第527話 神の加護
余裕で帰りのアグラニ迷宮を突破した俺達は、早くもマナウ市へとやって来ていた。都市から少し離れた場所にMTVR6輪駆動トラックを置いて、ファントムとヴァルキリーにその場を任せる。もちろんトラックいっぱいに、アグラニ迷宮の下層でとれた魔物の素材を大量に積んでいるからだ。
「おお!!ライード!おまえたち!」
マナウ市の門にたどり着くと、元冒険者の自警団の門番が声をかけて来た。
「よう!戻ったぞ!」
ライードが軽く言う。
「も…戻ったぞってお前…」
「なんだ?死んだ人間でも見たような顔して」
「てか本当にライードか?」
「そうだ。お前からかってんのか?」
ガシッ
門番は思いっきりライードを抱きしめる。
「お、おいおい!俺はそんな趣味ねえぞ!」
ぐいっと門番を引き離した。
「てかお前たちまで!」
ライードの後ろにいる5人に声をかける。4人の男達と1人の女、この5人はおなじ冒険者パーティーの仲間なんだとか。
「そんな驚く事か?」
「バカ言え!お前らを待ってる家族もいるんだぞ!」
「そりゃそうだろうよ」
ライード達冒険者と門番の話がすれ違い続けている。
「ちょっと待ってください!」
俺が止める。そして門番を奥に連れて行き俺の方から説明するのだった。彼らが神の結界に守られていて、時間の止まった世界にいた可能性があることを。
「ライード。お前たちはきっと驚くだろうがよーく聞いてくれ」
自警団の門番がライードに言う。
「まず火龍の翼の面々だが…」
火龍の翼というのはこの5人の冒険者パーティーの名前らしい。
「なんだ?」
「お前たちがこの地を発ってから、半年以上たっているんだ」
「は?お前何をいってるんだ?」
「そのままの意味だ」
「?」
5人はおいおい…っというような呆れ顔をしている。むしろ呆れたいのは街の自警団の方なのに。
「えっと俺は違うよな?」
ライードも言う。
「いや、お前もだ」
「俺はこいつらを追いかけて行ったんだぞ」
「そう言われてもそうなんだ」
「……」
「とにかくだ!まずは町長に行って町のみんなに知らせないと」
「あ、ああわかった」
やはり助けられた6人は、今の自分たちの状況をすぐ飲み込むことができなかった。とりあえず自警団について町長の家に行くが、町長も目ん玉飛び出させて驚いていた。
「本当だったんだな…」
「ああ」
「そうなのね」
冒険者たちはようやく現実に気が付き始めた。
「ライードさんを、皆さんずっとまっていらっしゃったんですよ!」
俺が伝えてやる。
「そうだったんですね!」
そしてライードと火龍の翼の面々がモーリス先生に向き直る。
「大賢者様!私達をお助けいただき誠にありがとうございました!」
全員が頭を下げる。
「ふぉふぉふぉ。まあわしゃほとんど何もしとらんがのう!」
「先生!」
俺がアトム神を見てくぎを刺す。
「ふぉっ!そうじゃな!よくぞ生きていてくれた!わしゃうれしいわい!」
「どうじゃ!余の大賢者はすごいじゃろ!」
アトム神が得意げに言う。
「はい!やはり大賢者様はすばらしい!」
「大賢者‥‥」
「大賢者様ですと?」
「なんと!ここまでおいで下さったのですか?」
今度は町長や町の人たちがざわつき始めた。
「ふぉ?」
これ以上騒ぎが大きくなるのも困るな。
「とにかく!皆さんがやっと帰って来たんです!家族や皆さんの待つ人の下へと行くのが先決ですよ!」
「そうですね!」
「もっともです」
「いそいで!」
そして火龍の翼の面々は出て行った。それぞれが待つ人たちの下へと。
「ではライードさん!ルセナとルーチカの下へとまいりましょう」
「わ、わかりました」
そして俺達はライードを連れて、モーラの店へと行くのだった。
ギイ
モーラの店のドアを開く。
「いらっしゃっ‥‥」
「おう!帰ったぞ!」
「あ、あんた!」
「なんかいろいろと待たせちまったようだな」
「ルセナ!ルーチカ!おいで!」
モーラが店の奥へと声をかけた。モーラの声のただならぬ雰囲気にドタドタと音を立てて、ルセナとルーチカが出て来た。
「えっ!」
「お父さん!」
ルセナが絶句し、ルーチカが全力ダッシュでライードに走り寄って抱きついた。ライードがルーチカを抱き上げて頬ずりした。
「すまないなあ…どうやらだいぶ待たせちまったようで」
「お父さん!お父さん!」
「おまえさん!死んじまったかと思ったよ!!!」
モーラが調理場から出て来る。立ったまま泣いているルセナの背中を押して、二人がライードの下へやって来た。ライードがニッコリ笑って手を広げると、二人もライードに抱きついて泣いた。
「よかったです」
カトリーヌが涙をためながら言う、マリアもモーリス先生も涙をためてウンウン頷いていた。どうやら感動の再開にうるうるきているようすだ。
「すまなかったな。俺はこんなに時が過ぎているとは思わなかったんだ」
ライードが今までのいきさつを3人の家族に話し始めるのだった。
そして…
「えっ!」
「うそ!」
「!」
モーラとルセナとルーチカが目を白黒させて驚いていた。
「ふむ。余がそうであるぞ」
「も、申し訳ありません!アトム神様に助けていただいたなんて!そのようなたいそうな…」
「はっはっはっ!!そんなに凄い事をしたのではないわ!あんな魔物だらけの洞窟に入ってこようとする奴がおったので、すぐに結界に入れただけの事」
「それでも!そのおかげでライードは救われました!」
モーラ達家族が跪いてアトム神に謝辞を述べるのだった。
「たいしたことはしておらんって」
「そんなことはございません!私達にとっては大切な人を助けていただいて、どのような貢物をしたらよろしいのでしょう?」
「貢?いらんわ!神が我が子を守るになんの理由があろう?」
「あ、ありがとうございます!」
「それはそうと…なんか美味そうな匂いがするのじゃが?」
「えっ!アトム神様は食べ物を食されるのですか?」
「まあ食べなくとも良いがの、美味い物は好きじゃな」
《なんか、前の虹蛇と同じような事を言っている。どうやら普通に食べ物も食べられるらしい》
「すぐにご用意いたします!私の料理など本当はお出しすべきではないのでしょうが。」
「何を言う。せっかく我が子が手料理でおもてなしをしようというのじゃ、これで嬉しくないわけはなかろう」
なるほど。99層で会った時はギャーギャーわめく、変な女だと思っていたがものすごく心の広い御方だった。そりゃそうだ…この人(神?)はアトム神。人間の神様なのだから。
「モーラさん!これほどの人数は大変でしょうから、料理はアトム神様のだけでいいですよ」
「何をおっしゃいます!ラウル様!今日は臨時休業でございます!ルセナ!入り口に閉店の板を出しておくれ!入り口には鍵を!」
「わかった!」
いきなり店が貸し切りになってしまった。
「モーリス先生!ここの料理は絶品ですよ」
「本当かの!そりゃあうれしいのう!」
「さあ!皆さん!お好きな席に座ってください!」
ルセナが皆に声をかける。
「アトム神様はこちらへ!」
アトム神が皆の中央に座らせられ、前掛けをつけてもらうのだった。
《ご主人様、私奴は…》
《座ってるだけで良いよ。飯は手を付けなくても》
《かしこまりました》
シャーミリアが気を使って席を外そうとするがそれを止めた。
「カトリーヌ!シャーミリア!マリア!俺の側に座れ」
「はい!」
「かしこまりました」
「失礼いたします」
4人掛けのテーブルには俺と3人が座る。モーリス先生はカララとルフラ、キリヤと共にアトム神の脇のテーブル座ってもらった。恐らく聞きたいことがいっぱいあるだろう。ライードはカウンターに座り、ルセナとルーチカがそのそばに居て離れない。
彼女たちの願いを無事に叶えられた事に、俺は胸をなでおろすのだった。
「ルセナ!ルーチカ!料理を運んでおくれ!」
「はい!」
「はーい!」
3人の親子は滅茶苦茶うれしそうだ。そりゃそうだ、死んだと思っていた亭主が目の前に居て笑っているのだから。
そして先にアトム神の前に料理が運ばれるが、アトム神は手を着けなかなった。
《あれ?前の虹蛇とは違うな、すぐに食わないんだ》
そしてみんなの料理がそろうと、アトム神はニッコリ笑って言うのだった。
「ここにいるもの皆に余の加護があらんことを。そして今日の糧に感謝していただきましょう」
その言葉に皆が胸の前で手を組み祈りを捧げた。俺達も自然にそうした…
《こんなこと…確か前の虹蛇の時もあったぞ。そしてなんとなく抗えないようになってしまうんだよな。まあ細かい事は今はいいか…》
そしてアトム神はおもむろにさじを取って、ひとさじの料理を口に運んだ。
「大したものじゃ!この真心のこもった食事は、誠に愛する者のために作られた料理ぞ!」
アトム神がめっちゃ大袈裟に褒める。
「本当じゃ!何という愛に満ちた料理じゃろ!」
何というか…モーリス先生が感動している。すっごく。
「本当ですわ!愛の力というのはこういう事なのでしょう」
俺の席のカトリーヌが涙をためて言っている。ちょっといつものカティ―じゃない気がする。
「ええ、カトリーヌ様!このような愛情のこもった料理はそう口にできるものではありません」
マリアもフワフワした感じになっている。
「本当だ!誠の愛とはこういう味なのですね」
キリヤも極上の笑顔で言うのだった。よく見ればライードもモーラも、二人の子供達もめっちゃ幸せそうな顔をしている。
《な、なんだこれ?》
《ご主人様!どういうことでございましょう?》
《ラウル様!どうするべきですか?》
《私もわかりません》
シャーミリアとカララ、ルフラは幸せそうな顔をしていない。どっちかというとめっちゃ困った顔をしている。アトム神がめっちゃ怪訝そうな顔で俺達を見渡す。
《全員!幸せそうな顔をしろ!きっとそれが正解だ!》
《は!》
《かしこまりました》
《わかりました》
美しい3人の魔美人はふわぁっという笑顔になる。
「なんと美味しいお料理でしょうか!」
「本当に愛のかけらを食べているようです」
「愛があります!」
シャーミリアとカララ、ルフラが今まで見たことのないような表情を浮かべ、人間達の真似をすることにした。
「ほんとうだぁ!なんでこんなに愛情のこもった料理がだせるんだぁ!愛を感じてしまうじゃないかぁ!」
ヤバイ!自分でも大根役者と思うほどの棒読みになってしまった!シャーミリアとカララとルフラが俺を微妙な顔で見ている。おもいきり失敗した俺に驚いているようだ。
《ヤバイ!バレた?》
《ご主人様!笑い続けましょう!》
《そうですラウル様!》
《それしかありません!》
「ふふっ!ふふふふふ」
「おほ!おほほほほほ!」
「ふふふふふふふ」
「あはははははは」
俺達が笑うのをじっと見ているアトム神。どうやらアトム神には魅了的な力があるらしく、人間達はその力に感化されているようなのだ。俺達魔人には何の変化もおこらない。
「そうかそうか!そうじゃよな!やはり愛がある料理というのは美味い物じゃ!」
アトム神は全員がそうなったのを見届けて、ニッコリ笑ってそう言った。
やっぱりこの神は勘が悪い。
俺とシャーミリア、カララ、ルフラがそれからずっと、作り笑いをし続けなけらばならないのだけは確かだった。
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