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第577話 大賢者の魔法 ~カトリーヌ視点~

私はラウル様と別行動をする事になった。ハリス様が宰相としての仕事が出来るよう、文官が出来そうな者を探しに出たのだった。王城を出てモーリス先生が冒険者の気を探れるかシャーミリアに尋ねたところ、どうやら冒険者達は今は都市内にいないみたいだ。


「ふむ、まあそうじゃろうな。狩りに出ているか素材集めをしておるのであろう」


「それでは先生、いかがなさいますか?」


「ふむカトリーヌよ、”先生”の方ではなく”生徒”の方から探す事にするかのう」


「ではどちらへ?」


「貴族街にでも行ってみようかの」


先生が言うとシャーミリアが前を歩いて、モーリス先生と私がその後を歩き始める。マキーナは少し離れて後方から全体を見渡すように歩いているようだった。都市は活気に満ち溢れており特に危険も無さそうに見えるが、ラウル様はシャーミリアとマキーナを護衛につけてくださった。


「やはりシャーミリア嬢と来てよかったわい」


「ありがたき幸せにございます」


「冒険者を探しておったら二度手間じゃった」


シャーミリアが先生に深々と頭をさげた。モーリス先生がラウル様の恩師と言う事もあり、魔人達は先生を特別扱いしている。それもそのはずで先生はこの世界の理を深く知っている大賢者なのだ。魔人国にとって最重要人物と言っていい。そのためラウル様は常に直属の配下をつけて護衛をさせるようにしていた。


「しかしユークリットには本当に人が戻ってきているのですね」


「これでも戦争前ほどではないがのう、ここまで戻れば少しずつ人間の社会が形成されていくじゃろうて。しかし王政もへったくれもない今の状況では、じきに無法地帯になってしまうじゃろうて」


「恐らくは差別や格差も」


「そのとおりじゃ」


市民が住む町は人がおり人の行き来が多かった。相変わらず私達を遠目に見る視線がちらほらとある。やはりこの一行は目立つらしい、恐らくはシャーミリアとマキーナが目立つのだ。しかし視線を送ってくるだけで何か行動に起こすわけでもないので、放っておいても問題は無さそうだ。


「貴族街には王都のナスタリア家がまだあったのう。前に来た時はあそこにいたのじゃったな」


先生が話を変えた。


「私の生家が残っていたのは幸せな事です。今回の宿泊もそちらになるのでしょうか?」


「王城がかなり修復されておるからのう。此度は王城になるのではなかろか」


「だいぶ新しくなっておりましたからね」


「前の王城とは似ても似つかぬがのう」


「あれに色とりどりの塗装をすればまるでグラドラムですね」


「ふぉっふぉっ、まさにそうじゃのう。ありゃミゼッタの趣味らしいがの」


「面白い子です」


シャーミリアが立ち止まってこちらを振り向いた。


「貴族たちは、このあたりに住んでいるようです」


「ふむ。ではこのあたりに空き地が無いかの?」


「では、恩師様とカトリーヌ様は私のお側に。マキーナ」


「は!」


シャーミリアは無造作に私たちの側に立った。マキーナがスッと消えていなくなる。貴族街はあまり人が歩いていないようで、危険は無さそうだが静かで不気味な感じがする。


「静かじゃのう」


「人はいるんですよね?」


「おります」


「おそらくじゃが、使用人がおらんのじゃ」


「貴族だけで生活をしていると?」


「まあ…ありゃ貴族もどきじゃからのう。貴族のような立ち振る舞いをしているだけで、貴族がしている事をしているわけでもない」


「自分達で料理を作って買い物をしてと言う感じでしょうか?」


「金はラウルがハリスに置いて行った金貨で支払われておるじゃろうから、おそらく生活に困る事はないじゃろうがな。しかしこのままではいつか破綻してしまうのは目に見えておる」


「お金が周っていないという事ですね」


「そのとおりじゃ。無政府状態じゃろうから、恐らくは課税もしとらんじゃろ」


「なるほど。破綻しますね」


「うむ」


見かけ上は政治が行われ、貴族たちが仕事をしているように見えているが上辺だけだ。市中を回る魔人衛兵や城内を護衛する進化魔人達がいるから、何事も無く日常が周っているのだ。しかも魔人は給金などもらっておらず、基地で食事をし生活をしているだけだろう。


「張りぼての政府ですか…」


「まあこれから中身を作って行けばよい」


「はい」


あたりを警戒しながらシャーミリアが話す。


「マキーナ。ありましたか?」


「は!」


いつの間にか後ろにマキーナが立っていた。どうやら空き地を見つけて来たらしい。


「恩師様」


「ふむ。マキーナ嬢よ空き地に人は居たかのう?」


「はい、おりました」


「子供じゃったか?」


「はい。かけっこなどをして遊んでおりました」


「良い良い!それではそこにまいろう」


今度はマキーナが前を歩いて、シャーミリアが後ろから見渡せるように歩く。このあたりの役割分担が魔人達の強いところだと思う。何も言わなくても自分がやるべきことを掌握して、瞬時に行動できるのだった。


ルフラを纏って行動していたから私も多少は身についているけど。


「あちらにございます」


マキーナが指をさす方向に空き地があった。私が幼少のころは家の庭でしか遊んだことがなく、空き地で遊ぶというのはどこか新鮮だ。子供たちはチャンバラをしたり追いかけっこをしたりして遊んでいた。


「先生。どうするのです」


「まあ適当にじゃな」


「はあ」


先生は子供達を見つけると、それはそれは温和な顔でニッコリ笑って近づいて行く。私の子供の頃も同じように優しく接してくれた。昔から先生の優しさは変わっていないようで、相変わらず子供が好きなようだ。


「ここいらでよいかの」


転がっていた丸太にモーリス先生が腰かける。


「シャーミリア嬢はこの杖をもっていてくれるかの」


「心して持たせていただきます」


シャーミリアが美しい所作で先生の大事な杖を受け取った。金髪の巻き髪にドレスのいで立ちだが、シャーミリアが杖を持っても違和感が無い。どことなく魔法使いに見える。


「これがいいかの」


先生はカバンの中から小さな魔法の杖を取り出した。いったい何をするつもりなのだろうか?


「ほっ!」


プシュー


杖の先から空き地の真ん中あたりの上空に、水の玉が飛びあがって行った。するとその水の玉が空中に浮かび一瞬にして飛び散る。


「綺麗…」


私はつい呟いてしまった。空き地の中に静かに雪が降って来たのだった。


「わあ!雪だ!」

「でも雪は冬に降るもんだぞ!」

「でも降ってるじゃないか」

「綺麗だー」


男の子も女の子も天を仰いで雪を手で受け止めようとしていた。


「ほっ!」


すると今度は先生が杖の先から火の玉を空に打ち上げた。


パ―ン!


まるでラウル様の武器のような破裂音がしたと思ったら、その火は花弁を形どるように広がった。キラキラと光る火ははかなく空中に消えた。


「案外うまくいく物じゃの」


「先生、こんな魔法は見たことがありません」


「ラウルの武器を真似たのじゃ」


「それが出来てしまうなんて」


すると子供たちがモーリス先生と、私達に気が付いて近寄って来た。


「おじいちゃん!おじいじゃんがやったの?」


一人の可愛らしい女の子が聞いてきた。


「どうじゃったかな?わしが持っているこの棒っきれから出てきたようじゃが」


「すごーい!」

「どうやったの?」

「魔法使い?」


「おお!魔法使いを知っとったか?そうじゃな、わしゃおいぼれ魔法使いじゃよ」


「初めて見た。雪が降って来たよ」


「なるほどの。それじゃあこういうのはどうじゃな?」


モーリス先生が杖をかざすと、子供達がふわっと少しだけ浮かんでそっと降りる。風魔法の応用らしい。


「わ!」

「きゃ!」

「きゃははは!」

「すごいすごい」


…これは簡単にやったように見えるが、物凄く魔法の制御が難しい高等技術だ。子供を吹き飛ばす事もなく、地面に強く落とすわけでもなくふわりと浮かせてそっと降ろす。そんなことを無詠唱でこともなげにやってしまう先生はやはり凄かった。


「楽しい!」


「そうかそうか!ならこれはどうかのう」


シュッ


杖の先から光の粒が数個生まれたと思ったら、それが何かを形どっていく。


《こんな魔法見たことが無い》


ヒラヒラヒラ


「蝶だ!」

「ちょうちょ!」


光の粒が蝶に変わりひらひらとそのあたりを舞っている。恐ろしい高等技術に私は絶句していた。私が魔法を学んだ時にも見せてもらった事が無い。私も思わず子供のように魔法に見とれてしまった。


「消えちゃった」

「あーあ」

「どこいったの?」


光の蝶はしばらく舞って消えてしまった。


「もっと見たいか?」


「見たい!」

「もっともっと!」

「おもしろーい!」


子供達は興奮して次の魔法を待っていた。


「見せてやっても良いが、もっと大勢で見た方が楽しいじゃろ?たくさんのお友達を呼んで来てくれるかのう?」


「わかった!」

「行って来る」

「どこにもいかないでね!」

「いなくならないでよ!」


「ふむふむ。みんなの頼みじゃからのう聞かぬわけにはいかぬな」


先生の言葉を聞いて安心した子供たちは一斉に街中に消えて行った。


「先生!あんな魔法は私は見てません!」


「うーむ。昔から基礎はあったのじゃが、ラウルの武器やエミルの精霊術から思いついたのじゃ」


「光なら私にも?」


「どうじゃろう。もうすこし修行が必要かもしれんのう、魔法の発動と維持と制御を完璧にこなさねば出来ないものじゃ。魔力量の微調整と発動までの時間も短くせねばならん」


「やはりですか。一目見て真似のできないものだと思いました。さすがはモーリス先生です」


「長年、魔法使いをやっておるとな実用的な物ばかりじゃと飽きるんじゃよ」


「飽きる?」


「魔法についての探求や世界の真理については飽きる事はないがの、大魔法や攻撃魔法を突き詰めたり結界を堅牢にしたりするだけではつまらなくなってきた。ほとんどの魔法式は直ぐに解析できるようになってしまったしのう。そしての!魔法とは人を幸せにするものでなければならんよ」


「そう言う考え方もあるのですね。私は実用面ばかりを考えておりました」


「今はそれでいいんじゃ。実用的なものが完璧に出来てこその魔法の制御じゃからな」


「私はまだまだ表面的な部分だけを見ていたようです」


「今はそれでええじゃろ」


しばらく待っていると、子供達が大勢やって来た。みんなキラキラした目で何が起こるのかとワクワクしているようだった。どんどん集まって来て私達を囲むように周りに集まった。


「みんなよう来たの!それではこれから面白いものをたんと見せる事にしよう!」


モーリス先生は丸太から立ち上がって、シュッと小さな魔法の杖を振った。


ボゴボコボコボコ!


地面が盛り上がり小さな人間の形を作り上げた。これは以前見たことがある物で、虹蛇様のゴーレムにそっくりだった。


《まさか》


するとその土人形がぴょんぴょんと踊り出したのだった。


《えっ!あれは虹蛇様が命を吹き込むから出来る技なんじゃ…》


それでもこともなげに私の前では小さな土人形が動き回っていた。どういう原理でこの土人形が動いているのか、私には全く理解が出来なかった。


「そこのボク!この人形を棒でやっつけるのじゃ!」


「うん!」


ちょっと太めの棒を握って、男の子がその小さい土人形を追いかける。


「えい!やあ!あれ?当たらない!」


「ほれ!頑張れ!」


「えい!それ!それ!」


コン!


良い音が鳴ったと思ったら、人形が関節ごとにばらばらになって地面にばら撒かれてしまった。


「やられたー!ボクは将来剣士かの?」


「うん!僕はちゃんばらが得意なんだ!」


「そうかそうか」


男の子は得意げに、エッヘンのポーズをとった。先生は目を細めてニッコリと微笑みかける。


「つぎは!」


女の子が言う。


「ふむ。じゃあこれはどうじゃ?」


先生が小さい魔法の杖で地面をつつくと、ふいっと盤上の土の板が出来上がった。しかしその土の板は浮いているように見える。


「それに足をのせてみい」


女の子がおそるおそる土の板に足をのせる。


スーッ


板が滑るように動いた。


「わ!」


女の子が慌てて転びそうになるが転倒する事は無かった。どうやら板の周りに光の結界が張ってあるらしい。


《三重がけ…》


これはおおよその原理が分かった。土で板を作りその板の下に水が流れている、そして板を囲むようにして光の結界が張られているのだ。


「乗って遊んでみよ」


すると女の子は今度は上手く板に乗って足で漕ぐ。


スーッ!


「おもしろーい!進むー!」


今度は上手く前に進んだ。だが思わず体制を崩しそうになって転びそうになる、しかし光の結界に守られて転ぶ事は無かった。


《なんでもありだわ…》


私は純粋にそう思った。先生は3つの魔法を無詠唱で同時発動している、こんなに正確に少量の魔力を繊細に扱える人を見たことが無かった。


「それじゃあこんなのはどうじゃ!」


シュッシュッシュッ


四方に水の玉が飛び一気に霧状になった。さらに四方に光の玉が飛んでいく。


すると…


空き地中に虹の橋が架かったのだった。


《キレイ…》


「わあー!」

「綺麗!」

「虹だあ!」

「雨も降ってないのに!」


子供達はとても興奮していた。いや…子供達だけではない、私もとても興奮していた。魔法を突き詰めればこんなことができるのだと感動していた。シャーミリアとマキーナは先生が魔法を発動するたびに、賞賛の拍手を送り続けている。


大賢者とはこれほどの事を、造作もなくやってのける人なのだと私は改めて認識する。空き地には子供達だけじゃなく、大人たちもどんどん集まって感嘆の声が上がるのだった。

次話:第578話 急ごしらえの文官学校

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