第551話 迷いの山の攻略法
夜の間は73式装甲車に身を潜め、夜明けを迎えた俺達は徒歩で先に進むことにした。ハッチを開けてみるとまだ強く風が吹いている、しかし夜の暴風よりも幾分弱まってまっているようだった。73式装甲車3台は全てグレースが収納する。
「風が凄いな」
「ちょとまってくれ」
俺がコンパスを召喚する。今まではこの異世界でも東西南北を示すようにコンパスは動いたが、この不思議な山脈で働くかどうかを確認する。
「問題ないようだな」
「オージェ。コンパスを持っていてくれ」
「わかった。しかし砂嵐が凄いな、視界が悪い」
「このままじゃ先生やマリアが歩きづらいか…」
「砂が舞っているので肺に入るんじゃないか?」
「わかった」
俺とオージェが話し合った結果、モーリス先生、マリア、エドハイラ、ケイナにアメリカ軍のM50ガスマスクを着けてもらう事になった。ファンタジーの魔法使いと可愛い女性たちが、ガスマスクを着ける様はとてもシュールだった。
「カトリーヌはルフラを纏え。ならばこの砂嵐も問題ないだろう」
「はい」
ズズズズズ
スライムのルフラがジワリと広がってカトリーヌを包むように消えていく。
「ん‥」
カトリーヌからおかしな声が薄っすら聞こえるが、その感覚を知っているのは俺とマリアくらいしかいないので誰も気が付かない。
「ゴーグは狼形態になり、先生とマリアとハイラさんを頼む」
「はい」
ゴーグが狼に変身する。ハイラだけが青ざめた顔でそれを見つめていた。見た事はあるはずだが慣れないらしい。モーリス先生とマリアとハイラがゴーグの背に乗る。ハイラだけはおっかなびっくりだった。
「シャーミリア。一度上空まで問題なく飛べるか確認してくれ」
「かしこまりました」
シュッ
シャーミリアが消えるように飛び去る。
《ご主人様。風は強いようですが問題なく飛べるようです》
すぐに念話で報告が来た。
「よし、念のためシャーミリアとルピア、マキーナとアナミスが組となって上空からこの山がどうなっているか確認して教えてくれ」
「「「はい」」」
マキーナとルピアとアナミスが飛び去って行った。
「カララは糸で周辺の動きを探って」
「かしこまりました」
「ギレザム、ガザム、は3人を運ぶゴーグの周辺を護衛しろ」
「「は!」」
「ラーズ、ミノス、ドランはエミルとケイナとグレースを警護しろ」
「「「御意」」」
「オージェとトライトンは先行して隊の牽引を頼めるかな?」
「まかせておけ」
「わいがんばります」
「ティラとタピは俺と行くぞ」
「「はい!」」
「ならばラウル。俺が風の精霊で周辺の風をさらに弱めるようにしよう」
「たのむエミル」
シュゥゥゥゥ
「みんな!おねがいするよ」
エミルが光るた玉にお願いするように囁いた。エミルの周辺に6つの光の玉が浮き上がり、俺達の周辺に浮かび上がって一気に広がった。その光の玉がクルクルと数珠のように連なって回り出す。どこかで見たことがある光景だと思ったら、ナブルト洞窟の上空に浮いていた黒い球を彷彿とさせる。するとだいぶ風が弱まってきたようだった。
「助かる」
「恐らくこの場所ではこの精霊術が精一杯だろう。土の精霊は呼ばない方が良いような気がする」
エミルがケイナを見る。
「わかったわ。私の精霊たちはおとなしくしてもらおうかしら」
「その方が良い」
「皆離れる事の無いように十分注意して進むんだ、オージェ!出発してくれ!」
「おうよ」
オージェがコンパスを頼りに西へと向かい始める。本来彼らが方向を見失う事は無いと思うのだが、この山は何か不思議な気配がするので万全の体制で挑む。
びゅううううぅ
風が強く吹くが、エミルの風の精霊術のおかげで俺達には強くは当たらないようだった。まさかこんなところに来て登山をすることになると思わなかったが、ヘリが飛ばせない以上はしばらくこのまま進むしかないだろう。
「ティラ、タピ大丈夫か?」
「楽しいです!」
「俺も!」
「そ、そうか。それならよかった」
超進化ゴブリンの二人は、南国の少年少女のようだった。しかも登山にふさわしくない軽装だ。軽装なのは彼らだけではない、ここに居る全員の格好が登山に向いている格好だとは思えない。しかし風が強いにも関わらず寒さは無かった。むしろあったかいような気がする。
「全然寒くないな」
「なんか地面があったかい気がします」
ティラが言うので、俺はしゃがんで地面に手を当ててみた。
「あったかい…地面の温度じゃないな?」
「なんでしょう?」
「わからん。本当に生きているのかもしれん」
「山が?」
「ああ」
不気味な熱を感じながらも、俺達はオージェの後ろを列になって歩いていた。しばらく歩いていると振動を感じた。するとオージェが立ち止まり皆が集まる。
「どうしたオージェ?」
「コンパスの針がゆっくり、ずれ始めている」
「ずれ始めている?」
《ご主人様》
《どうした?》
《ご主人様たちのいる場所がずれています。回るように南下しているように思われます》
《わかった》
「オージェ。針はどう動いている?」
「時計回りに少しずつずれていっているようだ」
「どうやらこの山。回転しているみたいなんだ」
「なるほどな。それならこの針の動きはうなずける」
「しかしどうしたものか。せっかく西に向かって黙々と歩いて来たのにこのまま回り続ければ、反対側についてしまうのではないか?」
「ふむ。そうなるな」
ズズズズズズ・・・・
止まった。
《ご主人様。先ほどの場所から真南に向かった場所に位置しています》
《そうか》
「オージェ。どうやら山は90度回ったようだ」
「だと右にまっすぐ進んで行けばいいわけだな」
「そういうことだ」
「わかった」
「全隊!これより右舷に進路を変えて進む。オージェの後ろをついてこい」
「「「「「「は!」」」」」」
そして再びオージェとトライトンが先行して歩きだし、俺達がその後ろを歩いてついて行く事になった。
うーん‥もしかしたら動いたのは、俺達の装甲車のせいじゃない?装甲車なら蟻ほどの感覚があるかもしれないが、徒歩ならばほこりが舞うくらいの感覚なはずだ。
疑問に感じながらも西へ西へと進む。朝6時から歩き続けてもうすぐ12時になろうとしていた。そして俺はここで休憩を進言するのだった。
「集まれ!」
全員が集まってくる。
《アナミスとルピアも降りてこい。シャーミリアとマキーナは引き続き監視を頼む!》
《は!》
俺達は一度そこで再び車両を呼び出して中に入った。中では戦闘糧食を召喚し軽い食事をとり水分の補給をした。
「先生は大丈夫ですか?」
「何も問題は無いのじゃ」
「マリアは?」
「問題ございません」
「ハイラさんは?」
「つ、疲れてはいますが大丈夫です。このマスクが息苦しくて」
「ごめんなさい。それは目と肺を守るためにつけていてください」
「わかりました」
グレースに装甲車をしまってもらい、皆がマスクを着けるのを確認して再び西へと進み始める。ルピアとアナミスが再び空に飛び立って行った。
びゅうううううう
風は止まないが。エミルの精霊のおかげで何とか防げているようだ。
ズズズズズズ
「またか…」
大地が震動してオージェが立ち止まっている。
《ご主人様、先ほどと同じです。また南の方角に向けて回り始めました》
《わかった》
「オージェ。コンパスが回っているのか?」
「そうだ。さっきと同じ現象のようだな」
「なるほど」
全員が考え始める。するとグレースが口を開いた。
「ラウルさん。このままこの行進を続けても一向に西にはたどり着きませんね。この回転が続けば恐らく元の位置に戻ると思います」
「そうか?」
「グレースの言う通り、いつまでたっても西側へはおりられんじゃろうな」
「そうなんですね」
「ラウルさん。幸運なことにラウルさんの配下は空を飛ぶ事が出来ます。この山の回転を利用して西に向かうようにしましょう」
俺はグレースの言う事がいまいち飲み込めなかった。
「どうすればいい?」
「ラウルさんはシャーミリアと視界の共有ができましたよね?」
「ああ」
「ならコンパスを持ったオージェさんじゃなくて、ラウルさんが先導して天空から皆を見下ろしこの円を描く山の縁に向かって行くんです」
「なるほどなるほど!」
「ただ、もう一度暴風圏に入ってしまうかもしれません」
「分かったグレース。その時は俺のシルフを呼び出してまた守ってもらうようにしよう」
「おねがいしますエミルさん。そして僕はラウルさんと一緒に居て進む方向を指示します」
「了解だ」
「簡易な地図をかければいいのですが」
「あ、じゃあタピがペンと羊皮紙を持っているからそれを使おう」
「用意周到ですね」
「いやダンジョンの攻略本を作ろうと思ってたんだよ」
「攻略本?」
「まあそれは後のお楽しみで」
「わかった」
そして俺とグレースとタピが皆の先頭を歩くことになった。グレースが言う事にはこの回る山の縁を目指して歩く事。そうすればおのずと西に連れて行ってくれるというのだ。それを信じて歩き出す事になった。
ズズズズズズズズ
「ん?コンパスがまわったぞ」
「無視でいいです」
「わかった」
「タピ君。そのまま真っすぐに線を引いて」
「はい」
「ラウルさん今どうなってます?」
俺がシャーミリアの視界共有で見たところ、真南に居るようだった。
「そのまま南に進みましょう」
「わかった」
そしてそれからまた4時間くらい進んだ時だった。
ズズズズズズ
「どうやら4時間ごと1日12回90度動いているようですね」
「えっとまたコンパスが回ってるぞ」
「いいんです。タピ君地図にまた線を引いてくれ」
「はい」
そして再び俺達は進んでいく。その後何度もその行動を繰り返していた。コンパスの位置からは分からないが俺達は縁に進んでいることが分かった。歩き始めて20時間が過ぎようとしていた。
《シャーミリア、マキーナ、ルピア、アナミス!今の位置的にどうなっている?》
《位置的には北の端あたりにいるかと思います》
《分かったアナミス。その位置から確認していてくれ》
《はい》
ズズズズズズズズズズズ
また動き始めたようだった。
《ラウル様、西へ向かってずれ込んでいます》
《オッケ》
そして振動が止まった。
《ラウル様!まもなく動く境目に出るかと思います》
ルピアが伝えて来る。
《了解だ》
「グレース。どうやら西の端に到着したようだ」
「わかりました。それでは急いで一気に抜けてしまいましょう」
「了解。みんな!一気に進むぞ!見失わずについてこい!」
「「「「「「は!」」」」」」
そして俺達が一気に山を駆けおりてある一定のラインを通り抜けた瞬間。暴風がピタッと止んだのだった。
「止んだ…」
「本当だ」
《ラウル様。たぶん回る縁から外に出ていると思います》
ルピアが言う。
《ふう。わかったそのまま進むことにする。シャーミリア、マキーナ、ルピア、アナミス戻ってこい!》
《《《《は!》》》》
飛ぶ4人に念話で戻るように伝えて俺達は西へと進む。そして問題の4時間後。山が動く事は無かった、更に暴風も無い為モーリス先生たちもマスクを外した。
「みんな。どうやらあの山を抜けたようだ!」
「うまくいったのう」
「先生とグレースのおかげですよ。いち早くあの山の特性を見抜いて指示を出してくれたおかげです」
「しかしあの山は何だったのじゃろうな?生きておるのじゃろうか?」
「それは分かりません」
「ラウル!先生!とにかく先に進みましょう」
「分かったオージェ」
「そして平坦な場所を見つけてヘリを召喚してくれ!」
「そうだなエミル」
巨大な山の何かを怒らせる事もなく無事に西へと進むことができた。一体あの山が何だったのか…正体は不明だが、やり方を一つ間違えたら大変なことになりそうな予感がする。そして今いる森は普通なら魔獣がいるであろう場所だが、オージェがいるおかげで魔獣は寄り付かずスムーズに進むことができていたのだった。
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