第564話 乗合馬車で帝都へ
「美味かったです」
食事を終えた俺は、厨房で働くおばさん達に素直な感想を言った。
「バルギウスの無骨な料理で、そう言ってもらえるとありがたいねえ」
バルギウスの料理は前世で言うところのドイツ料理に近い感じだった。
「本当にうまい。この腸詰めも揚げた芋も、ステーキも最高ですよ」
「それはよかった」
「いつも兵士達のためにありがとうございます」
「そんな、頭を上げてください!私達は対価をもらってやってるんですから」
そう言いながらも、おばさん達は嬉しそうに照れ笑いをしている。
「君たちもたくさん食べて大きくなれよ!」
「「「「はーい!」」」」
食事をしている子供達が元気に返事をする。
「それじゃあお兄さんがみんなを元気にするおまじないを」
今度はエミルが言う。手をかざして子供達に精霊の加護をふりまいた。どうやらエミルはグレースの考え方に感化されたらしいが、実はかく言う俺も影響されている。
「「「「きれい!」」」」
キラキラ光って降り注ぐ下級精霊をみて子供達がよろこんでいた。エミルの加護が終わり俺たちは、皆に挨拶をしてそのまま建物を出たのだった。
「本当にうまかった」
「自分で料理を選ぶというのは斬新な方法じゃの」
「あれは忙しい時にさっと選んで、すぐに戻れるからいいのです」
「なんとも合理的じゃ」
「はい」
外に出ると魔人達がせわしなく建設作業をしたり街道の整備をしたりしていた。郊外で訓練をしている魔人と、基地の整備をする魔人、二カルスの森に魔獣や野草を取りに行く魔人に分かれているらしい。
「タロス」
「は!」
「彼らの役割分担は決められているのかい?」
「いえ、数日ごとに交代です。全員にまんべんなく仕事が回るようになっております。皆平等に訓練や狩りが出来た方が良いですからな。ドワーフやサキュバスやハルピュイアはその決まりには含まれておりません」
「なるほど。平等に身体強化がなされているという事か、基地の整備などの細かい作業をさせる事で集中力や考える力もつくもんな。…ていうかそのあたりを考えたのもグレースだろ」
「左様です」
やっぱり。何から何まで合理的な考えのもとに運営されているようだった。前世での成功者はこちらでも同様の思考で仕事をしていたらしい。軍の規律や規範、戦闘訓練などの方式に関してはオージェの方が優れている。しかし全体の運営などや仕組み作りは、もっとグレースに相談したほうが良さそうだった。
「してラウルよ。乗合馬車に興味はないかのう?」
「ええ!さっき聞いたやつですね?」
「うむ。乗ってみたいとは思わんか」
「はい先生、乗った事ないので乗ってみたいです」
「そうじゃろそうじゃろ」
モーリス先生はニッコリして言う。
「面白そうです。タロス、乗合馬車に魔人が乗る事はあるのか?」
「いえ。魔人がバルギウス帝都に行く場合は、自分たちの足で行きますな」
「子供や厨房のおばちゃん達だけ?」
「あとはユークリットから来た冒険者などが乗るくらいでしょうか」
「ああ彼らが来ることがあるのか?」
「はい。その時は魔人が護衛について行きますが」
「ふーん」
この世界に来てから乗合馬車とかいう文化に触れる事などなかった。そもそも幼少のころは貴族だったため庶民とは違う環境で、自家用馬車でピクニックに行ってたくらいだ。むしろ成長してから魔人軍を率いて市民が利用する料理屋や宿屋を使ったり、あとは奴隷商を利用…いや襲撃したことがあるくらいだ。
「馬車は何人乗りかの?」
「はい恩師様。2頭立ての物で子供なら20人は乗れるかと」
「大人で半分か」
「そんなところですな」
「ふむふむ」
タロスから情報を聞きモーリス先生は俺達を全員見渡す。
「ならみんなで行くのが良かろう」
「なんか面白そうですね」
「私奴達もでございますか?」
「いいじゃないかミリア。たまにはワイワイと馬車で移動してみようぜ」
「かしこまりました」
「じゃあタロス。乗合馬車の所まで連れて行ってくれ」
「は!」
乗合馬車の待合所に行くと2頭立ての馬車と御者が一人いた。御者は馬に水を与えて自分はパンと干し肉を食っていた。
「ご苦労」
「へい!タロスさん!いつもお世話になってやんす!」
なんともテンプレな感じの言葉遣いだ。
「これは今週分の運賃だ」
タロスは金が入った袋を御者に渡した。御者はコートのような服を着てハンチング帽のような帽子をかぶっている。タロスから金をもらいへらへらと笑っていたが、悪い人間ではなさそうだった。
「ありがとうごぜえやす」
「そしてこの方たちをバルギウス帝都にお送りしてくれ。夜には女中と子供達も帰るから戻ってこい」
「へい。どうぞどうぞ皆さんのっておくんなせえ」
ぞろぞろと俺達11人が乗り込む。
「じゃあ行ってきます」
「は!」
皆が乗り込むと御者が馬の手綱を握って馬車を出発させた。タロスに見送られて乗合馬車は基地を離れていく。道がある程度整備されているが結構揺れがあった。
「バルギウス迄はどのくらいじゃろ?」
「それほど時間はかからねえでやんす。少しお話でもしてていただければすぐにつきます」
「ふむ」
「御者さん」
「へい」
「盗賊とかはでないのかい?」
「バルギウス帝都の側でですかい?」
「そう」
「まさか!今も昔も屈強な兵士のいる帝都の周りで、盗賊を働く命知らずなんていねえですよ」
「なるほどね」
「安心してくだせえ」
「わかった」
ガタガタと揺れる馬車で、俺達は風景を見ながらあれやこれやと話し出す。はるか遠くに二カルスの高い木が見えるが、魔獣は魔人達が押さえているから出てはこない。帝都には騎士がいるので確かにここは安全な場所かもしれなかった。子供達だけを乗せて来れるくらいだから実際安全でなきゃ来れないだろう。
「どうやらここはだいぶ安全なようですね」
「以前も来たのじゃろ?」
「その時とは状況が違いすぎます」
「なるほどのう」
「今回はだいぶ気楽ですよ」
「ならよかったわい」
30分もしないうちにバルギウスの帝都の市壁が見えて来た。久々に訪れる帝都は前に来た時とほとんど変わっていない。そして今馬車が走っているこのあたりで、十数万の兵士を虐殺したのが昨日の事のように思い出される。
《ミリア、昨日の事のようだな》
《はい》
《あの時は滅茶苦茶やっちゃったからな、今回はおとなしく行こうな》
《もちろんでございます》
一応シャーミリアにはくぎを刺しておく。もちろんこの状況で暴れる事など無いだろうが、基本俺に無礼を働くような奴がいたら相手の命の保証は出来ない。パカパカと蹄の音を立てて城門に近づいて来た。すると門から門番の衛兵がでてきた。
「よーし止まれー!」
「へい」
「ん?見ない客をたくさん乗せているな」
「へい。基地のタロスさんから連れて行ってくれと頼まれたでやんす」
「た、タロスさんから…わ、わかった。通ってよし」
「へい」
凄い。タロスの名前を出しただけでフリーパスで入る事が出来た。何気にタロスは顔がきくらしい。それか他に理由があるのだろうか?ただこんなセキュリティで大丈夫なのか?と不安も感じる。
「えっと、何か提示したり調べられたりしないの?」
「へい!タロスさんの指示であれば問題ねえでやんす」
「そ、そうなんだ…」
「へい」
じゃあいいや。
そして乗合馬車の停留場所までやって来た。俺達が馬車を降りると御者は俺達にペコペコと頭を下げる。
「お疲れ。また戻るんだろ?」
「馬を休ませたらまた戻るでやんす」
「わかった。子供たちをよろしく頼む」
「へい」
俺達は乗合馬車の停留所を離れてバルギウスの街の方に向かって歩いて行く。前に来た時は主に夜の活動だったのでゆっくり帝都内を見物するのは初めてだった。そこそこ活気があり人々があちらこちらとせわしなく歩いて行く。
「人がいますね」
「ふむ。かなり賑やかじゃのう。これでも騎士はだいぶ減っておるんじゃろ?」
「100万人くらいの騎士がいたらしいですが、私たちが来た時は50万しかいませんでした。さらに我々との戦いで15万人ほど死んでいるので35万人くらいの騎士がいると思います」
「まあ、右往左往しておるのは一般市民のようじゃからの。女子供もたくさんおるようじゃ」
「他の国よりだいぶ一般市民が残っていますね」
「なぜにデモンはこの地を襲わなかったのじゃろうな」
「なぜでしょう?わかりません」
「ふむ」
そんな話をしながら町内に入って行く。
「まあその話は人の耳に入らぬようにせんといかんじゃろな」
「はい」
俺達が町の中に入って行くと、町人たちはジロジロと俺達を舐めまわすように見た。
「なんかジロジロみられてます」
「ふむ」
「いやラウルよ、これは仕方ないと思うぞ」
「まあ…そうか」
エミルの言う通りそれは仕方のない事だった。巫女姿のシャーミリア、マキーナ、アナミス、マリア、カトリーヌ、ケイナ、エドハイラ…美人ぞろいだ。しかもシャーミリアとマキーナとアナミスは人の美しさを超えている。カトリーヌに関してはユークリットの女神イオナの生き写し。ケイナはエルフなので当然美しいし、マリアはそのプロポーションに目が行ってしまう。エドハイラは前世なら可愛いと言われる部類の日本人だが、この中に入ってしまうとどうしても目立たなくなってしまう。
「ラウル、目立つなという方が難しいだろう」
「確かにな」
エミルの言う通り人々の視線は美女たちに向かっていた。俺やモーリス先生、エミルやファントムは目に入っていないように思える。
「うーん。先生、失敗でしたかね?目立ってますよね」
「いまさらしかたないじゃろ。まあ気にする事は無い。街をいろいろ見て回ろうではないか、視察をしに来たのであろう?」
「まあそうですね。気軽にあちこち見て回りましょうか」
「ふむ」
目立つ集団はぞろぞろとあちらこちらを歩いて周る。するといつの間にか商店街のような場所に出た。
「ラウル様。お店があります」
「お!シャーミリア!服屋があったらドレスを買ってやる」
シャーミリアは放射線まみれのドレスを捨ててしまった。今はシン国でもらった巫女のような恰好をしているが、これではいつものシャーミリアの能力が使えない。
「め、めっそうもございません!ご主人様にドレスを買ってもらうなど!恐れ多い」
「いいじゃないか。金はある」
シャーミリアはチラリと他の女子たちを見た。特にカトリーヌをじっと見る。
「シャーミリア。いいのですよ、背中の開いたドレスじゃないと飛ぶとき大変でしょう?ラウル様はそれを気にしているのですよ」
「カトリーヌ様…」
「気にしないで。もちろん他の意味は無いと思いますから、ねえラウル様!」
「も、もちろん他の意味は無い。とにかくシャーミリアはドレスが似合うからな、ここならいいのがあるんじゃないかと思う」
「ありがたき幸せ!」
「先生。とりあえず行ってもいいですかね?」
「もちろんじゃとも」
商店街を探していると服屋さんがあった。そこそこ大きくてドレスなんかも置いてあるようだった。
「ではラウルよ。わしとエミルとファントムは外で待っておる。おぬしが連れて行って来るとええじゃろ。お!丁度道向かいに小料理屋があるようじゃわい、わしらはあそこでお茶でもしとくかの」
「そうですね。モーリス先生、こういう事は主であるラウルが適任です」
「あら?エミルは行かないの?」
ケイナが言う。
「あ、ケイナも一緒に見て来ると良いよ。モーリス先生をファントムと二人きりにさせておくのは忍びないからね」
「まあ…わかったわ」
「私が男一人ですか?」
「ラウルがいいだしっぺじゃ」
「わかりました」
うーむ。エミルにも逃げられてしまった。だがシャーミリアには背中の開いたドレスが必要だった。俺は意を決して服屋に入る事にしたのだった。シャーミリアの戦闘装束を買うために。心なしか、カトリーヌもマリアもエドハイラもウキウキしているように見える。いやケイナも楽しそうだし、アナミスもマキーナも楽しそうに見える。買ってもらえるはずのシャーミリアだけが恐縮しているのだった。
次話:第565話 洗練されたシャーミリア




