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第581話 貧民街の逸材

俺達が怪しい人物だという誤解が解けたかどうかはわからない。だか駆けつけた魔人衛兵の見事な働きのおかげで、スラムの元締めのような人物に会わせると言って連れて来られた。魔人達は本当に駆けつけただけだったけど。


《さっきのオーガとダークエルフ達の顔は覚えた。もっと良い役職に就けるようウルドに進言しようか?司法省の仕事とかさ…出来るかどうかわからんけど》


《どちらに配属になろうと、ご主人様に認められたとなれば更なる努力を惜しまぬ事でしょう。もっと良い働きをする事は間違いないかと》


まあ彼らのおかげで、シャーミリアが善良な市民を惨殺しちゃうとこ見なくてすんだしな。


《ラウル様が回避したかった、洗脳や魂核の書き換えもしなくてすみましたね》


《まあそうだね…それでも緊急時は頼むよ、アナミス》


《もちろん心得ております》


アナミスはチラリとシャーミリアを見る。マキーナは特に何も感じなかったようで、ただ黙って脇に立ったままだしファントムはもちろん無言だ。


「さてと」


俺達がいる建物はまあまあ立派な建物だった。ここはどうやら難民区の集会所のような場所らしい。とりあえずスラムの元締めをやっている人が来るまで、俺達は集会所のロビーにあるテーブルに座って念話で話していた。マキーナとファントムには念のため周囲を警戒させている。そしてその周辺には目つきの鋭いスラムの人間たちも立っている。俺達が念話で会話しているのはそのためだ。


「来ました」


向こうから足早にやってくる人がいる。目の前に来るまで分からなかったが、服装はボロボロでも品格を感じさせる男だ。髪も髭も伸ばし放題だが所作から品格がにじみ出ている。


「大変お待たせいたしました。このようないでたちで申し訳ありません」


しかも第一声が既に貧民街の人じゃないように思える。


「すみません突然お邪魔して」


「いえ、どうやら町で騒ぎがあったとか?」


「はて?どうでしょう?さほど騒ぎにもなっていなかった様に思いますが?」


もちろん騒ぎの原因は俺達だし。


「そうでしたか、そのように聞いていたので安心しました」


スッと美しい礼をした。


「私は王城から来ましたラウルと申します」


「これはご丁寧にどうも、ダンクライドと申します」


《ご主人様。この者は嘘をついております》


《いいんだシャーミリア、きっと言いたくない何かがあるんだろう》


何か嘘をついているようだが、こちらに敵意があるようには思えないので問題にしない事にした。


「実は私たちは、この区画の現状調査に来たのですよ」


「現状調査ですか?大変失礼でございますが、ラウルさんはとてもお若く見えます」


「はい。まだ未成年ですので」


「なんと!して、この周りにいるご婦人方は?」


「私の部下達です」


「なるほど、やはりハリス宰相の息子様の御友人と言うのは本当なのでしょう」


「まあ、そうです」


うん。間違いなく言葉遣いがおかしい。なりはボロボロで髪も髭も伸ばし放題だが、スラムの人間がこんな言葉を使うはずがない。それは決してスラムに住む人への偏見などではないはずだ。確実に対人関係に長けている人の話し方だ。


「とにかく、このような場所ではなく中へとまいりましょう。この建物も使用許可をもらって使わせていただいていますが、きちんと人と話せるようなお部屋もあります」


「わかりました」


ダンクライドと俺達をここに連れて来た男達と共に、建物の奥に入って行くのだった。どうやらここはデモン戦で残った建物らしく、どう見てもスラムの建物だとは思えない一般の民家だ。


《ハリスは外から来た人たちに対して分け隔てなく、住居を与えていたというわけかな。都市内には、まだまだ空き家もありそうだし、使ってもらった方が建物も悪くならないし悪い事ではないだろう》


《ラウル様。きちんとお掃除もしているようですね。ですが住人たちの様子から考えても少し違和感があるように思います》


《アナミスもそう思うか?》


《はい》


《シャーミリア。敵対行動をとりそうな気配や攻撃的なやつはいるか?》


《おりません。緊張はしているようですが、攻撃の意志は無いようです》


《わかった》


彼らは俺達の事を信じてくれたようだが、次は心を解いて嘘偽りなく話を聞けるかどうかだろう。


「お座りください」


「はい」


俺達は通された部屋の椅子に座った。3人掛けソファで俺の右にシャーミリア左にアナミスが座る、後ろにマキーナが立ち少し離れてファントムが立つ。


「お構いする事も出来ません。すみませんが…」


「いえ、貧民街に来ておもてなしを受けようなどと思っていません」


「面目ないです」


「あの、ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか?」


「はい」


《男は動揺しております》


《わかった》


「あなたの言葉遣いや立ち振る舞いは、この街にそぐわないように思うのですが?どちらから来ました?」


俺が聞くと室内の雰囲気がピリつくのが俺にもわかった。目の前に座るダンクライドは平静を保つようにしているが、その後ろに立つ数人の男たちは明らかに汗をかいている。


「そうかな?そんなことない…ねえと思うんだが、なあ君…おまえたち!」


「そうだな!」

「そうだそうだ!」


なんかダンクライドの言葉遣いがいきなり変わった。しかも失敗した!みたいな顔をしている。


《なんか怪しい》


《ラウル様、自白させますか?》


《いやアナミス。とりあえずまて》


《はい》


「それでラウル君は、どうやらハリス宰相のごしそ…倅の友達らしいな」


「はい、そうなんです。この地区の視察をしに来ました。ここの地区の皆さんはいったいどちらからいらっしゃったんでしょう?」


「北の村々から。ある者は家無しで、ある者は農家です…だ」


「わざわざ農家がこんなところに?」


「……」


「どうしました?」


「そ、そりゃあもちろん、王都なら稼ぎが良いのではないかと…良いんじゃねえかと思った次第です。…だ!」


うん。俺でも分かる、これは嘘をついている。


微妙な空気が流れてシンとする。


「えーっと。そしてここの人たちは、飢餓などに苦しんでいる様子もないようです。食料などはどうなさっているのですか?」


「それは、もちろん働いて買ってます…るぜ」


だんだん話方が変になって来た。


だがしっかりと答えた。どうやらこれは本当らしい、こんな身なりでも仕事はあるらしかった。


「どんなお仕事を?」


「この都市は一度破壊しつくされ再生している最中ということで、仕事はたくさんあります…ある!肥溜めの汲み取りから家の修繕と掃除、虫の駆除やネズミ退治など人のやらない事を一手に引き受けています。いるんだ!」


《うん。話し方がめんどくさい。別に普通に丁寧に話してもらっても構わないのに》


だがとりあえず今の答えで、俺はこのユークリットに来てからの違和感についての答えを知った。俺の予想ではもっと町が汚れたり、荒んだ状態になっているのかと思っていた。だが到着してみると思いの外、細かいところが整備されていたのだった。俺はてっきり魔人の仕事だと思っていたが、進化魔人は衛兵か住宅工事の仕事をしている。なら誰がそのほかの事をやっているのか?その答えがここにあった。


「素晴らしい仕事をしているのですね」


「す、すばらしい?」


「ええ。人の嫌がる仕事をするのは素晴らしい事です。誰かに頼まれたのですか?」


「いや、こちらで考えて頼みを集めて、私た…俺達でも出来る事を受けてお金を…金をもらっていたのさ!」


「自分たちで考えたと」


俺が言うと


「この人が」


ダンクライドの後ろに立っている男が口をはさんだ。ダンクライドを指さして言っている。


「なるほど、ダンクライドさんが仕事を考え受注したと」


「そうだ」


ダンクライドの代わりに、男がぶっきらぼうに言った。どうやらダンクライドが話し方をうまく調整できないのを見かねたらしい。


「え、ええまあそうですね…そうだな!」


「あの、もういいですよ。丁寧な口調が話しやすいならそれで良いと思います。私達はそう言う細かい事気にしませんし、なんか無理があるので。みんなそれぞれ人に言えない過去の一つや二つあるものですから大丈夫です」


「ふっ…そうですね。無理がありましたね、失礼いたしました」


軽く笑ってダンクライドが元に戻った。


「とにかくそう言う仕事を集めて、ここで引き受けていると?」


「そう言う事になります」


「実に良い!」


「えっ!」


「実に素晴らしいです!」


「なにが?」


「ご自身たちで新しく仕事を考えて、それを受注して生計を立てているという事ですよね?」


「まあ分かりやすく言えばそうなります」


「いい!」


「は、はい?」


俺が喜んでいると、ダンクライドも後ろの男たちもポカンとして俺を見ている。


《スラムが荒れ果ていないのはこの男のおかげだな》


《はい。ご主人様、嘘はついておりません》


《ふう。こういう人を待ってたんだよ。洗脳とかしなくて本当によかった》


《そうなのですね?私も先走って洗脳しなくてよかったです》


《結果オーライ》


「あの。ダンクライドさんは宰相に会った事は?」


「ございません。遠目で見たことはありますが、会ったといううちに入りません」


「ダンクライドさん以外の街の人は?」


「いないでしょう。とても美しい男性の方が何度かいらっしゃった事があります」


「えっと、銀髪のこう…女性みたいな男の人?」


「ええ、ご存知でしたか?」


「知っています。今は王城にいます」


「そうですか」


とにかくなぜこんな人が、こんなボロボロの格好をしてスラムにいるのか分からないが、スラムの人達の暮らしを支えているという事実からするとただの農民ではない。


「なぜ?あなたはスラムに?」


「私がですか?」


「ええ」


「それは…北の村々から人々や孤児たちが路頭に迷うのを見過ごせなかったからです」


《嘘は言っておりません》


《なるほど》


目の前で汗を掻きながら、志の高い事を言っている男は絶対に農民なんかではない。間違いなく何らかの教育を受けているはずだ。昔は農民以外の仕事をしていたに違いない。


「なるほどです。確かにこの区画は貧民街らしくもないですし、助けられている人もたくさんいそうだ。ダンクライドさんは正しい事をしておられますね」


「人としては当然の事ではないでしょうか?」


いきなり毅然とした態度を取られる。


「あ、はい」


「し、失礼しました!少し強い口調で言ってしまったようです」


「まったく気にしておりません」


「すみません」


今の言葉に後ろの男たちも誇らしい顔をしている。どうやらダンクライドはこの人たちからの信頼も得ているようだ。


「ダンクライドさん」


「はい」


「一度、私達と王城に来てください」


「‥‥王城に?」


「何か問題でも?」


「いえ、私などはこの貧民街で十分でございます。私がいなくなれば路頭に迷う者もおります故」


「いや、それを改善したいから連れて行きたいんですが?」


「いや…」


「ダメなら諦めますが、貧民街の人たちがもっとより良い暮らしが出来る約束をします」


「……」


ダンクライドが考え込んでしまい、とても深刻な顔をしている。


「すぐに答えが出ないのであれば、まずは考えておいてください」


「あの…王城には誰がいるのですか?」


ダンクライドが少し慌てて聞いてきた。


《えっとどうしよう。まあおおむね本当の事を言うかな》


《ご主人様の思うままに》


「えーと、宰相様と財務大臣と司法長官がおります。文官もいて貴族が仕事をするために入っています。あとは強い衛兵があちこちに」


「……あの、宰相様は…なに人なのでしょうか?」


「ナニジン?どこの国の出か?ってことですか?」


「はい」


「ならそれを聞くためにも出向きましょう」


「……」


「何か問題でも?」


「い、いえ…問題など」


「では行きましょう」


「……わかりました」


「大丈夫ですかい?」

「ダンクライドさん。今決めなくても!」


後ろの男たちが言う。しかしダンクライドは覚悟を決めたかのように言った。


「きっとラウルさん達が来たのは何かの縁でしょう。何かがあったとしても私は受け入れます」


いやいや。ただのなんちゃって宰相のハリスやマーカスに会いに行くだけだし、そんな覚悟を決めなくてもいいじゃん


「ではすぐまいりましょう」


「いや…こんな格好では…」


「まったく問題ありません。王城には髭ボーボーで頭もボーボーでぼさぼさのおじいさんもいますから、服装さえ整えればだいたい同じです。服は直ぐに用意しましょう」


「……わかりました‥‥」


俺はマキーナに頼んで、ダンクライドの服を調達してくるように金を渡した。適当に見繕って来るように言う。この人材は絶対に政府に必要だと思うし、スラムに眠らせておくわけに行かないと思うのだった。

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