第572話 ユークリット王都へ
バルギウス基地に戻り、マルケス・フォン・シュトラウスとの話し合いの結果をタロスに伝えた。あとの仕事を引き継ぐように言う。今後の貴族とのやり取りや保護の方法と管理の仕方は、タロスを筆頭にバルギウス基地の魔人達が知恵を合わせて考えるように指示した。
「今はあいつらがやっているわけですな」
「そうだ。そのうち貴族からの返答をもらって戻ってくると思う、そうしたらタロスが貴族代表者と話し合って保護の方法などを決めればいい」
「は!」
タロスは今までバルギウス基地を管理して来た実績がある。グレースが線引きをして決めた以上の事を考えてやってきている。恐らくこのぐらいの段取りをしておけば、次に来た時にはルーティンが出来上がっている事だろう。
「まあ貴族と言えど、政治的な仕事が出来るようになるまで遊ばせておくわけにはいかない」
「もちろんです。まあ我々と同じような事をさせるわけにはいかないにしても、ユークリットからの商人との交渉事や素材の解体などをやらせましょう」
「そうしてくれ」
「は!」
タロスは既に貴族に何をやってもらうかを考えていた。恐らくそれが一番の最適解なんだろう。
「じゃあ、俺達はユークリットへ飛ぶ」
「お気をつけて」
これでタロスはバルギウスの皇帝代理と裏で繋がり、バルギウスのギルドを裏で牛耳り、バルギウスで生き残った貴族の後ろ盾をもらう事になるだろう。次に俺達がここに来る時が楽しみだ。
ヒュンヒュンヒュン
「じゃあエミルやってくれ」
「はい」
オスプレイはバルギウス魔人基地を飛び立ち北へと向かう。
「やっぱりヘリはいいのう」
「それはよかったです」
「じゃが、あの貴族に見せたような、あのダダダダっと」
「ああ、20mm機関砲ですね」
「そうじゃな、後は大魔法の如き爆炎の…あれ」
「ヘルファイア対戦車ミサイルですね」
「この機体にはついておらんようじゃが」
モーリス先生はヴァイパーとオスプレイの違いに興味津々のようだった。
「この機体は通常は輸送用になります。ただ内部から銃を取り付けて武装する事は可能ですよ」
「やはりそれぞれに特徴があるわけじゃな」
「はい」
「それでこの機体はあの羽」
「プロペラですね」
「プロペラが動くようじゃが意味があるのかのう」
「上から前に行く事で巡航速度が上がるわけです。恐らくユークリット王都までは数時間で到着すると思います」
「なるほどのう」
「どうかされましたか?」
「魔法の使い方にいろいろ応用できそうでのう」
えっと…どこをどうやって?魔法に応用できそうな話があった?分からないけどモーリス先生はいろいろと納得したようだった。それならそれでよかった。
「それとバルギウスの魔人も成長が著しいと思うたのじゃが」
「はい。どうやら指揮や交渉などをやっているうちに能力が向上するようなのです」
「シャーミリア嬢しかりギレザムしかり、確かに仕事をふればふるほど成長しとるようじゃ」
「あ、ありがたき幸せ!ご主人様の恩師様にそのように思っていただけるとは、感無量にございます」
「本当の事じゃよ」
シャーミリアがもじもじと嬉しそうだった。
「良かったなミリア」
「ありがとうございます」
「ただ政治や駆け引きなどに疎かった戦闘狂のミノタウロスが、あそこまで成長したのはグレースのおかげだと思いますよ」
「さすがは虹蛇様といったところかのう」
「恐らく前の世界からの彼の力だと思います」
「異世界じゃな」
「はい」
「あの…虹蛇様は神様ですよね?前世ではどんな人だったんですか?」
ハイラが気になるようだ。
「ああハイラさん。グレースはITのブラック企業を辞めて、フリーランスでアプリ開発などを受注してたんだ。そしてあるアプリを開発して特許を取って、それを売り出してみたところ大当たりして大金持ちになったんだよ」
「頭が良かったんですね」
何か思い込むように言う。
「ハイラさんは大学生だっけ?」
「そうです」
「なら、いろんな未来が待っていたんでしょうね。それがこんなことに巻き込まれてしまって…」
「いいんです」
「ハイラさん。ラウルはねどうにかしてハイラさんを前の世界に戻す事は出来ないか?って思ってるんだよ」
操縦していたエミルが言う。
「前の世界に?」
「だよなラウル?」
「それはそうだけど、エミル…無理だったらガッカリさせるから言うなって言ったろ」
「あ、ごめんねハイラさん」
「いいえ。その気持ちを聞けただけでうれしいです」
「なるほどのう。ラウルはそのような事を考えておったのか!じゃがこちらの世界に呼べたのじゃから戻す事も出来ると考えるのが道理じゃと思う」
「えっ!先生!なにか手はあるのですか?」
俺が言う。
「いや、申し訳ないが…わしにも全く見当がつかぬ」
「そうですか…」
ガッカリする俺にハイラがニッコリ笑いかける。
「ラウルさん。いいんですよ!目標も目的も中途半端で、親のスネカジリで大学に通って悶々としていた時の私を考えればこの経験は凄いです」
「でもお母さんが心配してるんじゃないかな」
「…それは…そうです」
「俺達は向こうの世界で死んじまってるからいいものの、ハイラさんはあっちで行方不明になってるだろ?心配しているだろうなって思うんだ」
「はい。それについては思うところもあり悲しいですが、今は受け入れるしかないですから。そして一緒にこっちに連れてこられた彼らも頑張っていることだし」
いや…あなたは自分の意志で頑張ってるけど、他の日本人は俺に魂を書き換えられてこの世界で頑張るのが当たり前になっている人たちだから。
「まあ、そうだね」
「はい」
ハイラがまたニッコリ笑う。
《なんか罪悪感》
《ラウル様はむしろ彼らのためにおやりになったのです。なんら罪悪感を持つことはありません》
《うん。まあいいか》
《はい》
アナミスの微妙なフォローに苦笑いする。
「して、ユークリットではハリス殿の様子と、連れて来た貴族がどんな行政を行っているかじゃったかな?」
「はい。一体どうなっているやら」
「ふむ。それについては、わしに少し考えがあるのじゃが」
「それは?」
モーリス先生がチラリとカトリーヌを見る。
「え、先生!私は無理です!私はラウル様のお側にお仕えすると決めているのです」
「もちろん離れろとは言うとらんがな、じゃがにわか貴族やハリス殿の様子を見て思うところを言ってやればよい」
「そう言う事でしたら」
「おぬしは生粋の貴族じゃ。何と言ってもナスタリアの血をひく者じゃからのう」
「本当は叔母様の方が適任だと思うのですが」
「カティ。母さんはまだこちらに連れてくるわけにはいかないんだ。彼女は未だ敵に狙われている可能性があるからな」
「もちろん承知しております。その前段階で私で出来る事があれば何なりとお手伝いいたします。ですがもうラウル様のお側を離れるつもりはありません」
「ふぉっふぉっふぉっ!まるでイオナの若い頃のようじゃな」
「叔母様が?」
「まあ…先生の言うとおりかも」
「えっ!なんかうれしいです」
「ならよかった」
「それでしたら、マリアにも出来る事がありそうですわ」
カトリーヌがマリアを見る。
「私ですか?」
「ナスタリアに仕えたメイドですもの。メイドの教育なら天下一品じゃない?魔人のメイドさん達の身のこなしは既に一級品よ」
「彼女らはとても素直なのです」
「まあ、確かに」
「メイドね。貴族には従者やメイドはつきものだよな、到着したらそのあたりも考えてみるかね」
「ご主人様。到着したらすぐにウルドを呼びましょう」
「だなミリア」
ウルドは魔人国でダークエルフの隊長だった男だ。数度の進化を経て既に見た目が人間にしか見えない。イケメンで一見女性かと見紛うほどの美形だった。確か前世の劇団でベルサイユの何たらとか言うのがあったが、まるでその世界から飛び出てきたような見た目だった。綺麗な銀の長髪でキリリとした表情は黄色い悲鳴が上がりそうだ。
「ウルドさんって、ダークエルフだよね?」
エミルが言う。
「ああ。サナリア管轄だったが、王都からラーズが抜けたからそっちを統括してもらっている」
「ダークエルフは、一応俺達の一族とは対にいる存在なんだ」
「そうなの?まあダーク”エルフ”ってくらいだからなあ」
「俺達エルフと魔人の混血だと言われている」
「なるほど。でも彼らは精霊術が使えないようだけど」
「精霊は魔人に懐かない」
「なるほど。それで身体強化に特化したってわけかな?」
「分からないんだけど、実は今回はちょっと調べたいことがあるんだよ」
「調べたい事?」
「現地についたらな」
「わかった」
俺が召喚した戦闘糧食を食べながら様々な話をしていると、どうやらユークリット王都が見えて来たらしい。
「王都だ」
「了解」
《ウルド》
早速、ウルドに念話を繋ぐ。
《おお!ラウル様!どうされました?》
《どこにいる?》
《ユークリット王都の西にある森で、人間の冒険者達に狩りを教えておりました》
《わかった。俺達はもうすぐ王都に到着する、ウルドは王都に戻れるかな?》
《ええ他の魔人も数人連れてきておりますので、私だけならすぐにでも》
《じゃあ来い》
《は!》
俺達のオスプレイがユークリット基地に着陸し、全員がオスプレイから降り立つと数千の魔人が膝をついて出迎えた。
「「「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」」」
俺は魔人達に手を振る。
「ラウル。ずいぶん多いな」
「そうだエミル。ここからなら南にも北にも派兵しやすいからな。グラドラムからかなりの人数が来ているはずだ」
「軍事的な事は本当によく考えられているな」
「いや当たり前の事をしているだけだ」
「恐れ入るよ」
エミルは褒めているのか呆れているのか分からないように言う。
「エミル。前世でもこうして役割分担してたじゃないか」
「まあね。にしてもそれぞれ徹底してるなって思うよ」
「性格だろ」
「だな」
そして俺は魔人達が跪く場所の前までいって声をかけた。
「みんな!楽にしてくれ」
ザッ!
魔人達は立って足を肩幅まで開き手を後ろに組む。ここでも軍隊のようなしつけが行き届いているようだった。オージェの教育がどこまでも浸透しているのには驚かされる。
「俺達は少しの間このユークリットに滞在する。これから俺達に気を使う事は無い、通常通りの仕事をし通常通りに生活して良いぞ」
「「「「「「「は!」」」」」」」
「解散!」
ザッ!
千人以上いたと思われる魔人達が一斉にいなくなった。行動に無駄が無かった。しかしユークリット基地の魔人は半数以上が進化をしていない者で、見た目がオーガやオーク、ダークエルフにゴブリンのままの者が多い。
「あの…」
「どうしたハイラさん」
「なんか怖いです」
「ああ…見た目だけです。彼らは心優しいですよ…怖さで言ったら今まで会ってきた人間に見える魔人達の方が怖いんです」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「信じられません」
そう言えばエドハイラが魔人らしい魔人を見たのは初めてかもしれない。確かにこれまで見た人間よりの魔人よりは強くて怖そうに見えるが、進化を経ていないのでその力はそれほど強くはない。
「じゃあみんなで王都に向かおう」
「じゃな」
「了解」
「はい」
「かしこまりました」
ドン
俺は96式装輪装甲車を召喚して皆で乗り込んだ。ウルドが待っている王都へと出発するのだった。
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