第553話 お告げ
俺達は5日かけてシン国へとたどり着いた。前に砂漠に飛ばされた時に俺、虹蛇、トラメル、ケイシー神父の4人で来た場所だ。昔の日本風の建物が立ち並び、その中にそびえたつ大きな城が俺達を出迎える。城ではカゲヨシ将軍の配下達が待っていた。
「すみません。あまりお時間が御座いませんので直ぐに大ババ様の所へ」
配下が俺達に言った。
「わかりました。お前達はここで待っていてくれ!」
「「「「「は!」」」」」
魔人と仲間達を広い道場のような場所に置いて、俺達転生組とモーリス先生の5人が配下について廊下を歩いて行く。廊下は板の間でまるで日本のお城を歩いているかのようだった。
「大ババ様。龍神様ご一行をお連れしました」
「すまなんだ。どうぞお入り下され」
俺達が扉を開けて中に入ると、大ババ様と呼ばれた人が正座をして頭を床につけていた。その両脇には子供のような人間が正座をして額を床につけている。恐らくは身の回りの世話をする付き人なのだろう。
「あの、大ババ様頭をあげてください」
グレースが言うと大ババ様はゆっくりと頭を上げる。着物姿だが下はもんぺのような物を履いており、首の周りにお札のようなものがぶら下がっていた。頭の上に髷を結っており髪飾りが光っている。年齢的には80歳にも90歳にも見えるがよくわからない。しわのある顔は温和な感じで、目は余りハッキリと見えてはいないように白濁していた。
「虹蛇様。お仲間をお連れいただき誠にありがとうござりまする」
「大ババ様。これでどうにか対処できそうです。お待たせしてすみませんでした」
「いえ。我々シン国の為に奔走いただき誠にありがとうござりまする」
「現状はどのようになっておりますか?」
そのままグレースが話を進める。
「はい。将軍と武将たちは各地を回って住民の避難に奔走しておりまする。砂漠との境には虹蛇様のお使い様と龍神様のお使い様が、我が国の武将たちに指示をして厄災の波を払う準備を進めておりまする」
ここまではオージェから聞いた内容そのものだ。
「他に変わった事は?」
「お告げがごじゃりました」
「お告げ?」
「魔の者が訪れこの国の民をすべて供物にして、恐ろしい力をつけるお告げでござりまする」
「魔の者とやらは、力をつけて何をするのでしょう?」
「魔の者に災いをなす者が現る時に、報復をするためにでごじゃる」
《なるほどな、やっぱり戦いは終わっていなかったというわけだ。敵は転移魔法陣を使って南に逃げたということらしい。まったく厄介な敵だ。あとお告げって神様のお告げだよな…本来は虹蛇のグレースなんだろうけど、これ恐らく歴代虹蛇からの神託じゃねえかな》
「すみません。虹蛇の仲間のラウルと言います。南にはどんな国があるのですか?」
「はい、ザンド砂漠の東にアラリリス、南にモエニタという国がござりまする」
「そこの国がどうなっているのか分かりますか?」
「それを知る事は叶いませぬ。数年は音信不通となっており、東の迂回路のアラリリスからの物資も届かぬようになったのでおじゃる」
「わかりました」
《やれやれ…また悲惨な事になっているんだろうな。敵はいったい何が目的なのやら》
そしてまたグレースが訪ねる。
「カゲヨシ将軍たちからは何かありましたか?」
「南方よりの使者からの伝達では、南の村々の民の避難が始まりこちらに向かっているという事ですじゃ」
「中央付近はどうです?」
「第二の布陣を敷いており、全てその線より王都寄りの北へと逃げるよう指示をだしておりまする。北の都市では難民の受け入れ態勢が既に整い、あと4日もすれば全ての民がその線より北に避難できるでおじゃる」
「なるほど」
《やはりカゲヨシ将軍はただ者では無いな。国の民をこんなに早く避難させることができるなんて、普通の国じゃあもたついてうまくいかないだろう》
大ババ様の話をきいたグレースが俺達に振り向く。
「だ、そうです」
「ギリギリだな」
「ええ。敵の侵攻状況も確認しなければならないですしね。もし想定より早ければ第一ラインを突破されて、民に被害が出てしまう可能性があります」
「そうなる前に俺達が前線に行けばいい。ここからオスプレイなら1日もかからんだろう」
「オージェさんの言う通りですね」
そしてグレースが大ババ様にまた尋ねる。
「他にはありますか?」
「もし厄災がこの国の宝玉を手に入れれば、その災いはさらに大きなものとなるでおじゃる」
「宝玉?」
「はい。カゲヨシ将軍には伝えても良いと言われたのでおじゃるが、この国には数か所に宝玉なる神の作りたもうた守りの玉を祀る祠がごじゃります。それを守りきるようにと武将が祠をまもっておりまする」
「その玉を奪われるとどうなるの?」
「神の力が宿ります故、魔の者に恐ろしい力を与える事になるでおじゃる」
「それが相手に知られている可能性はあるの?」
「わかりませぬ」
「その宝玉って何個あるの?」
「六つにごじゃります」
そしてまたグレースが俺達に振り向く。
「だ、そうです」
「守り神として奉られているのか…てか、神って…」
「ああラウル。俺達のうちの誰かだろうな、もちろん元のだろうが」
「オージェの言う通りだ。てか宝玉と言えば精霊神じゃないの?」
すると大ババ様が話に割って入る。
「いいえ。虹蛇様の分け御霊にごじゃります」
「えっ!僕?」
「まあ、正確には元僕な」
「そうですね」
「えっと、すみません。私からいいですか?」
エミルが言う。
「はい。精霊神様」
「その宝玉を祀っている場所から動かす事は出来るのですか?」
「普通の人間が動かす事は出来ませんが、それを生み出した虹蛇様ならば出来るかもしれませぬ」
「僕が…」
「ですが、その宝玉はこの国を守ってくれているのですよね?」
エミルが再び大ババ様に質問する。
「はい。あの恐ろしい砂漠の猛威がシン国に浸食してこないのは、その宝玉のおかげとされておりまする。もし無くせば砂漠の脅威がこちらに押し寄せて来るとも言われておりまする」
「そりゃまずい」
「絶対動かせないじゃん」
「まったくですね…」
「なるほど。それでか!」
俺が言う。
「なんだ?ラウル」
「砂漠とシン国の境が、ものの見事にはっきりと分かれているんだよ。何でこんなにきっちり砂漠と緑の国が分かれていると思ったら、その宝玉が守っているからなんだろう。そうでなければあんな自然現象はあり得ない。それほど砂漠は凄いものだったからな」
「たしかにな。魔獣の群れとの第一接触の時、砂漠に降り立ってわかった。あの過酷さはそれはすさまじい物だった。あの猛威がシン国に来ないのはそのためだったのか」
「すげえなグレース!」
俺が言う。
「いやぁ。僕がやった訳ではありませんので分かりませんよ。あくまでも元虹蛇で、恐らくその能力は受け継がれているんでしょうけどさっぱりです」
「なんとなくだけど、本体が呼び出せなければ無理なんだろうな。たぶん」
「であろうな。とにかくそうであればその宝玉とやらは動かせまいて、動かせば魔獣の前に砂漠の猛威がシン国に吹き荒れるであるからのう」
「先生のいうとおりですね」
そういえば虹蛇は砂漠の地下でも、何らかの力で空間を作って神殿を維持していた。砂漠のど真ん中にありながら砂の猛威の無い快適な空間で、ダイヤモンドの大木だらけの美しい所だった。もしかするとシン国にある宝玉とは、あの砂漠の迷宮にあった鉱石と同じものなのかもしれない。あの鉱石に虹蛇が施した凄い力があると考えて間違いないだろう。
「祠の位置はわかりますか?」
グレースが大ババ様に聞く。すると目の前にある砂でかかれた地図のような物に手をかざす。その砂でかかれたものはどうやらシン国の地図のようだった。その上に点が現れて、きっちり6カ所に浮き出て来た。おおよそ砂漠との境に点在しているらしい。
「なるほど、だいたい記憶しました。地図を持ちだせば危険ですので消していいですよ」
グレースが言うと大ババ様は地図の点を消した。
《すげえな…今の一瞬で覚えたんだ。前世でも驚異の記憶力だと思ったけど健在だ》
俺とオージェとエミルが尊敬の眼差しでグレースを見る。
すると…
「先生も覚えられましたよね」
グレースが言った。
「ふむ。完全に把握できとるよ」
《えっ!完全に!》
大賢者の名にふさわしい能力に俺達はただただ驚愕するのだった。
「よし。それも踏まえて防衛拠点の強化をしなければならないな」
「ああ」
「だな」
「ですね」
「じゃの」
4人が頷く。
「大ババ様。他にはありますか?」
「今の所お告げはもうないのじゃ」
グレースが聞くがもう無いようだった。
「わかりました。ではここに私の配下を一人置いて行きます。その者に伝えていただければ、すぐに私と配下に伝わりますので申し伝え下さい」
《タピ、来い!》
《はい!》
念話で呼ぶと、すぐにタピがやって来た。
「お呼びですか?」
「こちらシン国の大ババ様だ。タピはここに残ってお告げがあれば大ババ様から聞いて俺に教えてくれ」
「わかりました」
すると大ババ様の両脇に居た子供たちがようやく頭を上げた。二人の子供は可愛らしい女の子で、白装束にやはり首の周りにお札をぶら下げている。
「この者たちにお世話をさせていただきまする」
大ババ様が言う。
「よろしくお願い奉りまするぅー!」
二人の子供は声をそろえて言った。
「まあ、適当でいいですよ。タピも出来るだけ自分でやってくれ」
「はい。いつも通りですね」
「そういうことだ」
「まかせてください!」
「おう」
「それでは大ババ様ありがとうございました。私たちは直ぐに前線へと向かいます」
「虹蛇様。この国を何卒よろしくお願い申しあげまする」
「はい」
グレースがそう言うと俺達は部屋にタピを残して出て来た。タピはグラドラムで人間達といろんな交流をしていたので、こういう仕事は一番向いているだろう。見た目はただの南国の少年だが、恐ろしく何でもできる優秀な人材なのだ。
「みんなお待たせ」
「いえ。お話はおおむね分かっております」
ギレザムが言う。
「ああ。どうやら部隊編成を分けなきゃいけないらしい」
「六カ所の宝玉とやらですね」
「そういうことだ」
「では2名ずつ現地に送り、残りは前線の部隊と合流するのがよろしいかと」
「だなギル。編成はどうする?」
「はい」
ギレザムが言った部隊編成は次の通りだった。
第一部隊 本隊合流組
転生組、シャーミリア、ファントム、カトリーヌ、ルフラ、マリア、セイラ、ケイナ、エドハイラ
第二部隊
ギレザム、ラーズ、モーリス先生、ゴーグ
第三部隊
ミノス、ティラ
第四部隊
ドラン、マキーナ
第五部隊
ガザム、アナミス
第六部隊
カララ、ルピア
「なるほど理想的な布陣かもな」
オージェが言う。
「ギル。モーリス先生は本隊から離れる?」
「その宝玉とやらの原理を、解き明かす事が出来るやもしれないかと愚考しました」
「そうじゃな。わしがじっくりとその宝玉とやらを解析してみよう」
「わかりました。ギル、ラーズ、ゴーグ!先生の身の安全を最優先にな」
「「「は!」」」
まあこの3人なら全く心配はない。ミノスとティラは二カルス大森林で基地の構築をしたコンビだし、あとは力のあるものと航空戦力で分けたわけだ。確かにバランス感覚に優れている布陣だった。
「よし。一度カゲヨシ将軍かマキタカに接触する必要がある。すぐに本隊に向けて飛ぶぞ」
城の配下に挨拶をして俺達は郊外に出て来た。そして再びオスプレイを召喚して乗り込むのだった。カゲヨシ将軍に宝玉の守りの許可をもらう必要がある。そして急ぎ防衛の準備を進めなければならなかった。前線に到着して僅か4日の間にすべての防衛拠点をかためなければならない。しかし今までの荒廃した国の奪還戦よりも希望があった。生きた国を守る使命に俺達は否が応でも気持ちが昂るのだった。
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