第530話 アトム神、聖都へ
マナウ市を出てから数日後、俺達はファートリア聖都に到着した。するとなぜかファートリア聖都には既に、ギレザムが率いていたリュート王国調査部隊が到着していた。しかもリュート王国の各地方を調査して終わったらしい。俺達はダンプトラックを魔人基地に置いて聖都の門前にきていた。
「メリュージュさんありがとうございます」
「いいえ。というかラウル君もある程度想定していたんじゃないの?」
「日数的にはずれ込むと思っていたのですが、まさか連れて回ってくれるとは思わなかったです」
「このくらいの人数であれば問題ないもの」
「ギレザム。車は廃棄したか?」
「はい。メリュージュざまが湖の中央付近に捨ててくださいました」
「何から何まですみません」
メリュージュさんをタクシー代わりに使う予定はなかったが、彼女がみんなを連れてリュートの各地を回ってくれたらしいのだ。友達のお母さんをこき使ったようで申し訳ない。
「いいのよ。というかリュートの各地を見たかったからよかったわよ!」
「それならいいのですが、大丈夫でした?」
「ま…まあそれはあれだけど…」
「ですよね」
巨大な黒龍が飛んできて村や都市の人間が何もない訳はない。それを分かったうえで回ってくれたメリュージュさんに頭が下がる。
《ラウル様、その件はすでに私が処理をしております。見た者の記憶は改ざんしておりますので、覚えている者は少ないかと思われますが》
アナミスが何も問題ないと言って来る。まるで宇宙人を捕獲する捜査官のピカッ!みたいだ。
《うーん。デモンに干渉されていないなら、あまり洗脳しないようにしたいんだが》
《…差し出がましい真似をしてしまいました》
《いや、やってくれて助かったよ。まさか黒龍ツアーが組まれるとは思わなかっただけだ》
《はい》
「とにかくありがとうございます!ファートリアの枢機卿には?」
「お会いさせていただいたわ」
「わかりました」
「枢機卿様はよろしいとして、ここの都市の人間は私を見ても全く驚かないのです。ラウル君が言った通りだったわ」
「はい」
「龍をみたことあるのかしら」
「無いと思います。ただ僕から言い聞かせていたというかそんな感じです」
「そんなこともあるのね」
もちろんメリュージュにはこの都市に集めた人間の、魂核を書き換えている事は伝えていない。あのオージェのお母さんだけに、人道主義者のような気がするからだ。
「それで、これからメリュージュさんはどうされます?」
「もうやる事もないのよね…色々見てみたいけど、リュート王国の都市を回って恐怖に歪む人々の顔を見たから懲り懲りよ」
「やはりそうですよね」
「私を見ても驚かないグラドラムに帰るわ、イオナも待っている事だし」
「わかりました。それでは母さんによろしくお伝えください」
「ふふっ。きっとラウル君に会いたがるわよ」
「はは、まだ仕事が終わっていませんので、しばらくは帰れそうにもないです」
「頑張っていると伝えておくわね」
「ありがとうございます」
俺は数十メートルもある巨大な黒龍と普通に世間話をしていた。そしてメリュージュは意外に繊細で、人間に驚かれるのは懲り懲りだそうだ。グラドラムなら皆が歓迎だし、イオナが毎日相手してくれるだろうからそっちの方が楽しいだろう。
「では!本当に宅配代わりのようになってしまってすみませんでした」
「水臭いわね。そんなことはどうだっていいのよ」
「ありがとうございました」
「ラウル君も元気で頑張ってね」
「はい」
ブワァ あたりの空気が舞い上がり、あっという間に上空に飛び立っていくメリュージュ。きっとまたイオナとのママ友話に花を咲かせるのだろう。
「行ってしまった」
「荘厳なものじゃ」
「ええ。では早速、枢機卿に会いに行くとしますか」
「お!それじゃあ久々に聖都に入ろうかのう」
古代ローマ人のような恰好をした座敷童が、飛び去って行った黒龍に手を振りながら言う。
「ギル!枢機卿はどこに?」
「はい。それではご案内します」
ギレザムについて俺とモーリス先生、アトム神がついて行く。ギレザムが市壁の門の所に行って、中から人を呼んだ。
「あ!ラウル様!おかえりなさい!」
茶髪のテイマー。キチョウカナデがやってきた。
「カナデ君。よくやっているかね?」
「もちろんです。皆さんのために食事を作ったり、洗濯をしたり忙しくしております」
魂核の書き換えをした結果、キチョウカナデは見た目はビッチだがめっちゃ尽くす良妻賢母タイプになっていた。魔人達のためにいろいろと尽くしているらしい。
「では、ラウル様をサイナス様の所にお連れしてくれ」
「わかりました」
光の柱がたくさん立っている場所に魔人が入らないようにしたのだが、ギレザムはきちんと俺の言いつけを守っている。ファートリア聖都の側には既に魔人軍基地が建造されており、魔人達は全てそこに駐留していた。
「では皆様こちらです」
「うむ。こちらアトム神様だ、粗相のないように気をつけてくれたまえ」
「わかりましたラウル様。ではアトム神様、お先にお連れします」
「余は順番などどうでもよいぞ」
「いえ、私が誘導いたしますのでどうぞこちらへ」
「う、うむ」
アトム神が少し不思議そうにキチョウカナデを眺める。しかし少し見ただけにとどまり、すぐに後ろについて歩いて行くのだった。
《うーむ。俺達が魂核を書き換えたのバレたかな?でもアトム神って勘が悪い感じだと思うんだけどな》
「おぬし…」
「はい!」
「おかしいな」
《ヤベぇ!バレたか?》
「なにがでございましょう?」
キチョウカナデが何の含みも無く不思議そうに聞いている。
「この世界の人間ではないな」
「あ、はい!」
「我が子でない事だけはわかる」
「はあ…」
カナデは何を言われているのか分からないようだ。
「まあよい。おぬしに加護は及ばぬであろう」
「そうですか…」
どうやら異世界を知っているとまではいかないが、キチョウカナデがこの世界の人間じゃない事だけはわかるようだ。キチョウカナデ達は俺と違って転移者だ、俺のように転生ならばこの世界で生まれたことになるのだろうが、転移者となるとアトム神的には違和感があるようだ。そして違う世界の人間には、アトム神の加護は効かないらしい。
「余が守らねばならん状況だった者と同じじゃな」
「守らねばですか?」
「わからぬならよい」
「はあ」
そして俺達がある建物につくと、その建物の前にはカーライルが立っていた。どうやら枢機卿の護衛の任務に就いているようだった。
「おお!ラウル様!お戻りでしたか!」
「今戻って来た。オージェの母様とも別れの挨拶をしてきたばかりだ」
「黒龍様は行ってしまわれたのですね」
「うちの母のところにな」
「ああ、なるほど!で、そちら様は?」
「ああ、中に入ってから紹介するよ」
「わかりました」
「じゃあカナデ君。ご苦労様」
「はい!ありがとうございます!」
キチョウカナデは走って今来た道を戻って行った。
「失礼いたします」
「どうしたのじゃ?」
枢機卿の声が聞こえて来た。
「ラウル様がお帰りになりました」
「おお!すぐに通しておくれ!話をしたい!」
俺はカーライルに連れられて中に入って行く。
「これはこれは!ラウルさ…」
サイナス枢機卿が俺の隣に立っているアトム神をみて言葉を止めた。
ザッ
サイナス枢機卿と聖女リシェルが跪いて頭を下げる。その姿をみて「エッエッ!」ってなりながらケイシー神父もその脇に膝をついた。枢機卿もリシェルも頭を下げたままひと言も言葉を発しない。
「信徒よ。日々の務めご苦労、そなたの信心深い心が余をここにみちびいたのじゃ」
「は!」
サイナス枢機卿にいつもの雰囲気はなかった。物凄くビシィっと襟を正して、それ以上言葉を発する事は無い。アトム神が前に立ち3人を見下ろしている。
「どうじゃ。おぬしらの働きで聖都を取り戻してくれたのじゃろ?」
「いえ!そちらの御方のおかげでございます!」
サイナス枢機卿は俺を指さしているが、アトム神は俺の後ろに立っているモーリス先生をみた。
「そうかそうか!それはよかった。お前も里に帰れてよかったであろう」
「は!」
「民の事は気にするでない。忌々しいデモン達が蹂躙しおったのじゃ」
「不甲斐ない私達にどうか罰を」
「罰?罰など与えんよ。それにしてもおぬしは余を初めて見たのに、よう分かったものじゃな」
「わからぬはずがございません」
「その後ろの娘もよく」
「もちろんでございます」
「じゃがそこの‥‥なまくら神父はもっと精進せえよ」
「す、すみません。ですがあなたはどちら様なのですか?」
《この馬鹿!お前の所の神様だよ》
「バカモーン!!」
枢機卿が鬼のような顔でケイシー神父に怒鳴った。
「すみません!!」
あまりの血相にケイシー神父が思いっきり床におでこを打ち付けて謝る。というより「バカモン!」ってどこかの長寿番組アニメのお父さんくらいしか言わない気がする。
「申し訳ございません。まだまだ精進が足らぬのです」
「よいよい!これから覚えて行けば良い事じゃ。それよりもおぬしらも頭をあげてよい」
ケイシー神父は平気で頭をあげてアトム神を見ていたが、二人は言われてようやく頭をあげた。すると…なんと二人は涙を流していたのだった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人が言う。
「この都市の惨劇を見てさぞ心が痛んだであろう。余の子らの小さな胸を痛めた、憎っくきデモン達の所業は断じて許す事ができんのう」
二人は再び頭を深く下げた。
《うーん…てかお前、ファートリアがデモンに占領されそうになって、とっとと逃げたんじゃねえのか?自分を棚に上げて何を言ってる?》
「そのようなお言葉をいただけるとは何という幸せ」
《いやいや枢機卿。無責任に民を置いて逃げ、東の龍の洞窟で引きこもりしてたんだって》
「なんか…」
アトム神が何か不思議な感覚を捉えたように振り向いていう。
「なんか不穏な空気を感じるのじゃ」
《やべ!俺の考えを読まれた?》
「なにかございましたか?」
モーリス先生が声をかけた。
「うむ…いや…気のせいじゃな」
《ほっ、やっぱ勘の悪い神様だ。なんていうか…自分を棚に上げるあたりが気に入らない》
「ん?」
《あれ?聞こえてんのかな?そんなことはないはずだが》
「誰か建物の外におるかの?」
「見てきます」
俺がその場から離れて外を見る。
「誰もいません」
「なら良い。何かおかしな空気を感じたものでな」
「なんでしょう?」
「わからぬ。何というかその昔、イラッっと来た事のあるような雰囲気を感じたのじゃ」
《じゃあ、それ俺の事だよ。どんくさいにもほどがあんだろ!てか神のくせに逃げるとかどうなってんだ。あんな絶対結界があったらどうにかなったろうよ》
「うーん‥何かおかしいのじゃ」
「なんでしょうねぇ?虫でもいるんですかねぇ」
「わからぬ」
とりあえずアトム神は俺の気持ちに気がつくことなく、サイナス枢機卿に向き直って話の続きをしようとするのだっだ。なんていうか…自分が矢面に立たないで綺麗ごとを言っているような気がして、俺はこの目の前の座敷童を好きになる事は出来なかった。
たぶん生理的に無理ってやつ。
次話:第531話 神が求めるもの
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