第58話 内乱誘発作戦
ゾンビと狙撃から逃げれば機関銃の掃射。
地獄のような戦場だ。
騒乱状態の騎士たちはアリの巣をつついたように逃げまどっていた。暗闇の中をどこに逃げたらいいのか分からない状態だった。FWS-Sナイトビジョン越しに見ると、まさにてんやわんやといった感じだ。
ガガガ ガガガガ ガガガガガ
マキーナは北側から南の住宅地の路地に逃げ込んでくる騎士を掃射し続けていた。俺はゾンビの支援のため遠距離射撃を続けている。表通りにはとにかく大量の人間が転がっていた。
「マリア、車を中に進めてくれ。」
「はい。」
M1126 ストライカー装甲車が再び大通りに入ってくる。
「じゃあ、シャーミリアたのむ。」
「かしこまりました。」
ガパン!
M1126 ストライカー装甲車の天井が開いて、美しい貴族風の女性が出てきた。天井に立ちあがって叫ぶ。
「バルギウスの兵よ!抵抗をやめなさい!私はイオナフォレストです。」
「よし!マキーナ!機銃の攻撃を止めろ」
「はい」
イオナフォレストと名乗った女はスッっと天に向かって手をあげる。すると開いた天井のドアからスッとなにか筒のようなものが出てくるが、騎士たちには見えない。
パ パラッ!ボフッ!
夜空にまぶしすぎる光がともり地上の惨劇を照らしていた。M314照明弾をミーシャが打ち上げたのだ。
「バルギウスの兵よ無駄に命を捨ててはいけません。すみやかに武器を捨ててこのイオナフォレストに跪き、戦う意思のない事を見せなさい。さすればこの惨劇は終わります。」
攻撃が止まり、周りの路地や逃げまどっていた兵士が声のする方を見る。灯りが消えた・
パフッ ボフ!
灯りがなくなったのでミーシャが再度M314照明弾を打ち上げる。闇夜が明るく照らされて周りが良く見えるようになる。
「私はかつてユークリット公国の女神と呼ばれました。そして私の神の力を見たことでしょう。もうあなた方にできる事は武器を捨てて投降することだけです。」
ひとりの兵士が自分の剣をその女に狙って投げ込んだ。
シュッ
剣は・・その美しい女の目の前でその手に握られていた。女は投げた剣の刃の部分を掴んで立っていた。
バギン!
その剣は簡単に砕かれた折れた。
スウッっと貴族風の女は、剣を投げた兵士のほうに手を向ける。
1・2・3・4 バグゥ
その兵士は頭から脳漿を飛び散らせて倒れ込んだ。もちろん俺の狙撃だ。
「逆らうのをやめなさい。私には神が味方についているのです。もうあなた方にはなすすべはございません。このイオナフォレストの元に下りなさい。」
「神・・本当かよ・・」
「いま・・魔法は使っていなかったぞ」
「おまえも見たろう、あんなこと人間に出来るわけないだろう。」
「そしてあの美しさ、神の使徒かもしれない。」
「俺たちは何を相手にしているんだ・・」
狂乱状態だった兵士たちが口々につぶやき始める。よし・・
「屍人たちよ!鎮まれ!イオナフォレストの名においてこれ以上の騎士の殺生をやめなさい。」
すると攻撃していた屍人たちが、人形のように動きを止めてその場に立ち尽くす。それもそのはずシャーミリアが自分で動きを止めたのだから。声は車の中で拡声器で話をしているのはイオナ本人だけど、イオナだと思わせてそこに立っている超美女はシャーミリアだった。口を動かさずイオナが話している内容に合わせて身振りだけでそれらしくしているだけだ。
パフッ ボフ!
M314照明弾が切れるたびにミーシャが撃ちあげているので、兵士のざわつきに紛れてその音が聞こえる。
「神の御業だ。」
誰かが言った。
「この戦い我らはやはり間違っていたのだ。」
また一人の兵がぽつりとつぶやいた。
「ユークリットの女神。比喩表現ではない本物の女神だったのか・・」
ある兵士は勘違い発言をしだした。
「そうだ!こんな戦はおかしいんだ。どうかお許しください。」
そう言って一人の兵士が跪き、イオナを名乗るシャーミリアに向かい胸元で両手を握った。
そう・・極限の恐怖と暗闇の中でどんどん人が死んでいくのを、兵士たちは正常な精神で受け入れることなどできなかった。藁をもすがるような思いで、途切れそうな心のよりどころをその女神に求め始めた。無残に何もできないまま死になくなどなかった。
「さあ、兵士たちよ私の元へ集まりなさい。そして跪いて反意がない事を示しなさい。これ以上人死には無意味です。」
シャーミリアはイオナのセリフに合わせて両手を広げている。顔の白さが尋常じゃない以外は、金髪の超美人で貴族風の洋装でもわかるスタイルの良さが、さらに神々しさに磨きをかけていた。
パフッ ボフ!
M314照明弾の灯りが消えたのでミーシャが打ち上げる。
カラン!
ガラン!
ガン!
兵士たちは武器や盾を捨てて、その美女の元に集い跪いて胸の前に手を組み始めた。
「お、おい!誰が降伏していいといった!もどってこい!」
叫んでいるやつがいる。シャーミリアの目に同調して探すと、建物の陰に潜んでいるようだった。
「マキーナ、車の北側の車からみて3軒目と4軒目の路地、おまえからは2軒車側にすすんだところに、いま叫んだ奴がいる。上から機関銃を掃射しろ。」
「かしこまりました。」
ヴァンパイアのマキーナは音もなくM240機関銃をもって移る。
「おい!行くな!お前らは俺の隊だ!勝手はゆるさんぞ!敵前・・」
ガガガガガガ
「ご主人様。排除しました。」
「ご苦労」
「ありがとうございます。」
叫んでいたヤツとそれに巻き込まれたヤツが死んで静かになった。
「おい!俺の命令を無視しやがっていい度胸だ。」
「ガッ!」
一人が騎士一人を刺殺したのが見えた。シャーミリアの目はナイトビジョンよりハッキリ見える。
「マキーナ、お前が元居た建物から、2軒奥の南側の路地を出たところに仲間を刺した奴がいる。わかるか?」
「はい、新しい血の臭いがします。」
「おお、そうか。なら刺した奴の上から機銃を掃射しろ。」
「かしこまりました。」
ガガガ
「ぐぁ!」
また何人かを巻き込んで人が倒れた。
「まずいぞ・・神の怒りにふれたんだ。」
「こんなの勝ち目がない。」
「俺は投降するぞ」
「お・・おれもだ」
また、人がぞろぞろと出てきた。どんどん武器を捨て車のそばに集まってきて跪く。
でも、まだ出てこないやつがいるな。最初にオーガと殺した200人とヴァンパイアと倒した300人、跪いている兵士は100名程度だ。住民を守っている50名を差し引けば300から350人は投降していない。
「あとの者は徹底抗戦という事でよろしいでしょうか?」
「ま・・まて!俺たちも投降する!」
50名ほどが出てきた。そしてM1126 ストライカー装甲車の周りにきて跪いた。あと300・・250名は徹底抗戦ね。まあ、自業自得って事でごめんなさいね。
「では、残りの300ほどの方々はよろしいのですね・・」
俺は通信機のイヤホンごしにシャーミリアに指示を出す。
「シャーミリア、新たに死んだ死体を屍人に変えられるか?」
「はいご主人様、ここから見える範囲でしたら全て。」
「見えていない者は?」
「申し訳ございません、見えている範囲の死骸しか屍人に変えることは出来ません・・」
「いいんだ上出来だ、いますぐやってくれ」
それでも通りに転がっている死体もかなりいる十分だろう。生きている者は出来ないらしいから、死んでいる者がどのくらいいるのかもわかる。
「うわっ!」
「お、おお!」
「い・・生き返った??」
兵士たちが驚いている。
通りに見えている者、路地の出口に積みあがっている者から動き出すものが出てきた。かなりの数がゾンビになって動き出す。200はいるだろう・・頭に穴が開いているやつは動かないか・・最初に襲い掛かってきたゾンビもまだ130体はいるからそれなりの数になってきた。
「シャーミリア、動いてる敵を屍人に襲わせろ」
「はい。」
「生き返ったもの達よ、まだ抗うものに罰を与えなさい!そして私に下ったもの達よ、生き返った者たちと共に生きるために戦いなさい。生き残りたければまだわからぬ者に制裁をあたえるのです。逆らわねばまた家族に会う事もできるでしょう。」
イオナの声で号令がかかる。
「え・・仲間と戦うのか?」
「でも生き残るにはそれしかないんじゃないのか?」
「どうする・・」
路地から押し出されてきた兵士たちがゾンビと戦っている。数が倍に増えたため前と後ろから挟み撃ちになっている者や、北側の路地から助っ人で出てきた兵もいて、もはや隠れてなどいられないようだった。
「マキーナ、北側から出てきたやつらを後ろから撃て。頭を狙うと屍人も倒れるから背中を狙え。」
「かしこまりました。」
ガガガガ ガガガ ガガガガガガ
「ぐぁああ」
「ぎゃぁぁ」
「ぐはぁ」
ゾンビに襲い掛かった新たな兵士たちに銃弾の雨が注ぎ倒れていく。ゾンビにも被弾するが頭にあたらなければ倒れることなく戦っているようだった。助けに入った兵士たちが軒並み倒れていく。
「マキーナ攻撃を止めろ」
「はい」
さてと、兵士はどうかな?
「さあ起きあがった者と共に戦うのなら、私はあなた方に災いをもたらす事はありません。もし何もなさないのならば今この場で死ぬことになるでしょう。」
イオナが俺の言うとおりに拡声器で話し、それに合わせてシャーミリアが身振り手振りで話しているように見せている。
「さあ」
「う・・うわああああ」
「おおおおお」
「ぐぅうううう」
「ゆるせ・・許せよ!!」
混乱と恐怖で冷静な判断ができなくなった兵士たちが、そして跪いていた者たちが血反吐を吐くような叫びをあげて、剣を持ちいままで味方だったもの達へと向かっていく。
「わかっていただけたのですね。あなたたちは救われるでしょう。」
車の周りに跪いていた兵士たちも皆再び戦乱の中へ身を投じて行った。
「よし、疑似的な内乱状態が続いているあいだに、オーガ3人の援護に向かうか。」
この内乱がいつまで続くか分からないので、急いで俺はそのまま全員に指示を出す。
「よし、シャーミリア。いま死んだやつも全て屍人にして攻撃に加えさせろ。そしていったん車に入れ。」
「かしこまりました。」
「マリア、シャーミリアが車内に戻ったら、もう一度街の入り口の外まで戻り車を停めろ。」
「はい。」
「マキーナも武器を回収して街の外にでた車に戻り待機だ。」
「わかりました。」
俺達がいないグラドラムの街でかつては仲間だった騎士と騎士の、そしてゾンビの殺し合いが始まった。こちらの作戦に乗ってこなければ、相手が全滅するまで時間をかける必要があったが、作戦通り内乱を始めてくれたようだ。兵士たちは混乱と極限、そして恐怖で自分が何をやっているのか分からないだろう。
俺は武器は拠点にあった武器をすべて回収して、グリフォンに括り付ける。
「人間の精神とは・・もろいものだな・・」
そう言い、皆と合流するためにグリフォンで闇夜に飛び立った。
次話:第59話 強騎士の追撃