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第543話 私の疑問 ~エドハイラ視点~

少し前の事。


私が東京の夜の街を歩いていたらいきなり風景が変わって、気がつけば地下の牢獄のようなところに居た。目の前には海外の僧侶のような奴らが居て、その中のとりわけ気持ちの悪い人間から勇者になって悪を滅ぼせと言われた。


《違う…》


悪は間違いなく、話しかけて来たその人間自身だと分かった。なぜわかったのかは分からないが、悪い雰囲気が強く出ていたのだ。だが一緒に来た5人はそれに気が付いていないようで、むしろ自分たちが選ばれた人間であるかのように考えているようだった。


6人だけになった時にみんなに話した。


「おかしいわ。あの神官とやらは絶対悪い人。いや…人でもないかもしれないわ」


私は5人に言った。


「なぜそう言い切れる?」


賢そうなインテリ風のキリヤという男にそう言われた。


「なんとなくわかるのよ」


「なんとなくじゃあわからない」


キリヤが言う。


「でもそうなの」


「それが本当かどうかは動いてみないと分からないよな」


ハルトという男がかぶせて言ってきた。


「分かるわ」


「あなた何をいっているの?何もしないでうじうじしているあなたみたいな女は嫌いだわ」


マコと呼ばれる女が嫌悪感を丸出しにして言う。


「な!いきなりなにを!」


「そうよそうよ。どうせ何のとりえもない女なんでしょ」


カナデと呼ばれる女がとりあえず同調するように言った。


「うっ」


いきなり言われた言葉に言い返す事が出来なかった。歌のオーディションには落ちまくり、薬剤師になるための大学は辛うじて必要単位が取れている状況。母親には歌の夢がある事なんて話してなかったし、学費を出してもらっている身分でオーディションを勝手に受けていた。歌の才能なんてないと分かっていても諦められなかった。


「まあ、待てって。何も分からない状況は皆おなじじゃねえか?」


リョウジという体の大きい男が擁護に回ってくれる。


「なによリョウジはこの女が気にいったの?」


いきなりマコが言う。


「気に入ったとか気に入らねえとかねえよ。そもそもこんな地味なおかっぱは趣味じゃねえ」


私を擁護してくれるのかと思ったら、いきなりディスられた。まあでも客観的に考えている点は評価しよう。


「なーんだ。リョウジも嫌いなんじゃない」


マコがさらに追い打ちをかけて来るので私は黙った。


いずれにしろ話し合った結果は、みんなはあの悪の権化のような奴の言う事を聞くという事。私は絶対に言う事を聞かずに動かないという事。それで私一人が残されてしまった。もしかしたら殺されるかもしれないと思っていた。


しかし…


次に目を覚ましたら、目の前にいる生意気な座敷童から私を助けてやったのだと言われた。どうやら何かガラスの牢獄のようなもので固められていたらしい。固められていた間の記憶は一切なく、目覚めたら全員が初対面の人たちだった。ローマの偉い人のようないでたちのおじいさんや、まるでファンタジー映画に出て来るような髭のおじいさん、座敷童、白髪赤目の少年、綺麗な女の人たちがいた。一人神父の格好をした普通の人間っぽい青年もいたけど。


分けの分からない国にいきなり連れて来られて悪魔と戦えと言われ、固められ目覚めたら神と国のために働けと言われた。こんな不条理があっていいものだろうか?


しかし私にはこの知らない世界を生き抜いていく自信なんてなかった。もうアトム神とやらの言いなりになるしかないと思っていたところ、白髪赤目の少年が見分を広めるために連れて行ってくれると言ってくれた。


「行きます」


私はそれにすがった。なんとなくこの白髪赤目の少年はアトム神に反発しているように感じたし、その隣にいる白髭のおじいさんは信頼に値する人間だと確信出来たからだ。


さらに聖都を出発する時、驚愕の事実が判明した。


この白髪赤目の少年は、私の前世のトラックのような乗り物を呼び出す事が出来るらしいのだ。このトラックの形状はなんとなく見覚えがある。ニュースとかで見たことのある自衛隊のトラックのような形と色だった。


《それが不自然な感じはするけど。とりあえずこの人たちについて行った方が良いみたい》


とにかく感覚的について来た。


各地を回りラウルという赤目の少年の配下を集め歩いた。ラウルが言うにはこの人たちはみんな魔人という種族なのだという。それをアトム神には言わないでくれと言われた。もちろんあのいけ好かない座敷童になにも言うつもりはない。しかし前世のファンタジー映画などで見た魔人とは全然違い、見た目は普通の人間のように見えた。


「みんな凄いですね」


魔人と呼ばれた人々の力は凄い物だった。大木を倒し担ぎ大きな魔獣を倒し、車と同じようなスピードに走ってついて来れるのだった。そこで初めて普通の人間では無いという事が分かった。


リュート国の王子様とお姫様を護衛しながら凱旋パレードをし、到着したのがこのリュート国の王都だった。


《私はこんな世界で生きて行かなければならないのか…すっごく辛い》


そんなことを思い悩みながらリュートの王都で過ごし始めると、魔人達は一斉に都市の内部を修復し始める。そしてその凄まじい仕事っぷりがまた、ガリガリと私の気持ちを削ってくるのだった。


さらに…


《カトリーヌさんやマリアさんは普通の人間だと思っていたのに》


ラウルの側にいるカトリーヌさんやマリアさんは普通の人間だと聞いて安心していたが、なんと強力な回復魔法が使えたり人間離れした体術を会得しているらしいのだった。私はさらに落胆し、最終的に一番普通の人間に近いゼダ王子とリズ姫の側にいる事が多かった。


「でも彼らも前世の基準で考えたら、凄い武闘家のような力を持っていた…」


「なるほど。それでハイラさんは悩んでいたってわけですね」


「ええラウルさん。だってこんな世界で生きていけるわけないですよ」


「うーん。その気持ちは分かりますよ。僕も幼少の頃にそんな風に途方に暮れたことがあります。ですが、あなたが見た人たちはすべて特殊なんです。他の土地には普通の人間がたくさんいますし、今回呼び寄せた民も皆が普通の人間です」


「そうなんですね?」


「はい」


どうやらこのラウルという少年ですら、子供の頃にそう言う思いをしていたらしい。


「あのハイラさん」


「はいリズ姫」


実は私が悩んでふさぎ込みがちになっていたところ、このリズ姫がラウルさんとモーリス先生の4人で話をしてみないかと誘ってくれたのだった。


「私も彼らと知り合う前は、ただの非力な箱入り娘だったんです」


「あんなに槍の扱いが上手いのにですか?」


「あれは魔人のドランさんからしごかれたからです」


「しごかれた?」


「まあしごいてもらったって言う方が正しいでしょうか?」


「そうなんですね」


「はい。ですからハイラさん!やりようによっては今からでも遅くは無いと思います」


「はあ、そういうものですかね?」


「そう言う事です!ハイラさん。実はマリアだけじゃなく、僕の母さんや実家に勤めていたメイドも驚異的な能力の向上があったのです」


ラウルが言う。


「そうだったのですか?」


「以前は普通のか弱い女の人でした」


「信じられません」


と言ったもののラウルの話を疑う材料も無いので信じるしかない。


「特にメイドの一人は元々魔法も使えなかったのに、今では究極の薬や武器を作る専門家になっちゃいましたから」


「へえ!そんな能力の開花もあるんですね」


「そうそう!」


話を聞いているうちに、ラウルの実家の人々に会ってみたくなってきた。元は普通の人間が今どうなっているのか、実際見る事が出来たなら私も希望が持てるかもしれない。


「ですからハイラさんは気にすること無いと思います」


「ありがとうございます。リズ姫」


「いえ」


「それとのう。同じくして来たニホンジンの面々も必ず何らかの力を覚醒させているようじゃ。ハイラ嬢だけが何も無いとは思えんのじゃ」


モーリス先生が言う。


「そうですか?」


「まずは、こっちに来てすぐに敵が悪であると分かったと言っておったじゃろう?あれも何らかの力の一端かもしれんのじゃよ」


「力の一端?」


「まあ勘のようなものかもしれんがのう」


「よくわかりません。ただ嫌だなって思っただけで。むしろアトム神も嫌いです」


「ぷっ!わははははっは」

「ふぉっふぉっふぉっ!!」


「えっ?何か変な事いいました」


「俺もだよ!」

「わしもじゃ!」


「は、はは。わかってましたよ」


「あ、バレてた?」


「そうじゃな!あんな差別的な事を言う神なぞ好きではないわ!」


「先生、だから私はついて来たのです」


「それならよかったのじゃ」


「俺は出来ればね、ハイラさんを実家に連れて行きたいと思っているんだ」


「え!本当ですか?行きたいです!」


「じゃあいつか連れて行くよ」


「お願いします!」


《ラウルは私が思っていた事を思っていてくれたらしい。もしかしたら彼とはウマが合うのかもしれない…まあ年下だけど》


「ただ今はちょっと手が離せなくてね。じきにそういう機会があると思うから、しばらくは俺達に付き合ってくれるとありがたい」


「わかりました」


そうか。焦る事は無いという事だ。前世でも焦っていた私は、こちらの世界でも焦ってしまっていたのかもしれない。


《頑張っていればいつか結果はついて来るのかもしれない…か…》


そう思う事にしたのだった。


「では気晴らしに4人で街を歩きましょう」


「はい!」


《そう言えば…私はとにかくこの街で気になる事があった》


「あのう…」


「なに?」


「孤児院に行って見たいのですが」


「ああ、じゃあそうしましょう!」


そして私達4人が孤児院へと向かう。孤児院につくと子供たちが院内で遊び、それを女の人たちが一緒に遊んであげていた。


「孤児院はどうです?」


「あの…ラウルさん。ちょっと聞いてもいいですか?」


「なんです?」


「あの、孤児院の…シスターっていうのでしょうか?修道女?あの方たちのあの恰好は、あれでいいのですか?」


「ここでは普通かもしれません」


「ここでは?」


「ええ」


ラウルは言い切った。だけどなんて言うか、肩パットと皮の鎧のような衣装。胸が強調されており腹が出ていて、鎧のようなスカートは短く足がスラリと伸びていた。


《何というか、孤児院の先生というよりアマゾネスって感じがする》


「他では違うのですか?」


「違うのかもしれません」


「そうですか…」


「あとは…いいですかね?」


「あ、あの!教会に行って見たいのですが!」


「ああいいよ」


そして4人は教会に向かった。教会に入ると筋肉隆々の髭と胸毛の鎧を着た男が3人いた。どう考えても汗臭そうに見えるのだが、彼らは祈りを捧げている所だった。


「あの…」


「なんです?」


「ここ、教会ですよね?」


「ええ」


「彼らの衣装はあれであっているのですか?ファートリアのサイナス枢機卿とはだいぶ違うように感じます」


「いや、あってます。ここはファートリアではないのでね、旅の衣装のままでいるのでしょう。そのうち彼らの修道服も取り寄せねばなりませんね」


「なるほど。こちらの神父さんというのはあんなに体を鍛えて、髪も髭も伸ばし放題なのですね?」


「あ、気になります?じゃあそのうちそらせますよ!」


「ラウルさんが言えばやるのですか?」


「い、いや。ゼダ王子の命令とあらば」


「そうですか。リズ姫、リュート王国は昔からこうなのですか?」


「いいえ、全然違います。あんな神父や孤児院の先生は初めて見ました。むしろ私もハイラさんと同じく驚いております」


「えっ!」

「あっ!」

「ほっ!」


ラウルは何食わぬ顔で涼しげな表情をしているが、こめかみを流れる汗を見逃さなかった。そして…その隣にいるモーリス先生の目が一瞬泳いだことも。


《魔人の能力…?》


ふと思ったが、あまりにも怖すぎて頭の中から消し去る事にした。深く考えると何かしら良からぬことがおきそうだ。


《だけど…キリヤ、ハルト、マコ、カナデ…彼女らも全く人が変わっていたように感じる。まさかとは思うけど…》


「さ、さあ!次はどこに行きますか?」


なんとなくラウルが動揺しているように感じるが、ここは目を瞑っていた方が良さそうだ。きっと信じていい人だ…ラウルも先生も。

次話:第544話 魔導書解明の第一歩

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