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第526話 人神と黒龍の意向

何故に今まで気が付かなかったのだろう。リュート王国の名前の由来に…リュートすなわち龍人りゅうとという語源に。龍が東に住み民を守る国、リュート王国民は龍の民らしい。メリュージュさんから話を聞く今の今まで全く気が付かなかった。


「なるほどのう」


モーリス先生が知識欲を膨らませ、バッグに入っていた羊皮紙に羽ペンで何かを書き記していた。以前もメリュージュさんとは会っているのだが、どちらかというとメリュージュさんはイオナとばかり話していた。モーリス先生がここぞとばかりに、メリュージュに話を聞いているのだった。


「ふむふむ、我が子である大賢者はとても勤勉なようじゃな!」


アトム神もご満悦のようだ。


マナウ市の冒険者であるライード以下の6人は早く帰りたいであろうに、先生が長々と話しこんでいる。俺とマリア、カトリーヌもモーリス先生の後ろについて話を聞いていた。モーリス先生は周りの事など忘れてしまったかのように、質問を繰り返しているのだった。


 無理もない。


伝説の龍とそれにもまして人間の神であるアトム神がいるのだ。大賢者としてはある意味答え合わせと言ってもいいだろう。自分が知っていた事実との相違などもたくさんあるらしく、一気に知識を刷新して蓄えているようだった。こういう時のモーリス先生は手が付けられない。俺達は黙って一緒に話を聞く事しかできなかった。


だが…それは唐突に終わった。


「ラウル君の先生?どうやら皆さんおうちに帰りたがっているのではないかしら?」


「ほっ!ああ!!まことにすまなんだ!わしとした事があまりに夢中になってしもて!」


「いえいえ!助けていただいた大賢者様のお気に召すままでよろしいかと!」


ルーチカとルセナの父、ライードが申し訳なさそうに言う。


「いや、おぬしたちを待っている者がおるのじゃ!そろそろ行かねばなるまいて!」


「そんなことを言ってもまだ一週間もたっていないので」


「ん?」

「えっと‥」

「なにを?」

「もしかして…」


俺達がある事に気が付いてしまった。


《どうしよう。数か月経っている事を言った方がいいのだろうか?恐らくあの絶対結界の中は時間が止まっていたんだろうな…》


《ご主人様。伝えてしまえばよろしいのでは?》


《いや、やめておこう。この中で大量に仕留めた魔物の素材を回収したい、彼らにも手伝ってもらって出来る限り持って行きたい。それを伝えてしまったら早く帰ろうって言うに決まってる》


《彼らを使うわけですね》


《まあそうだ…彼らも手ぶらで帰ったらそれはそれで可哀想じゃないか?》


《そう言う事でございましたか》


《命懸けでここに来て何もありませんでした!では、この人たちのメンツが立たないぞ》


《かしこまりました》


「あのー!皆さん!よろしいでしょうか?」


「どうした?」


アトム神には言ってないのに返事された。


「あ。アトム神様には直接関係が無いのかもしれません」


他の皆がこっちをみた。


「私達がアグラニ迷宮を降りてくる間に大量の魔物を狩ってきたのですが、恐らくは伝説級の魔物もいたと思います!それを回収してマナウに戻りたいと思うのですがいかがでしょう?」


「もちろん!助けてくださった人の頼みとあればやります!」


「あのライードさん!ライードさん達も手ぶらではカッコがつかないのではないでしょうか?」


「そりゃまあそれはそう…だが、伝説級の魔物などを仕留められるはずもなく…」


「それが物凄く大量にあるのです。拾った物はすべてその人の物って事でいいですよ。ぜーんぶ倒してしまいましたので」


「そ、そんな!全部?って?そうだとしても、それでは申し訳が無い」


「いいえ!申し訳なくなんてありません!捨てて行くのもったいないですし、出来る限り回収して帰る事にしましょう!」


6人の冒険者はガヤガヤと話を始めた。


「わかりました!それではそうさせていただきます。拾った物は許可をもらうために聞く事にします」


「いえいえ!聞かないで下さい!拾ったら拾った!貰ってださい!」


「そんな…全く戦っていないのに、そんなわけにはいきません!」


《いやいや!そんな面倒なことしてたらめっちゃ時間かかるじゃん》


《ご主人様。ここでは放っておいていいのでは?》


《まあ…そうか。上の層を見たらわかるよな》


《はい》


「とりあえず行きましょう。それで…メリュージュさんはどうしますか?実はファートリア神聖国は手中に収めましたので、ここで待機している必要もなくなりました」


「あら?そうなの?オージェが何も教えてくれないから」


「つい最近のことですので」


「ならここにいる必要はないわ」


「はい」


そして俺達は座敷童…いや、アトム神を見る。


「ファートリアに大量にデモンがおったじゃろ!あんな場所に戻るのはいやじゃ」


「アトム神様!デモンはここにおられます大賢者様が全て退治されました!」


俺は思いっきり適当な事を言う。モーリス先生はものすごく気まずそうな表情で笑っていた。恐らく心は笑ってない。


「なんじゃと!そうかそうか!我が子は本当にすばらしい!龍神や精霊神に自慢してやるわ」


「あの…」


「なんじゃ?」


「いえ!なんでもありません」


恐らくアトム神は、龍神も精霊神も代替わりしてしまった事を知らないようだ。


《何つーか、今までの神で一番勘が悪いと思わんか?》


《はい。まずご主人様に気が付いておりません》


《だよな》


《恐らくオージェ様やエミル様にお会いしても、気が付かないのでは無いかと思われます》


《俺もそう思う》


アトム神が作り出すという絶対結界は凄いが、この人(神?)自体はとても凡庸といった感じで、見る目が無い。すっごく騙されやすいような気がする。とにかく勘が悪い…オールドタイプってところだ。


「どうされます?」


「ふむ。余はくるしゅうない」


「苦しゅう…で、どうするのです?」


「なんじゃ!ユークリットの女神の息子は勘が悪いのう!」


《あんたに言われたくない。なんつーか前の虹蛇の100倍抜けてる感じがする》


「帰る、でよろしいですか?」


「それ以外に何がある!余を迎えに来たのであろう?大賢者がダンジョンを攻略するのは世の常であろうが」


《よの…常?》


「ならよかったです。一緒にまいりましょう!」


「苦しゅうない」


《なんでめっちゃ江戸の殿様みたいな口調になってんだ。いや…元々こういう人…神なのかもしれない》


「メリュージュさんはどうされます?」


「私が行っても人間が驚くと思うわ」


「それがファートリア聖都には恐らく、メリュージュさんを驚く人は一人もいないかもしれません。元よりいた市民は既に消えてしまいましたし、私たちが連れて来た人間ばかりですので全く驚かないと思います。それとこのリュートの王都は人が一人もいないそうです」


「なに!?」

「やはりか‥」

「そんな‥」


冒険者たちが驚いている。噂でしか聞いていなかったのだろう。


「なら…そうね。見物も兼ねてリュート王都を回ってから、ファートリア聖都に行こうかしら」


「それが良いと思います。せっかく大陸に来たのですから、グラドラム以外の都市も見て回られたら良いと思いますよ」


「そうさせていただくわ。なら物資を運ぶのを手伝ってからにしようかしら」


「本当ですか!?助かります!メリュージュさんに手伝っていただいたらすぐに終わりそうです」


「息子の親友が困ってるんですもの当然よ」


「ありがとうございます」


なんか普通に友達のお母さんと話しているように思えるだろうが、メリュージュさんはものすごく巨大だ。ここが龍の巣だから入れるが、普通の洞窟なら詰まってしまう。


「では!」


俺は召喚のポーズをとった。


ドン!


召喚したのは米軍 MTVR 6輪駆動7トンダンプトラックだ。延々と登坂することになるのでパワーのあるトラックを召喚する。これに荷物を積んで上がって行く予定だ。


「これは!なんですか!」


冒険者たちがざわめく。


「あ、すみません。ちょっと必要だったもので」


「ちょっと必要…って」


「なに!召喚魔法じゃと!」


ギク!


アトム神が何かに気が付いたように俺を見る。もしかしたら俺が魔神を受体している事に気が付いてしまったのだろうか?ヤバいぞ…


「は、はい…」


「おぬしは魔法陣を書かずともこれが出来るのか?」


「そうです」


「……」


《どうする?怒らせたら何をされるか分からないぞ…俺達が結界に閉じ込められる可能性もあるんじゃないか?》


《ご主人様!いざとなれば逃げるよりほかないのでは》


《いや!友達のお母さんに泣きつくから大丈夫だ!》


《は、はい…》


シャーミリアがメリュージュをチラリと見る。しかしアトム神の答えは全く違うものだった。


「神だけの力だと思うとったが…とうとう人間にものう…ふむふむ」


何か一人で言っている。


「あのー」


「ま、ええじゃろ!とにかくつれてってたもれ」


「はい!よろこんで!」


どうやらバレていないようだった。この神ものっすごく勘が悪い。


「ではもう一台」


同じトラックを呼び出した。


「おおー!おもしろいのうー!ユークリットの女神の息子はとても面白い!」


「ありがとうございます」


「ではそろそろいきましょう。洞窟の中はもう飽きたわ」


メリュージュの掛け声で俺達が動き出す。


「マリアとキリヤ君はトラックの運転を頼む」


「かしこまりました」

「はい!」


「では物資を回収しながら行きます。冒険者の皆さんは荷台に乗り込んでください」


「これに‥乗るのですか?大丈夫ですか?」


「ライードさん。コレは馬のいない荷馬車ですよ」


「に、荷馬車!?」


また冒険者たちがざわついている。いちいち驚いてくれるので新鮮だ。


「とにかく乗って乗って!」


「はい」


冒険者たちはトラックの荷台へと乗り込んでいく。カララが一緒に荷台に乗り込むが、冒険者たちの目がカララを追う。人間離れした美しさを持つ彼女を見とれてしまうのは分かる。とりあえずシャーミリアじゃないからそんなに怒る事もないだろう。


「ではアトム神様は助手席へどうぞ!」


「どこじゃ?」


「こちらです」


俺はアトム神を連れて助手席にまわる。ドアを開けてよいしょっとアトム神のお尻を押してあげた。


「ほう!ふかふかじゃぞ!なんという馬車じゃ!」


「マリア!出してくれ!」


ブロロロロロロロ


トラックは上層部へと向かって走って行った。その後ろを追うように2台目のトラックが走り出した。荷台にはモーリス先生、ゴーグ、カトリーヌ、ルフラが乗っていった。


俺とシャーミリア、ファントム、そしてメリュージュさんがここに残った。


「メリュージュさん!話を合わせていただいてありがとうございました!」


「いいのよー。ラウル君のためだもの、うちのオージェとも仲良くしていただいているのだし。困ったときはお互い様だわ」


「オージェは今、南のシン国へと向かっています。あちらの将軍を送る任務に就いてもらってるんです」


「頑張っているのね」


「はい。彼がいるからファートリアを早く解放できたのです」


「まあ龍神ですからそのくらいの責務はやって当然です。むしろラウル君の足を引っ張っているのじゃないかしら?」


「いえ、その様な事はまったく」


「これからもオージェをよろしくね」


「はい!こちらこそです」


そして俺達とメリュージュが上層に向かって進んでいくのだった。俺の後ろにはヴァルキリーが従者のように付き従っている。アグラニの入り口辺りは既に魔物が復活しているかもしれないが、このあたりの深層はまだ攻略したばかり。シャーミリアもカララも全く反応していないので、魔物は復活していないようだ。


そして俺は後にこのアグラニ迷宮下層でとれた魔物の素材が、どれだけ貴重なものかを知る事になるのだった。マッドサイエンティストのミーシャとデイジーの手によって。

次話:第527話 神の加護

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