第570話 隠然たる貴族
俺達11人と数名の魔人が、ジークレストが書いた地図を元に最初の村に到着した。村から離れた場所に車両を置いて徒歩で村に近づいて行く。木の柵が設けられているだけの村だが、帝都よりユークリットに近い草原にある村で魔獣などの危険も無さそうだった。
「だいぶ田舎だな」
「ああエミル。王都の近隣ではやはりだめだったんだろう」
「皇帝代理には本当に頭が下がる」
「ああ」
すると俺達の隣にエドハイラが早足でやって来て並ぶ。
「危険なのに人助けをし続けていたって事ですよね?」
「そう言う事らしい。それもかなりの数を助けていたようだ」
「あんな弱そうなおじさんでも、そんなことができるなんて」
「まあすっごく気が弱そうだけどな、どちらかというと策略家なんだろう。頭で切り抜けて来た感じはする」
「私は何の能力も無いなんて言ってましたけど、彼の英雄的行動を知り考えが変わりました」
「そう?」
「はい。やはりやる気と覚悟なんだなって思いました。先生の話から気づかされた事も大きいです」
「ふむ。そうかの?」
「はい」
「わしはそうでもないぞい。わしも幼少の頃はほんの少しの魔力しかない平凡な魔法使いじゃったし、覚悟が決まっていたわけでもない凡人じゃった」
なるほど、それは俺も初耳だ。最初っから天才なんだと思ってた。
「先生が…」
「ハイラ嬢よ。わしはただひたすら魔法に興味があっただけじゃ。それこそ幼少の頃からずっと好奇心があって、その好奇心は尽きることなく沸いて来た。それがこんな老いぼれになるまで続いただけじゃよ」
「ふふ。先生それを私たちの世界では天才と言うのです」
「うーむハイラ嬢の言う事がよくわからんのう、そうでもないのじゃがのう。わしゃ、ただただ魔法と知識への欲求が強い遊び人じゃて」
「ふふふ」
エドハイラが笑う。
うん…やっぱ先生は凄い。自分が人より優れているなんて思わずに、魔法の真理を探求し続けてきたのだ。魔道具や薬剤などに関してもかなりの知識を持っている。そして初見の魔導書の解析や、魔法の発動条件などを一目見るだけで理解している。先生でなければ、数千の魔導士が張った結界を解析して破るなんて芸当は出来ないはずだ。ましてやアトム神という神が張った結界の解除もやってのけた。これを天才と言わずなんというのだろう。
「ラウル。第一村人発見だぞ」
エミルが言う。
村の前でチャンバラごっこをやっている子供たちがいた。おそらくバルギウスでは物心ついたころから、騎士ごっこに明け暮れているのだろう。たしか前世のどこかの国では、貧しい子供は幼少の頃からサッカーしかすることが無いため、スーパープレイヤーがたくさん生まれる国があったような気がする。それと似たような光景なのかもしれない。
「やあ!」
「えい!」
「うっ!」
「くそ!」
カンカン!
子供は5人いたが、どうやら1人対4人でのチャンバラらしかった。
「なんか一人だけやたら凄いのがいるようじゃのう」
「本当ですね」
1人の子供が見事に4人が振り下ろす棒をさばいていた。
「いて!」
軽く頭を叩かれた子供がしゃがみ込んで頭をさする。すると1人欠けて均衡が崩れたらしく、一気に他の3人の籠手や尻に軽く棒を叩きこんでいく。
「まいった!」
最後の1人がまいったをした。そして俺達が子供達に近づいて行くと、その剣技の優れた子供がこちらをじっと見つめている。その視線に気が付いた4人の少年たちがムクリと立ち上がり、その子の前に立ちはだかるように並んだ。
《なるほど》
「お前たちは誰だ!」
中で一番体の大きな男の子が言う。
「あ、すまない。怪しい者じゃないんだ」
「どう考えても怪しいだろ!」
「あの…その守り方はダメだぞ。それでは後ろの子が特別だと分かってしまう」
「うっ!」
その言葉を聞いた4人の子供たちが、一斉に俺に棒を打ち込んできた。シャーミリアが動こうとしたがそれを制する。
《シャーミリア大丈夫だ》
俺は軽く身体強化を自分の体に施した。そして子供たちの棒を避けることなく全て自分の体で受けた。
「なんだ!なんで反撃してこねえんだ!」
「戦うつもりはないんだ。そしてその子に用があるわけでもない」
「騎士じゃないのか?」
「じゃない」
「じゃあいったいなんだ!」
「まあ…旅人だな」
「旅人?」
すると後ろに立っていた剣技の優れた子が口を開いた。
「旅の御方にいきなり無礼を働いた事をお許しください」
《女の子?》
声を聞いて初めて女の子だと気が付いた。
《はいご主人様。この子は女の子です》
《少年かと思った》
《匂いが違います》
《わかった》
「俺達はバルギウスとは関係の無い人間だ」
「わかりました。みんな!この人たちを信じるしかないわ」
女の子の緊張が伝わって来た。俺達の能力に気が付いているような気がする。
《凄いな…こんなに小さいのに俺達の脅威が分かるなんて、特別な力があるのかもしれない》
「分かった…」
「うん」
「でも…」
「しかたねえよ」
「大丈夫。危害は加えない」
「ではどういったご用向きでしょう?」
「ヘイモンさんからのお話といったらわかる?」
「…ではこちらへ」
キリリとした表情だが可憐な少女だった。ゴールドピンクのような髪をきっちりまとめてショートカットのようにみえている。編みこんで頭の後ろでまとめているようだ。
《身のこなしが違うな》
《気品があります》
子供達について俺達は村の奥へと入って行く。すると村人がぞろぞろと出て来た。
「なんだお前達。その人たちはいったい誰なんだ?」
老人が子供に声をかける。
「こちらは旅人です。ヘイモンさんのお話があるという事でいらっしゃいまいした」
「…お見受けしたところ、バルギウス人ではなさそうですな」
「まあユークリットと、さらに北の国から来ました」
「まさか…」
老人は驚愕の表情を浮かべた。
「私達は敵ではありません」
「魔人国の御方でしょうか?」
どうやらジークレストに何か聞いていたようだった。俺達の事を知っているらしい。
「はい」
「本当にいらっしゃるとは…」
「しかるべき人の下に連れて行っていただけますか?」
「わかりました」
老人と村人はさらに村の奥へと俺達を連れて行く。すると何の変哲もない家々が立ち並ぶ場所についた。
「ちょっと待っていてください」
老人と村人達がそれぞれ周辺の家に入って行った。しばらく待っているとぞろぞろと村人達が出て来て集まってくる。すると一緒に来た女の子が1人の男の下へと走り寄っていった。
「これは、遠路はるばるようこそおいでくださいました」
その男が前に出て来て俺達に話す。これまた気品のありそうな身振りで挨拶をしてくる。村人を装っているのだろうが隠し通せるものじゃないらしい。
「えっと。それではバレてしまいますね」
俺が言う。
「これは、お恥ずかしい。生来の癖が出ているようですな」
「この中で一番地位の高い方とお話がしたい」
「私です」
「わかりました。出来ればあまり人目のつかないところでお願いしたいのですが」
「それではわが家へどうぞ」
「じゃあみんなは待っててくれ。先生とカトリーヌは一緒に」
「わかったのじゃ」
「はい」
俺とモーリス先生とカトリーヌが、男について一つの家に入って行く。別段立派な家ではなく他の村人と同じ家に住んでいる。むしろ少し貧しそうにも見える家だった。もちろんカモフラージュの為にそういう家に住んでいるのだろう。
「ささ、こちらへ。ガルディアも来なさい」
男が女の子に声をかける。
「はい。お父様」
そして俺達が男について家に入ると女が家の中で待機していた。
「アグアマリーこの方たちへお飲み物を」
「いえ。おかまいなく、私たちはそれほどゆっくりする事ができません」
俺は丁重に断った。
「そうですか…ではこちらへ」
居間のような場所へと通された。椅子を勧められて俺達3人が座る。
「それでご用件は?」
男が聞いて来る。
「ジークレスト・ヘイモン皇帝代理と、皆様の身の安全を保障する盟約を交わしました」
「あなたの素性が分からないのですが?聞いてもよろしいのでしょうか?」
「ユークリット王国男爵、グラム・フォレストの息子で現魔人国の皇太子ラウル・フォレストと申します」
「なんと!まさか!」
「そしてこの隣にいるのはユークリット王国公爵の娘です」
俺が言う。
「はじめまして。カトリーヌ・レーナ・ナスタリアと申します」
「なっ!なんと!あなたがあのナスタリア家のご息女ですと?」
「はい」
「そしてこちらにいるのが、ユークリットの大賢者サウエル・モーリス先生です」
「ふぉっふぉっふぉっ!いきなりの訪問で申し訳ないのじゃ、あの戦争をおめおめと生き残ってしまいましたわい」
「大賢者様!な‥‥なんという…」
「ええ。まさか生きているうちにお会いできるとは」
男もアグアマリーと呼ばれた奥さんも驚愕で言葉が出ないようだった。
「あの、もし可能であればお名前をお伺いしても?」
「高貴なお方のお耳汚しになるかもしれませんが、私はマルケス・フォン・シュトラウスともうします。そして妻のアグアマリー・レナ・シュトラウス。こちらは娘のガルディアにございます」
「ミドルネームがおありと言う事は、貴族と言う事でよろしいのですよね?」
「はい。伯爵になります」
「良かった…よくぞ生き残ってくださいましたね」
「いえ。あなた様がたも良くあのユークリットの惨劇を生き残られました」
「残り少ないですがね」
「酷いものです」
「ええ」
「あの時、何があったのか聞かせてもらえますか?」
「はい」
マルケスはポツリポツリと話し出した。
「最初はファートリア神聖国からの使者から始まったのです」
「はい。元凶がそこにある事は私達もつかんでおります」
「そうですか…その後から少しずつ国内がおかしくなっていきました」
「それはどういう感じでしたか?」
「貴族や騎士が何かに操られるように、普通ではない事をやり出したのです。領民から人を献上させたり街の人間が消えたりしていきました」
「あなたは操られなかった?」
「はい。周りがおかしくなっていくのを感じてはいましたが、身の危険を感じて操られている様を装っておりました」
「なるほど」
「そしてある日ジークレスト様に声をかけられたのです。数ヵ月も長い時間をかけていろんな話をされてきました」
「それでどうしたのです?」
「ある日、突然打ち明けられました。国内に操られている者がいると」
「はい」
「私もそれは分かっておりましたので、すぐにジークレスト様に自分たちが装っている事を伝えました。そのときジークレスト様がもし、あちら側なら私たちは死んでいたでしょう」
「だが違ったと?」
「そう言う事です。彼は何かを感じ取る事が出来るのか、私を信頼してくださいました」
どうやらジークレストには何らかのスキルが備わっている可能性が浮上して来た。
「それでどうしたのです?」
「ある日を境に貴族が消えだしたのです。どうやら殺されていっているようだとジークレスト様に聞きました」
「全員がですか?」
「いきなり全員ではなく少しずつですね。まあその理由もわかるのです」
「理由?」
「なぜか貴族には操られない者が多く存在しました。怪しい奴らが操れないのならと片っ端から殺していったようなのです」
なるほど、貴族には魅了されないものが多いという事か。それならば王家や貴族が根絶やしにされていった理由もわかる。ただバルギウスには逃げるだけの時間的な余裕があったという事。そしてそれ以外の国にはその時間的な余裕が無かったという事だ。
「貴族には操られない人がいると。誰が操られているのか、操られているフリをしているのか分からなかったということですね?それが分からないなら片っ端から殺していったという事でしょうか?」
「そう言う事だと思うのです」
「とにかく一気にはやらなかった」
「はい。操れない騎士たちが反乱を起こせば、いかな強力な敵でもどうしようもないでしょうから」
「そしてそれに気が付いたジークレスト皇帝代理が、少しずつ目を盗んで人を逃がして行ったと」
「あの時彼は位の低い隊長でしたが、それでも目を盗んで少しずつ貴族を助けてくださったのです」
「あなた達も?」
「私達はジークレスト様に処刑すると言われ連れ出されました。そして身代わりの死体を袋に詰めて、私達を逃がしたというわけです」
「手がこんでますね」
「そうでもしなければ捕まりますから。ジークレスト様はああ見えて…なんというか…小賢しいところがあるのです。まあ風見鶏のようにひらひらと、しかし私達にとっては神にも等しいお方です」
「わかります」
「そのおかげで多くの貴族が助けられました」
「そう言う事でしたか。この村には何人いるのですか?」
「50名ほど」
「よかった」
「はい」
「私の魔人基地をご存知でしょうか?」
俺は本題に入る。
「時おり来るジークレスト家の使用人に聞かされております」
「このように村に隠れるのも一つの方法なのですが、もし感づかれてしまった場合この場所ではひとたまりもないのでは?」
「まあ、そうですね。これまで生きてこれたのが奇跡だと思います」
「ええ」
「なにかお考えが?」
「私は多くの貴族を助けたい。北の大陸の政治経済は完全に崩壊しているのです。政治の分かる方は貴重な存在なのです。そこでなのですが要人として、私達魔人軍の保護下に入りませんか?」
「なんと…ですが急に言われましても」
「まあ、信じられませんよね?本来皇帝代理が同行すれば信じる事も出来たでしょうが、内通者などがいた場合危険でしたので連れてきませんでした。そして私たちが嘘を言っていたらたくさんの貴族が死んでしまいますしね」
「まあ…そうです」
「あの、私たちの力を聞き及んではいないでしょうか?もし私達が本気を出せばこの村は一瞬で消えるほどの」
「‥‥話では聞いておりますが」
「見ないと信じられませんよね?」
「まあそうです」
「では郊外にまいりませんか?その力をお見せしたいと思います。その力であなた方を守ると言った方が分かりやすいでしょう」
「わかりました」
百聞は一見に如かず。あまりいいやり方だとも思えないが、貴族に力を見せて言う事を聞かない選択肢はない事を知らしめるしかない。俺達は伯爵家族を連れて外に出る。
「エミル、村の外でヘリを召喚する。隠れていた貴族の方達を乗せて飛ぶぞ」
「了解」
マルケスに行って希望する貴族たちを連れ、俺達は村の外へ向かうのだった。




