第531話 神が求めるもの
綺麗ごとを言う座敷童はサイナス枢機卿や聖女リシェルに、もっともらしい講釈をたれて満足したようだ。確かに立派な事を言ってはいるが、ちょっとどうかなと思う。
《まあ…それはさておき、あの地下の魔石をどうにかしてもらわなきゃならない。コイツが最後にあれを守るべく絶対結界を張ったんだ。中の人の話も聞きたいし魔石粒の謎も聞かなきゃならない》
サイナス枢機卿と聖女リシェルは感銘を受けた顔をしているが、ケイシー神父はそうでもないらしい。それっぽい顔をしているが、俺には分かる。コイツには全く響いてない。
「それでアトム神様!実はこの地下にも絶対結界を張ったと思うのですが、あれは何故ですか?」
「ん?ユークリットの女神の息子よ。おぬしはそんなこともわからぬのか?」
「すみません!勉強不足でして…彼女はこの世界の人間じゃないと思うんですが」
「絶対結界は何者をも選ばずじゃ、違う世界の人間じゃろうと関係ないわ」
「加護は及ばないのですよね?」
「勘が悪いのう。それとこれとは別なのじゃ」
「すみません」
まあいい。とりあえず連れて行って処理をしなければ先に進めない。まずは地下のあの部屋に連れて行こう。
「分かればよろしい」
「ところでアトム神様。あの地下の魔石なのですが」
「今はそれどころではない」
「えっ?」
「それで枢機卿よ。この都市には今どれくらいの人間がおるのじゃ?」
「騎士と魔導士を合わせて、3000ほどはいるかと」
「ふむ…」
アトム神が何かを考えているようだ。
「きちんと祈りを捧げておるか?」
「もちろん日課とさせていただいております。ファートリアの民として当然の事、元バルギウスの騎士などもおりますが欠かさずさせていただいております」
「なぜじゃろうな…」
「どうかなされましたか?」
「それだけの魔導士や騎士が祈りを捧げておると言うのに、余の力が上がってこない気がするのじゃ」
「まだ祈りが足りないのでしょうか?」
「どうじゃろう?心から余を向いていないのかもしれない」
「心から祈りを捧げていないと?」
「まさか我が子らがそのような事はないはずじゃがな」
「それではこれからは、よりいっそう精進し続ける事にいたしましょう」
《そういえば、アトム神に対して人間の祈りが足りなくて力が落ちてるとか、前の龍神だったかが言ってた気がする。もしかしたらその事を言っているのかもしれない》
「余が人民の前に行くとしよう」
「アトム神様が自らでございますか!」
「ふむ」
「ありがとうございます」
《うーん。俺は早く地下のあの絶対結界を解いて欲しいんだが。まあ仕方がない…ここはファートリア聖都、彼女のおひざ元だからな》
「では皆を広場に集めるといたしましょう。大聖堂は既に無くなってしまいましたゆえ、仮設の教会があります。その前に広場があります故そこに」
「しかたないじゃろうな」
皆が急いで、俺が渋々…いやケイシーも渋々みんなについて行く事にした。どうやらアトム神の直々の話があるらしい。
「ケイシーよ。信者たちを集めるのじゃ!急ぎ声をかけて皆を広場へあつめよ!」
「えっと、皆いろいろと作業中で忙しいと思うのですが」
「アトム神様の直々のお声が聞けるのじゃ!すぐに動きなさい」
「わ、わかりました!」
後ろを歩いていたケイシー神父が、枢機卿に尻を叩かれて早足に走って行った。
《いや、そんな…みんな自分の予定で忙しく働いてるんだからさ、強制的に集めてはいけないと思う。まあ魔人達は俺が断っても勝手に集まってくるから人の事言えないか…》
そして俺達は広場へと出た。そのあたりに光の柱が立っているので俺はそれには近づかないようにしている。
「光の聖痕がでておるな」
「光の聖痕でございますか?」
サイナス枢機卿が聞く。
「うむ。恐らく聖痕が強制的に刻まれた人間が死んでしまったのであろう」
「これは、そう言う物だったのですか?」
「じゃが、こんなに大量に立ち並ぶとは何をしたらこうなるのか?」
「それが…」
サイナス枢機卿が魔石粒を手に取りアトム神に見せる。
「魂石か…」
「魂石でございますか?」
「うむ。輪廻螺旋の石と言えばよいじゃろうか?」
「それはいったい」
「まあ、わからんじゃろうな。魂核の更に奥底に関係する物じゃからな」
「そうなのですか」
モーリス先生の耳がめっちゃ大きくなってる。きっと聞きたくてしょうがないのだろうが、ここはモーリス先生が勝手に話して良い雰囲気じゃないので黙っている。
《そして…俺にはそれがなんとなくわかる。西部の人間の魂核をいじりまくった時に、その輪廻の始まりに触れた気がするからだ。あれに触れてからは俺も魔人も何かが変わって来た》
広場で待っているとぞろぞろと人々が集まって来た。ケイシーが数人の魔導士に手分けして声がけをさせたらしい。あっという間に広場が埋め尽くされていく。
「アトム神様。およそ全員がここにあつまりました」
サイナス枢機卿が見渡して言う。
「うむ」
アトム神が皆の前に歩んでいくと、枢機卿が大きな声で言う。
「皆さん!アトム神様が聖都にお戻りになられました!お話をしていただける機会を作っていただいたのです」
「アトム神?」
「子供?」
「本当に?」
ざわざわし始める。どうやら本物かどうかを信じられないでいるようだ。
「我が子らよ!心鎮めなさい~」
アトム神が言うと皆が静かになった。話を聞く体制になったらしい。
「我が子らに加護を与えるといたしましょう!首を垂れなさい」
皆が言われるように頭を下げた。するとアトム神から一気に光が広がって人々を舐めるように広がって行く。
「いいでしょう」
ざわざわざわざわ。魔導士たちや騎士がざわついている。今何が起こったのかわからないようだ。
《もしかして…魂に干渉した?俺が書き換えちゃったから二重干渉にならないかな…》
一抹の不安を抱く。
それからしばらくはアトム神のありがたい話が続く。真面目な顔をして人々が聞いているが、もしかしたら半々しか入っていないのかもしれない。俺が表情を見る限りでは心酔しきっているようには見えない。
「…というわけじゃ」
アトム神の長ーい話が終わった。
《なげえよ》
「ん?」
アトム神がこちらを振り向くが、俺とモーリス先生は深々と頭を下げた。
「アトム神様。皆をどういたしましょう?」
サイナス枢機卿が聞く。
「お、おお!それでは皆日々信心深く過ごしなさい。そして人のために自己犠牲の精神を大事に生きなさい」
《うわ!自己犠牲とは!大っ嫌いな響きだ!》
「ん?」
またアトム神が振り向く。俺とモーリス先生が深々と頭を下げる。
「では今日も勤労に励みなさい」
人々が深々と頭を下げてそれぞれの仕事に戻って行くのだった。どうやらいきなり社長が来ていらない訓示を受けた社員のようになっているようだ。
「おかしいのう」
アトム神が首をひねる。
「何がでございましょうか?」
「もっとこう…我を崇め奉るというか…もっと熱狂するというか…」
「そのようになっていたかと思われますが?」
「そうか?」
「はい!そのように思います」
枢機卿の言葉を聞いてアトム神が一応納得したような顔をする。間違いなく俺とアナミスで魂核を書き換えたのが影響している。しかも俺はもと異世界人の転生者だし、アトム神の魅了のようなものが入り込まない可能性は大きい。
「まあよかろう」
「それでは!アトム神様!地下の絶対結界をどうか…」
俺が言う。
「まだじゃ。まだやる事があるのじゃ!本当におぬしは勘が悪い奴じゃ!」
怒られた。
「失礼しました」
「余は子達の仕事っぷりを視察したいのじゃ!勤勉にやっているかどうかを良く見ておきたい」
「えっと、もちろんやっていると思いますが?」
《俺とアナミスが魂核を変えたからね》
「それでも人間という者は弱い生き物じゃ、きちんと見ているぞ!という事を教えるのが重要なのじゃ」
《まあ人が弱い生き物というのは認める。だけどそうやって監視されているから働け!って言うのはどうかと思うね》
「ん?」
アトム神がまた振り向いた。俺とモーリス先生がお辞儀をする。
《あれ?心の声が漏れてるのかな?》
アトム神は耳が聞こえないが悪口は良く聞こえてしまうタイプのようだ。それからしばらくは各地を回って人々の仕事っぷりを見て回る。
「ここの人間はとても勤勉なようじゃのう!余が見て回らずともよかったのじゃ」
《だから言ったじゃん》
「ありがとうございます。アトム神様のおかげでございます」
サイナス枢機卿がヨイショしてる。
「あとの用事はどうでしょう?」
「ないぞ」
《おお!ようやくフリーになったらしい、じゃあ俺のお願いを聞いてもらおう》
「ではアトム神様!地下の…」
「うーむ。今日はそろそろ休もうと思うのじゃが、枢機卿よその教会はどうなっておる?」
「礼拝堂もあり教会の機能を備えて御座います」
「うむ。では休ませてもらおうかのう」
「はい!もちろんでございます」
枢機卿と聖女リシェルに連れられてアトム神が教会へと入って行ってしまった。
「ラウルよ。おぬしの目的は進展しなかったのう…」
モーリス先生が慰めてくれる。
「ま、まあ!着いたばかりですし!きっとお疲れなのでしょう!私の都合ばかり主張しては迷惑というものです。また日を改めた方が良さそうですね」
「そうじゃのう。じゃが、あの地下の絶対結界が気になるし、光の聖痕とやらもどうすればいいのか気になるがのう」
「ですが相手は人間の神です。ここは彼女の土地ですから仕方ないでしょう」
「ふむ。そうじゃな、日を改めるとしようかのう」
俺とモーリス先生は広場を離れて、魔人達が待つ基地へと向かうのだった。
だが…
あくる日もあくる日も、広場での説教と人間達の視察を終えるとアトム神は教会で休んでしまう。一向に地下の魔石をどうにかしようという動きは取らなかった。なぜ同じ行動をとり続けるのかは分からないが、もしかしたらこのままずっと続けられるんじゃないのかとも思った。
そしてある日
「なぜじゃ…」
アトム神が悩み始めた。
サイナス枢機卿と聖女リシェル、ケイシー神父、俺、モーリス神父を前に頭を抱えている。
「どうされたのでしょうか!?」
サイナス枢機卿が心配そうにアトム神に聞いた。
「なぜか、我の影響が薄いような気がするのじゃ」
「薄い?」
「ここの民は元々ファートリアの我が子らのはずじゃ、それなのに我に対する気持ちがとっても少なく感じる。何というか…愛が感じられん」
《おいおい!お前かまってちゃんか!うっざぁ!》
「ん?」
アトム神は俺を振り向いた。俺とモーリス先生が深々と頭を下げる。
「とにかくじゃ!もっと愛を感じるまで続けようと思うのじゃ!」
何て言うか…駄々をこね始めた。
《人が誰を愛そうが嫌いになろうがどうでもいいじゃないか!むしろ人ってそんなもんだろうよ!なんでお前に集中しなくちゃならねえんだよ!》
「ん?」
俺とモーリス先生が深々と頭を下げる。
結局あの地下の絶対結界を見にいくのは、それから10日以上たってからだった。どうやら自分の力が弱まっているせいなのだと、自分を納得させたらしい。
この神。めんどい。そしてウザい。
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