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第557話 変異する砂漠

加筆しました。

その地は既に俺が知る砂漠ではなかった。


以前、俺が転移で飛ばされて彷徨った時の砂漠ですらかなり過酷で、人間が生きることなど許されない土地だった。しかし今のこの地は人間が生きる事を許さないどころか、神々を受体した転生組でも厳しいかもしれない。


「ラウルさん。これ…やっちゃいましたよね」


「そ、そうかな?」


「ラウルよ。こんな刻々と環境が著しく変化するのは、空母の落下による被害だけじゃ無さそうだぞ」


「ああオージェ。確かに…こんな風にはならんわな」


俺達は装甲車で先に進んでみたのだが、すぐに行手を阻まれてしまった。暗雲がさらに深くたちこめ、見渡す限りの地表にカミナリがツララのように降り注ぎ続けているのだった。地面は黒いガラスのようになっており、あたりは真っ暗で装甲車のライトも通りそうになかった。


「大地が怒りに満ち溢れてるようだ」


エミルが言う。


《うわ、大きな蟲がたくさん押しかけてくるシーンで、そんなセリフと似たようなのを聞いた事があるわぁ》


「精霊が言ってんのか?」


「そうだ。もう誰も出てこなくなったみたいだし」


「精霊がビビっちゃってるって事?」


「そういう事だ。たぶんこの地が死んでるからだろうな」


エミルの精霊が言うのならそうなんだろう。どうやら俺は敵デモンの群れを倒す事しか考えずに、やっちゃいけない事をしてしまったらしい。


「そしてこれ、いくらVAB装甲車が頑丈でもヤバい感じがしないか?」


オージェの言う通りだった。先程からもう数百発もの落雷が車の周辺に落ち、進むのを拒んでいるように感じる。タイヤがバリンバリン言って地表を進んでいるが、真っ直ぐ進んでいるのかすらわからない。


「あと、この真っ黒い霧みたいなの一体なんなんですかね?」


「なんだろーな?」


「なんかピリピリしますよ」


「グレースもか?」


「オージェさんも?」


「お前たちだけじゃない」


「エミルもか?」


「ああ」


間違いなくただの煙じゃ無さそうだ。まるで生き物のようにまとわりついてきている。質量のあるような黒い霧。


「ご主人様。これは恐らく強い瘴気かと思われます」


「瘴気?危ない物なのか?」


「触れれば人は死にます。弱い魔物も死ぬでしょうし強くても正気を失うかもしれません」


《瘴気だけに、正気を失うか…》


「ラウル。いまどーしよーもない事考えなかったか?」


「はて…」


オージェの鋭いツッコミをかわす。


「オージェさん!戻ったほうが良さそうな気がします!」


「グレースの言う通りだ、戻るぞ!」


「そうしてくれ」


俺たちは調査を断念する事にした。これ以上先に進むのは身の危険を感じたからだ。わけのわからない黒い霧に落雷のツララと方向感覚がわからなくなりそうになる感覚。俺たちが神を受体しているからどうにか進めているようなものだ。


「なんか来た時より時間がかかってないか?」


「だな」


進んできた分だけ後戻りしたと思うのだが、まだ暗雲の外に出ることが出来ないでいた。もしかすると広がっているのかもしれない。


「ヒック」


ん?


俺は声のする方を向いた。


「ヒックッ」


シャーミリアだった。


「どうしたミリア?」


「申し訳ございませ、ヒック。ご主人さヒック!」


「大丈夫か?」


「大丈夫にございま、ヒック!お気になさらヒック!」


シャーミリアの様子が変だ。らしからぬ感じで可愛らしく酔っ払ってるみたいにみえる。てか酔っ払ってる…


「お、おい…」


エミルがファントムを指差す。


「なんかデカくなってねえか?光ってるけど大丈夫なのか?」


「大丈夫なはず」


「はず?」


「俺との繋がりは問題ないから大丈夫」


「そうか…ならいいんだ」


「とにかくはやくこの瘴気の渦を抜け出さないといけない気はしてる」


オージェかさらに加速し北に向かって装甲車を走らせているが、いまだに黒い瘴気から出られないでいた。


「落雷は収まってきたから、まもなくだとは思うんだが」


「全く先がみえないから進んでるのかどうかが、よくわかんねえな」


「間違いなく進んでますよ」


グレースは感覚的にわかっているようだった。エンジンを唸らせてそのまま爆走していると、車体が軋み始めてきた。


「頑丈なVAB装甲車が軋んでるな」


「だいぶ負荷がかかっているようだ」


「オージェ、アクセルは緩めるな」


「わかってるさ」


車の耐久性が勝つか、この瘴気の力が強いかの勝負となっていた。


グオオオオオン!


ゴオオオオオオ!


「なんか車が分解しかかってないか?」


「ああラウル、なんかとんでもない力がかかってる感じがするぞ」


「たのむ!もってくれ!こんな瘴気だらけの外なんて歩きたくない!」


「ご主人様ヒック、いざとなれば私奴がヒック」


「だめ!お前酔ってんじゃん!とにかくここにいろ!」


「申し訳ございません!」


グオオオオオオオン!


ゴオオオオオオオオ!


車が軋みフルパワーでエンジンが唸りもうヤバいか?と思った時だった。


ズボッ


「明るい!」


「ぬっ抜けたああああ!」

「よっしゃああああああ!」

「危なかった!」


ガガ、ガガガ…


プスン…


「止まってしまった…」


「うわ、ギリギリだったんじゃん」


「てか車捨てて乗り換えたほうがよくないか?」


「急ごう」


ガパン!


俺たちがハッチを開けて外に出ると、そこは灼熱地獄の砂漠だった。後ろを振り返ると暗黒の壁がそそり立っている。灼熱の砂漠にホッとするなんて夢にも思わなんだ。


「おい!車が…」


オージェに言われて装甲車をみると、外装が溶けて変形していた。みるみるうちに崩壊して崩れ去ってしまう。


「ラウルさん、ガイガーカウンターとか出せます?」


「ああ、はるはずだ」


グレースに言われて俺はすぐに放射線測定器を召喚した。


「みんなで測ってみましょう」


ピッピピピピピピー!


「おれ振り切りてるわ」

「僕もです」

「俺も」

「俺もだ」


俺たち以外のシャーミリアもファントムもどうやら、放射線まみれになっているようだった。


「どう考えても被爆してるよな。これ」


エミルが言う。


「原子力空母を落下させましたからね、多少の汚染はあると思いましたがそれ以上に酷い気がします」


「だけど俺は全く調子悪くないぞ」


「俺もだ」

「同じく」

「僕もですね」


どうやら全員体調に問題は無さそうだった。放射線は俺たちの体には影響を及ぼさないらしい。


「これ、モーリス先生とかカトリーヌ連れて来なくてよかったな!」


「多分即死するんじゃないですか?」


「だろうな、瘴気もあるし放射線の濃度からしてもな」


「多分僕たちが、神を受体してるから平気なんだろうと思います」


「気がするんじゃなくてそうだろ」


恐らくはオージェの言う通りだろう。シャーミリアやファントムは不死性ゆえ問題ないとしても、俺達が影響ないのは恐らく人間じゃないからだ。


「シン国に戻る前に、いちおう除去したほうが良くないですか?」


「除去か…あるかな?」


ガイガーカウンターがあるならもちろん除染用の薬品もあると言う事らしい。


「とりあえずそれっぽいの出てきたし、噴霧器て吹きかければいいのかな?」


「詳しい知識はない」


「オージェが無いんじゃあ誰もないよ」


「まずふりかけてみるしかないだろ」


「ひとまずみんな服脱ぐしかないんじゃないですか?」


「だな。このままシン国に行くわけにはいかない」


俺はチラリとシャーミリアをみる。


「ご主人様ヒック。服を脱いで捨てればよろしいのでしょうか?ヒック」


シャーミリアが、ドレスのボタンに手をかけた。


「まてい!シャーミリア!テントを出すからそこに入れ!」


「かしこまりました」


さすがにみんなの前で、シャーミリアの裸体を晒すわけにはいかないので直ぐにテントを召喚して組み立てた。シャーミリアが先に入り俺が噴霧器を持って中に入る。


「では」


シャーミリアがしゃなりしゃなりとドレスと下着を脱いで全裸になった。


シューシュー


音を立てて除染液をふりかけていく。


「冷たくて気持ちの良いものです」


「よかったよ。じゃあドレスはここに埋めて行くけどいいか?シン国に戻ったら見繕ってもらおうと思う」


「お気遣いありがとうございます」


「それまではこれを着ててくれ」


俺は女性自衛官の制服を召喚した。シャーミリアがそれを着込んで外にでる。


「じ、自衛官がでてきた…」


オージェがポツリと言う。


「久々に見たな」


「なんて言うか。ヴァンパイアの自衛官ってシュールでカッコイイですよね?」


確かにカッコイイ。てかシャーミリアだからカッコ良くみえるって感じもするが。


「えーと。つぎはファントムかな。コイツは、きっとみんな見ないほうが良いよ」


「わかった…」

「そう思います」

「だな」


ファントムもさっさとテントに押し込んで服を脱がせ除染作業を行う。なんと言うか俺の精神もガリガリと削られていく…さっさと終わらせて戦闘迷彩服を着せた。


「俺たちはそのまま外でいいよな」


「うーん。ただ、グレースがなんか背徳感ないか?」


「えっ?僕は良いですよ!性別があるわけじゃなし」


「まあ、気にしなきゃいいだろ」


一見女の子に見えるグレースの件で賛否両論ありながらも、全員が服を脱いで除染作業を行なった。全員の服を捨てて全部砂に埋める。再度放射線を測ったらだいぶ数値が下がったので、シン国へと戻る為に再びVAB装甲車を召喚した。


「あの黒い霧、あれ以上こっちに来ないみたいですね」


「だな、なんか固形物のようにも見えるな」


「車もあんなになってしまったしな」


「一体なんの物資なんだろうな」


俺もオージェにもエミルにも予測すらつかない物質。とにかくシャーミリアが言っていた雰囲気からすると、この世の物では無いようにも思える。


「とにかく戻ろう」


俺たちは新たに召喚したVAB装甲車に乗り込んだ。どうやらあの瘴気の中とは違い普通に進むことができた。まあ普通の砂漠だから問題はない。


「あの中を魔物達が侵攻してくるとは思えんわな」


「大地の怒りに食われそうだ」


オージェとエミルの言う通りだろう。シャーミリアとファントムですらおかしくなりかけていたし、恐らく制御できなくなりそうに思える。


「あとは東西にどれだけ広がっているかだろうな。もしかすると迂回して進撃してくる可能性もある」


俺が懸念している事を言う。


「だな。たしか砂漠の東に国があるんだったか?」


「ああオージェ、アラリリスとか言う国がな。だが想定ではデモンに取り込まれているはずなんだ」


「いずれにせよ調査しなくちゃダメってことか」


「ああ。あの瘴気に飲まれていたら、もうどうしようもない」


オージェ、エミル、グレースの3人が俺をジト目でみてくる。


「いやあ、俺もこんな大規模な環境破壊を巻き起こすとは思わなかったんだよ」


「まあ、前世じゃこんな事にはならんだろうからな。だがここは異世界だし、何が起きるかわからんって事だろ」


「まあ、仕方ないんじゃないですか?ラウルさんも分からなかったんだし、この世界を舐めちゃいけないってわかったし」


グレースがフォローしてくれる。てかグレースもオージェもこの作戦は伝えたはずだよな。なんか俺だけが戦犯のようになっている気がするんだが。なんか俺だけがとんでも無い事をしてしまった罪悪感を感じる。


《ご主人様。良いのです、ご自身が思う最善の選択だったのです。私奴は全てを指示いたします》


《ありがとうシャーミリア》


まあ、俺に心酔しきってるシャーミリアならそう言うだろうな。


《シャーミリア、酔いはどうだ?》


《治ったようです》


《瘴気の影響か?》


《恐らくはそうです。弱い魔人なら制御が効かなくなるかと》


シャーミリアですら変異を感じるならば、敵はやはり越えてはこれない。この世界に対しては取り返しのつかない事をしてしまったかもしれないが、大量の魔物にシン国が侵略されるのは免れそうだ。


結果オーライと言う事にしておこう。

第558話 安全保障条約

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