第541話 盗賊は心を変える
リュート王都ではいつでも人を受け入れる準備は出来ていた。宝物庫から出てきた王族の衣装を着て、俺の直轄の配下達も今か今かと待っている。一般兵の魔人達も町に溶け込み人々の到着を待っていた。
はずだった。
「来ませんね」
「ああ」
ギレザムに言われるまでも無く人々が王都に訪れなかった。ここまで恫喝しながらも金をばらまきリュート国内に広く伝えたはずだった。
「金のばらまきがまずかったのでしょうか?」
「いやカティそんなことはないはずだ」
「なら来てもよさそうですわ」
「たしかに」
俺達が首を傾げているところにゼダ王子が言う。
「ラウル様。私が何かおかしい事をしたんですかね?」
「いや。そんなことはないはずだ、むしろゼダ王子の人気は絶大だったろう」
「そうでしょうか?」
「ああ、間違いなくそうだった」
俺達は正門の城壁の上あたりから街道を見て話しをしていた。しかし見渡す限り人がやってくる様子はなかった。するとモーリス先生も階段を上って城壁の上に上がってくる。
「ラウルよ。もしかしたら何かおかしなことが起こっているのじゃなかろうか」
「おかしなこと」
「うむ。一人も来ない訳がないじゃろ」
「ですよね」
「こりゃ偵察しに行った方が良さそうじゃないか」
「わかりました」
俺は早速直属の配下達を集めて会議を行った。
「大体決まったな」
「「「「「は!」」」」」
なぜ人々が来ないのか訳を探りに調査に行かせる。シャーミリアとマキーナ、アナミス、ルピアの航空部隊は一番遠い西へ。ギレザムとガザムとゴーグのオーガ部隊はマナウよりさらに南へ。ミノス、ドラン、ラーズの強面部隊は北へと向かった。
そしてすぐにその答えは出た。
《ご主人様。どうやら人々の移動を狙って盗賊が出たようです》
シャーミリアから第一報が届く。
《盗賊?いたのか?》
《捕えた者を尋問したとこり、ファートリア方面から流れて来たようです》
《なるほどなるほど、そいつらが邪魔をしてたわけね。市民に被害は?》
《物品を強奪されたようで命を取られた者はいないようです》
《あれだけ派手に凱旋したからな…甘い蜜に寄ってきちゃったか…》
《金の臭いを嗅ぎつけたようです》
《やっぱり。とにかくおっけー。じゃあ全部捕らえて連れてこい、途中にも盗賊の類が居たら捕らえてこい》
《かしこまりました》
甘い蜜に誘われて虫が入り込んでいたとはな…それは失態だな。シャーミリア達ならあっというまに処理してしまうだろう。
《ラウル様》
《おおギルどうだった?》
《魔獣が出てますね。マナウ渓谷を追われた魔獣がこちらに出たようです》
《うわ。それアスモデウスのせいだわ》
《なるほど、マナウ渓谷で間引いていたと言ってましたが、逃げて来たのでしょう》
《魔獣はどうした?》
《討伐しましたので、護衛をしながら人々をお連れするようにいたします》
《そうしてくれ。ギルドが無いから一般人が容易に来れる場所じゃなかったな。これは俺の失態だ》
《我も気が付くべきでした》
《とにかく、3人バラバラに都市に向かって人々を連れてくるようにしてくれ。魔獣の処理は頼む、素材は市民たちと一緒に運んで来てくれるとありがたい》
《は!》
なるほどなるほど、そう言えばそうか、アスモデウスがマナウ渓谷で暴れて魔獣たちが逃げ出したって事か。それも俺の失態だ。ギレザムとガザムとゴーグならあっという間に処分してくれるだろう。
《ラウル様》
《どうだったミノス?》
《クリフムートの群れが道を塞いでおります》
《ああ…なるほど》
《我々が乱獲したのに怒って人里に降りて来たのでしょう》
《そう言う事もあるんだな。山から下りてこないんだと思ってた》
《やはり魔獣ですから。怒らせればそうなるかと》
《お前達で追い払う事は出来るだろう。威圧で何とかなりそうだが》
《まあそうでしょうな。威嚇して追い払う事にしましょう》
《そのうえでリュート王都に来たい人たちの護衛をして連れて来れるかね?》
《容易い事かと。まあ我とドランでは人間を怖がらせます故、ラーズの仕事になると思いますが》
うん。ラーズはどこにでもいる普通のおっさんのようないでたちだからな。人間もビビらず話を聞いてくれるに違いない。クリフムートを乱獲させた俺のミスだな。ミノス達ならすぐに処理してくれるだろう。
「ふうっ」
俺は思わず浮かれていた自分の失態に、ため息をついてしまった。
王城の一室で俺とゼダが話をしている時に念話が繋がり魔人の部下達から、全部自分のせいだと聞かされてがっくりきているところだ。
「ラウル様どうされました?」
「いやすまない。俺の見立ての悪さが影響して人々が足止めを食らっていたらしい」
「そんなラウル様の責任では」
「いや。間接的に俺のせいなんだ。ゴメン」
「あ、あたまを上げてください!ラウル様に責はありませんので!」
「とにかく。俺の配下達が後始末をつけるからもう少し待ってくれるか?」
「もちろんです」
「とにかくもう少ししたら人民が来ると思う」
「わかりました」
「じゃあ、魔人達の街の修復などの進み具合を確認しにいこうか?」
「はい」
俺とゼダが王城を出て街を確認する事にした。俺とゼダが部屋を出ると入り口に立っていたファントムがついて来る。
「あ、ラウル様どちらへ?」
「ああ、カティ。王都内の視察だ」
「では私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「いいよ」
「リズも一緒でも?」
「いいよな、ゼダ」
俺がゼダに聞く。
「かまいません。リズもおいで」
「はい」
そして俺とゼダとカトリーヌとリズが王城の外に出た。
「ところでカティ。先生はどうしたんだろう?」
「王立図書館に入ったっきり出てきません。マリアさんと一緒なので身の回りの世話はしていると思うのですが」
「ああなったら先生は放っておいていいよ」
「大丈夫なのですか?」
ゼダが聞く。
「ああ、集中して耳も貸さないと思うから」
「そうなのですね」
どうやらここの図書館にも、モーリス先生のお眼鏡にかなうような文献があったらしい。そうなると数日は出てこないだろうが、マリアが食事や身の回りをしてくれているのなら大丈夫だ。
城の門の所にくると魔導鎧が門番のように立っていた。
「しかし面白いですよね」
ゼダがヴァルキリーを見て言う。
「だろ?」
「まるで生きているようです」
「まあ、ある意味生きてるけどね」
「ラウル様と居ると御伽噺の世界にいるようです」
「俺自身がそう思ってるよ」
「ふふっ」
《ヴァルキリーもついてこい》
《は!我が主》
ガシャンガシャン
俺達の後ろをヴァルキリーがついてくる。俺達が街中に出るとカララとルフラが、魔人達に指示を出しながら仕事をしていた。
「ご苦労さん。順調かな」
「修復はほとんど終わりです」
「二人のおかげでだいぶ早く進んだみたいだ」
「大型の魔人が少ないので、少し手間取った部分もございましたが私達で補助をしました」
「助かる」
カララがアラクネの糸で建物の資材を運んだり、補修したりしてくれていたみたいだ。また補強の固定の時にはスライムのルフラが手伝って、高所の破損部分などを修復したようだ。二人は自分達の能力の使いどころをよくわかっているようだ。
「怪我をした魔人などはいるか?」
「おりません。1次及び2次進化を遂げた者達ばかりですので、問題はありませんでした」
「よかったよ」
「それでラウル様。市民のめどはついたのですか?」
「それがいろいろあってな、これからシャーミリアやギレザムやミノス達が連れて来てくれるそうだ」
「なら問題はございませんね」
「ああ」
都市内を巡回して問題になりそうな場所は無かった。これなら市民も安心して暮らす事が出来るだろう。洗脳兵はエミルが来ないと大量輸送出来ないので、それまでは魔人達が兵士としての役割を担う事になる。
そして、それから一週間ほどが経った。
《ご主人様。もうまもなく第一陣が到着いたします》
《ようやくだなシャーミリア。市民たちに問題はありそうか?》
《いえ。アナミスが調べました(スキャン)ところ問題は無いようです》
《上出来だ》
どうやら西の人々は問題ないようだ。
《ラウル様。こちらも問題なく到着しそうです。一番距離が近いのに時間がかかりました》
《大丈夫だミノス。シャーミリア隊もまもなくだそうだ。人々に問題はありそうか?》
《いえ。ラーズがきちんと話を通して連れてきておりますので問題はありません》
《了解だ》
どうやら北の人たちも問題なく到着しそうだ。
《ラウル様》
《ギル!どうだ?》
《3都市からの人間を護衛しつつ進んでおります。問題はございません》
《了解だよくやった》
《ありがとうございます》
そして俺達は受け入れの準備を整えた。しばらくすると第一陣のシャーミリア達が連れてきた市民が王都に着いた。ゼダ王子とリズは既に王城前の広場に待っている。俺とファントムが入り口で待っていた。
「ようこそ!いらっしゃいました!どうぞお入りください!」
門を開け放ちすべての人をノーチェックで入れる。
《まあ…アナミスがスキャン済みだからノーチェックではないけど》
「シャーミリア!ルピア!アナミス!マキーナ!ご苦労さん。それで?」
「あちらにおりますのが盗賊たちです」
「……えっ!あんなにいんの?」
「はい」
綱に繋がれた人間達が延々と続いていた。
「何人?」
「137名にございます」
「うっそ、そんなに盗賊入り込んでたんだ」
「はい」
やはり派手にお金をばらまいたり、凱旋パレードなんかをやったりしたから鼠がはいりこんでいたらしい。
「おっけ。じゃあアナミス!やろうかね」
「はい」
俺は門の外に作ってあった大テントにアナミスと入り込む。そしてシャーミリアに伝えた
「シャーミリア!いいよ!」
「かしこまりました」
「おい!お前!」
「は、はいいいいい!」
先頭の盗賊の男が縄をほどかれて前に来る。短髪の筋肉隆々の男がシャーミリアに対して滅茶苦茶ビビっているようだ。相当恐ろしい思いをしてきたらしい。
「この天幕に入っていいぞ!」
シャーミリアが促す。
「は、入るので?」
「虫けら。質問などしていいと思ったのか?」
男は言葉を失い、そろそろとテントの中に入って来た。
「いらっしゃーい。遠いところよく来たね」
俺はアナミスの後ろに立って男に声をかける。
「へっへえ…」
盗賊はぺこりと頭を下げた。
「まずそこの椅子に座って!せっかく来たんだし力を抜いて怖がらなくていいよ」
スッ
アナミスが手を差し伸べて、俺がアナミスに魔力を注ぎこむ。盗賊の男は眠るように頭を下げて意識を手放した。
「じゃ、書き換えようか」
「どのようにいたしましょう」
「うーん。コイツは神父にしよう」
「神父でございますね?かしこまりました」
俺の魔力を注がれたアナミスが、盗賊の魂核をいじり始める。
「起きろ!」
「は!」
スッと男が目を覚ました。
「神父様。よくいらっしゃいました。教会勤めになりますがよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
男が丁寧にお辞儀をして、ゆっくりとした動作でテントの反対側から抜け出て行った。
「次の方!」
するとシャーミリアがまた男を送り込んできた。頭が剥げているが筋肉隆々で胸毛が生えていた。
「あ、あの!なんかあるのか?」
ビクビクしている。
「うん、大丈夫!」
「はあ…」
「これは…木こりかな?」
「かしこまりました」
そしてアナミスがおでこの前に手をかざす。俺が魔力を注ぐと書き換え作業を始めた。
「起きろ!」
「はい!」
「木こりの仕事は大変だろうが、ぜひ市民のためによろしく頼む!」
「もちろんです!任せてくだせぇ!」
男はテントの反対側から胸を張って抜け出て行った。
「次の方!」
「はい!」
シャーミリアが返事をし、次に入って来たのは女だった。女盗賊は顔の方はぼちぼちだがいい体をしていた。
「…えっと…これは、孤児院のシスターでいいかな」
「はい」
アナミスはおでこに手を当て俺が魔力を注ぐ。
この後も魂核の書き換え作業はドンドン続いて行くのだった。137名もいると街の足りない職を補う事が出来る。これなら郵便屋さんや大工さんなども作れそうだ。シャーミリア達が遠路はるばる連れて来てくれた人材を有効活用するため、秘密のテントでは魂核の書き換えを淡々と行うのだった。
しかも…
嬉しい事に!ギレザム隊もミノス隊も少なからず盗賊を連れて来てくれたのだった。さすがは俺の直轄の部下達、彼らの利用価値を分かって怪我をさせずに連れて来てくれた。俺は部下の優秀さに、ただただ感謝するのだった。
次話:第542話 潜在能力




