第534話 聖人のわがまま
ファートリア神聖国の復興については、ほぼめどがつきそうだ。特に光の聖痕はデモンの障害となるため、むしろこの国に有利に働くことが分かった。敵は間抜けにも自分たちの障壁になるものをこの国に残して行ったのだ。そう考えると全て順調に行きそうな予感がする。エドハイラが言葉を発するまでは。
「どうしてじゃ!」
アトム神がめっちゃ慌てて叫ぶ。
「いきなり違う世界に呼びこまれて、なぜそこの神様の言う事を聞かなければならないのか分かりません!しかも無条件で命令を聞く理由が全くありません!」
うん正論。
だがアトム神は全くの心外だ!というような顔をしている。
《いや…だって日本人がいきなり連れて来られて、おかっぱの子供のために働けって言われても納得いかねえよ。あってるのはおかっぱってだけじゃねえか。アホじゃね?》
「ん?」
座敷童が振り向くので、俺とカトリーヌが一礼をする。
《なんで悪口だけ敏感に察知すんだよ》
「ま、まて!そなたは目覚めたばかりで気が動転しておるのじゃ」
アトム神がさらに慌てている。
「いえ、私はいたって冷静です。たまたま派手なクラブの前を歩いていたら、光に包まれて気がついたらここに来てたんですよ。いきなりこの国のために働けと言われても全く意味が分かりません」
「いやいやいや!ち、ちがうのじゃ!余は神様なのじゃぞ!人の神様!みんなの寵愛を受けて力をつけた生みの親なのじゃ!」
「は?私のお母さんは絹代です。お弁当を毎日作ってくれて、私の学費を払ってくれていてたまにスイーツとか買ってきてくれて。買い物ポイント集めが趣味の良い母です」
「余がおぬしの母だとは言っておらん!」
「だから!私は母の為なら頑張るかもしれないけど、神様の為に頑張ろうとは思っていないと言ってるんです」
「な、なんでじゃ?栄誉じゃぞ!選ばれた人間じゃぞ?」
「選ばれなくても、自分で選びます」
「何を選ぶというのじゃ!」
「私はシンガーになりたかった」
「しんがあ?なんじゃそれは?」
「歌い手」
「うたいて?なんじゃ?」
「歌を仕事にする人よ」
「そんな仕事はない」
「前の世界にはあるの!でもお母さんは公務員を進めていたけどね。だけど私が通っていた学校はシンガーも何も関係ない、医療系の大学だったけど」
「矛盾しておるのではないか?職種はよくわからんがバラバラではないのか?」
「私の世界では矛盾してないの!こんなの普通の話だわ」
アトム神がたじたじになっている。あんなに偉そうな雰囲気が微塵もない。どうやらエドハイラの迫力と芯のある雰囲気に押されているのだろう。
「アトム神様!いきなりでは彼女も迷う事もございましょう!この話はまた時間をずらして行ってはいかかでしょう?」
サイナス枢機卿が慌てて止める。
「枢機卿さん?私の気は変わりませんよ!」
エドハイラが食い下がる。
「あ、あなたもそんな強く言わんでも…」
「いえ!こういうことはハッキリ言っておいた方がいいのです!」
《うん!気に入った!強いぞ!自分がきっちりある!雰囲気にのまれないあたりがいい!》
「あの、ハイラ様?アトム神様は絶対結界にてあなたをお救いになった御方ですよ?」
たまらず聖女リシェルが口をはさんだ。
「はい。それは分かっています。その恩返しは何かでしたいとは思っていますが、言いなりになるというのは違います」
「あなたの言い分はわかります。ですがこの世界にはこの世界の理という物が御座います。元の世界がどうあったのかはわかりませんが、こちらの世界で生きるために従わなければならない事もあります。もちろん無理にとは言いませんが、それを通すにはそれなりの覚悟と責任を伴いますよ」
「覚悟?」
「ええ、覚悟です。極端な話をすれば、もしこの国のために働けないのであれば、異分子であるあなたは国外追放になる可能性もあるのです。この世界で右も左もわからず一人で生き続ける事など出来ませんよ」
「そんな、私は来たくて来たわけじゃないのに?」
「それも重々承知しております。ですが今ある状況は全てです。それ以上でもそれ以下でもなくこれが現状なのです。もちろん我儘などとは申しませんが、元の世界に帰るあてがない以上、生きるための選択をするのがよろしいと提案いたします」
「それは…まあ…」
聖女リシェルの言う通り確かにエドハイラに行く場所などどこにもない、ここを放り出されたら天涯孤独で生きるすべなど無いのは確かだ。それだけに嫌でもここの誰かに従って何かをしなければ未来は暗い物になるだろう。エドハイラに強い後ろ盾がない以上、強い事を言えなくなってしまったようだ。
「聖女リシェルよ!良く言うた!そのとおりじゃ!エドハイラよ!おぬしは身寄りがないのじゃ。元の世界に戻るすべがない以上、余の言う事に従うしかないのじゃぞ!わかったら言う事をきくのじゃ!」
アトム神が勝ち誇ったように言う。たしかに聖女リシェルの言うとおりだろう。エドハイラにはこの世界に後ろ盾も無く、生きるすべもない。文明の発達した国から来た人間が生き延びる事など不可能だ。もちろんエドハイラに選択の余地はない。
俺が居なければ。
「ちょっとまってください!エドハイラさんの言う事は否定してはいけませんよ!まだ可能性があると思います。もしこのままこの地に残ったとしても、能力が開花しないかもしれません!現にイショウキリヤ君は、私たちとのリュート王国遠征によって力をつけました!可愛い子には旅をさせろという言葉もございます!もし可能であればエドハイラの見分を広げるためにも、私に預けてみるというのも一つの手ではございませんか?」
思いっきり口から出まかせが出た。
「な!なんじゃ!なんでおぬしが連れて行くのじゃ!」
アトム神が思いっきり不快な顔をして言う。
「よくぞ聞いてくださいました!アトム神様!」
《えーっと何て言おう》
「なんじゃ?」
「えー、キリヤ君を見てください!彼は力の制御が下手で、あまりうまく魔法を扱えませんでした!しかし今では彼の土魔法は建設作業の土台なども作れ、皆の飲み水の水路を作って作業の補助もしています!まさに、ファートリア神聖国の為に役に立っていると言えるでしょう!ですがエドハイラはどうでしょう!いまだ力の発現もなく役に立たないかもしれませんよ!このまま高位な地位をもらったとしても何もできなくなるでしょう!修行だと思って私にお預けください!」
「……」
「……」
「……」
アトム神もサイナス枢機卿も、聖女リシェルも神妙な顔をしている。しかし彼らの後ろにいるモーリス先生が今にも吹き出しそうな顔で俺を見ていた。彼だけは俺の真意を見透かしているようだ。
「うむ…なるほどのう」
「確かに一理あるかもしれんのう」
「はい。私の言葉で彼女の選択肢を潰すところでした」
《よし!神と聖人が納得した!》
「彼女はきっと、とても大きな責を負っているのだと思います。私が責任をもって彼女の能力を見極めましょう。これまでにも龍神や精霊神、虹蛇などを見て来たからこそしっかりと分かるのです!」
《まったくわからないけど!彼らは勝手に受体してああなったから!》
「龍神や精霊神をのう…」
アトム神がしみじみと言う。
「はい!彼らを見て来た私なら彼女の可能性がわかります!」
「アトム神様!ラウル殿の言葉は一理ございます。本当に彼の周りにはそうやって目覚めた人が多すぎる。きっとエドハイラ様も目覚めると思われます」
枢機卿も肯定した。
「ふん!なんとなく気に入らんが、それは認めざるをえないじゃろ。それでは余は待つとしよう!」
「ありがとうございます」
《よし!クロージングできた!》
するとエドハイラが俺に勝手に決められた今の事に不服をのべる。
「私は誰の言う事も聞きたくありません!」
「まあとりあえず、ここはこれで収めてください。もちろん私はあなたの意見を最大限に尊重する方向でおりますよ」
「まあ…これ以上はどうしようもないか。とりあえずどうすればいいの?」
これまで頑なだったエドハイラが折れた。
「私達の作戦に同行すればいいだけです。何もしなくていいですよ」
「同行するだけ?」
「はい」
「わかったわ」
エドハイラも渋々納得したようだ。そうしないと平行線でいつまでもこの話は進まないからだ。
「と、言うわけで!エドハイラさんを抜きにした、5人のニホンジンを代わりに預けていきます。続けてこの地で復興作業という勤労をしていただきます。魔導士も騎士もたくさんいますので、人は足りていると思います。5人の日本人の指揮はカーライルがやればいいと思います」
「私が?」
「はい。カーライルが自分に課してる日々の鍛錬と全く同じものを彼らに」
「えっ?私がやっている事と同じことを彼らに?」
「ええ。みっちりと仕込んでやってください。そうですね…オージェの指導のように厳しくやっていただいたら良いかと思いますよ」
「わかりました。最善を尽くしましょう」
《よし、俺とアナミスの書き込みがあるからな。そこにカーライルの鬼の指導が加われば、再びパーフェクトソルジャーが完成する事だろう》
とりあえず話はまとまったかに見えた。
「それと女神の息子よ…ちょっといいかな」
アトム神がポツリという。
「はいどうぞ」
「いや、すまんが余と息子とカトリーヌだけにして人払いを」
「わかりました」
サイナス枢機卿が言ってみんなが部屋を出て行った。
「どうしました?」
「悪いが、お前の家族に会いたいのじゃ。いや…むしろどうしても会わねばならんようじゃ」
「私の家族?ユークリットの女神とその子にですか?」
「そうじゃ。今の会議で余は気が付いたのじゃ」
「気が付いた?何にです?」
《お前が何でも自分の思い通りにして、うまくいかないって事にか?》
「そろそろ時期が来ておるのかもしれん」
「次期ですか?言っている意味が分かりません」
「その前に龍神と精霊神、虹蛇に会っておきたいところじゃ。彼らはいつ帰るのじゃろうな?」
「仕事が終われば帰ると思いますよ」
「そうか…ならば余はしばらくここに滞在し、枢機卿達と国を再興させるために動くとしよう」
「はい。必ず連れてきます。私の部下もこの都市から少し離れた場所に待機していますので、都市の事は完全にファートリア人にまかせますが資材などのご用命はどうぞしてください」
「ふむ、わかった。ではそのようにさせてもらおう」
《こんな得体のしれない神様を、イオナとアウロラに合わせるだなんてもってのほかだ》
「さらに敵兵がファートリア国内に残っている可能性もありますので、他の部隊が各地を調査しております。しらみつぶしにした後で全て報告を入れますのでご安心ください」
アトム神がコクリと頷く。
だが俺はその時、虹蛇の言っていた必然の言葉を忘れていた。アトム神が俺の家族に会いたがっているのには、意味があるという事に。だがまずはファートリアの正常化とリュート王国の復興が先決だ。
《ラウル様》
そんな時ドランから念話が繋がるのだった。何かあったらしい。
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