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第579話 臨時行政会議

ハリスとマーカスが深い眠りから目覚めたのは、モーリス先生が子供達に学校の説明をした次の日の夜だった。二人とも起きたと同時に焦って仕事をし始めようとしたので、とりあえず落ち着いて話をするよう説得した。


《やっぱり相当疲れているようだ。完全にブラック企業の社員のように仕事漬けになってやがる》


「この3人がこの城の文官として働きはじめます」


とりあえず文官の3人を紹介する。


「ベンタロンです」

「スティーリアです」

「カリマです」


「そしてこちらがハリス宰相です」


「皆さんよろしくお願いします。私が…」


「はいハリス宰相、存じ上げております」

「冒険者が自由に狩りに行けているのは宰相様のおかげですので」

「ギルドが無いですからね、その後処理などをやってくださっていると聞きます」


《なるほど。どうやらハリスの冒険者からの信頼は厚いようだ。まあ元冒険者の剣士だったハリスは、冒険者を良く理解しているからだろうしな》


ハリスはようやく文官を代わってくれる人が現れたというのに、キョトンとしていた。


「宰相。いいんですよ、この3人にどんどん仕事をふってくださって」


「いい…ん…ですか…」


「もちろんです」


「そうですか…」


ハリスは力がぬけたように椅子に腰かけた。


無理もない。


「じゃあ、ハリス宰相とマーカス財務大臣。この人たちにいろいろと仕事の引継ぎをしようと思います。執務室に場所を移しましょうか?」


「わ、わかりました」

「ええ」


ハリスもマーカスも寝て起きたら、いきなり自分たちの後任が出来ていた事に驚いている。俺とモーリス先生とカトリーヌが、ハリスとマーカスそして3人の文官と共に執務室へと向かうのだった。


「では…こちらです」


《うん…ハリス。ドアの取っ手を掴む手が一瞬固まってたな。よっぽどこの部屋に入りたくないようだ…かわいそうに》


ガチャ


全員で執務室に入ると、後ろからついて来た3人の新しい文官達があっけにとられる。


「これを…お一人で?」


「いや、マーカスが市場の仕事を終えると手伝いに来てくれていた」


ハリスが力なく言う。


「そうですか…」


どうやら3人とも膨大な書類の量に度肝を抜かれているようだった。


《まあ俺とカトリーヌも度肝を抜かれたし、びくともしなかったのはモーリス先生だけだ》


「それじゃあいいかの?」


モーリス先生がおもむろに全員に声をかける。ハリスとマーカスと3人の文官がモーリス先生に注目した。


「とりあえず、適当に椅子に座るとするかの」


「「「「「はい」」」」」


膨大な書類にあっけにとられながらも、みんなが藁をもすがる思いでモーリス先生に向かって座る。


「まずは、マーカス殿じゃが」


「はい」


「もう市中に出向くのは視察だけでええじゃろ」


「えっ?」


「物資の運搬や素材の鑑定、一日の集計の計算などはせんでも良いという事じゃ」


「し、しかしそれでは」


「あの、マーカス伯爵」


「はいラウル様」


「普通の財務大臣は物資の運搬や素材の鑑定、集計作業などはしなくても良いのです」


「それでは現場がまわりません」


「大丈夫です。力仕事はユークリット基地にいる私の配下が行います」


「それでは配下の皆さまにご迷惑がかかったりしないのでしょうか?」


《なるほどね。やっぱりそこを気にしていたわけだ》


マーカスが汗を掻きだしたので、俺がマリアに目配せをするとマーカスにそっとハンカチを渡す。


「ありがとうございます」


マーカスは汗をふきふきペコペコしている。


「迷惑なんてとんでもない、私の配下は都市内にいる貴族の使用人として働くわけですから。肌の色が違ったり角が生えていたり、牙が生えている事なんて誰も気にしません。だって”獣人”が貴族の使用人として働くのなんて、サナリア領やラシュタル王国やルタン町では当たり前の事でしたから」


「ですが…」


「なーに、今のユークリットは寄せ集めの民ですから、そういうものなのだと強制的に法律を制定すれば良いのです。獣人や貴族の所有する使用人に危害を加えれば重罪であると」


「法律ですか」


「以前はユークリット王国が制定した法律がありましたよね?ですが今は司法もなにもあったものではありません。そうですよね先生」


「そう言う事じゃ。じゃがたまたま、わしは一応ユークリットの法律を全て記憶しておる。その法律を現状に合わせて今風に作ったのがこれじゃ。元の法律にいろいろと書き加えたり引いたりしておる」


ドサ


先生がテーブルの上に束ねた紙を置いた。


「これが現行の法律の基礎となるものじゃ」


ハリスとマーカス、3人の先生達がその束ねた紙を見開く。どうやら一方を留めて冊子のようになっているらしい。


《えっと…もしかして引きこもってると思ったら、先生はこれ作ってたのか…てか1日で?》


マーカスがパラパラとめくるとどうやら現行法が記述されているらしかった。この書物の通りの法律を制定し、行政を行っていく事になるらしい。


「すばらしい」

「これを1日で」

「ふむ…ふむふむなるほど」


マーカスとハリスは黙って見ているが、3人の文官達は法律の文書を見て感動していた。


「と言うわけでの、一番大事なのがここじゃ」


モーリス先生が見開いたページには、税収についての決まりごとが書いてあった。


「税金ですか」


「そういうことじゃ、というか元の税率を低く調整しただけのものじゃがな。まずは金を集めて回していかねば、国が成り立たんのじゃ」


「確かに…税金を取っていませんでした。これまではラウル様からの補助金によって成り立っておりましたから」


《まあ補助金と言っても、あちこちで集めた金なんだけどね。盗賊からもらった…いや盗んだり。奴隷商から盗んだり、もぬけの殻になった都市に落ちてたり…いや置いてあったり…いやしまってあったものを持って来たり》


「破綻寸前ではないのかな」


「そのとおりです」


「やはりのう」


「えーっとカティから何かある?」


「最初はかなり低い税率から始めます。いきなり高い税率では反発も生まれましょう、しかし国政を進めるうちにどうしても市民が必要不可欠になってくるものがあります」


「必要になってくるものですか?」


ハリスが聞く。


「ええ。どうしてもそれを使わなければ生きていけない必需品や、その道を通らねば安全に通行できない場所、居住区に住むための家や土地、旅行者が止まる宿屋に、武器や武具などもです。既に先生と共に一覧に書き足しております」


「はい」


「それらの税率を少しずつ上げてまいりましょう、今はまだそれほど必要としていなくても将来的に必要になる物に関しては特にです。安定的に税金を集められるようにする必要があります」


「それはどうしてでしょうか?」


「国民の生活を維持する為です。そしてそれとは別に贅沢品の税率も高めに設定します」


「それも国民の為?」


「そうです。ですが最初はどれも税率は低いままでいきます。市民が払える範囲で調整せねばなりませんから。しかしこれから活性化して国の経済が潤い、人々に資金が回るようになれば税収を上げる時期とみて良いでしょう」


「わかりました」


「ただし、貧しい市民が困るような物は税率据え置きのままでよいかと」


「それはどういう?」


「日常食べる野菜や肉だとか、生活に必要な水や火を起こす燃料、お薬なんかも税率は据え置きでよいでしょう。日常的な消耗品には高い税率は不要かと」


みなカトリーヌの話に聞き入っている。たしかにここが一番重要な部分だと思うし、みんなも昔は税を払ってきた人間達だ。カトリーヌの考える税についての考えに納得しているのかもしれない。


《カトリーヌもいろいろと考えていたんだなあ。逆に俺はそこまで細かく考えていなかった…それでハリスとマーカスを病気にしかけたし。申し訳ない》


一通りカトリーヌの話が終わる。


「とにかく税金を集めねばな。市中に御触書をだして周知させた後、集金は毎月決まった日にラウルの部下が行う。それでいいのじゃな?ラウルよ」


「はい。私の部下に人間に見えるものがおりますよね?彼らは兵士をしておりますので、彼らが税金を集める仕事をします。もちろん納得のいかない市民もいるかもしれませんが、なーに私の部下達がとりっぱぐれる事などありません。みんながきちんとやっている事に反発するような不届き物がいたら、強制的に執行しますのでご安心を」


「金がない者がいたらどのように?」


ハリスが聞いて来る。


「家や馬を没収するか、たちが悪ければ身ぐるみ剥いで郊外に捨てます。特に贅沢品をたくさん集めているやつが税を払うのを出し渋りしたら、金品を全て没収します。そして無駄遣いなどをして税収を払えないなどと言うやつがいたら、その家族や親せきや知り合いに払わせることにいたしましょう。どうしてもだめなら、吊るして水責めにしていつ払うか約束を取り付ける事もできます。とにかく魔人から逃げれる奴なんていませんよ」


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


《なんだろう?モーリス先生もカティも、ハリスもマーカスも、3人の文官も何も反応が無いまま聞き入っている。もしかしたら俺の策に対して感心してくれているのか?と思っていたが、どうやら皆の表情を見ていると違うようだ。どちらかと言うと俺が言っている事に違和感を覚えているような顔をしている気がする》


「えっとカティ。もしかして水責めはやりすぎ?」


「ラウル様…それはさすがに…いやそれよりも」


「え?」


「いえ!いい所はたくさんありましたわ!良い所はたくさんあると思うのですが、少し軌道修正をしながら詳細を詰めた方が良い部分もあったと思います。お気になさらずに!あくまでも軌道修正を加えたら良いかと言うお話ですので、大筋は良いんですよ!おおすじは」


カティ―がそう言うが、ハリスとマーカス、文官3人がまだ難しい顔をしている。


「あ、ちょっと軌道修正がいるのか。なーんだわかった」


「ラウルよ。全体的にダメすぎるぞ」


モーリス先生が冷静にいった。いつもやんわり言うのにちょっときつめに。


《傷つくわあ…》


「すみません。どのあたりが」


「全部じゃ」


「あの…すみません。集金につきましても先生と私で決めさせていただいてよろしいですか?」


カトリーヌが言う。


「ふむ」


それからは、モーリス先生とカトリーヌ、ハリスとマーカス、3人の文官達で詳細を詰めていった。その話し合いは結局深夜まで続いたが、いい時間でモーリス先生が止める。


「よし。このあたりでいったん切り上げた方がよかろう。3人の文官達は明日も学校があるじゃろう?明日の当番は誰じゃった?」


「俺とスティーリアです」


「ならばカリマ、明日は王宮に籠れるな」


「はい」


「わしが文章管理のやり方を明日カリマに教えよう。明後日はベンタロンその次はスティーリアでよいかのう?」


「それでかまいません」

「はい」

「おねがいします」


「それではハリス伯とマーカス伯は、明日の日中は私と税と行政についてのお話を更にくわしく」


「ありがとうございます」

「たすかります」


《うん。よかったよかった。途中、俺の話で場が凍りついたようにも感じたがうまく行きそうだ。やっぱり俺は変な口をはさまず、魔人達に指示を出すだけにしといた方がよさそうだ》


3人の文官達は部屋を先に出て行った。明日の学校に備えるのだろう。


「ハリスさんもマーカスさんも今日はお眠り下さい」


「えっ?もう寝てもいいのですか?」

「まだ仕事がありますが?」


「いいんです」


《アナミス、エミルとケイナを連れて来てくれ》


《はい》


コンコン


ドアを開けるとエミルとケイナが立っており、後ろにアナミスが控えていた。


「あ、二人がお休みになるようなので、エミルとアナミスにきちんと休めるようにお願いしたいなと」


「わかった。すまんな俺の父に気を使ってもらって」


「いや、エミル。大事な人だからな十分休息と栄養を取ってもらいたいんだ」


「わかった」


そして二人とエミル達が出て行った。部屋にはモーリス先生とカトリーヌと俺が残る。


「どうやら少しずつ見えてきたようじゃな」


「そのようです」


俺はようやく悟った。俺に国の行政や税収などについての知識が全くといってない事に。さらにこの世界の事はもっと知らないし、変な口をはさむのはやめよう。俺はただ二人の会話を聞いてウンウンと頷くだけにしておくのだった。

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