第514話 姉妹の心配事
食堂の女将モーラの子供は、姉がルセナで妹がルーチカといった。どうやら街に冒険者が来た事を聞いて、俺達を探し出し声をかけたらしかった。街の冒険者がアグラニ迷宮に行くのを断られ続けた結果、外から来た冒険者なら願いを聞いてくれると思ったらしい。
「部屋を3つも借りちゃってよかったかね?」
「ラウル様、3部屋分のお金がかかりますね」
「カトリーヌ、良いんだよ。どうせ金を使う時もあまりないし、落として行けるだけ落として行けばいいと思っている。ただ部屋を占有して他の客が来たら邪魔にならないかって」
「旅人など滅多に来ないとおっしゃってましたし良いのでは?」
「そうかそうだな。でもまさかだったよ」
「はい。あの姉妹の母親が営む店に入るなんて、ラウル様はまるで分っていたような感じですね」
「知らん知らん。ただ今までの行動から考えてこの感じ…前の虹蛇が言うには何かあるらしい。言ってみればお告げ的な?よくわからんけど」
「わかりました」
俺は一度姉妹に厄災が降りかかる事を危惧して、彼女らの願いを聞く事をしなかった。だがここまでしつこく目の前に現れる時は何かあるのだ。俺が導かれるようにいい匂いがする店に足を向けたのも巡りあわせというやつなのだろう。
「で、何で俺とカティだったのかね?」
俺は一つの疑問を口にした。
「なんでって…」
俺は一つの部屋にカトリーヌと二人で居たのだ。3つの部屋をあてがわれて俺とカトリーヌ、ギレザムとキリヤとファントム、シャーミリアとカララとアナミスの部屋割となった。カトリーヌがまとっていたルフラは今は部屋を抜け出してシャーミリア達と居る。元々ルフラを含めれば3:3:3の部屋割だったはずなのだが、ルフラが出て行ってシャーミリア達の部屋に行ってしまったのだ。
「まあベッドも4つずつあるようだし、3人ずつの方がゆったり出来そうな気がするんだけどね?」
「たしかに…でもルフラが行ってしまいましたね」
「だな」
《ご主人様。差し出がましいようでございますが、夫婦水入らずという言葉がございまして》
いきなりシャーミリアが念話で割り込んでくる。
《シャーミリアの言う通りです。こんな時でなければ二人きりになれませんわ》
カララも肯定する
なるほど…どうやら魔人達が俺達の事を気遣ってくれたようだ...が。
《だけど、作戦行動中だし!》
《ラウル様。そんなことをカトリーヌ様の前で言わないでくださいね》
ルフラがきつめに言って来る。
《なんっ…まだ何も言ってないけど?》
《ラウル様、もしよろしければ私が媚香など…》
《なにそれ?》
《カトリーヌ様がラウル様をお求めになってくるかと》
アナミスがいきなり変な事を言いだした。
《おもっ!いい!いい!そんなことしなくていい!》
《大丈夫ですか?》
《アナミス!ご主人様に失礼ですよ。ご主人様はご自身で考えて動く御方です》
《差し出がましい真似をしました》
魔人達はいったい何をさせようとしているのだろう。俺は元の虹蛇が言うように何かの導きを感じてこの宿にいるだけだ。
「ラウル様?念話ですか?」
「あ、すまないカティ。カティと話してるのにな」
カトリーヌが気づいたらしい。
「いえ、魔人達は本当にラウル様をお慕いしていますから。私が初めてグラドラムでラウル様に助けていただいた時から、身近に魔人達を感じてきましたから分かるのです」
「だな。カティは作戦中いつもルフラと一体になっているし、念話の事もわかってるんだもんな?」
「はい。ルフラを纏う時だけ仲間達と一体化したように思えるのです」
「それは?良い事?悪い事?」
「もちろん良い事です」
「それならいいんだが、何かあったらすぐに俺に言ってくれよ」
「なにもございません」
物凄く優しい眼差しでにこっと笑ってくれる。イオナと同じ美しい金髪と抜けるような碧眼、前世ではとうてい見た事の無いような美人だ。イオナの姪っ子と言う事もあってその美しさは折り紙付きだった。
「なんか…いや…」
「なんです?」
「気分が悪くなったらゴメン」
「大丈夫です」
「やっぱりカトリーヌは母さんに似てるんだなと思って」
「嬉しいです!」
「そう?」
「叔母さまはユークリットの女神と言われた方です。その方に似ていると言われて嬉しくない訳はありません」
「そうかそうか」
「はい」
「……」
えっと。続けて話す内容が見つからない。ふと会話が途切れてカトリーヌと何を話せばいいのか分からなくなってしまった。俺がカトリーヌを見つめると、カトリーヌは頬を染めて俺を見つめ返して来た。
ん?なに?なんか話をしなくちゃ。えっと!
するとカトリーヌがテーブルの上の俺の手に手を重ねて微笑む。
なんじゃ?こんな雰囲気…そういえば昔マリアとこんなことなった事あるぞ。心なしかいい香りがしてきたような気もするし、カトリーヌがすっごく可愛い。
「あのラウルさま…」
カトリーヌが俺に何かを言いかけた時。
コンコン!
「失礼します!」
ギクゥ!
俺とカトリーヌは思わず手を離してしまう。
《チッ》
《チッ》
《チッ》
《チッ》
えっ?いまなんか4っつくらいの舌打ちが聞こえた気がするんだけど?
「どうぞ!」
ガチャ
「失礼します!」
入って来たのはこの宿屋の子供の妹のほう。ルーチカだった。
「ど、どうした?」
「こちらはサービスとなります!」
お盆に乗っていたのは何かの飲み物のようだった。
「あ、ありがとう!」
俺はそのお盆をテーブルに乗せてもらった。
「はい!」
ルーチカは元気がいい。
「じゃあ、これ」
俺はルーチカに銀貨一枚のチップを渡した。
「いりません!だってこれはサービスですから!」
「あ、じゃあルーチカの内緒の小遣いにしちゃいな」
「え、えっとあの…」
「いいからいいから」
そして俺はルーチカのポッケに銀貨をねじ込んだ。
「ありがとうございます!」
「いいよ」
チップを渡したが、ルーチカは部屋から出て行かなかった。
「どうした?」
「お兄ちゃんたちは強いの?」
「ああ、強いぞ。俺がじゃないけどな。強いのは俺の仲間達だ」
「あの大きい人?」
恐らくファントムの事を言っているんだろう。
「ああ、あれは凄いんだぞ」
「そうなんだ!」
「父さんは心配だな」
「うん…」
ルーチカは下を向いて泣きそうになる。
「お父さんはアグラニ迷宮に行くって言ってたのか?」
「そう。いままでも少し帰って来なくなる事くらいあったけど、今回は長いの」
「そうか、おにいちゃんは気休めしか言えないけど、お前のお父さんが見つかるように祈ってる。とにかく俺達がアグラニ迷宮に潜ってみるから待っててくれ」
「うん!」
泣きながら健気にニッコリ笑って返事をした。俺はルーチカがもってきた飲み物を盃に注いで一口飲んでみる。
「おっ!美味いじゃないか!カティも飲め」
コクリ
「本当に美味しいわ。これは何て言う飲み物かしら?」
「チゴの実の飲み物だよ」
「果物?」
「ううん。木の実」
「初めて飲んだわ」
「よかった!」
コンコン
「失礼します」
「はい!」
今度は姉のルセナが入って来た。どうやら他の部屋にも飲み物を持って行ってくれていたらしい。
「ルーチカ!いつまでも居たら迷惑だよ!」
「いや、いいんだよルセナ。いろんな話をしていたところさ」
「どうもすみません。この子はお父さん子なので、居てもたってもいられないんです」
「いや、まだルーチカは幼い。君だって‥いくつだい?」
「10歳です」
「まだ幼い。お父さんが心配なのは当り前さ。とにかく俺達がアグラニ迷宮とやらに潜ってみるから、お父さんが見つかる事を祈っていて欲しい」
「はい…でも、もう出て行ってから長いんです。さすがに生きてはいないんじゃないかと」
「生きてるもん!」
ルセナが涙を溜めていると、ルーチカが大きい声で否定した。
「ルーチカの言うとおりだ。まずは信じる事だよルセナ、お前達が強く願う事で通じるものもあるんだ。神様は必ずその言葉を聞いているさ」
「あ、ありがとうございます。お父さんは良い人なんです!仲間想いで優しくて、私達をすっごく可愛がってくれるんです。本当は凄く強くて…」
「ならきっと生きてるさ。俺達がアグラニ迷宮に出発するから待っていろ」
「はい」
「はい!」
ルセナとルーチカが返事をする。
「わかった。ところでアグラニ迷宮の事を詳しく知る人いないかい?さすがに初めてでどうなるかわからないからな」
「はい!私が明日の朝、アグラニに潜った事のある冒険者の所にお連れします!」
ルセナが少し元気になって来た。
「わかった。よろしくたのむよ」
「はい」
そしてルセナとルーチカの兄妹は部屋を出ていくのだった。
「なるほどな」
「はい」
俺とカトリーヌは自分の大切な人たちを失う悲しみを良く知っていた。グラムとサナリアの仲間達、カトリーヌの家族と領の民達。それだけにルセナとルーチカの気持ちは痛いほどよくわかるし、奥さんのモーラも気丈にしてはいるが内心は心細いだろう。
「必ず助けるとは約束できないが、とにかく彼女らの父親が生きている事を祈るしかない」
「祈りましょう」
「ああ」
そんな一連の出来事があり、さっきルーチカ達が来る前までのなんとなく甘い空気が吹っ飛んでしまった。俺達二人はそのままチゴの実の飲み物を飲み干して寝る事にしたのだった。
「カティ、お休み」
「お休みなさいませ」
フッ
俺はテーブルの上のランプを消すのだった。
次の日の朝。
俺達は約束通りモーラに朝食をごちそうになった。他に客は誰もおらず、玄関にも鍵がかかっているようなので宿泊した俺達専用の朝ごはんなのだろう。
「モーラ、ご飯と宿泊でいくらだい?」
会計をお願いする。
「すまないねえ、このありさまなので少々値が張るよ」
「言ってくれ」
「銀貨90枚いただけるかい?」
モーラが気まずそうに言う。
えっと、銀貨一枚の価値すらよくわからない。それが妥当なのかどうかも。
「ラウル様。この状況ですと妥当な所かもしれません。というより値がはると言いつつもそれほどでもございませんよ」
カトリーヌが俺にこっそり教えてくれた。
「それじゃあ悪いだろ」
俺はテーブルの上に金貨を20枚積み上げる。もともといろんな盗賊や奴隷商から奪った金もいっぱいあったし、旅路で金を使う事も無いしホント余ってるから。
「な、なんだい?これは?」
「ラウル様それはいくらなんでも…」
モーラもカトリーヌも言う。
「こんなご時世だ。お金はいくらあっても足りないだろ?そしてアグラニから帰ってきたら、また美味い物を食わせてもらいたいからこれで仕入れでもしてくれ」
「こんな大金いただけないよ!」
「モーラ、これはこれからルセナが、アグラニ迷宮を知ってる冒険者の所に連れて行ってもらうお駄賃も入ってる。彼女らにも美味い物をくわしてやってくれ」
「そんな…」
「女将。ご主人様がそれでいいと言っているのです。収めなさい!」
「シャーミリア!そんな高圧的に!」
カララがシャーミリアを諫める。
「はは、すまないなモーラ。うちのパーティーは変わってる者が多くてな。とにかくあんたの旦那が生きている事を祈っててくれ。そして旦那が生きて戻った日にはもう無理をするなと言ってやれ」
「そんな」
「あと俺が金を置いてったことを他の奴らに言うなよ。物騒な世の中だからな襲われでもしたら俺も夢見が悪い」
「わ、わかったよ!あんたらが何者か知らないけど、このお金はこの子達の為に大切につかわせてもらうよ」
「そうそう!そうしてくれるとありがたい」
「ルセナ!」
モーラが涙ぐみながら店の奥のルセナを呼んだ。
「はーい!」
俺達の下にルセナとルーチカの姉妹が来た。
これから彼女らが知っているアグラニ迷宮を知っているという元冒険者の下に行く。アグラニ迷宮が一体どういう場所なのか?どのくらいの危険度なのか?地図などは無いか?聞く事はたくさんあるが、先行しているアスモデウスからの連絡もまだないので準備だけはしっかりしておこうと思うのだった。
次話:第515話 迷宮の情報
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