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第560話 作戦の前に…

 ファートリア前線基地からニカルス大森林基地まで、魔人の増援が到着するまで5日ほどの日程を要した。途中で敵兵を捕らえている3箇所の収容所にも立ち寄らせている。監禁した捕虜達の様子を聞いたが、捕らえた敵兵達はしぶとく生きているようだった。


「ご苦労さん」


 報告してきた増援部隊のライカンに労いの言葉をかけ、やってきた600人の魔人達にこれからニカルス基地での取り組みを伝える。やってもらうことは拠点の管理と、時折やってくるトレントの相手、魔獣が北の人里に下りていかないための監視だ。


「あと武器の期限が切れるから、二カルスに入れ替えの兵器を置いていく」


「「「「「は!」」」」」


 新天地での作戦の指示に増援でやってきた魔人達のテンションは高い。もとより極寒の魔人国に閉じこもっていたやつらなので、大陸に住んでるだけで楽しいらしい。世界中に魔人を住まわせる俺の思わくは、魔人たちの要求と見事に合致していたのだった。


「ラウルよ。やはり30日の武器の期限は相当な負担だな」


「ああエミル。そろそろラシュタルもシュラーデンもバルギウスも切れる頃だ。この兵員の移動が終わって南に進軍する前に補充しておかなければならない」


「だな。と言うより南がどうなっているかわからない以上、北大陸全土の基地の対応が必要じゃないか?」


「……やっぱ……だよなあ」


「課題が山積みだな」


「ああ…」


北の大陸はほぼ制圧したと考えてはいるが、脅威が消え去ったかどうかまではまだわかっていない。やはりエミルの言うとおりに軍備はきちんと整えておいた方が良いだろう。


「グレースの虹蛇本体が呼び出せたら大幅に改善しそうなんだけどなあ」


「ああ、物凄い移動速度なんだっけ?」


「あの砂漠なんて一瞬だったしな。恐らく虹蛇本体で山脈伝いに移動すれば人間の国に迷惑をかける事も無いだろう。あとは魔人達に山脈付近まで取りに来てもらえばいいだけだからな」


「なかなか、都合よくはいかないものだな」


「うん。てかさ、俺も未知数だしグレースも本体を呼び出せない。オージェは最近レヴィアサンを使役できるようになったらしいんだけど、エミルは何か眠っている能力とかは無いのか?」


「自分でもよくわからん。精霊が自由に呼び出せるまでは出来るんだが、他に何らかの能力があるのかと言えばはっきりしないんだ」


「思うんだけど、分体を呼び出せていないのってエミルだけじゃないかな?」


「確かに、グレースは自身が分体でオージェはレヴィアサンが分体。ラウルはあの鎧が分体なんだっけ?」


「そうなんだよ。エミルには何かそういうお告げ的な物なかった?」


「記憶にはないな」


「そうか」


「お前、もしかして俺に何か期待してる?」


「してる。転移系の力を持ってたりしたらありがてえとか思ってる」


「残念ながら今の所無い、てか覚醒とか言うけど俺は自分で覚醒した感覚とか無いんだ。ラウルが覚醒していないって思ってるみたいだけど、この状態でも本当は覚醒してるんじゃないのか?」


「うーん。何かモヤモヤすんだよな…まだ目覚めていないって感覚はある」


「ふーん。この神とかいう存在もよくわからないよな」


「ああ」


 俺達が想像する前世の神様より、だいぶ俗っぽい感じがする。前世のあんちゃんだったころの俺達と何も変わっていないからだ。俺達の何代も前の神たちはこの世界を作ったというが、もしかしたら感覚的にはそんなに違わないのかもしれない。


「大隊長!」


「は!」


俺が呼ぶとすぐに大隊長が飛んできた。


「引継ぎは終わっているか?」


「は!既に副隊長格の者に伝達済みです。いつでも代われるように訓練を続けておりましたので」


「よし。それじゃあ南の戦線に行くとするか、600名一気には連れて行けないからな、50名程度ずつに分割してくれ」


「既に終わっております」


「了解だ。じゃあエミル!第一陣行くかね」


「了解」


エミルとケイナが先にチヌークに乗り込んでいく。それに続いて第一陣の50名の魔人が乗り込み、俺とシャーミリアとファントムが乗り込んだ。


ヒュンヒュンヒュンヒュン


タンデムローターを回してチヌークヘリが空中に浮かび上がった。数百メートルもある二カルスの木々の上に機体が出る。


「まだ陽は昇りきって無いか」


「増援部隊が到着した時はまだ薄暗かったからな」


「あいつらも休み無しで来たわけだし、俺達も頑張らないと」


「へいへい」


エミルが愛想笑いをする。


《そう言えばエミルと出会ってから、ずっとこいつには頼りっぱなしだったような気がする。そう考えてみるとオージェもグレースも働きっぱなしだな》


「エミル。なんかこっちで巡り合ってからずっと仕事しっぱなしだよな。休んでやりたい事とか無いのか?」


「休み?はは、何言ってんだ。好きなだけ軍用ヘリ飛ばして、戦闘ヘリにも乗せてもらって言うことないよ」


「ほんとか?」


「ああ、更にこの世界の親父も厚遇でユークリットに迎えてくれたからな。俺はラウルに感謝こそすれ不満なんかねえよ」


「ありがとうなエミル」


「なんだ改まって。みずくさい事言うなよ」


「いや、思えばオージェにもグレースにもいい思いさせて無いような気がしてな」


「ん?オージェも喜んでたぞ。この世界に来てから趣味と実益を兼ねたことばかりで、自分の体もものすごく強いしまだまだやり足りないってさ」


「まあ、あいつはそう言うか…。でもグレースはそうでもないんじゃないかな」


「あいつはラウルからしこたま兵器をもらって収納にしまい込んでるだろ、ときおり自分の好きな銃とか呼び出しては勝手に遊んでるらしいぞ」


「アイツ、銃好きだもんな」


「ラウルに負けず劣らずマニアだからな」


「そういえば、実はみんなにすっげえ楽しめそうな情報持ってきてるんだよ」


「えっ?なになに?」


「みんな集まった時言う」


「そりゃ楽しみだ」


「なんか俺達4人この世界に来てから遊んでないよな」


「まあ、遊びと実益兼ねてるみたいなとこあるからな」


「真の敵を完全に封じ込めて世界を取り戻したら、また4人で遊びたいなあって思ってる」


「ラウル、そんなこと考えてたんだ」


「ずっとな」


「なんか人が変わったように世界のために奔走してたから、ずいぶん真面目になったんじゃねえかって3人で言ってたんだ」


「俺が?本当の俺は全く変わってない。ミリタリー好きのサバゲーマーだよ」


「はは、知ってた。実はさっきのは嘘だ。もちろんラウルが変わったなんて3人とも思ってねえよ。本当にお前は前世でも今世でも変わらないなあって話してたよ。とにかく俺達に面白い事を持ってきてくれるのは、あっちでもこっちでも変わらない」


「なんだよ。てかこんな絡みもひさしぶりだなエミル」


「しばらくすれ違いだったからな」


「よし!南に進軍する前に決起大会やろうぜ!」


「おっ!いいねえ、シン国の料理食ってみたいと思ってたんだ」


「カゲヨシ将軍に頼んでみるよ」


「オッケー!」


俺達の話をケイナもシャーミリアも微笑ましく聞いていた。俺達が仲良くするとなぜか周りが嬉しいらしい。まるでイオナのように優しい眼差しで俺達を見ているのだった。


《やっぱ仕事ばっかじゃダメなんだろうな》


《ご主人様。時には下の魔人達に全て任せてみるのもひとつかと。任された者はとりわけ成長しているように感じます》


《だな。皆いつのまにか凄く成長してるし、砂漠の国境の魔人の配備や教育なんかは全部任せるか》


《ぜひお任せください》


そんな話をしながら魔人の搬送をやり続けた。その後、砂漠国境と二カルス基地を12往復し無事に前線まで魔人を送り届ける。2回ほどチヌークを新しく召喚し、全部終わるまで何と2日ぶっ続けで飛び続けたのだった。


「先生!」


俺達は各拠点に増援部隊を下ろしていき、最後にギレザムたちがいる拠点へと下りる。


「ふぉっ!ラウルよ、これまた大勢の魔人を連れて来たのう」


俺はモーリス先生と話をしていた。


「はい。この前線は全て彼らに任せる予定です」


「シン国は納得しておるのかの?」


「カゲヨシ将軍とは条約締結済みです。これから南部線は魔人達が防衛をします。シン国の人間達は第二防衛ラインまで下がっていただくことにしました」


「その方がいいじゃろうな、この防衛線は人間には荷が重すぎる」


「それで先生。宝玉について何かわかりましたか」


「結界の類という事と6つの玉が無いと発動しない事かの。どうやら一つでも欠ければこの結界は破れ、砂漠の環境が一気にシン国へと流れ込んでくるじゃろうて」


「そうでしたか。それならば魔物の侵攻を止められてよかったです。そうでなければ魔物と砂漠の浸食でシン国は既に滅びていたでしょう」


「その通りじゃな」


モーリス先生が髭を撫でながら深くうなずいている。


「他には何かありましたか?」


「あの宝玉は魔力では動いておらん。やはり神器というのが相応しいじゃろうな、恐らくじゃが虹蛇様が生きている限りは不滅の力が働き続けるじゃろう」


「そうですか。だとやはりシン国の未来はグレース次第というところもあるわけですね」


「いまのところ、そうなるかのう」


《そうなるとグレースには、何が何でも本体を呼び起こす方法を身に付けてほしいものだ。しかしどうやればいいか聞かれても俺だってわからない。ましてや俺も中途半端だしオージェだってようやくレヴィアサンを動かせるようになったばかり。前の虹蛇が言っていたけど次の世代交代までは1万年もあるんだよな。やはり数千年かけて覚えていくものなのかもしれない…》


俺が物思いにふけっているとエミルが肘を当てて来る。本題に入れという合図だった。


「あの!モーリス先生!ここに来たのは理由がありまして、私達とシン国の首都へと飛びませんか?とにかくこの砂漠線は魔人達に任せようと思うんです」


「ふむ?首都で何か行うのかのう?」


「いえ、カゲヨシ将軍にこれから頼むんです」


「頼むとな?」


「酒の席を設けてもらえないかと」


「おお!それはいい考えじゃ!」


「ですよね!砂漠線を強化してこれから南国に攻め入るにあたって、決起の為の酒盛り‥いえ決起大会を行ってもらえないか頼んでみます」


「なんじゃ、ラウルにしては不真面目な話じゃの」


「ふ…不真面目?先生、いたって真面目です」


「プッ!ははは」


エミルが笑う。


「冗談じゃラウル。今日もいつものラウルじゃの」


えっと…どうやらモーリス先生にまでからかわれたらしい。もしかしたら奔走し続けて周りが見えなくなっているのは俺だったのかもしれない。


「では行きましょうか」


「ふむ」


カトリーヌとマリアの他に、既に俺の直属の部下達とオージェ、グレース、オンジ、トライトンもヘリに乗り込んでいた。エドハイラも一緒に居てヘリに乗り込んでいる。


「ギレザム、ラーズ、ゴーグも来い」


「こちらの拠点は彼らに?」


「ああ、二カルスで隊長格だった奴らがいるから大丈夫だ。あとはまだシン国の武将たちもいるからな、彼らで連携してもらう事にしたんだ」


「わかりました」


彼らを乗せ、俺達は全員でシン国の首都へと向かうのだった。シン国の軍備を拡充させた後で北大陸の兵器の整備のために戻る事、その後の南部への調査隊の件をカゲヨシ将軍への報告するつもりだった。


…その流れで酒の席をお願いする作戦だ。


「楽しみじゃのう」


「はい」


「ラウル様」


「なんだいカティ」


「手土産にグレース様が収納している、治療薬や魔獣の素材などをプレゼントなされてはいかがでしょう」


「やっぱした方が良いかな」


「はい。した方が良いかと思います」


「わかった。グレース!ちょっとプレゼントできそうな魔獣の素材とか、治療薬とか出してみてくれるか?」


「了解です」


目の前に献上品を並べていく。その中からカトリーヌがひとつひとつ選んでいくのだった。そのあたりは、貴族同士のお付き合いなどしたことが無いので全てお任せするしかなかった。


「…と言う感じで良いかと思われます」


「わかった。ありがとうカティ」


このあたりはもう全面的に彼女に任せるしかない。とにかくグレースがいてくれたおかげで、これまでにため込んだ素材が大量にあってよかった。俺達はそれから数時間飛び続けシン国の首都に降り立ったのだった。

次話:第561話 首脳会談

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