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第569話 ギルドの改善

俺とモーリス先生、シャーミリア、ファントム、アナミスの5人で新しくできたギルドに来ていた。連れて来た10人の精鋭魔人は2次進化を経ている、ライカン、オーガ、オーク、ダークエルフの9人とサキュバス1人の混合部隊で、どこからどう見ても人間にしか見えない。


「なるほど。それではこれからはこの方たちが、ギルドの幹部として仕事をしてくださるわけですか」


「そうなる」


ギルド長を任されていた男と、話し合いの為に来ていたジークレストが打ち合わせをしていた。皇帝代理を呼んできたのは、国が陰で関与する事を暗示するためだ。


「それでは、ギルドで働いていただくとなれば報酬などの話をしなければなりません」


ギルド長が言う。


「それはラウル様と直接話してもらえるかな?」


「はい」


「いや…魔人部隊は報酬など必要としていない。それよりもジークレスト皇帝代理の下で、帝都内で起きた困りごとを陰から支える方向で行きたいんだ」


「それでは魔人の方達になにも利がないかと」


「それは問題ない。むしろ魔人達と帝都の人間との距離が縮まる事を祈っているよ」


っていうのは建前で、消息不明の50万の部隊と繋がっている者がいないかの監視のため、及び辞めていった冒険者たちの監視も兼ねている。


「わかりました。新設ギルドとしては本当に困っていましたから助かります」


「しかし近衛が回っていると思うが、そんなに大変なものかね?」


「いえ皇太子。ギルドには昔から国が関与しないのです。戦時に兵士を要請するような事もありましたが、今ではそれも行う事は無いでしょう」


ジークレストが言う。


「そうじゃな。国はギルドに直接関与する事が無いのは常識じゃ」


「そうなのですね。冒険者の経験もないものですから知りませんでした」


「まあ今は状況も違うので、それもどこまで徹底すべきかと言う問題もあるがの」


「なるほどです。しかし屈強な衛兵が関与しないとなれば、弱体化しているギルドでの運営は辛いですね」


「そうなのです」


ギルド長が深刻な顔をする。


「不条理な人間がいると聞きましたがどんな感じです?」


「元バルギウス兵で腕に自信のある者達が軍を抜け、冒険者に身をやつしたものが多いのです。それだけに冒険者としての実力も高いのですが、これまでとは違う現実にストレスをため込んでいるのでしょう。少しでも素材の価格に不満があれば暴れ、素材以上の対価が見込めなければ居座ったりするのです」


「やっかいな話だ。それはどのくらいの頻度であるんです?」


「それが…ほぼ毎日」


「うわぁ…」


「はあ…」


ギルド長が一気に青くなる。毎日そんなんが来たんじゃたまったもんじゃない。


コンコン!


「ギルド長!」


「おい!返事も待たずに入ってくる奴があるか!」


可愛らしいギルドの受付嬢が血相を変えて入って来た。ギルド長がそれに対して怒る。


「はあはあっ。申し訳ありません!ですが!また暴れている者がいるのです」


「ふぅ…噂をすれば影と言うやつですな…」


「どうしましょう?」


ギルドの受付嬢もかなりまいっているようでガクガク震えている。


「あなた、収めていらっしゃい」


シャーミリアが一人のオークに指示をする。どこからどう見ても普通のおっさんだが内包する魔力はハンパない。2度のデモン戦を超えて来た奴だ、その進化度合いはかなり高い。


「は!」


オークはシャーミリアに深々と頭を下げる。だがギルドの受付嬢は血相を変えたままに言う。


「えっ!暴れている冒険者は元騎士の10人ですよ!1人で何ができるのですか!」


「あら10人だけ?なら…あなたはある程度、力を抜いて対応しなさい。殺してはだめよ」


「は!」


シャーミリアは、まるで俺が彼女に言うようなことをオークに言っている。オーク兵はそのままドアを開けて外に出て行った。その後ろをギルドの受付の女の子がついて行く。


「と、まあこんな感じに片付くわけです」


「えっ?まだ片付いてないですが?」


「大丈夫。さすがに殺しはしません」


「いえ…あの相手は元バルギウス兵の腕っぷしの強い10人ですよ」


「…えっと。お任せください」


「ふぉっふぉっ!さすがにあっけに取られておるぞ!ラウルよ」


「あ、ああ…すみません。10人のバルギウス兵ですよね?彼に傷の一つも付けられたらいいですけどね」


「そんな…」


ギルド長があっけに取られている。


コンコン


再びドアをノックする者がいた。


「入れ」


すると先ほど下に降りて行ったギルドの受付と、オーク一般兵が上がって来た。


「やはり、一人ではだめでしたか…」


ギルド長が言う。するとオークが俺に跪いて頭を下げた。


「申し訳ございません。ラウル様…治療薬をお持ちではないでしょうか?」


「あらあ、やっちゃったか」


「申し訳ございません」


「ファントム!エリクサー」


するとファントムの腹からボコボコとエリクサーが出て来た。


「ヒッ!」


ギルドの受付嬢が小さく悲鳴を上げた。ジークレストとギルド長はどうにか悲鳴を上げるのを堪えたらしい。俺はエリクサーを受け取って下に降りていく。階段を降りてエントランスに出ると、10人の大男が転がっていた。周りには既に誰もいなくなっている、危険なためギルドを出て行ったようだ。


「あーなるほど」


死んではいないのだが、腕がちぎれかけたり足が取れたりしている。逃げようとしてずるずると這っているもの、完全に意識が飛んでいる者がいる。


ガチガチガチガチ


受付には他の受付嬢が震えて縮こまっていた。


「あー大丈夫ですよ。今助けますからねー」


俺は腕を拾ってくっつけてエリクサーをかけて繋げ、足を拾ってくっつけてエリクサーをかけて繋げ、一人一人元の体に戻していく。俺と受付嬢の後ろからみんなが降りて来た。


「あなた…力を抜きなさいと言ったでしょう」


「申し訳ございません。シャーミリア様!これほど脆いとは思わなかったものですから」


「シャーミリア。彼は悪くないよ」


「は!」


「力のぬき方なんて教えたことは無いし」


そして俺は他の9人の魔人達を見渡す。


「えーっと、お前達もこういう仕事をしていかなければいけなくなる。その時に力のぬき加減を間違うとこういう失敗を起こす事になるだろう、野に咲く花を握りつぶさないような力加減が必要なんだ」


「「「「「「は!」」」」」」


「これからギルドで働くうえで十分注意するように。たまたま俺がいたからエリクサーがあったけど、バルギウスにエリクサーは輸入されて来ていない。何かあったら困るから気をつけろ」


「「「「「「は!」」」」」」


「あとは、君だ」


「はい」


俺は2次進化したサキュバスの一般魔人に言う。


「アナミスにこういう時の対処をいろいろ聞いておいてくれ、アナミスは彼女に怪我人を出さない為の対策を教えるように。彼女にはギルドの受付嬢になってもらおうと思う。あとオークの君は他のみんなに力のぬき加減を説明してくれ」


「わかりました」


今回の荒事を対応したオークに伝えると、オークは彼らを集めて力加減についての説明をし始めた。これでここは任せて行けるだろうと思う。


「あの…」


物凄くガチガチに震えまくっている受付嬢が俺に声をかける。


「この人は相当な達人なのですね?」


受付嬢が指を指した先には10人を制圧したオークがいた。


「えっと、今回連れて来た面子の中ではそうでもないです。彼と彼はもっと強いと思いますよ」


俺はライカンとオーガを指さして言う。彼らはいまオークの話を真面目に聞いているのだった。


「そんな…」


「どんな感じだったのだ?」


ギルド長が受付嬢に聞く。


「あの…よくわかりません。私が帰ってほしい事を荒くれ冒険者に伝えたのです。そしたらあそこで倒れている男が私を突き飛ばして、そしたらあのおじさまが暴風のように10人を倒しました。それこそ一瞬で」


「一瞬で?」


「はい。一瞬で」


「あー、なるほどです。だから彼らは大けがをしたのですよ」


俺が言う。


「それはどうして?」


「ギルド長。彼らは弱い者いじめや女子供に手を出す奴に容赦はありません。それでも力を制限したようですがこのありさまです」


「そうですか…」


「あそこに立っている全員が、そう言う性質だという事を覚えておいてください。相手が大けがをする前に止めるのも仕事のうちかもしれません…」


「…わかりました」


普通のおっさんに見えるオークが、他の魔人達に力加減の説明を終えたようだ。アナミスもサキュバスに説明を終えて俺の下へと来た。


「じゃあやってくれ」


「はい」


一般兵のサキュバスはピリッと来る煙を出して、倒れている10人を覚醒させた。ゆっくりと起き始める元兵士の冒険者たち。


「さて、君たち。なぜ暴れたのか聞かせてもらおうかな?」


すると一番恰幅のいい男が話し出す。


「俺達が捕って来た素材が傷みすぎているから、安くしか引き取れないってんだ!俺達が悪い事をしたっていうのか?」


「んじゃその素材って?」


「そこの袋に入ってる」


「ファントム」


ファントムがその袋を持ち上げて中身を出した。中から出てきたのはボロボロになった毛皮や、血だらけの肉と折れた骨などだった。それと薬草が一緒になってびちゃびちゃになっている。


「先生これは…」


「ふむ。申し訳ないがこれらはほとんど廃棄するしかないじゃろうな。後処理が悪すぎて冒険者としては失格じゃ、初心者でもこんなことはせんじゃろ」


「おい!じじい何知った事言ってんだ!」


シュッ


《シャーミリア!待て!》


今叫んだ男の首に傷が入って血が流れている。首の皮一枚だけ切って止まったらしい。


「恩師様に何と言う口の利き方。言い残す言葉があるのなら聞いてあげたい所だけど、今回はご主人様の広い御心に感謝しなさい」


ガチガチガチ


10人中10人がシャーミリアの軽い殺気を受けて、失禁してしまっていた。と後ろを振り返ると…ギルド長とジークレストまで腰を抜かしている。気を感じ取る事が出来ない受付嬢だけが何事か分からず立ち尽くしていた。


「シャーミリア。そのぐらいにしておけ」


「出過ぎた真似をして申し訳ございません」


「まあいいけど。とにかく冒険者の人たちも口のきき方に気を付けて。こちらはあんたらが気軽に話して良い人じゃないんだ」


「わ…わかった!殺さないでくれ」


「では先生」


「ふむ。おんしらはどうやら冒険者の手ほどきが必要なようじゃ。あんたらのような冒険者が他にもいるのじゃろうな、まあ冒険者と言うにはおこがましいかのう。兵士の仕事しかしてこなんだら、もちろん素材の解体も学んで来てはおらんのじゃろ」


「……」


「返事が無いようだけど、どうしたのかしら?」


ぎろりとシャーミリアが睨む。


「は、はい!その通りです。見よう見まねでやっている者がほとんどです」


「ならば本物の冒険者に習う必要があるじゃろうて。そもそも分からんのにやっておったのじゃからのう。これから学んでいけばよいだけじゃ」


「ま、学ぶって言っても誰に」


「本来は先輩の冒険者か、ギルドがある程度教えたりするもんじゃがのう」


少ない冒険者と力のないギルドでは指導する事など出来ないだろう。


「先生。それではユークリットから本物の冒険者を呼び、冒険者の心得を教えるようにしたらよいのでは?」


「ふむ。良い案じゃ」


「皇帝代理。ギルド長、ユークリットの冒険者は報酬をもらえばやると思います。ここにいる彼らも分からなかったらしいので、教えてあげればこんなことは減るんじゃないでしょうかね?」


「わかりました」


「ていうわけだ!お前達と似たような者がたくさんいると思うが、きちんと覚えるまでは収益は上げられないと思った方がいい。また冒険者になった者達の中にも出来る者がいるんだろうから、そいつらに教えてもらえ。あとこのギルドにはお前たちが束になっても敵わない人間がいるんだ。わかったかな?」


兵士崩れの冒険者達がシャーミリアや、自分たちを倒したオークを見てコクコクと頷いた。


「君たちと同じような考えでやっているやつらが同じ目に合わないように、しっかりとギルドでの決まり事を広めろよ。きちんと話が広まらなかったら、おまえたち10人の下に彼らの誰かが挨拶しに行く事になるし、大量の死者が出てしまう可能性がある。これは冗談抜きでだ」


コクコクコク


震えながら返事をする兵士崩れの冒険者たち。数万人も軍を辞めて冒険者になったと聞いた時から、きっとこんなことだろうと思っていた。そしてそれは想像通りだった。


「では今日の所は帰れ」


俺に言われて10人の冒険者たちはすごすごとギルドを出て行った。


「ありがとうございました」


ギルド長が言う。


「いえいえ。とにかく私の配下の力は分かったと思います。そして彼らにはさらに私が授ける特殊な兵器を持たせます。くれぐれも暴漢や悪人をのさばらせない方が良いですよ、むしろそういう人間がきれいさっぱりいなくなってしまうかもしれませんがね」


「それは…肝に銘じて」


ジークレストは俺達の兵器の恐ろしさを知っている。この都市など簡単に滅ぼせる力があると。そのため死んで消え入りたいような声で返事をするのだった。


「まあ先ほどのような者達がたくさんいるでしょうから、それは魔人軍お任せいただけましたらと思います。あとジークレストさんも忙しすぎるのだと思いますよ。ぜひ事務仕事は誰かに任せて国内を視察したり、気配りをお願いしたいと思います。もし仕事を振って言う事を聞かなければ、魔人の誰かに依頼をしてください。言う事を聞くように問題解決に尽力いたします」


「わっ、わかりました。何と言っていいのか分かりませんが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいです」


「また視察しに来ます。それまでにバルギウス帝都が人々にとって良い環境になっていますように」


「ありがとうございました」


魔人基地にも大勢の魔人がいるし、武器を補給していくのでしばらくは何があっても対応できるだろう。しかし魔人達に任せたままでは、人間の陰の部分は見えないようだった。魔人達が素直すぎて、人間達がやましい考えに及ぶ事に思いが至らないらしい。人間と魔人の共生はことのほか難しいと実感するのだった。


「それではラウルよ。逃げたという貴族たちの下へといこうかの」


モーリス先生がこっそりいう。


「はい」


俺達はジークレストとギルド長に挨拶をして、バルギウス帝都を後にするのだった。南の前線からは未だ連絡が無い。バルギウスに来て既にまる3日が過ぎようとしていた。

次話:第570話 隠然たる貴:

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