表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
534/952

第532話 目覚めた聖人

何日もアトム神が説教をするなどの日課を経て、ようやく絶対結界を解きに行く事となった。そもそも人間の時間軸と神が同じく動かない事くらいは分かる。しかし自分が助けてやった者だとはいえ、閉じ込めてしまった人間の事を思ったらすぐに解除してやろうという気にならないのか。能天気な感じは元虹蛇と一緒だが、そういった気遣いは元虹蛇の方がはるかに出来ていた。アトム神と元虹蛇は似て非なるものだ。


「なんで…おかしいな…もっとこう…グッと…」


ずっとだ。


アトム神は俺達と地下に向かうあいだ、ずっとブツブツと愚痴っている。どうやら人間達の愛が、自分に対ししっくりこないのが相当嫌だったらしい。


《自己犠牲の精神がなんたらかんたらと毎日人間達に説いていたのは、なんだったんだ》


アトム神自身に全く自己犠牲の精神が無い。


地下に向かっているのは、アトム神、サイナス枢機卿、聖女リシェル、ケイシー神父、モーリス先生、カトリーヌとマリアと俺だった。カトリーヌとマリアはアトム神が動くのを待つ数日、俺とモーリス先生で魔力の効率化や兵器との整合性の調整を行った。


「あの、アトム神様」


「なんじゃ息子」


既にユークリットの女神の息子から、息子と略されるようになった。


「なぜ異界の一人だけを結界で覆ったのです?」


「なんでって?おぬしそんなこともわからんのか!相変わらずどんくさいな!」


「すみません。愚かな私にお教えください」


「あの子だけが心底嫌がっていたからじゃ」


「というと他の5人は嫌がっていなかったと?」


「そうじゃ。むしろ楽しんですらいたように思うぞ」


なるほど…それはなんとなくわかる。死んだアラカワリョウジ、ナガセハルトとイショウキリヤも戦闘を楽しんでいるように見えたし、ホウジョウマコは男を手玉に取るのを喜んでいた。キチョウカナデに至ってはドラゴンを透明にして使役するという、絶対的優位な力を思う存分ふるっていたしな。


「わかります」


「じゃがあの子だけは異界に未練を残し、呼び寄せた者どもに恐怖を抱いておったのじゃ。困っている者を助けるのは余の務めである」


「わかりました」


《えっと…って事は異世界の6人が呼ばれたとき、お前はここに居たって事か?》


「ん?」


前を歩いているアトム神がこちらを振り向いた。俺とカトリーヌとマリアが深く頭を下げる。


《きちんと詳細を聞きたいのだが、アトム神と周りの雰囲気がそれを許さない。デモンが来た事も知ってたし、こいつは絶対何か知っていると思う》


全員が最下層前にたどり着くと人間の護衛が扉の前に4人いた。俺達がルタンから連れて来た、オージェと俺とアナミスのガッツリ洗脳組だ。


「ご苦労…」


アトム神が言うと一応4人が頭を下げる。


「お疲れさん!」


「「「「ありがとうございます!」」」」


俺が声をかけると大きな声で返事をして会釈する。それを見たアトム神が何やら怪訝そうな顔をするが、俺は何も無かったようにシラっとした顔をした。


《うん…今のは不自然だったわ》


4人の見張りが扉を開けてくれたので、俺達が中に入って行く。


「なんじゃろ…余の可愛さに気が付かなんだのか?それとも信仰を忘れて響かんのか?いずれにせよ余の力が弱まっているのじゃろうな」


ぶつぶつ言ってる。


「いえ。そのような事は無いと思われます。きっと彼らも疲れておるのでしょう」


「うむ枢機卿よ。恐らくはそうじゃろうな」


《いや、たぶん龍神と魔神と配下のせいだよ。だけどそれはお前自身の身から出た錆でもあるがな。お前の力が弱まっているのはお前のせいだ》


「ん?」


アトムが振り向いて、俺とカトリーヌとマリアが深く礼をする。


《なんか俺の悪口の思いだけは、めっちゃ敏感に反応するのはなぜだ?》


扉の奥に進み、あの巨大魔石が浮かぶ部屋に入る。壁には人間が灯したと思われる松明が灯り、相変わらず中心で巨大魔石が回り続けている。


「おお!なんと…可哀想にのう…泣いておるではないか!」


《はあ?お前がずっと放っておいたからだろうよ!自分のせいだって言う自覚をもてよ!自覚を!なんで他人事なんだ!馬鹿!》


「ん?」


アトムが振り向き、俺とカトリーヌとマリアが深くお辞儀をする。


「すぐに出してあげよう」


《だから、ここに到着した日にそれをしてやれよ!なーにがすぐに出してあげようだ!》


アトム神がピクッと立ち止まるが、すぐに巨大魔石の下に進んで手をあげた。するとあっという間に巨大魔石が消えて、中心部分に人が横たわって浮かんで眠っていた。ふわふわとゆっくり床に下りて来る。すうっと床に横たわり寝息をたてていた。


《なるほど》


アトム神がなぜ助けてあげたのかなんとなくわかった。顔立ちの美しい日本人で髪型がボブカット、前髪をぱっつんに切り揃えた女性だった。要は自分の大人版のような容姿の彼女に同情したというわけだ。いたって単純だ。


「可哀想にのう…」


結界に閉じ込めた本人が言う。


「目覚めませぬな?」


サイナス枢機卿が言う。


「生きてますよね?」


俺が言う。


「なんじゃ!寝息をたてておるじゃろうが!息子の目は節穴か?」


「すみません」


うーむ。だんだんと俺に対しての風当たりが強くなってきたように思う。


「こういう時はやさーしく起こしてやるのじゃ。おぬしにはそんなことできんじゃろうがな」


アトム神が物凄く勝ち誇ったような顔で言う。


《確かに…俺に風当たりが強いから、俺自身がアトムに色眼鏡をかけてしまっているのかもしれない。自重しよう》


アトム神が眠った女にそっと近づいて行き、傍らに座った。その絵は慈悲深い神様が哀れな子に手を差し伸べるような感じだった。その光景にサイナス枢機卿は聖女リシェルが感動しているようだ。確かに神々しさを感じるシーンである。


「さあ…迷える子よ。余にその健やかな笑顔を見せてごらんなさい。あなたにはもう恐れるものはどこにもないのです。光に導かれるままに目覚めるがよい」


どうやら眠る女は少しずつ覚醒しているようだ。薄っすらと目を開き始め、ようやく長い眠りから目覚めようとしていた。


バッチーン


「え?」

「は!?」

「なに?」

「なんですと?」

「どうして?」

「あれ?」


俺、カトリーヌ、マリア、サイナス枢機卿、聖女リシェル、ケイシー神父の順に素っ頓狂な声をあげた。モーリス先生にいたっては言葉を発さずぽかりと口を開けている。目覚めた女が思いっきりアトム神の頬をひっぱたいたからだ。


ゴチン!


「痛!」


目覚めた女の第一声は「痛い」だった。アトム神があまりの事に驚いて手を離し、女が床に頭を打ち付けたのだった。頭をさすりながらムクリと起きあがる。


「な、なな、なんじゃああ!おぬしはいったいなんじゃああ!余はおぬしを助けたというに、何故におぬしは余の頬をはたくのじゃ!」


「あなた達はだれ!ここはどこ!」


ズサササ


目覚めた女は怯えるように後ずさりして遠ざかる。皆はあっけに取られてポカーンとしていた。


《ぷっ!くっくっくっくっ!ビンタされてやんの》


アトム神は未だに頬をおさえてフルフルと震えていた。あまりのショックに少し涙をためているようにすら見える。いや涙をためている。


「あ、アトム神様!きっと彼女は目覚めたばかりで動転しておられるのです! 」


聖女リシェルが慌ててアトム神の前に跪いてフォローしている。


「ど、動転?」


「はい!きっと我々の全員を敵だと思っているのでありましょう!」


「敵?」


「そう敵です。まずは敵では無い所をお見せする事が先かと」


「ふ、ふはは。そ、そうじゃな!もちろんそうじゃ!余は頬をはたかれたくらい、なんということはない!人間達が愛するアトム神なのじゃからな!」


「はい!そう思います」


「そうじゃな!頬がジンジンする気がするが、そう言う事もあるのじゃな!人間は弱い生き物であるからのう!」


「そう言う事にござります」


聖女リシェルが震えるアトム神をどうにか宥めたようだ。まだ気が収まらないようだが少しは大人しくなりそうだ。


「えっと。エドハイラさんでよかったかな?」


俺が言う。


「なぜ、私の名前を?」


「一緒に運ばれて来た人たちから聞いたんだ」


「一緒に…あの人たちはどうなったの?」


怯え切った眼で、綺麗な顔のおかっぱ女性は俺に聞いて来る。


「一人はダメだった。あとの4人は無事に生きてるよ。今はこの世界の人たちと街づくりに励んでいるんだ」


「街づくり?」


「あなたを呼んだ悪魔たちに都市が破壊されまくってね。そこをこの世界の人たちが何とか取り返して、直しているところなんだ」


「嘘…」


「嘘じゃない。ちなみにいま君がビンタした人は、その悪魔から君を守った神様なんだけどね」


「えっ!うそ!」


「本当」


エドハイラはめっちゃ焦った顔でアトム神を見る。アトム神が少し涙目になっているのを見てフルフルと震え出した。


「す、すみません!ついあの私を呼び出した人の仲間だと思って」


「よ、よいのじゃ!動転していたのであろう?余はそのような事で怒る事は無いのじゃ」


顔が真っ赤だ。たぶんまだ怒っている。


「それで…ここに居る皆さんは?」


「本来のこの国のお偉いさんや、隣の国の大賢者、そして貴族の息子とその伴侶と従者かな」


「あの、私は悪魔と戦うのだと、あの悪魔に言われたのです」


「ほう!君は呼び出した奴が悪魔だと分かったのかい?」


「不思議な事ですが、感覚的にわかりました。世界に仇を成すものであると」


エドハイラは確信した目で話す。


「なんじゃと?」


そこにアトム神が食いついた。


「すみません!」


「まあ頬を叩いた償いはおいおいすればよい!」


《それはさせるんだ》


「仇を成すものだと分かったと申すか?」


「はい」


「よもや異界の者がそのような…」


アトム神が何やら一人で納得している。俺達には何のことかさっぱりだった。


「ふむふむ」


《おいおい、一人で納得してるんじゃねえよ。俺達が周りにいるんだから説明しろよ》


「枢機卿よ。この者がこの国を救うであろう」


「そ、それはどういう?」


「使いじゃ。異界から余に遣えるように現れた者じゃ」


「お遣い様…」


「そうじゃ」


《どういう事だろう?俺には何を言っているのかさっぱりだった》


ふとモーリス先生を見ると俺を見て頷いている。どうやら何かを知っているらしかった。今はとにかく聞く雰囲気じゃないから黙っておこう。あとでモーリス先生から聞く事にする。


「やはり、そなたを救ったのは間違いではなかった。よもや異界のものとはのう…なにかひっかかるものがあったが、あの時は切羽詰まっておったからのう」


「それは?」


エドハイラが聞く。


「余の存在を悟られる前に、ここから消えたのじゃ。そなたが気になり絶対結界で包んでおいて正解じゃったわ」


「絶対結界?」


「ともかく地上にでて話をするとしよう」


どうやらアトム神は、エドハイラが同じおかっぱ頭だから助けたわけでは無かったようだ。何か引っかかりがあって、直感的にデモン達から守るべく絶対結界を張ったようだった。


少しは勘が働くらしい。少しは。

次話:第533話 日本人の確執


いつもお読みいただきありがとうございます。

ぜひブックマークをお願いします。

気に入ってくださったら評価もいただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 1話ごとに高まるアトム神のクソガキ感よ てか、この世界の人間作ったのはアトム神なんだから、脆弱さも含めて人間の欠点は全てコイツが原因なんだよなぁ…… 自分大好きで信仰心集めに執心するあたり、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ