第565話 洗練されたシャーミリア
カラン!
服屋のドアについているベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
中から出て来たのはスーツを着た英国風の紳士だった。これまで見たバルギウスの騎士たちの風体から考えると、ずいぶん洗練された雰囲気のある人だ。バルギウスにもこういう人がいるんだと改めて思う。店内は思ったより広くてかなり大量の服が置いてあるようだった。タキシードのようなものからドレスもあれば、スーツのような物も置いてありバリエーション豊富にそろっているようだ。
「こんにちは」
「ようこそおいでくださいました」
服屋は俺達を見て目を丸くしてみている。
「はい」
「すみません。いささか驚いております」
服屋が素直に言う。腰の低い物言いで優しそうな雰囲気だ。
「驚いている?」
「こんなにお美しい方の団体様がいらっしゃることなど無かったものですから」
「ああ…そう言う事ですか」
それは無理もない。こんな美人だらけの団体が来たら、むしろ驚くなという方が無理がある。
「それで、お嬢様方のご衣装をお探しですか?」
「衣装という感じではなく普段使いです」
「普段使い?舞台衣装か何かをお探しなのでは?」
なるほど、どうやら店主は俺達を劇団の人間か何かだと思っているようだ。
「違います」
「どう見ても夜のお店の御方達ではないようですし、品格があるように感じますので」
「まあ夜のお店の人間でもないです。ちょっと旅をしていましてたまたま立ち寄ったのですが、素性はその…」
「ええ、ええ。結構でございます。野暮な詮索をするつもりではございませんでした。私の勘違いで舞台衣装を探しにいらっしゃった方達だと思っただけです。申し訳ございませんでした」
「謝らなくとも大丈夫です」
「えー、それでは普段使いのドレスでございましたね」
「そうです。この人なんですけど出来れば背中の開いたドレスを探しています」
シャーミリアを指して言う。
「いろいろと取り揃えて御座います。仕立ても出来ますので是非店内を見てくださってよろしいですよ。どうやらお嬢様方もお洋服を見たいようです」
女子たちを見てみると、確かに服を見てきょろきょろしていた。そう言って服屋はスッと店の奥に歩いて行く。いちいち動きがスマートでカッコイイ中年紳士だ。
「だそうだ。じゃあシャーミリアだけじゃなくみんなも見て良いよ」
「え!よろしいのですか!?」
「ああカティ自由に見てくれ、マリアもハイラさんもケイナも」
「えっ!私もですか?」
「私も?」
「いいのですか?」
「いいよ。あとマキーナとアナミスも」
「わ、私ごときが恐れ多いです」
「マキーナは命令。一着選べ」
「は、はい!」
「アナミスも適当に見てくれ」
「ありがとうございます」
アナミスは普段かなり煽情的な服装をしているので、ドレスで少し落ち着いた格好をするのもいいだろう。すでにファントムから金貨袋は取り出しているので、まさかそれを使い切るほどにはならないだろう。すると皆がシャーミリアの周りに集まり出した。シャーミリアは恐る恐ると言った雰囲気で店内を回って行く。
「あ、あの私奴はこれで」
シャーミリアはなんとなく一つのドレスを指さして言う。だがそのドレスは俺から見てもシャーミリアっぽく無かった。ちょっと型遅れのような印象を受ける。
「シャーミリアなぜそれを?」
カトリーヌが聞く。
「いえ。私はあまり値が張りそうなものは…」
「ラウル様が自由にとおっしゃってるんだから、もっと似合う物を探しましょ!」
そう言ってシャーミリアの腕を引き、高そうな服が置いてあるコーナーに引っ張って行く。すると女子たちもそれの周りを囲むようにしてついて行く。どうやら皆でシャーミリアのドレスを見立てるらしかった。
「シャーミリア!これなんかどうかしら?」
カトリーヌが指さした。
「いささか値が張りそうな感じではないでしょうか?」
「え。ラウル様!お値段は気にしなければなりませんか?」
「いや。まったく気にしなくていいよ、みんな好きなものを選んでくれ」
「はい!」
そしてカトリーヌはあれが良い、これが良いと数着のドレスを選び出した。
「マリア。店員さんを呼んできて頂戴」
「はい」
カトリーヌに言われマリアが店の奥に向かって歩いて行った。
「お嬢様。何か気に入ったものはございましたでしょうか?」
「ご試着はさせていただけるのかしら?」
カトリーヌが店員に聞く。
「もちろんでございます。お気に召したものが御座いましたら何着でも」
「それじゃあこの4着を、この女性が来ますので準備をお願いいたします」
「かしこまりました」
チン!
カウンターの上に置いてあった呼び鈴を押すと、奥からメイド姿の女性が三人出て来た。
「こちらのお客様がご試着です」
「はい」
「マリアもお願い」
「かしこまりました」
どうやら三人は店員のようだった。後について、シャーミリアとカトリーヌとマリアが奥へと歩いて行った。奥に試着する場所があるようだ。
「すみません」
歩を止めカトリーヌが店員メイドに話しかける。
「はい」
「試着をしたら彼にも見てもらいたいんだけど、男性は入ってもよろしいのかしら?」
「もちろんでございます。試着を終えましたらお呼びいたします」
「おねがいしますね」
やはりカトリーヌはこういう場所はとても慣れているようだった。ナスタリアの家にいたころ、もしくは母親が公爵に嫁いでいた頃は日常的に買い物をしていたのだろう。
「えーっと」
エドハイラが手持無沙汰になったようにウロウロする。するとマキーナもアナミスもケイナも、エドハイラについてウロウロし始めた。先ほどから固まって歩いているのは、どうしていいか分からずカトリーヌについて周っていたらしい。マリアもこういう店は慣れているが、どうやらカトリーヌに付き従うように動いているようだ。
「あの」
エドハイラが俺に声をかけて来る。
「砂漠の地ではオージェさんや魔人達が防衛作戦中ですよね?」
「ああそうだね」
「そんな時にこんなことをしていてもいいのですか?」
いかにも真面目な日本人らしい質問が来た。
「これは視察だよ」
俺がこっそりハイラに耳打ちする。
「視察?お洋服選びが?」
「もちろん、これから回るのは服屋だけじゃないよ。あそこに店主もいるのでこの話はあとでね」
「えっ、ええ。そうね」
ハイラが店主の方を見ると、店主は視線を感じこちらに近づいて来てしまった。どうやら用事があると思ってしまったらしい。
「お嬢様。何かございましたでしょうか?」
「いえ…」
「ええ!彼女の格好を見てわかる通り、ちょっと味気ない恰好なので出来れば可愛く見える服を店主に見繕ってもらえればいいかなと」
「えっ!私は…」
ハイラが断ろうとするが、俺はそれを遮り話す。
「じゃあ、ハイラさんもマキーナもアナミスもケイナも店長さんに見立ててもらって」
「は、はい」
「ありがとうございます」
「うれしいです!」
「私まですみません」
そして店主はスマートに彼女らを、これまた良さげなドレスのある方へと連れて行った。恐らく俺のお金は気にするなという言葉を聞いていたのだろう。恐らく店主は俺達の関係性を掌握しつつあるようだ。
「するどいな」
そして4人は服を見始め、いつしか店主に質問をしながら服についてのあれこれを聞いていた。やはり女性は服が好きらしい。ハイラもこの世界の中世のような服に興味しんしんのようだった。
「ラウル様!」
店の奥からやって来たメイド店員の1人が俺に声をかけて来た。俺はそちらに向かって歩いて行く。
「ご試着をしてみました。ぜひご覧になってみてください」
俺が部屋の奥へと行き、カーテンをくぐって隣の部屋へ入って行くとその奥にシャーミリアとカトリーヌ達がいた。シャーミリアは赤の上質そうな素材のタイトなドレスを着ていた。
「ご主人様。申し訳ございません。私奴などがお時間をいただいてしまって」
「なに言ってんだ。服を選ぶんだから当然だろ」
「ありがたき幸せ」
「それでラウル様。シャーミリアのドレスはいかがでしょう?」
「ああカティ。これぞシャーミリアという感じだな、とても美しいし品格がある」
「はい。それじゃあシャーミリア、後ろを見せて見て」
「はい」
シャーミリアが後ろを向くと、美しく白い背中が露わになっていた。
「なるほどね。これなら飛翔の時に邪魔にならないな」
「ですよね。あとは締めるところを締めてもらえば、着崩れする事も無いかと思います」
「いいね」
「ありがとうございます」
シャーミリアが深々と頭を下げた。
「他のはどうだった?」
「すみません。私奴はこれで十分にございます」
「ダメよ。次も着てラウル様にみせてあげて」
「しかし」
シャーミリアが困ったように俺を見る。
「ミリア。俺は時間は気にしてないよ、出来れば他のも見せてくれ」
「か、かしこまりました」
そして俺はまた店内の方に戻って行く。すると4人の女性たちがそれぞれ手にドレスを持って立っていた。
「あ、着るの?」
「店主様に薦められていいなって思って」
「あそう。じゃあみんなも中で着たらいいよ」
「でもカトリーヌ様とマリアがまだ選んでおりません」
アナミスが言う。
「ああそうだね。中に店員のメイドさんがいるから、二人と入れ替わって入ってくれるか?」
「はい」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
「すみません」
そして4人が入って行くと入れ替わりでカトリーヌとマリアが出て来た。
「君たちも選ぶと良い」
「ありがとうございます」
「私まで」
「いいの見つかるといいね」
そう言うと、二人は店内を物色しに行くのだった。なんか普通の女子のように楽しむ二人や、魔人達を見ていると異様に幸せを感じてしまうのだった。殺伐とした戦いばかりで、こんな日常を楽しめるようになるとは思わなかった。
「あの…女性たちもよろしいのですが、お客様はお召し物をお求めにはならないのですか?」
店主が聞いて来る。
「いや。俺はこのシン国の道着が気に入っているんだ」
「そうですか。確かにそれもお似合いでございますが、その品格を察するに…いや……」
店主が口を憚るように口ごもる。
「言っていいですよ」
なんとなく何が言いたいのか分かる。
「もちろん他言は致しませんが…貴族の方ではないでしょうか?」
「えっと…」
言っていいのかな?でも既にこの地は魔人国の手に落ちてるから問題ないか。
「いえいえ、おっしゃりたくないのであればよろしいのです」
「いえ店主その通りです。まあ、元ではありますが貴族でした」
「や、やはり!貴族の方が生きていらっしゃるとは!どちらからとはお尋ねいたしませんが、この地でも貴族がいなくなってしまったものですから。乱暴な騎士ばかりで上品な貴族の方はお見かけしなくなってしまったのです」
やはりこの地でも同じように貴族狩りをしていたのだろうか?
「貴族がいなくなったという事ですか?」
「はい。ですので魔法を使える血筋の方達がいなくなったと言いますか…」
「ん?どういうことです」
「本来、貴族の方に魔法使いが多いではないですか。それが消えてしまったように思えるのです。こういう商売ですから客層が急変すればわかってしまうのですよ」
「確かに、こちらは貴族御用達と言った感じですもんね」
「はい。以前は…と言った方がよろしいでしょうか?とても品の良いお客様がたくさんいらっしゃったものでした。今はどちらかというと商人の方達の方が多いですね」
「またユークリットとの貿易も始まりましたしね」
「はいはい!そのおかげでお金周りが良くなった商人が多いのですよ」
「商人ね」
「はい。ですからあなた様のような方と話せばすぐに貴族だと分かるのです」
「そういうことでしたか」
「ご安心ください。当店ではお客様の情報は絶対に極秘です。もちろん貴族様であるという事をお隠しになっているのでございましょうから、誰にも話す事はありません」
「えっと…つかぬことをお伺いしますが、貴族の方達の情報を聞く事は?」
「もちろん他の貴族様の情報も極秘でございます。ですがいないとも限らないと言ったところでございましょうか?こちらも他言無用にございます」
「もちろんです。私は生存している貴族を探しています。もしかしたら生きているかもしれないという情報をいただけただけで十分です」
「お役に立てたのなら光栄にございます。よろしければこちらでお茶などをお飲みになっておまちください」
「ありがとうございます」
そして俺は一つのテーブルに座り、店主が注いでくれるお茶を飲み始める。店内には誰もおらずカトリーヌもマリアも試着室に入って行ってしまったらしい。店員のメイドが出たり入ったり忙しそうにしている。どうやら試着の服を入れたり出したりしているらしかった。
「ラウル様!」
店員の一人から呼ばれた。
「はい」
俺はまた店の奥に行ってカーテンをくぐり隣の部屋に入ると、なんと全員がドレスの試着をして俺を待ち構えていたのだった。それはそれは神々しささえ感じる美しい女性たちが、おもいっきりドレスアップする様はまぶしいくらいだった。以前リュート王都でもらった、ちょっと古っぽいドレスとは違ってみんなおしゃれだった。
「えっと…すっごい綺麗なんだけど。言葉も出ないよ」
「うふふふ」
店員のメイドたちが笑う。
「みんなそれでいいのかな?」
「「「「「「はい」」」」」」
声をそろえて返事をしてくれた。皆で話し合った結果決まったらしいが、側にも数着おいてあった。
「ラウル様」
「なんだい?カティ」
「待っているカララやルフラ、ルピア、セイラたちにも。あとこの可愛いのはティラに」
「ああ、いいよ。それも皆で選んでくれたのかい」
「はい」
どうやら前線で待っている彼女らの服も選んでくれていたらしかった。
「それと、シャーミリアなのですが…3着でもよろしいですか?」
「いけません!カトリーヌ様!私は1着で」
「うんいいよ。シャーミリアはいつもドレスだからな。ドレスがダメになった時のために買っておこう」
「よかったですわ」
結局シャーミリアは断ろうとしたが、カトリーヌに言われすべてのドレスを買う事にしたのだった。
「オーナー」
メイド店員は店主を呼びに行く。
「おお!これはこれはお美しい!何と表現したらよいのか言葉を失います」
店主も絶句していた。それほどこのメンツのドレスアップ姿は爆発力があった。
「これ全部下さい」
「は、はい!ありがとうございます」
「じゃあ会計してくるから」
「「「「「「はい」」」」」」
店主は店員から選んだ服の一覧の紙をうけとった。金額的にはまあまあの金額となったが、俺の金貨袋に白金貨も入っており余裕の支払いとなった。
「あの…旦那様」
「なんでしょう」
「彼女らのお買い上げになった服に合わせる靴は必要ございませんか?実はこの奥のドアから隣の店舗に抜けれまして、そちらが靴屋となっているのです」
どうやら俺の金貨袋に凄い金額が入っているのを目ざとく見ていたらしい。したたかに靴もどうかと勧めてきた。
「いいですよ」
そしてもちろん金貨袋はこれだけじゃない。ファントムの中に超大量に金があるから全く問題なかった。
俺は奥の部屋に行って皆に伝える。
「みんな!その服に合わせて靴を買うから隣の店に行くよ」
「えっ!」
「よろしいのですか?」
「そ、そんな贅沢を…」
「いやあ…私はラウル様の配下でもないですし…」
「私は既に過分なほどのものを…」
それぞれがしり込みしている。
「あら、いいじゃない。ラウル様がおっしゃっているのですから」
カトリーヌが言う。さすがはナスタリアの血を引く貴族の末裔だと思う。
うん。
結局俺の貴族服とコートも買う事となり、隣の店に移って靴選びをするのだった。
「すっげえ気分いい」
爆買いがすっごくストレス発散にになる事を初めて知る日になった。待っているモーリス先生やエミルは既に待ちくたびれているだろう。まあ一緒に来なかった方が悪い。まさか視察に来て王様気分を味わう事になるとは。
悪くない。




