第544話 魔導書解明の第一歩
モーリス先生が図書館から出て来た。どうやら気になっていたものには全て目を通したらしかった。他の国にはない文献が多数保管されていたらしく、かなりご満悦な表情で飯を食っている。部屋にはモーリス先生と俺、カトリーヌがいた。マリアが給仕をしてくれている。
「そして先生。何をお調べになっていたのです?」
「うむ。ラウルにはだいぶ喜んでもらえると思うのじゃ」
「私が喜ぶ?」
「以前。二カルスの主からもろうたと言っておった、魔導書の事をずっと調べておったのじゃ」
「何か分かったのですか!!」
「恐らくまだ解読は出来んじゃろうが、多少の方向性ならみいだせそうじゃわい」
「それならば食事が終わったらその件について話しましょう」
「うむ」
俺達はとりあえず食事を早々に終わらせた。俺もとにかく気になったし、何よりモーリス先生がウキウキしているように見える。
「まずは、これがこの王立図書館にあった書物じゃ」
先生は数冊の書物を開く。一冊は魔導書のようだが、俺達が見て来た魔導書とは違って魔法陣が書いてある数は少なかった。
「これになにかが?」
「まあ核心とまでは行かぬがのう。きっと何かがつかめると思うのじゃ」
「わかりました。ではファントムを呼びます」
ドン!
ドアを開けてファントムが無言で飛び込んでくる。無言でと言っても一度も言葉を発したことが無いのだから仕方がない。
「辺境の王立図書館にこのような本がある理由もわからんのじゃが、やはり龍を崇める国という事で何かあるのかもしれん」
「そうなのですね?」
「あとはあの魔導書じゃな」
「ファントム!魔導書だ」
ズ、ズズズズ
ファントムの腹から魔導書が生えてきた。特に汚れてもおらず、あの時の魔導書が机に置かれた。
「この魔導書が置かれると緊張してしまうわい」
「とにかく俺もカティも含めて魔力を出さないように」
「はい」
そしてモーリス先生が二カルスの主から授けられた魔導書を広げる。パラパラとページをめくってあるページで止めた。それは数ある魔法陣のうちの一つだった。
「これじゃ」
俺とカトリーヌはその魔法陣をまじまじと見つめる。
「魔法陣ですね」
「ええ」
「そしてこれじゃ」
モーリス先生は、リュート王立図書館にあった3冊の書籍をパラパラとめくって目当てのページを開いて止める。
「あれ?」
「似てますね…」
「うむ。どうやら似ておるようじゃ。というより魔法陣の起動式も道筋もかなり類似している部分が多い。術式としてはもちろん全く違う物ではあるがな」
リュート王立図書館にあった書籍のうちの一冊にあった、ちいさな魔法陣の記述が二カルスの主が渡した魔導書の魔法陣に似ていたのだった。
「同じではないですね」
カトリーヌもそれが分かるようだ。
「私にはさっぱりです」
「まあ、ラウルは魔法陣など学んでおらぬからのう。カトリーヌは王宮魔導士になるべく試験を経ておるし、仕方ないじゃろう」
そうだ。カトリーヌは王宮魔導士を目指して、魔法学校に通いモーリス先生にも学んでいたのだった。俺は基礎的な勉強しかしておらず、魔法を学ぶ前に先生と別れたから仕方ないっちゃしかたない。
「結局王都は無くなってしまいましたが…」
「そうじゃな」
カトリーヌは王宮魔導士の夢の途中であの事件に巻き込まれたからな。
「ふむ。それでのう」
モーリス先生が話題を戻す。
「はい」
「これの発動条件や効果などがおぼろげに分かったのじゃよ」
「そうなんですか!」
「ふむ。じゃが喜んでくれるな、おぼろげに。と言っとるじゃろ」
「すみません」
「敵の魔法陣を知っておるか?」
「転移魔法陣ですね」
「あの効果に似ている可能性がある」
「これは転移魔法陣なのですか?」
「そうなのじゃ!と言いたい所じゃが恐らくは違うようじゃ。形状が似ておるが術式が違いすぎる」
「見た感じ一緒ですが。まあ文言や大きさ形状の重なりなど、よく見れば…いやだいぶ違うのですね」
「じゃろ?」
「はい」
なるほど、非常に似てはいるがまったく違う物らしかった。
「そしてこっちの本に書いてるのが、この文章の記したものと似ておった。この魔法陣の記述にある文章じゃ」
俺がその本を読んでみると、こう書いてあった。
(交わらぬところが交わればこの世の者ならざる者が現る。理を変えるそれを世が受け入れる時、すべてが変わり。受け入れねば元に戻るであろう。それらが望まぬのならその者の願いをかなえるべし)
うん。よく分かんねえ。
「先生。すみません…私にはさっぱりです」
「カトリーヌはどうじゃ?」
「私にも見当がつきません」
「それじゃあまたこちらの文献を読んでおくれ」
「はい」
(その心を縛るものなし。縛るものあればそれはたださねばならぬ。ほしをまたぎ涙を流すものあれば、これをたすくるのが使命である)
いや、全く分かんねえ。
「先生。無理です」
「あの…私にも何を書いてあるのかわかりません」
「そうか…まあそうか。そうじゃな…」
モーリス先生は考え込んでしまった。きっと俺達に相談して何かヒントを得ようとしていたらしいが、俺達が何も思いつかないために自分で考える事にしたらしい。
「魔法陣は転移魔法陣に類似しておるしな、おそらくなのじゃが…わしが思うにあのニホンジンが関係しているように思わぬか?異世界の人間になにか関わると思うのじゃ」
先生に言われて今の文章を読み直してみる。
「!」
「!?」
俺とカトリーヌが同時に閃いたようだった。
「なるほど。そう言われてみると当てはまるような気がします」
「ハイラさんの状況という事でしょうか!」
「まああくまでも、わしの推測の域をでておらぬがのう」
「でもなんとなくそんな感じはしました」
「そうですね。でもハイラさんと関係があるというのは?」
「うむ。直接は関係ないじゃろうな」
「はい」
「そこが謎なのじゃがのう…もしかしたら他にも該当者がおったのじゃろ。もちろんこの文献が書かれたのは昔じゃしの」
なるほど。そう言われればそうだ。別に預言書というわけでもないだろうから、今のエドハイラに何か関係しているとも思えない。
「先生。もしかしたらですが、昔もエドハイラたちのように呼ばれた人が居たって事でしょうか?」
「その線がかなり濃いと思うのじゃよ」
「…まああながち間違いとも思えませんしね…」
「うむ」
モーリス先生は俺を見ていた。俺やオージェ、グレース、エミルも俺と同じ転生者だった。こういう人が昔に居たっておかしくは無いという事だ。エドハイラたち日本人は転生者ではなく転移者だが。
《でも…だとすれば…この魔導書は…》
「先生…」
「とりあえずしまおうかのう。それだけが確認できただけで良いのじゃ」
「はい…」
ファントムがモーリス先生たちに見られないように、二カルスの主から受け取った魔導書を飲み込んだ。
「ふう。緊張するわい」
「はい」
「それで先生。もっと明確に知る事は出来ないのでしょうか?」
カトリーヌが言う。
「そうじゃな。もしかすると各地にこのような文献が散らばっているやもしれん。それらをかき集めて読み込めば何かはつかめるかもしれんのう」
「各地の…という事はバルギウスやラシュタル、シュラーデンもという事でしょうか?」
「それだけに限らん。シン国や南の国にも可能性はある」
「シン国…」
「龍神、精霊神、虹蛇が行っておるのじゃったな」
「はい。二カルスの先には念話が繋がらない為、中継地点まで行かないと状況は分からないのです」
「中継地点とな?」
「二カルス大森林基地の更に奥に墓地を作ったのですが、その先に進めば繋がると思います」
「なるほどのう」
どうしても行動範囲を広げるにはエミルのヘリが必要だった。ここからモーリス先生を連れてラシュタルやシュラーデン、バルギウスを回るとなれば車でも2カ月はかかるだろう。だがそれは街道が普通につながっている場合だ、もちろん魔人を連れまわさねばならずかなりの労力を必要とする。
「まずはリュートのめどをつけたい所ですね」
「そうじゃろうな。となればアグラニ迷宮の国営化か」
「はい。早めに処理をして稼働させてしまった方が良いのかもしれません」
「都市のめどがついたらといったところか」
「そうですね。ですがほとんど人員的な問題をのぞいては上手く回ってきています。あとはルタンからエミルのヘリでリュートで兵士をやる人間を連れて来るだけです」
「ならばいずれにせよ。動かんといけんのう」
「はい。どっちが先かといったところです」
「どうするのじゃ?」
「先生!そりゃ決まってますよ!」
「ふぉっふぉっふぉっ!まあそうじゃろうて」
「アグラニ迷宮の運営を始める事です!」
「じゃろうな」
「はい」
《やはりこういう事は、一番楽しそうな事から手を付けた方が良い。あの蟹美味しいし、うちの勇者パーティーにも一番乗りでダンジョンクリアしてもらいたいし》
「まったく…ラウル様も先生も、楽しい事が大好きで困ります。ですが危険な事はダメですよ」
「大丈夫。もうあの厄介なアトム神の結界も無いし、アスモデウスがある程度間引いてくれているし」
「わかりました。ではいつ出発されるのです」
「思い立ったが吉日」
「はい」
そんな会話をした後すぐ、俺は直属の魔人達に念話で次の行動予定を伝えた。皆すぐにでも出発できると返答が来る。もちろん俺が動きたい時に異を唱える魔人はいないのだが。
一夜明け、俺はゼダに伝える。
「じゃあゼダ!100の魔人は預けていく。将来人間の兵隊を連れて来るまではゼダが指揮をしてくれ。そのように申しつけていく」
「ありがとうございます!ここまで段取りを組んでいただいて、私には過分な力添えでございました。そしてアグラニ迷宮の国営化に向けて整備までしていただけるなど…なんと申し上げていいのやら」
「いいのいいの。とりあえずいくからさ、魔人に魔獣や薬草の採取をさせてくれ。特にクリフムートはこの地の特産にした方が良い。利益の配分は言った通りだが、今のところは軌道に乗せるのが先だ。どんぶり勘定で良いよ」
「きちんと計算させていただきます」
「まかせる」
「ではお気をつけて」
「じゃ、行ってきます」
「あの!」
タタタタとエドハイラが走って来た。
「どうしました?」
「私は連れて行ってくれないのですか!?」
「あー。でも危険な所なんですよ」
「私は自分では守れないですが、一緒に行きたいです!」
「…じゃいいよ」
「ありがとうラウルさん!嬉しい!」
どうやらエドハイラも行きたいようなので連れて行く事にする。
エドハイラを連れて、俺、マリア、カトリーヌ、モーリス先生、シャーミリア、マキーナ、ファントム、ギレザム、ガザム、ゴーグ、カララ、アナミス、ルフラ、ラーズ、ミノス、ドラン、ルピア、ティラ、タピ。20人と鎧一体がアグラニ迷宮に向けて出発するのだった。
ゼダとリズモ行きたそうにしていたが、彼らは王としての仕事があるため当然残留だ。
数台の74式特大型トラックがアグラニ迷宮に向けて走り始めるのだった。




