第558話 安全保障条約
暗闇の砂漠から抜け出し灼熱の砂漠を抜けて、シン国との国境まで戻って来た。調査に出てから1日もたっていないので皆が不思議そうに俺達を迎える。とりあえず車両は砂漠側で乗り捨てて国境を越え、何の抵抗もなく虹蛇の結界も超える事が出来た。
「ラウル殿、どうされました!」
カゲヨシ将軍が駆け寄ってくる。
「あ、将軍。すみませんいろいろありまして戻ってまいりました」
「魔物の集団はどうなりました?」
「それが…」
「侵攻は進んでいる?」
「いや、恐らくこちらには来ないでしょう」
「それは良かった!しかし調査にそれほど手間取らなかったようですが」
「何といいますが、砂漠が…砂漠じゃなくなったというかなんというか」
「砂漠が砂漠じゃなくなったとな?」
「実は私の兵器の攻撃によって砂漠の環境を大きく破壊してしまったようで、とてもじゃないけど私達でも通り抜ける事が出来ないほどになっておりました」
「…こちらの4人でも…」
「すみません」
「いや…ラウル殿、それで魔物の侵攻が止まったのであれば良しとせざるを得ないのではないですか?」
「そう言っていただけますと私も助かります。結果、脅威はこちらには向かっては来ていないようです」
「わかりました。念のため警戒を怠らぬようにしなければならぬでしょうな」
「そういうことです」
どうやらカゲヨシ将軍は理解を示してくれたようだった。魔物の大群が襲ってこないというだけで、別の脅威が現れたかもしれないのだがとにかくありがたい。
「とりあえずラウル殿!皆を集めましょう。マキタカもこちらに合流しておりますので」
「それは良かった、マキタカさんも含めてお話したいと思っていたのです」
カゲヨシ将軍が目配せをすると、側に居た武将が席を外してマキタカを呼びに行ってくれた。
「しかし、ラウル殿のお力はまさに大地さえも変えてしまうすさまじい物なのですな」
「あのままでは魔物に蹂躙されるのが目に見えてましたからね。とにかくこれでひとまず考える時間が得られたと思います」
「分かり申した」
武将がマキタカを連れて来てくれた。
「これはこれはラウル殿!よくぞ無事にお戻りになられました」
「それでは今後について会議を行いたいと思います。皆さんが納得してくれるかどうかもありますのでよろしいでしょうか?」
「では進めていただけますか?」
異世界転生組とカゲヨシ将軍、マキタカ、武将数人とカトリーヌとシャーミリアが同席した。
他の者たちは普通に拠点づくりを続けている。昔の虹蛇が施したという宝玉とやらのおかげで、穏やかな環境の下での作業は問題が無さそうだった。数十メートル先に灼熱の砂漠が広がっているとは到底思えない。そんな場所に軍用のテントをはって今後の事について話はじめる。
「この虹蛇の結界は本当に優秀ですね」
「太古よりシン国を守ってくれて来たと聞いておる」
「カゲヨシ将軍もその起源を知らないのですか?」
「文献でのみ伝わる話じゃ」
「なるほど。恐らくこれがあれば天候などの脅威は防げるのだと思います。ですが砂漠を迂回して魔物が進軍してくる可能性は否めません」
「ふむなるほどの」
「危機はまだ去っていないのです」
「分かり申した」
武将達は魔物の侵攻が一時止まったと聞いて、ほっと安堵の息を吐いていた。今日までかなりの危機だっただけにその気持ちもわかる。だが俺の一言で再び皆の気が引き締まるのだった。
「ここから東に行ったところに、二カルスから真っすぐに伸びる街道がありますよね?」
「そうじゃな。シン国の東を抜けてアラリリスへ繋がり、更に南の奥を砂漠を迂回して回ればモエニタという国がある」
「ええ。そして我々の見立てでは、アラリリスは既にデモンに占領されてしまっていると考えています」
「それはどうしてじゃろう?」
「砂漠に転移罠が仕掛けてあったのですが、シン国に敵が来ていないとすれば敵はアラリリスを抜けて行ったと考えられるからです。もちろん素通りした可能性もありますので壊滅はしていないかもしれません」
「うむ。あの北のユークリット王国の現状を見れば壊滅した線が濃いじゃろうな、貿易の商人なども来ることがなくなった」
「そしてシン国からの商人も帰ってはこないのですよね」
「そう言う事じゃな。まずは北から調査して南はその後と考えておった。南に抜けた商人たちも戻らんようになってしまったからのう。その前にラウル殿と巡りあったのじゃから、南に兵を向けずに正解じゃった。恐らく挙兵していれば全滅しておったじゃろ」
「恐らく北と同じことが起きていると思うのですよね」
「そう考えるのが妥当じゃろうな」
「はい」
やはりこの状況を考えればアラリリスは絶望だと思えた。
「ですが…」
「なんじゃろ?」
「アラリリスの民や貴族などが逃げ隠れている可能性も否定できません。都市は壊滅していても人間が生き残っている可能性はあるのです。これまで各国の状況を見ても完全に根絶やしにされていた国はありませんでしたから」
「たしかに、ユークリット辺境伯トラメル殿の件もあるしのう」
「はい、ですからそれを含めて我々魔人部隊で調査隊を組んで行く必要があります」
「危険じゃが」
「敵をのさばらせておく方が危険です」
「うむ」
俺達が話をしているとテントの外から女性の声がかかる。
「失礼します!」
美しい声だった。
「ラウル殿。食事の用意をさせております。食べながらではいかがでしょう」
「すみませんマキタカさん、助かります。調査から帰ってきたばかりで喉が渇いておりました」
「入れ!」
マキタカが許可を出すと、テントの入り口の幕をめくって女性が数名入って来た。どうやら料理と飲み物を運んで来てくれたらしい。日本の巫女さんのようなカッコをした女の人たちだった。一番先頭の女性が目を見張るような和風美人で、ニッコリと微笑んでいた。
「調査より戻って来てそうそうでしたので準備が遅れました」
マキタカが言う。
「お気遣いありがとうございます」
目の前に飲み物と食べ物が並べられていく。
「ラウル殿!このチヨノはマキタカの娘じゃ」
カゲヨシ将軍が一番先頭に入って来た女の人を指して言う。
「父が、大変お世話になっております」
「あ、ああ。マキタカさんにはこちらもいろいろ助けられたんですよ」
「それは何よりでございます」
しゃなりしゃなりとたおやかな身のこなしで、升に飲み物を注いでいく。マリアの洗練された動きともまた違うが、どこか精通するところはあった。そつなく給仕を終えてチヨノと女たちはテントを出て行った。
「ラウル殿。チヨノはどう思いなさる?」
カゲヨシ将軍が聞いて来るがその意図が分からない。
「あーえーと、えっ?とてもお美しいお方です」
「そうですかそうですか!シン国の美的感覚とラウル殿の感覚がどんなものか気になったものじゃからつい!」
カゲヨシ将軍は上機嫌で話しているが、マキタカは内心穏やかじゃなさそうな顔で俺とカゲヨシ将軍をきょろきょろ見ていた。
「コホン!」
カトリーヌが咳払いをする。何か含みがありそうな顔で俺を見ている。
《いやいや、確かに綺麗な人だけどマキタカの娘だもん!美人だし、そのくらいの社交辞令くらい言うよ!そんな目で見なくても》
と、シャーミリアを見たらこちらは冷ややかな目をしていた。だがこれについては何とも思っていないらしい…
《カトリーヌ様は脈拍も上昇し気分もかなり攻撃的な意識でいらっしゃるようです》
シャーミリアが冷静にカトリーヌの状況を念話で伝えてくれる。…が、そんなもん説明してもらわなくてもわかるわ!てか、カゲヨシ将軍が今の台詞を吐いた意図が分からない。きっと他意はないのだろうが、正妻候補のいる前でそんなこと言わないでほしい。
「と、とにかく作戦の話に戻します」
「はい」
「そうしましょう」
異世界組も微妙な目線で俺を見ているが、俺は本当になんとも思っていないぞ!
「では本題です」
「ふむ。聞かせていただけるじゃろうか」
「はい。この国境ラインは人間には荷が重いと思います。第二防衛ラインまで全員下がってもらった方が良いかと考えます」
「なんと?それではここの防衛は手薄になってしまうのじゃなかろうか」
「いえ、カゲヨシ将軍。まずは私の配下達が二カルス大森林基地に1000人以上常駐しております。しかも巨大トレントとの戦闘訓練によりかなりの精鋭に仕上がっているようです」
「ここからですと一番近いですか」
「はいマキタカさん、そうなります。あの砂漠の環境の変化も含め、この国境ラインの宝玉が何が何でも死守せねばなりません。それで我々魔人に長期的に防衛をお任せさせていただくというのはいかがでしょう?もちろん我が軍の機密もシン国の上層部の方達にはお伝えします」
「魔人軍の機密を?」
カゲヨシ将軍もマキタカも目の色を変えた。あれだけ欲しがっていた俺達の機密を知れるチャンスがいきなり来て色めきだっている。
「その代わり軍事協定を結んでいただきます。シン国の上層部以外に情報を漏らさぬように守秘義務契約を結んでいただきたいのです。そしてその内容を外部に漏らさないように徹底してもらえますか?」
「してそれはどんな情報となるのじゃろう」
「我が軍の兵器をお貸しします。もちろんこの宝玉のラインは魔人軍が防衛しますが、第二防衛線にも我が軍の車両を配備するとしましょう。その兵器の使用方法などをシン国の兵士にお教えします。そしてその留意点についてはシン国首都に残して来たタピに書面を作成させます。言ってみればシン国に脅威が訪れないように安全保障条約を締結するのです」
「分かり申した」
「もしその契約に記した条項を故意に破るようなことがあったら、我々魔人はシン国の安全保障条約を破棄し北へ帰ります」
「我々からそれを破る事は無いでしょうな。既に魔人兵の保護下から外れてシン国に生き残るすべはない。一国の主としてこのような事を言うのは王として失格なのでしょうが、わしは自国の民が生き残れればそれでよいと思うておる」
マキタカも武将たちも微妙な表情を浮かべるが、シン国最強の戦士であるカゲヨシの考える事に異を唱えられるものはいなかった。
「カゲヨシ将軍。我々は防衛以外の軍事的な事以外に、貴国へ干渉する事は致しません」
「わかっておるよ。北でのラウル殿の獅子奮迅の働きと、その後の民に対する施策一つ取って見ても非人道的な事は見受けられなかった。わしはラウル殿ならば信頼してその条件を呑もうと思うておる」
《いやあ…非人道的ですよ…。本当に裏でやってきた事を知ったら、そんなこと手放しで言えないと思います…》
「ありがとうございます。もちろん国内で話し合っていただいて、返答をいただければよいと思います。しかし砂漠の環境と敵はそれほど悠長に待ってはくれないと思います」
「じゃろうな…」
「現場で決めさせるような話ではありませんが、一刻の猶予も無いかと思います」
「前線に居るわしとマキタカ武将達できめるしかなかろうな」
「すみません」
「1日の話し合いの時間をもらえるかの?」
「3日は待ちましょう」
「ふむ。それではそれまでにわしらで話し合って答えを出すとしよう」
「すみません」
そして俺達の会議は終わった。魔物が迂回して攻め込んで来る可能性を考えても、待つのは3日が限界だろう。決まったと同時にやるべきことがたくさんある。
そして…答えは
半日でもらえた。
カゲヨシ将軍を先頭にしてマキタカ以下武将たちが後ろに座っている。
「ラウル殿。皆いろいろ考えるところがあるが、既に待ったなしであるこの現状を踏まえ魔人国の提案を受けようと思う」
「わかりました。無理をさせてすみません。それではカゲヨシ将軍、私とエミルと一緒にヘリで首都に戻りましょう。マキタカさんもついて来ていただけますか?すぐにタピに定義書を作らせて書面をかわしましょう。その足で私は二カルス大森林基地に飛び、すぐに魔人達を前線へと輸送し始めます」
「分かりもうした」
俺達は直ぐにシン国の首都へ向けて出立の準備をするのだった。
シン国を守るためには二カルスの魔人部隊の力が必要不可欠である。カゲヨシ将軍やマキタカ達にもいろいろと考えるところはあるだろうが、俺は俺の目論見が順調に進んだので内心ウキウキだ。
オージェとエミルのお前またやったな…という目線と、グレースのグッジョブ!という俺よりウキウキした表情、そしてそれ以上にうまくやりましたね!というカトリーヌの表情が印象的だったが…俺はさらに魔人国の影響力を拡大する事に成功したのだった。
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