第582話 刃傷事件
俺達は3人の男を待っていた。
スラムで元締めをしているダンクライドと言う男、最初に縁側で声をかけた男、話しかけてきた男を王城に連れていく為だ。念話でマキーナに追加の2人分の服も入手させてそれを渡す。今は王城に行く準備をしているらしい。
「急すぎたかね?動揺していたようにも感じたけど」
「ダンクライドと言う男は、行く気が固まっていましたので問題ないかと思われます」
「まあそうだな。結構な時間待ってるけど何してるのかね?」
俺が男たちに服を渡してからかれこれ1時間以上待っている。
「ご主人様をお待たせするとは不届き者です。連れて来ましょう」
「いい!いい!行かなくていい!そんなに待ってないし」
「かしこまりました」
別にそんなに焦っているわけでもない。むしろ急に来たこちらの方が相手の都合を考えていないのだ、それなのに無理やり引っ張って行ったらヤ〇ザじゃないか。着替えの途中の男たちを連れてきかねない。
「すみません!お待たせしました」
奥から出て来たダンクライドは見違えるようだった。髭を剃り、髪の毛を短く切って後ろで束ねている。やはり見るからに英国紳士といった雰囲気だ。そして後ろから来た二人の男たちもバッサリと髪を切り、髭を剃って精悍な顔立ちがはっきりと見える。
「おお!見違えましたね!」
「すみません。おかげで時間がかかってしまいました」
ダンクライドの年の頃は40代前半と言ったところか。髪と髭がぼさぼさだった時はもっと年を取っていると思っていた。後ろの二人は20代後半から30代あたりだ。とにかく王城に行くために最低限の身だしなみを整えていたらしい。礼儀をわきまえている人間なのだろう。
「服はどうでした?」
「丁度良い感じです。コートも良い品ですね」
「それはよかった。後ろのお二人は?」
「俺たちまですまない」
「本当に」
「いいんですよ。とりあえずスーツとコートですが、王城に行くのには十分ではないかと思います」
「ええ。十分です」
「ありがとう」
「感謝する」
3人が礼儀正しく礼をする。どう考えてもスラムの人間の佇まいじゃないが、きっと何かわけがあったのだろう。
「では行きましょう」
俺達は集会所から外に出た。外に出てみるとスラムには人影が無かった。先ほどはたくさんいたように思うのだが、外を歩いている人間は一人もいないようだ。
《なんか人間いなくね?》
《はいご主人様。いなくなっております》
《仕事にでも行ったのかな?》
《このあたりの区画に一人もおりません》
《えっ?一人も?仕事に行ったにしてはおかしいな》
《どういう事でございましょう?》
わからなかった。さっきまではボロボロの服を着た人たちがいっぱい居たような気がするが、人っ子一人いなくなってしまった。
「ダンクライドさん。街がずいぶん静かになりましたね」
俺は探りを入れてみた。
「まあ、皆で仕事に行ったか森に素材でも取りに行ったのでしょう」
「そうですか…」
「よくある事です」
《ご主人様。嘘をついております》
《まあ状況からして俺にも分かるさ》
《差し出がましい真似をして申し訳ございません》
《しかし謎だ》
《はい》
「ここの皆さんは仕事熱心なのですね、全員が働き者というのは素晴らしい事です」
「ありがとうございます」
ダンクライドがまた品のある礼をした。とりあえずスラムを出て王城に向かって歩いて行くが、来た時同様に街の視線を集めているようだ。シャーミリアとアナミスとマキーナはとにかく目立ちまくりだ。
「お美しい淑女がこれだけお集まりになると、やはり人目を引いてしまうようですな」
「すみません。ちょっと目立ってしまって」
「この都市でラウル様をお見かけしたことは無かったように思うのですが」
「ああ、数日前に到着したばかりです」
「そうなのですね。お見かけしたことが無いと思いましたので。このように目立つ団体を見たら忘れる事はないでしょうから」
「まあ確かにそうかもしれません」
普通忘れないわな。
「そして、ラウル様はお若いのに立派にお仕事をなさっているようです」
「実は、ほぼ単独行動でやっているところがあります」
「宰相の指示ではなく?」
「まあそうですね」
「…そうだったのですね」
「ええ」
王都の端っこにあるスラムから王城までは結構時間がかかった。来るときは魔人達のスピードに合わせて来たのですぐだったが、スラムの3人の歩きに合わせると何倍も時間がかかる。まあ人間の歩くスピードなんてこんなもんだが。
「馬車でも用意するべきでしたね」
「いや。私たちも毎日動き回っておりますから、これくらい大丈夫です」
「それならいいのですが」
市中を巡回している衛兵は、俺を見かけると道のわきに膝をついている。そろそろ王城が近いので、あたりに進化魔人が増えてきたようだった。
「やはり。宰相様の御子息のお友達と言うのは本当なのですね」
「まあそうです」
多少時間をかけて王城にたどり着くと、門番が俺をみて一斉に頭を下げた。俺が手で空けるように指示を出すと、王城の門を開いてくれる。
「こんなに簡単に?」
「ええ。どうぞお入りください」
俺達が王城の中に入って行くと城内には子供達がいた。3コマ目か4コマ目の授業が終わって入れ代わる子供たちなのだろう。ワイワイと話しながら城門の方に向かい俺達とすれ違う。
「王城に子供が?」
ダンクライドが驚いたようにつぶやく。俺にも聞こえないように言ったのだと思うが、魔人全員がその声を拾っていた。
「あれは、学校帰りの子供ですね」
「学校帰り?」
「実はこの王城内に文官を育てる学校を設立したのです。その勉強が終わって帰る子たちでしょう」
「王城で…」
「はい」
どうやら子供達の存在に凄く驚いているようだった。確かに王城の中に学校があるのは不自然か。とにかく運営側の利便性を考えてそうしているだけなのだが、進化魔人の衛兵が巡回していなければちょっとしたリスクはあるかもしれない。
「ラウル様」
王城の扉の奥から出てきたのはウルドだった。念話で伝えて出迎えるように頼んでいたので、丁度のタイミングで出てきてくれたようだ。
「おおウルド様!」
「これはダンクライド。ラウル様より聞いておりますよ」
「聞いて?私とラウル様は先ほどお会いしたばかりですが」
念話っつってもよく分かんねえだろうしな。
「ラウル様より伝令をいただき聞いていたのです」
「あ、そう言う事でしたか!私たちが出かける準備をしていたときでしょうかね」
「まあそういうことです」
「わかりました」
「ウルド。宰相と財務大臣は準備出来ているかな」
「一度仕事を中断し、今は応接室にてお待ちしております」
「わかった。ではダンクライドさん応接室に向かいましょう」
「はい」
ダンクライドと男二人は緊張しているのか、かなりガチガチになっているようだった。
《ご主人様。どうやらかなり興奮状態にあるように思います。発汗と震えが伝わって来てます》
《初めての王城で緊張してるんだろ。一般人は誰だって王城に入ればそんな感じだよ》
《かしこまりました》
「まあ緊張なさらずに」
「すみません…」
3人とも見た感じは普通に見えるが、シャーミリアから見るとかなりの興奮状態にあるらしい。
「ウルド。法案はどんな感じだ?」
「まだこれからといった感じでしょうか?私も不慣れですので一字一句聞き逃せません」
「なんにせよ新しい事というのはそういうもんだ」
「は!」
ウルドに現状を聞く。
「やはりラウル様はかなりの地位なのでしょうか?」
ダンクライドが不思議そうにたずねて来る。
「どうしてそう思うのですか?」
「ウルド様の上位におられるような口ぶりでございましたので」
「ダンクライド!ラウル様は我々の長であらせられる御方、我などの上位などと言ってはいけない」
ウルドは美しい顔とロンゲの銀髪を揺らして、厳しめにダンクライドに言う。
「やめろウルド。ダンクライドさんは大事なお客様だ」
「失礼いたしました」
ウルドはダンクライドに一礼をした。
「い、いえ!何も知らずに失礼しました。ただ者ではないと思っておりましたが、今までのご無礼をお許しいただきたい」
「違います!ダンクライドさん!いいんですよ、むしろお気になさることの無いようにお願いします」
そんな軽い揉め事をおこしながらも、応接室へ向かって歩いて行く。
「ただ…」
「どうしました?」
ダンクライドが何かを話そうとして口をつぐんだので、先を話すように促す。おそらくさっきのウルドの対応があったために、怖気づいてしまったのかもしれない。
「城内にあまり人がいないように思うのです、衛兵以外に人を見ていないような…文官やメイドがいらっしゃらないようですか?」
「ああ、そういうことでしたか。一旦行政の建て直しをするために、宰相がお暇をとらせたんですよ」
俺が帰したんだけど。
「そういうことでしたか、さきほどから不思議に思っていたのです」
なるほどなるほど、3人の緊張はその違和感にも原因があったのか。そりゃ王城の中がこんなに静かすぎると怖いところあるよな。まあ話し合いなどをしていくうちに慣れるだろ。
そして俺達は応接室の前に着いた。
「通せ」
ウルドが応接室前のオーガ進化魔人に言う。
「は!」
ガチャ。
ドアを開けて俺達を中に入れてくれた。
「失礼いたします」
ダンクライドを先頭に後ろの2人も入って来る。
「これはようこそいらっしゃいました」
ハリスとマーカスが立ち上がって、ダンクライド達に礼をする。
「初めてご訪問させていただき光栄にございます。私はダンクロイドという町の人間にございます。そしてこの二人は街で私の手伝いをしている者です」
ダンクライド達はさらに深々とお辞儀をした。
「そうですか!忙しい所をよくぞ来てくださいました!」
「いえ。むしろ私達のような者のために、お時間をいただきありがとうございます」
《ご主人様。3人の心拍数はさらに上がっているようですが》
《そりゃそうだろ。宰相なんて偉い人にあったら10人中10人がド緊張して、汗もかくし頭が真っ白になるもんだ》
《そう言う事なのですね》
そしてハリスとマーカスがゆっくりと、俺達の所まで近寄って来た。どうやらダンクライドに挨拶をするようだ。目の前に立ってダンクライドに右手を差し出した。握手を求めているのだろう。
「ハリス様のお顔をこのように近くで見せていただいた事を感謝いたします」
「いえいえ…私の顔などたいしたことは」
「お二人はユークリット人では無いようにお見受けするのですが、間違っておりましたら申し訳ございません」
「ええおっしゃるとおりです。私たちはユークリットの出身ではございません」
「どちらの方です?」
「二人とも生まれはバルギウスです」
「御覚悟を!」
シュッ!
いきなりダンクライドと後ろの二人が動いた。コートの中からチラリと見えたのはどうやら短剣だった!その角度と速さからしてかなりの熟練した技を持っているようだ!
「しまっ!」
ダンクライドと二人の短剣の切っ先は、真っすぐにハリスとマーカスの喉元に向かうのだった。




