第546話 戦闘で目覚める力
マリアの戦闘力がかなり上がっている事が分かった。マリアとモーリス先生、カトリーヌ、エドハイラのパーティーでなんと人類最高峰の29階層を超えてしまった。29階層のトカゲのスケルトンのような魔物がいなかったのと、アスモデウスがいい感じに間引いてくれているのが効いてるらしい。
「30層ですね」
「カオスドラゴンがおらんのう」
「はい」
「やはりあれは長い歴史の中で生まれた魔物のようじゃな」
「そのようです。まあ魔物は既にかなり生まれているようですが、少しの間にも生まれるものなんですね」
「うむ。わしの思っていた以上かもしれんのう」
「そうなんですね」
「うむ」
「ただこのあたりの魔物は既にかなり強いと思いますので、かなり高い水準の冒険者じゃないと難しそうですね」
「そうじゃな。さすがにこのあたりは、わしも必死にやっておるぞ」
モーリス先生はそう言うが、まだまだ魔力に余力がありそうだった。
「マリアも怪我をし始めましたし、私の回復魔法の届く範囲でなければ戦うのは厳しいですね」
「すみません。カトリーヌ様のお手を煩わせてしまって」
「いやマリア、カトリーヌから離れないでくれよ。既にこのあたりの層で戦えてるのが普通じゃないんだ。ハイラさんを守りながら戦っているのだとすれば善戦していると思うけどな」
「そう言えばそうじゃった!」
モーリス先生が唐突に何かを思い出したように言う。
「はい?」
「ラウルよ。どうやらハイラ嬢には面白い力があるようじゃぞ」
「面白い力ですか?」
「わしも良く知らん能力じゃな」
「どういう物です?」
「何というか、危険の予測をすることができるようじゃな」
「危険の予測?」
俺はハイラを見る。日本人としては彼女の能力だけが分かっていない。だが予測する能力が備わっているとすればかなり有効な力だと思う。
「ハイラさんどういう感じです?」
「わかりません。なんとなく来るっていうか、あっちが危なそうとかそんな感覚です」
「そうなんだ」
「ですがラウル様。そのおかげで私はだいぶ助かったのですよ」
マリアが言う。
「私も前もって対処する事で致命的な危機に陥らずにすんでおります」
カトリーヌも同意見のようだった。
「わしも助けられたのじゃ。おかげで結界を張るのが早くできた、余計な攻撃を受けずに済んだのじゃ」
「なるほど」
俺達は30層の洞窟で検証結果の話をしていた。既にここの魔獣は一掃して、俺達はその場所で休憩を取って話をしていたのだった。カオスドラゴンが住んでいた事もあり魔物が少ない事もある。人間の面々は既に3日が経っているものの誰も大怪我をしていない。そして精神的な疲労もなさそうだった。
「先生。ハイラさんに魔力のような物は感じましたか?」
「それがのう…感じんのじゃ」
「魔法じゃない?」
「うむ。魔法を使っている様子はない、むしろハイラ嬢からは魔力を感じないのじゃ」
「魔力を感じない…」
「他のニホンジンには強力なものを感じたのじゃがな」
「魔力が無い。という事であってますかね?」
「かもしれん」
そんな俺達の話を聞いてエドハイラはガックリきているようだった。自分には魔法が使えないと言われてショックを受けているらしい。
「ハイラさん大丈夫ですよ!俺の仲間の話ですが、魔力が無くても精霊の力を使える奴や、魔力がさっぱりないのに物凄い強さを発揮する奴。魔力が無いのに大量の物資を不思議な格納庫にしまったり、物に命を吹き込む奴とかいますから」
「そんな人がいるんですか?」
「えっと…人じゃ…」
「なんです?」
「人じゃなくてエルフと龍の子と虹蛇って言う種族の奴ですけど」
「……」
エドハイラは余計に落ち込んでしまった。俺の言葉は余計に彼女を沈ませる。
「ふぉっふぉっふぉっ!ハイラ嬢よ落ち込むことは全くないのじゃ。むしろ魔法しか使えん奴より、特化した力を持っている可能性があるのじゃよ!それはこの世界ではとても名誉な事じゃ!」
「名誉な事?」
「ふむ。やはりアトム神に見込まれただけはある。神に見込まれた者にだけ与えられた加護という物がある。もしかするとハイラ嬢のそれは特別な力かもしれんのじゃ。大事に育てていくがよかろうて!」
「はい!」
モーリス先生はハイラの気持ちをよくわかっているかのようだ。ハイラの曇りが取れていくのが分かる。
《やっぱモーリス先生はすげえ》
俺達はテントを作り休むことにした。俺はカトリーヌとマリアと共に同じテントに寝ることになる。魔人達が入り口と出口、そして周辺の警護をしているので安心して休むことができる。もちろんこんなダンジョン攻略はない。冒険者ならきちんと食料を用意し、帰りの事も考えながら休みは交代で見張り番をしながらやる。怪我をすれば命の危険に直面するし、初めての魔物に会ったら恐らくは一度帰って攻略法を練り直す必要があるだろう。
《それも踏まえると少し難易度が高いのかもしれないな…》
「マリアは凄いね」
「そんなことはございません」
「いや、凄いよ。俺は魔人だから今までやってこれたんだ。でもマリアは人間の身でありながらこれほどまでに技を磨いて強くなった。技で力を凌駕するのは凄い事だよ」
「ラウル様にお褒め頂けただけで十分でございます」
「本当ですよマリア。私は後ろで見ていましたが、鬼神の如きとはまさにこのことだと思いました」
「いえ。カトリーヌ様の魔法による身体強化とモーリス先生の結界があっての事です。そうでなければこんな深層までたどり着けておりません」
「それでもあの身のこなしは素晴らしいの一言です」
「カトリーヌ様もありがとうございます」
「いえ。私ももっと精進しなければなりません。ルフラに頼ってばかりでは本当の強さは手に入れられないかと思いました」
「いえ、カトリーヌ様はルフラを纏って戦ってくださって良いかと。私は私の領分が、カトリーヌ様はカトリーヌ様の得意分野があるかと思いますので」
「ははっ。そうですね、ですがあんなすばらしい体術を見せつけられると焦ってくるのです」
「お褒め頂いてありがとうございます。それと…ハイラさんのあれは凄かったですね」
「はい。勘が良いというにはいささか行き過ぎていた気がします」
「はい」
マリアもカトリーヌもハイラには何かの力があると考えているらしかった。
「俺も見てみたいな。明日は俺もパーティーにまぜてもらおうかと思う」
「えっ!」
「ほんとですか!?」
「ああ。二人の連携とモーリス先生とのダンジョン攻略もして見たくて、ウズウズしていたんだよ。もちろん俺が出す兵器をすべて封印してやってみようと思うんだ」
「ラウル様!危険ですので鎧を着てください」
「いや。着ないでやるよ、それじゃあ意味が無いし」
「でも危険では?」
「何かあったらカティが治してくれ。俺もエドハイラの能力を見極めてみたいんだ」
「かしこまりました」
「はい」
まあエドハイラの能力の見極めは口実だ。パーティーの戦闘の話を聞くたびにアドレナリンがふつふつと沸騰してくるようだった。魔人達によって安全が確保されたダンジョン攻略は、まるで命の危険が無いサバゲのようでワクワクする。本当の命のやりとりもあるが、ここを国営化するためには冒険者の安全確保が必須だった。
《安全に冒険を楽しんでもうために今回の検証がある。もちろんダンジョン入り口付近に拠点をつくりそこでポーションや薬草、食料や武器を販売して儲けるつもりだ。もちろん入場するにあたっての許可証の発行などは、マナウ市のギルドとは裏で繋がりそこからも利益を得るつもりだし。とにかく危険すぎては人が寄り付かないし、楽しくないと続けて人が来てくれない》
《ご主人様の発想は本当に素晴らしいです》
《シャーミリア。やっぱ稼がねえと面白くないからな》
《これまでの他の都市と同様。計画通り、きちんと将来を見据えての事なのですね》
《そういうことだ。まあ他に抜けている部分はお前たちが補ってくれてるしな》
《とんでもございません。それは私奴どもの務めでございます》
《そうですラウル様。そこは我々をうんと頼っていただいてよろしいのです》
《ありがとうミリア。ギル。お前たちのおかげでこんなことができている》
《滅相もございません》
《ラウル様はやりたいことをおやりになればよいのです》
《そうさせてもらうよ》
シャーミリアとギレザムとの、こそこそ話を切り上げて寝ることにする。
「とにかく休もうか、カティ、マリア」
「そうですね」
「はい」
そしてそれから6時間がすぎる。洞窟の中なので朝晩は分からないが、俺の時計のおかげで地上では今が朝だという事が分かるのだった。俺達は早速準備をして31層に向かう事にしたのだった。
「先生、今日は私もよろしくお願いします」
「うむ!ラウルとダンジョン攻略か!」
「はい。武器はこれです」
オンタリオの巨大マチェット(山刀)を2本召喚した。1095カーボン鋼で約580gという軽さの軍でも使われれるファイティングナイフである。
「細いようじゃが」
「大丈夫です。これに魔力を流して戦います」
「ふむ。ラウル得意の魔法武器強化じゃな」
「はい」
「なら切れ味も抜群じゃろて」
「結構な甲羅もイケると思います」
「それでは行ってみるかのう」
「はい!」
俺達の後ろには、15人の魔人達と1体の魔導鎧が並んで俺達の話を聞いていた。俺は魔人達に振り向いて言う。
「というわけで、俺も今日から冒険者だ。本当に危険になったら頼むぞ」
「はいご主人様。思う存分ダンジョン攻略をご堪能なさってくださいませ」
「ありがとう!ミリア!」
「我々はつかず離れずついて行きますので」
「ああ、ギレザム。実際に冒険者たちの安全を考えながらも、魔人に守られた感が無いようにするのが大事だ。いずれにせよここは1次進化および2次進化の魔人に管理させるからな。その魔人達にはお前たちから、ギリギリの人間の遊ばせ方を指導する事を念頭に事にあたってくれ」
「重々承知しております」
「頼む」
そして俺達の冒険者パーティーは31層へと進んでいくのだった。そしてなんと俺の冒険者パーティーの最初の得物は、あの巨大ガニだったのだ。
「美味そう!」
「今日のお昼ご飯は鍋じゃな!」
「ラウル様も先生も、気を引き締めてください!」
「すまないマリア。でもワックワクしちゃってさあ…」
「マリアの言う通りです。ラウル様も先生も真面目にやってください!」
カトリーヌに怒られてしまった。
「わ、わかってるって」
「そうじゃ。今は勢いをつけるための会話じゃぞ」
「それならいいのですが」
「ぷっ!」
エドハイラが笑っている。どうやら俺達のやり取りが面白かったらしい。最初から見たらだいぶ心を開いてくれているように思う。この蟹を食えばもっと心開くに違いない。
俺は先頭を猛然と突き進んでくる蟹の足をスパン!と切り落とすのだった。
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