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第580話 スラム街は怖い所?

初回行政会議の次の日の朝。


俺の中で1番の命題になっている、差別や貧困層をなくすべくスラム街に向かっていた。まずは現状がどうなっているのか視察せねばならない。


そして歩きながら、昨日からの事についてシャーミリアと話をしていた。


「政府の事は全て先生達に任せるつもりだ」


「はいご主人様」


「つい俺は強硬的な案を出してしまう。もう彼らに任せるしかない」


「私奴はご主人様が決める事がすべてでよろしいかと思うのですが、人間の社会とは複雑なものですね」


「まあいろいろと細かい事があるんだよ」


「アナミスと魂核書き換えをするのかと思っておりました」


「そう思ったのもあるんだけどね。魂核を書き換えた人間と言うのは、どうしても自立心や考える力に欠けているような気がする」


「それはなんとなくわかります」


「考えない有象無象の群れは進化に乏しい。恐らくこれからの社会を発展させる妨げになるかもしれない。もしかすると自滅してしまう事もありえるしな」


「はい」


「世界の復興のためには自分で考える人間を育てなくちゃいけないんだよ。それには手っ取り早い魂核の書き換えではダメだとわかった。まあこれからも書き換えちゃうことはあるだろうけどね。ただ魂核をいじるともう元には戻せないから、むやみに魂核書き換えはしない」


「元に戻せないのですね」


「そうなのよ、シャーミリア。どうしても逆行させることは出来ないみたい」


「アナミスが言うのならそうなのでしょう」


「ええ」


自分で考えられない人間だらけにしちゃったら、取り返しのつかない事になりそうだ。とりあえずは必要な時だけ人間の魂核の書き換えを行う事にしよう。


「とにかくそのためにも現状に沿った法を作ってもらい、法の下に平等に生きて行ってもらいたいと思っている。ただそれをやるには実務が膨大な量になるんだよ、その整備を彼らに全て任せるってことさ」


「かしこまりました」

「はい」


モーリス先生は宮廷の事務の仕組み作をするため、カリマと執務室に籠っているころだろう。カトリーヌとマリアがハリスやモーリスと共に、法の整備や行政の仕組み作りをする。ウルドは司法長官になる予定なので、そこに混ざって法律を教えてもらいながら自分の仕事を確認するようにした。エミルとケイナには学校に行ってもらい、ベンタロンとスティーリアと共に子供達を観察してもらうように頼んでいる。


…エドハイラはウルドの側に居たいそうだ。


「街の子供達や冒険者の子供たちに、未来を担う上に立つ者が出てくると思ってる。貴族の小さい子らは魂核をいじってはいないものの、軽い洗脳状態にあるからな。親たちが魂核をいじられた者では、先見の明がある自由な人間を育てられないかもしれない。それでもそこにすら期待する自分がいるよ」


「ラウル様がそう思われたなら、可能性はあるかと思います。ここの用向きが終わりましたら、学校に行って子供たちの洗脳を解くのもありかと思われます」


「アナミスのいうとおりかも。そうしてみるかね」


「はい」


話をして歩くうちにスラム街が見えて来た。街を歩いている人間の風体が今までの街と違って、とても貧しい感じがした。


「スラムの建物は意外に悪くないようだな」


「そのようです」


スラム街の街並みはラシュタル王国のスラム街より新しく綺麗だった。シャーミリアとマキーナとアナミスの3美魔人を従え、ファントムが後ろをついてスラムを歩く。もちろんファントムはフードを深く被っている。


「あんな建物に住めているのは多分ハリスのおかげってことか」


「ご主人様の意図が伝わっているのでしょう」


「だけど服がボロボロなんだな」


「着の身着のまま、ここに来たのでしょうか?」


「じゃないかね?とにかく素性が分からないらしいので、入り込んで調査するしかないだろ」


「かしこまりました」

「は!」

「わかりました」


俺達は特に身構える事もなくスラムの奥に入って行く。


「住宅だけは与えられているようだが、貧しい人しかいないようだ」


どう見ても着ている服がボロボロで家のあるホームレスのようだ。


ホームレスは家が無いものだけど。


スラムの人間は異質な俺達を遠目で見ているが、その目つきは鋭く警戒しているように感じる。それとも他の用事でもあるのだろうか?


「声をかけてみるか」


「かしこまりました。それでは私奴が」


シャーミリアはしゃなりしゃなりと、近くの建物の前の縁側に座っていた青年に声をかける。どことなく薄汚いが、ラシュタルのスラムの人間より肉付きがいいようにも思えた。


「あなた。ここに住んでいるのかしら」


うっわ。めっちゃ上から目線で少し煽りが入っている感じだ。横柄を通り越して威圧感さえ感じる。座っている男はいきなり声をかけられて返事をしなかった。


「……」


ただその鋭い目でシャーミリアを見つめている。


「聞こえなかった?聴力は問題ないようだけど」


「なんだと」


「だから、耳は問題ないようだけど」


「何者だ」


「申し遅れたわね。私はご主人様の下僕にて、秘書をしているシャーミリアというわ」


今”秘書”の部分で、ものすごくどや顔になって更に自信満々に答えた。だが少しずつ町の雰囲気が変わりつつあった、俺達の周りを目つきの悪いぼろを着た人間達が囲み始めたのだ。俺達を怪しい人間と認識したのか、警戒しつつも逃げられないように後ろも閉ざされた。


「わざわざこんな場所にこんな華奢な女たちが来て、なんのつもりだ」


まあ、ごもっともだ。


すると人をかき分けて一人の男が前に出て来た。長身だがスラムにいる男にしては立ち振る舞いが粗野じゃない。


「あら、あなたに聞こうかしら。私達はここがどのような場所かを知りたくて来たのだけど」


「…見ての通りだ。住宅は宰相の権限で与えられているが、貧しい人間達が生きる町だ」


「あら。あなた達は一体何を食べて生きているのかしら?」


うーむ。いきなり聞き方が悪い感じがする。確かにシャーミリアにはスラムの人はどういった仕事をしているのかとか、暮らしぶりはどうなのかを調査してみるよう言ったが。


「なんだ?馬鹿にしにきたのか?」


「どうして馬鹿にしたことになるのかしら?」


「そもそもその態度が…」


「ちょっとまった!」


俺が叫ぶと、一瞬その場がシーンとした。


「なんだ?」


「別に言い争いをしに来たわけじゃない。ハリス宰相に言われてこの街の調査に来ただけなんだ」


「宰相に?」


「そうだ」


「本当か?」


「とにかく、この街を仕切っている人とかいれば話がしたい」


「あんたらが宰相に遣わされた人間だって証拠はどこにある?」


「すまないが、今は無い」


「なら話はここまでだ。ここは女子供の来るところじゃない」


ピキッ


あ、やべぇ。シャーミリアのこめかみから変な音がした。


「シャーミリア。問題ないぞ、確かに女子供だけで来るところじゃないんだ」


「私奴達の事はいいのです。ご主人様を愚弄すれば許しません」


「愚弄したわけじゃないさ。まだまだ俺は若輩者だし、子供で間違ってないよ」


しかし今の言葉で収まりかけた雰囲気がまた一変した。


「愚弄すれば許さんとか言っているが、女子供に何ができるというのか」


ピキピキッ


「あはは、ですよね。シャーミリア!いいから!とりあえずいったん出直そう」


「は、はい。ご主人様がそうおっしゃるのであればそのように」


「本当にハリス宰相の指示を受けて来たのか怪しいな」


「本当だけど、一旦書状とかをもらって来るから待っててほしい」


「ハリス宰相に危害を加える者という事もありえる」


「ありえないありえない。だって女子供だし町の衛兵も王城にも怖いおじさんがいっぱいいるし、危害を加える事なんてできやしない。もちろんそんなことする気も無いし」


だって、ハリスとマーカスがボロボロだから助けようと思って頑張ってんだから。


と思っている間にも、いつの間にか物凄い人だかりに囲まれていた。どうにも普通に帰らせてもらえる雰囲気じゃなくなってきた。


ここに居る数百人…シャーミリアなら一瞬だ。とにかく平穏無事に収めなくては。


「ハリスさんとマーカスさんのおかげで、この街も成り立っているんだ。自分らは外から来て住む場所もなかった、その俺達にこの地区を解放してくれたんだよ」


「それはよかった!とても人道的な宰相様だと思う!なのでその宰相様から、ここを調査するための書状をもってくるから待っててほしい」


うん。周りの人間の手に棒や鎌などの武器がちらほら見えて来た。どうしよう、シャーミリアもマキーナもファントムも手加減が苦手なんだよな。でもさっきシャーミリアに言った手前、いきなりアナミスに洗脳させるのも問題だよな。


「お前達、バルギウスから送られた間者だろう」


へっ?間者?ってスパイって事?


いきなり想像の斜め上の質問が飛んできた。


「違うよ」


「いや、その美しい女たちを使って王城に入り込み、ハリス様の寝首を掻くつもりじゃないのか?」


なるほど。そう考えるとめっちゃ辻褄が合う気がする。どう考えてもこの綺麗な女たちがハリスの周りに近寄るのはおかしい。


「いやいやいや。もし仮にそうだとしたら、わざわざこの街に来る意味はないだろ!」


「城に入るための情報収集なのだろう」


「そんなん。こんなところじゃ取れないだろ」


「フードをかぶっているお前、フードを脱げ」


男がファントムに向かって言うが、もちろん俺の言う事しか聞かないのでピクリとも動かない。


《ファントム!何があっても動くなよ!》


自動防衛本能で殺してしまっては問題だ。


「……」


ファントムは静かにしている。するとファントムのフードを、棒を使って誰かが脱がせてしまった…


「ひっ!」

「うわあああ」

「バ、バケモノ!」

「に、逃げなきゃ!」


物凄い悲鳴と共に数十人が失神して、逃げようとするものと立ち向かおうとするものがいた。震えながらも武器を持って立っている者は勇気がある。


ザリッ


一部のスラムの人間達の輪が縮んだ。ファントムをみてその行動をとった事だけでも褒めてやりたい。とりあえず俺までの間合いがまだ遠いからシャーミリアは動かないが、それ以上近づかないで!危ないから!


「衛兵が来たぞ!」


後ろの方から声が飛んできた。どうやら人だかりが出来たので誰かが来たらしい。


「丁度よかった。お前達を突き出してやる!ここの衛兵はバルギウス兵など目でもないほど強靭な者達なんだ。もう逃げられないぞ!」


知ってる。


モーゼの十戒のように人混みが分かれて、奥から3人の衛兵が走ってくる。オーク、ダークエルフ、ダークエルフの3人の進化魔人だ。


「お前達はもう終わりだぞ」

「牢屋に行ってから後悔することになるな」

「兵隊さーん!こっちです」


スラムの人間達がやいのやいのとはやし立て、俺達を煽り始めた。


そして一気に3人の衛兵が俺の前に来て、一目散に跪いた。


「ラウル様!視察なさると聞いていればすぐに駆けつけましたのに!知らずに申し訳ございません!」

「何卒その無礼をお許しください!」

「ウルド様からは何も聞いておりませんでしたので、申し訳ございません!」


「ウルドには言ってないんだ。とりあえず、やる事が無くて王城から出てきたばかりなんだよ」


「左様でございましたか!」


「だね」


スラム街の人間達が、この光景にあっけに取られている。怪しい人間を捕えようとしてきたと思った衛兵が、いきなり跪いて頭を下げたので何が起きたのか理解できないらしい。


「して、これはどのような状況でございましょうか?」


「ああ、大丈夫だよ。ちょっと立ち話をしていたら人が集まっちゃっただけ」


「お困りでは?」


「ないない!みんな紳士的で、とりあえずファントムを見て失神してしまった人を介抱してほしいかな」


「あ!市民の皆さん!倒れている方々の介抱を!」


オーガの魔人が言うと、ようやく我に戻った人々が倒れた人を連れていった。どうやらこの状況を理解しつつあるらしく、集合していた人がいなくなっていく。


「あの…」


今まで話をしていた男と、最初に話しかけた男がキョトンとした顔で俺達を見る。


「俺は宰相の息子の友達でラウルっていいます」


「ええーー!」

「ええーー!」


二人は目玉を飛び出させそうな勢いで大声をだした。これでようやく普通に話が出来そうでよかった。もしかしたら俺達を怪しむ気持ちは収まっていないのかもしれないが、衛兵たちが俺にひれ伏するのを見てさすがに疑うのを止めたようだった。


とにかくスラム街の調査は始まったばかりだ。

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