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第545話 ダンジョンに魅入られる

俺達はマナウ渓谷を進みアグラニ迷宮にたどり着く。アトム神がいなくなったため入り口にはもうあの結界は無かった。そして俺達が迷宮に入って行くとすぐにあることに気が付く。あの大量に出現していた魔獣がいなくなっていたのだった。


「魔獣があまりおらんの」


「はい」


「これはあれじゃな。以前はアトム神が入り口に結界を張ったため中で増殖してしまっていたのじゃろうな」


「このダンジョンから渓谷に出るはずだった魔獣が、出れずに溜まっていたという事ですか?」


「そんなところじゃろ」


「確かに今回のマナウ渓谷には、迷宮で見た魔獣がいましたね」


「本来、ダンジョンが生み出した魔物が森に出るのじゃしな」


「魔獣は洞窟から生まれるのですか?」


「うむ。洞窟内部には魔力だまりのようなものがあってのう、その影響を受けた生き物が魔獣となり生まれ出ると考えられておる」


「勉強になります」


「ナブルト洞窟でも強い魔獣がおったじゃろ」


「あーいましたいました!レインニードルとかいう恐ろしいのが」


「あんなもんも、ダンジョンが作り出したと言われておるのじゃな」


「なるほどです」


《そう言えば、魔人国の城の地下迷宮で魔人が生まれ出るって聞いたな。迷宮にはそう言う性質があるってことか。だがここでは魔人が生まれずに魔物やドラゴンしか生まれない…なんで魔人国では魔人が生まれるんだ?》


《ラウル様。魔人国の地下で魔人が生まれ出るのは、ルゼミア様がそこに住まわれているからですわ》


カララが念話で伝えて来る。


《そうだったの?》


《魔王の元に魔人が生まれ出るのは当然です。さらに魔人が増えればそこにはさらに魔力がたまりますからな》


ラーズも言う。


《もしかして深くに潜れば潜るほど強い魔人がいたけど、やっぱり深い方が強いものが生まれやすいとか?》


《そうなるでしょうなあ》


ミノスが言う。


魔人と魔物は性質的に似ているが魔人は魔王がいないと生まれない。ほったらかしにされた迷宮が魔獣だらけになるのはそういうことなのかもしれない。


「先生。ナブルト洞窟には魔物がいなかったように思われますが」


「あの洞窟には精霊神が住まわれておったからのう。神が住めば本来は魔獣は逃げていくのじゃろうが、ここはアトム神が結界にて閉じてしまわれたのでな」


「なるほど!最近アトム神が地下に巣くったおかげで地下から魔物が上に上がっていき、弱い魔物が上に上に押し出されていった結果があの大群の魔物という事ですか!」


「ラウルよ、借りにも神じゃ。”巣くった”という表現はどうかと思うがの」


「あ、すみません」


「まあアトム神が地下に居たおかげで、上に逃げたが結界により外に出れなかったのじゃろうな」


「なんというか。人間のためにはならない感じですね」


「まあ、あの神様もデモンに攻められる前までは上手くいっておったのじゃろう。神も時代に合わせて変化せねばならぬのかものう」


「あ…龍神、精霊神、虹蛇は代替わりしましたね」


「うむ。それが変化という物なのかもしれん」


「はい…」


《うーん。ヤバイ!俺は受体しているはずなのに、まだ魔神として覚醒していない。代替わりしてるって言えるんだろうか?》


《ご主人様。私奴達にとってはご主人様こそが魔神でございます》

《そうです。元始の魔人として既に我らが系譜の下に入っております》


シャーミリアとギレザムがフォローしてくれる。


《まあ別に困ってないからいいか》


《そう思われます》

《はい》


俺が周りを見渡すと20人の魔人達がうんうんと頷いていた。


とにかく俺達は洞窟に入りこれから検証していくところだった。以前よりアスモデウスがアグラニ迷宮の内部の調整に入っており、その難易度を調べる必要があった。あまりに難しすぎれば人間には攻略できないし、あまりに簡単すぎても冒険者にとって美味しくない。


「よーし、じゃあ1階層を確かめるとするか」


「「「「「「は!」」」」」」


「俺の召喚武器を使ったら、冒険者の為の難易度を確かめる事はできない。俺の兵器及び自分たちの得意武器も封印して戦うとしよう。お前たちが人間のレベルまで能力を落とすのも難しいからな、どうしたらいいと思う?」


「それでは私がやりましょう」


「マリアが?」


「はい。これで」


マリアが2本の包丁をとりだした。


「えっ!包丁で?」


「はい」


「さすがに危険じゃないかな?」


「ラウル様。では私も一緒に戦います!」


「カティが?」


「はい!ルフラを纏わずマリアを支援しましょう」


「なるほど!冒険者っぽい…けど。二人のパーティーっていささか心元ないよな」


「ふぉっ!ならばわしが後衛をやればよかろう」


「だ、大賢者が後衛って…並のパーティーではないかと思います」


「ならば、よほどの危険が無ければ手は下さん」


「わかりました」


3人がそろって俺達の前に立つ。


《体術の達人と回復魔法のスペシャリスト、魔法を極めし者…いやいや!いくら力を抜こうが、どう考えても並のパーティーじゃない》


「あ、あのう…」


「どうした?ハイラさん?」


「私が入ればいいんじゃないですか?」


「ん?えっと、戦闘経験は?」


「ありません」


「魔獣を見たことは?」


「さっき車の中からすこし」


「えっと、剣を持ったことは?」


「ないです」


「危険だよ。ダメダメ!」


「いやその…私を守りながら戦えば、だいぶ足を引っ張れる自信があります!」


《そんな…自信満々に言われても…》


「ふぉ!よかろうて!わしが責任をもって護衛にまわろう」

「私も怪我をさせないようにします」


モーリス先生とカトリーヌが言う。


「ラウルさん!皆さんもそう言ってくれています!私、何にも出来ないのもう嫌なんです」


「ハイラさん…わかりました。ならば万が一の時のために、ギル!後方からついていけ。だが本当に万が一の場合以外手を出すな!エリクサーを持って行け」


「は!」


俺の指示の下、マリアとカトリーヌ、モーリス先生、エドハイラが洞窟の中に進んでいく。ギレザムが後ろから様子を見るようについて行った。


「大丈夫だろうか?」


「どうなりますか…」


「不安だが」


そして…それから1時間もしないうちにマリア達が帰って来た。


「どうしました?」


「どうもこうも。魔獣の数が少なすぎて簡単すぎるかもしれません」


「そうなの?」


「私の包丁で余裕で狩れてしまいました」


マリアがケロリという。


「うーむ。マリアの体術が優れ過ぎとる気もするがのう…」


「そうでしょうか?」


「うむ」


なんか様子が変だ。モーリス先生の反応がおかしい。


「先生。パーティーで何体の魔獣を狩ったんですか?」


「いや、パーティーではやっとらん。マリアがすべて一人でやった」


「えっ?包丁でですか?」


「そうじゃ。魔獣がどんどん三枚おろしにされていくように始末されていったのじゃ」


「毒鼠とかスライムとかがですか?」


「うむ。マリアの敵にはならんぞ」


「何体くらい?」


「60体は狩ったんじゃなかろうか」


「…そんなに」


「あの、私に一匹も魔獣が近寄りませんでした」


エドハイラが言う。


「私はこのくらいの難易度で良いような気がします」


「そうじゃな、マリアの言う通り、これくらいでいいじゃろう」


「先生。マリアはどのくらいの冒険者になるもんですかね?」


「ギルドでも1位2位を争う腕前になるじゃろうか」


「やっぱり…」


「すみません。ラウル様検証にならないかもしれません…」


マリアが申し訳なさそうだ。


「マリアは悪くない。魔人達と研鑽を詰んだ賜物だしな。ただダンジョンの難易度を図る方法を考えないといけない」


「あ、あの!」


エドハイラが言う。


「どうした?」


「この状態で潜って行けばいいと思う。そして彼女だけでは対応できなくなった階層が、次のレベルに上がる場所だと考えて見たらいいんじゃないかと。一般人の私なら恐らく秒で死んでたレベルだと思うけど、この世界の人なら結構いけたりしそうだし」


「ハイラさん。マリアはおろかゼダやリズも一定のレベル以上なんだよ。このダンジョンはこの世界の普通の人間が秒で死ぬレベルなんだ」


「そうなんだ…」


「だけど、ハイラさんの言うとおりだな。マリアが一人で対処するのが限界に感じる階層が高レベルの冒険者が入れる階層だとわかる」


「はい!そうおもいます」


「やはりハイラさんは、一般人レベルの感覚のおかげで客観的に見れてるみたいだ。その感覚で見て行ってもらえればある程度つかめそうだな。一般人の視点というのはとても貴重だからね」


「ありがとうございます」


そして俺達はさらに次の層へと進んでいくのだった。5層に進んだあたりで少し変化があった。パーティーでクリアは出来たようだが、モーリス先生の攻撃魔法が使われたようだ。という事は4層あたりが普通の冒険者の限界という事で良さそうだった。


「ラウル様。そろそろ武器を変えたいのですが」


「わかった」


マリアは自分の持ってきたリュックの中から、今度は短剣を取り出した。もちろん包丁よりは実戦的だがこの階層と言えば、シルバーウルフなんかもいたと思う。そんな短剣2本で本当に大丈夫なんだろうかと心配になる。


「では行きましょう」


「休まなくていいのか?」


「そこまで疲れてはおりません」


魔人達との訓練のおかげで異常な体力を身に付けてしまったらしい。なんかファートリアにもこんな聖騎士がいたような気がする。魔人達との暮らしは人間を人間以上の物に変えてしまうようだ。


「とにかく疲れたら言ってくれ。油断をしないようにして怪我をしたらすぐカティが回復を。モーリス先生もよろしくお願いします!ハイラさんもモーリス先生から離れないように」


「はい」


そしてさらに次の層へと進む。だが…結果は似たようなもので、マリアがほとんどの魔獣を仕留め、モーリス先生は援護に徹底しカトリーヌは回復魔法を一度も使わなかったらしい。俺達魔人の出る幕も無く、次は7階層に進むことになる。しかし既に9時間以上ぶっ続けで戦い続けている。


「マリア。本当に大丈夫なのか?」


「少し疲れが出てまいりました」


よかった。


《良かったって言うのもおかしいが、子供の頃から俺を世話して来たマリアが魔人になったのかと錯覚していた。ただ俺はマリアが、俺のためにこんなに鍛錬を続けてきてくれた事に感動していた》


「よし!みんな!休もう!今日はこの階層で休んで明日から再び検証しようと思う」


「「「「「「は!」」」」」」


魔人達はここまで何もしていないので休む必要などなかった。だが魔人は皆、いつしか始まったマリアのダンジョンチャレンジに興味を持ち始めたのだった。人間のメイドであるマリアがどこまで行けるのか見て見たくなってきた。


かくいう俺もその一人だ。


異様な雰囲気に包まれるダンジョン攻略に気持ちが熱くなっているように思う。もしかしたらこれが冒険者たちが取りつかれるダンジョン攻略の醍醐味というやつなのかもしれない。ダンジョンという魔物に魅入られる冒険者の気持ちを理解しつつあったのだった。

次話:第546話 戦闘で目覚める力


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