らしい。


「じゃあおぬしは衛兵じゃな」


ニフトベダルタがモーリス先生から命じられる。さっきから一人一人ユークリット復興のために協力してくれるのかを聞いて、やるとすれば何の仕事が良いのかを判断して先生が通告していた。ここでの短い面談によって決めているようにみえるが、先生は学生時代からのその人の性格も掌握しているので、多角的に考えて任命しているらしい。


「みんな先生からお願いされて嬉しそうだ」


「それはそうだと思います。私も先生の生徒でしたから気持ちは分かります」


「そう言えば宮廷魔導士になる為に学校に行ってたんだもんね」


「はい」


「そうなんですね?」


ケイナが何かに食いついた。


「ケイナさん。なにか不思議でしょうか?」


「いえ。元とはいえ公爵令嬢であれば、カトリーヌ様は大貴族にお嫁さんに行けたんじゃないかと思って」


「嫌ですよ!なんか社交界の集まりに連れて行かれたとき、凄く年上のおじさんやお兄さんにたくさん声をかけられたんです。いやらしい顔で将来はどんな人のお嫁さんになるの?とか、もう許嫁はいるの?とか子供の私に聞くんですよ!背筋に虫が走りそうでした」


カトリーヌが自分の体を抱いて、ぞぞぞぞぞ となっているようだ。それにつられてケイナとエドハイラも ぞぞぞぞぞ となっている。


「それは嫌だ」

「ロリコンじゃないですか!」


ケイナもエドハイラも、想像してしまったようだ。


…だがカトリーヌよケイナよ、お前達の将来の伴侶は30代のおっさんなんだが…忘れていないだろうか?きちんと言ってもいないけど。しかもエドハイラよ、ロリコンとか言われるとめっちゃ心に刺さるからやめてほしい。断じてそんなことは無い。


「あの、ハイラさん。ロリコンってなんですか?」


ケイナが更に掘り下げる。


「あっちの世界にも居たのよ。オジサンなのに幼女に興味を持つ人が」


「うわあ…」


ケイナが再びぞぞぞぞぞとしている。


「まあ。こちらの世界では、子供の頃から許嫁がいる貴族は珍しくないのですけどね」


カトリーヌが言う。


「偉い人も大変なんですね」


「子供の身としては本当に嫌でした。だけどもっと小さい頃からそれが当たり前と教育されている人たちは、嫌悪感を抱くことなく嫁いでいくものです」


「カトリーヌさんは違ったのですか?」


「うち?お母様も叔母様も…とにかく甘々で、私がしたいようにさせてくれましたから」


ああ…知ってる。それはナスタリア家だからこその甘々なんだと思う。昔から裏で王家と繋がっているような貴族だから、簡単に王家の人と離婚したり他の貴族より優遇されていたり。わがままが通じる貴族だったんだろう。


「ははは…なんかさ。俺の母さんと似たような事言ってるな、カティは」


「えっ!叔母様も!一緒の考えだなんて嬉しいですわ!」


まあ…わがままなところがね。


「その点では、あっちの世界では自由に選べたよね?」


「はい。それでも私はウダウダしてましたけどね。歌を仕事にしたいってのも、もしかしたら薬剤師におさまって大人しく生きるのが嫌だっただけかも」


うん。ハイラよ薬剤師は良い職業だ、それから逃げたいというのは恐らくプレッシャーからかもしれない。それはそれでわがままかもしれないが、だが自分の人生は自由に決めて良い。


「いや。それも含めて自由って事だよ。それが許されるのは幸せな事なんだと、こっちの世界に来れば思う」


エミルが言う。


「そうですね。こちらの世界は生まれながらに、人生が決まってしまっている人がいるんですもんね。定められていたり状況からして選べなかったり」


「だから冒険者という職業があるのかもしれない」


「なるほどです」


そんな話をしている間も、面談をして次々職業が決められていっているようだ。職業は数種類に分けられており、兵士、衛兵、文官、侍従、執事、小姓、メイドの7種類に分けられていく。恐らくは今日1日では終わらないだろうが、魂核を書き換えた貴族たちに任せるよりはずっといい。


《あの貴族達にはそれなりの仕事を用意しないとな》


《いつでもお声がけください》


アナミスがチェックをしながらも、俺の念話に反応して答えて来る。


《半日のあいだ民を見てどうだった?》


《やはり寸前で敵から逃げて潜んでいた事もあり、フラスリア領のトラメル様たちのように干渉などはありませんね。念のためハリス様とマーカスに謀反を働きそうな者がいないかも、確認していますが心配はないようです。皆が恩師様に対して絶対の信頼をお持ちのようです》


《やっぱモーリス先生はすげえや》


《はい》


そして昼食の時間となり一旦面談は打ち切られる。今日は学校も休みなので3人の先生達もいた。すぐに皆で食堂に移り食事をとる事となった。食卓には既にマリアと魔人メイドたちが食事を並べており、すぐに食べて午後の仕事に移れるようになっている。


《やっぱマリアは仕事が出来るな》


俺達は食卓を囲んで話し合った。


「それで先生。どのような状況なのでしょう」


「ふむ。皆がユークリットの復興に向けて前向きじゃな」


「やはり先生の教えの賜物ですね」


「そんな大したもんでもないわい」


「いえ。先生に師事した私とカティなら、それがよくわかるのです」


「嬉しい事を言ってくれるのう。もちろんおぬしたちはわしの特別な教え子じゃよ、いや…おぬしらはわしの孫じゃと思うておる」


「孫です!」

「孫です!」


俺は嬉しかった。カティも凄く嬉しそうに言う。特別だと言われたような気分になった。


「ふぉっ、いい孫じゃの!」


「あの…」


ヴァーグ子爵がおもむろに口をはさんだ。


「ん?なんじゃろ?」


「ラウル様の配下の方達は食事をとらないのでしょうか?朝もお見掛けしなかったように思います」


「え、ああ。彼女らは一緒には取りません。特にこういった場では同じ席にはつかないです」


「そうですか」


ヴァーグ子爵は納得したようだが、後ろに立っている護衛のカロとタキトゥースは複雑な表情をしていた。彼らは既にきちんと身支度をして城内にあった鎧に身を包んでいる。ヴァーグ子爵の護衛として付き従う事にしたらしい。


「ん?どうしました?」


俺が聞く。


「いや…誠に失礼極まりない発言をお許しください。この者たちや貧民街の民たちが…どうも配下の方々を気にしているようでして。興味本位で聞いてしまいました。余計な事を申しまして、お許しください」


ヴァーグ子爵は直ぐに謝るが、別に何か失礼なことを言ったとは思えない。だってあいつらめっちゃ美人で、人間には無い妖艶な雰囲気が漂っているから。気にするなという方が無理がある。


「ああ、彼女らは私の特別な存在です。また決して外の人に興味を示す事はないでしょう、申し訳ないのですが遠くから見ているだけにしていただけると助かります」


だって。興味を示して、ちょっかいとか出したら死ぬよ?


「は、は!もちろんでございます。ラウル様の大事な配下様に失礼な事をせぬよう、民には通達しますのでこの件は何卒お聞き流しください」


「いえいえ。本当は気軽に話などしていただいてもいいのですが…彼女らが嫌がる可能性があるものですから」


ちょっと本気で人死にが出るのは嫌なので、きっちり防衛線を張っておこう。


「かしこまりました」


ヴァーグ子爵の後ろで、カロとタキトゥースがめっちゃ残念そうな顔をしている。


《ご主人様!私奴らをお守りくださってありがとうございます!》


シャーミリアから、めっちゃラブラブな念話が入る。だけど守ったのはシャーミリアじゃなく民の方だから…


《私もとても幸せです!ラウル様には永遠に付き従います》


部屋の壁際に立っているアナミスが頬を染めてぺこりとする。


《私も是非とも、このまま末席に加え続けていただければうれしゅうございます》


マキーナが泣きそうな勢いで言ってくる。念話なので本当に泣きそうかどうかは分からないけど。


《お、おう!みんな俺の大事な配下だ。だから俺だけを見ていればいい》


無駄な人死にを出さない為にも!


《《《はい!》》》


3人からめっちゃ元気のいい返事が来た。ウルドだけが壁の側でうつむいて肩を震わせている。どうやら笑いをこらえているようだ。3人からの熱い熱い思いをぶつけられて困っている俺が面白いのか?


《ウルド》


《は!》


《お前は好きな人見つけたら、好きにしていいんだぞ》


《い、いえ!我にそんな相手はおりません》


《エルフの里にめっちゃ綺麗なエルフいっぱいいたし、エミルに紹介してもらおうか?》


《我はダークエルフでございます。エルフとはまた違う存在にて》


《まあお前なら引く手あまただろうけどな》


《滅相もございません。私もぜひラウル様の下に居させてください》


《居たきゃいていいよ》


素っ気なく言う。


《ありがとうございます!》


真剣に返事が返って来た。魔人はまだまだ冗談が通じないな…今のは冗談なんだけど本気で受け止めているみたいだ。


そうだ!


俺はそのうち魔人達に、冗談の一つも飛ばせるようにさせようと思い立ったのであった。

次話:第588話 差別と危機意*

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