第563話 合理化と未来の国力
中継を介した念話の伝達はそこそこうまくいった。あとは伝達ミスなどが起こらないように、注意深く聞いてメモを残すための羊皮紙とペンを置いて来た。最前線での伝達係はセイラとカララが行う事になる。どちらも繊細な作業を得意とするため、ダブルで情報をまとめて中継地点に念話を送る事になった。中継地点ではルフラが担当をして二カルス基地のティラへと伝える。それを最後に俺に伝えるというリレー形式となったが、試験した結果おおむね良好に機能したのだった。
「ご主人様。上手く繋がったようで何よりでございました」
「彼らが何度も進化をしてきたおかげだよ。かなりの魔力向上が見て取れるからな、そういうミリアも恐ろしく能力が向上したじゃないか」
「全てはご主人様のおかげにございます」
「俺はほとんど何もしていない。ただ系譜の頂点に居るだけで俺の方が多くの恩恵を受けているだけだ」
「それは下位の魔人達すべての想いです。少しでもご主人様のお役に立つことを願っています」
バルギウスに向かうヘリの中で俺達は話をしていた。今回の視察はバルギウス帝国から始まり終着駅はグラドラムだ。各国の基地への兵器の供給と、各国とのリレーションシップが出来ているかの状況の視察を兼ねている。
「バルギウス基地が見えて来たぞ」
エミルは何度か来ているので場所も確実に覚えているようだ。どちらかというと二カルス大森林にも近いように思えるが、恐らく魔人基地で二カルスの魔獣の管理も行っているのだろう。
「帝都からだいぶ離れたところにあるんだな」
「そのようだ」
「タロスはうまくやっているだろうか?」
魔人国でのタロスはトップクラスの隊長格だった。それが数度の進化を経てさらに強化され、その部下として進化した魔人20名を連れて行った。その後でユークリット王都から魔人の増援を行い、後はずっとほったらかしになっていた。
「どうやら訓練しているようだぞ」
エミルの言葉に上空から見下ろすと戦闘訓練と思わしき粉塵が上がり、魔人達がせわしなく動き回っているのが見える。
《タロス》
《おおう!ラウル様!来たのですな!こちらからも見えております》
《魔人達の訓練の邪魔をしたくない。俺達は基地に行くからタロスだけ戻ってもらえるか?》
《わかりました!それでは後ほど》
《おう》
ヘリが基地に降りていくとヘリポートがきちんと整備されており、基地もかなり大きくなっているようだった。ヘリや軍用車の収納庫も既に出来ているようだ。
「ここも順調なようだね」
エミルが言う。
「魔人達はこれらを仕事だと思ってない節がある。どうやら楽しんで基地の整備や戦闘訓練をやっているみたいなんだ」
「なんつーか。俺達と同じじゃねえか」
「うーん。たぶんもとより、ルゼミア王の影響で戦闘狂的な性格の者が多いしな、すべては戦いに繋がると思うと楽しいんだろう」
「母親、魔王子、部下。そろいもそろって似たもの同士でおもしろいな」
「まあな…。そう言われるとエルフの里はそんなことなかったもんな」
「どちらかというと平和主義で争いごとは滅多におこらない。ルカルだけは最長老の息子なのに族長になるという意識が高く、好戦的だったと思うけど別に何もしてこなかった」
「まあ、魔人国も魔人達の争いなんて無いんだけどな。戦闘訓練で発散してるのかもしれん」
「なるほどなー」
ヘリポートにオスプレイを下ろしてハッチを開けると、既にタロスが待っていた。屈強というにはデカすぎる筋肉のオバケという感じだが、ビシッと膝をついて俺に頭を下げている。
「長旅お疲れ様でした!」
「そんな時間もかかってないよ。とりあえず食事できるかな?」
「もちろんです。バルギウスから毎日給仕が来ておりまして、彼女らが常に食事を提供できるようにしてくれております」
「なるほど。兵士たちも決まった時間に食事というわけじゃないだろうからな」
「はい」
俺達11人は大男のタロスについて建物内に入って行くのだった。基地内の施設は飾りっ気のない機能重視の作りになっていた。
「こちらです」
「おお」
「すげえ」
俺とエミルが驚く。何とその食堂はバイキング形式になっていたのだった。まるで軍の食堂のように魔人達が並んで食事を自らとって進んでいた。
「ふぉ!なんという合理的な作りの食堂じゃろう!」
「モーリス先生。あれは自分で好きなだけ取れるんですよ」
「なるほどのう!」
「タロス、これは誰の発案なんだ?」
「虹蛇様のご提案です」
「ああ、なるほど」
「アイツがやりそうな事だな」
俺とエミルが納得する。グレースは本来、俺達の中で一番合理的な思考をしている。
「最初にバルギウスに派遣したのは、タロス、ドラン、アナミス、20名の魔人、グレース、オンジさんだったからな。その時にグレースが言ったんだろ?」
「左様で」
「もしかしたら、基地の場所を選んだのも?」
「左様でございますな。虹蛇様です」
「やっぱり」
「こちらですと、二カルス大森林の魔獣ににらみが効きます。さらに軍事訓練を継続するならば基地から移動することなく、近隣で行えるようにした方が時間の短縮になるとの事でした」
「ぷっははは」
「アイツらしい」
俺が食堂に入って行くと、魔人達が一斉に起立をして俺に頭を下げた。
「あー、いい!いい!みんな食事を続けてくれ!気を使わないように!」
「「「「「「は!」」」」」」
ザッ
全員が座って食事を始める。今まで軽い談笑をしていたようだが、俺が来た事で緊張してしまったらしく黙々と食べ始めた。
「なんか申し訳ない事をしたな」
「いえ。こいつらは増援組ですからな、ラウル様の姿を見るだけで緊張するのも仕方ない事です」
「なるほど」
そして俺はバイキング形式の厨房で働いている女中さんに向かって行く。
「すみません。魔人達のためにご苦労様でございます」
女中さん達とは初対面なので、一瞬厨房で働いている人たちはポカーンとこちらを見てシンとした。もちろん俺の顔など見たことないだろう。
「あ、お仕事を続けてください!お邪魔しました」
しかし食堂の魔人達のただならぬ気配を感じ、急に頭を下げて俺に挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「ようこそいらっしゃいました!」
「お声がけありがとうございます!」
「いいんです!ただ見に来ただけですから」
なんか抜き打ちで社長が監査しに来たみたいになってしまった。普通に働いていたのに申し訳無い。
「お仕事をさせていただけてありがとうございます」
恰幅の良いベテランのオバサマが言う。
《えっと、タロス。この人たちの給金とかどうなってんの?》
《魔人達が二カルス大森林で確保した魔獣の素材を、バルギウスの都市内の素材屋に売って金にしているのが一つ。あとユークリットのハリス様の指示で、ユークリット王都との物資の流通で金を作っています》
《すげえ》
《グレース様がそうした方が良いと》
《あ、それもグレースが言ってたのね》
《はい》
どうやらグレースの指示でかなり合理的に基地が運営されているようだった。
「みなさん無理強いなどはされていないですね?」
「無理強い?とんでもない!バルギウス帝都より給金が良いので、ここは人気の職場になっているのですよ。しかも料理人でもない普通の主婦でも雇っていただけるし、若い者の子供達も学校が終わればここに食べに来ます」
「えっ?こんな遠くまで?子供が?」
「はい。前の2番隊隊長が子供もここで食べて言いと言ってくださって、さらに1日数本の乗合馬車がここまで出てるんですよ」
「そうなんだ」
「ええ。元の2番隊隊長と新しい2番隊隊長がそう取り決めてくださったんです」
「えっと、ジークレスト・ヘイモン隊長でしたっけ?」
「はい。新しい隊長様は皇帝代理も務めていらっしゃいますので、その権限で乗合馬車の定期便を作ってくださったのです」
「そうでしたか」
どうやらあの気弱そうなオッサンもちゃんと仕事をしているらしい。いきなり2番隊隊長を任命されたときは、この世の終わりのような顔をしていたおっさん。
「もしよろしければ、給仕をいたしますので是非食べて行ってくださいませんか?」
「いえ。こちらの決まりは自分で取り分けて食べるんですよね?」
「まあそうですが…」
「どうでしょう、先生。皆と同じように並んで食べませんか?」
「いいのう!やった事が無いので面白そうじゃわい!好きなものを好きなだけ、嫌いなものは取らんでもいいのじゃろ?」
「さすが先生。わかってますね!」
「ぜひそうさせてほしいのじゃ」
「みんなもどうかな?」
「はい!ラウル様やってみたいです」
カトリーヌもノリノリだ。それだけこのバイキング形式というのは楽しそうに見えるらしい。
「御給仕でしたら私が…」
「マリア!こういう時は一緒に」
「かしこまりました。ハイラさんもぜひ」
「ふふっ!バイキング形式って楽しいですよね!」
早速、俺を先頭にモーリス先生、エドハイラ、カトリーヌ、エミル、ケイナ、マリア、アナミスが並ぶ。シャーミリアとマキーナ、ファントムは食べないので壁際に立って見ていた。
「え。もしかしたらこの木彫りの…」
「ワンプレートなんですね」
ハイラも珍しそうに食器を見ている。一枚の板を掘って各食材が盛り付けられるようにしてあるのだった。何という徹底ぶり。
「えっと、これは誰の発案で?」
俺がおばさんに聞く。
「元の2番隊隊長のグレース様ですわ」
「なるほどなるほど」
1枚洗えばそれで済むように、調理する人たちの利便性を考えた作りに感心する。それからはもう食材を取り分けながらワイワイと盛り付けていく。
「これ。何の腸詰だろう?」
「お、もしかしたら卵じゃね?」
「ふぉっ!魚の塩干しがあるのう、一つ貰ってみるかの」
「お肉はやわらかそうですわ。煮込んでいるのですね」
「バルギウスの料理は初めてです」
俺やエミル、モーリス先生にカトリーヌ、マリアも料理をよそっていく。各々が自分の好きそうな食材を好きなだけ盛り付けていた。俺は肉と野菜中心の盛り付けになっていく。
「こんな感じかな」
俺が最後の料理を盛り付けて進もうとしたとき厨房から声をかけられる。
「それではパンはどういたします?」
「えっ?パンが選べるの?」
「はい、2種類ございます。白パンと脂で揚げたパンがあります」
「えっと、じゃあ白パンを下さい」
すると厨房の中の暖炉のような場所の近くから、パンをへらに乗せて持ってきてくれた。それを他の皿に乗せて出してくれる。
「あったか」
「はい。出来るだけ焼き立ての方がおいしいだろうと」
「これもグレースが?」
「いえ。こちらは私達が考えたのです」
「なるほどなるほど。いい案ですね!ふっくらのパンはなかなか味わえない」
「サナリア産の上質小麦なのですよ!」
「お!サナリアは僕の地元です!」
「左様でございましたか!とても良い故郷をお持ちなのですね」
「ありがとうございます」
どうやらサナリアとも流通をしているようだ。ここの現状を考えただけでも、バルギウス王都の食事環境はだいぶ改善されていると推測された。やはり現地に来てみないと分からないことだらけだ。皆が食事を盛り付け大きめのテーブルに腰かけた。
「ではいただくとするかのう!」
「「「「「いただきます!」」」」」
なんか先生に言われて挨拶をする小学生のようだった。でも何か新鮮でそんなことで面白がっている俺達を見て、厨房のおばさん達も周りで食べている魔人達もだんだん緊張が解けて来たようだった。
「ただいま!」
そんな時、入り口から大きな声であいさつをする子供がいた。そのあとからあとからぞろぞろと子供たちが入って来て、バイキングに並び始めるのだった。どうやら乗合馬車が学校帰りの子供たちを連れて来たらしい。
「タロス」
「は!」
「子供たちはタダで食べれるのかな?」
「はい。15歳の成人を迎えるまではここに来て、タダで食べて良い決まりになっております」
「なるほど、それもグレースだろ?」
「左様にございます」
「アイツ、幼少の頃奴隷だったからな。子供たちに同じ思いをさせたくないんだろうな」
「そう、おっしゃってました」
「見直した」
「俺も」
「すばらしいのう」
「博愛主義なのですね」
俺とエミル、モーリス先生、カトリーヌが口をそろえてグレースを褒めた。きっと今ごろくしゃみを連発している事だろう。
「この仕組み。北の基地全土に広げたいんだが」
「は!ご主人様。素晴らしいお考えだと思います」
「各地を周りながら指導したい」
するとタロスが言う。
「それでは、ここの設計に携わったドワーフを一人連れて行ってはいかがでしょう?」
「ここはいいのか?」
「はい。ドワーフは3人いますので」
「これで北の大陸の貧困にあえぐ子供たちを、一人でも多く救う事が出来たらいいんだがな」
「うむ。子は宝じゃ、子をないがしろにしては国は衰えるからのう。良い考えじゃ!」
「はい」
そう言えば、前世で金持ちだったグレースは大量に寄付とかもしてたっけ。あいつはアイツなりにずっと貫いている事があるらしい。金儲けをするにはするなりの理由があるという事だ。
ここに来て俺は新たに教えられるのだった。
次話:第564話 乗合馬車で帝都へ




