第513話 消えた冒険者
この都市に転移魔法陣などが無い事を確認した俺達は、残る懸念材料を潰すために情報を収集することにした。残党が潜伏している可能性があり、いずれこの地に送ろうと思っている魔人軍の情報が漏洩するのを防がねばならない。
「とりあえずこっちだな」
「ご主人様。敵の気配でしょうか?」
シャーミリアが言う。
「違う。いい匂いがする」
「は、はい」
飲み屋を探すのにいちいち、気配感知の能力を使ってたら疲れて仕方がない。ただ肉の焼ける匂いがする方へと俺達は向かって行く。
「おいしそうな匂いがしますね!」
「だな」
カトリーヌはどことなく楽しそうだった。こんな町人の来るような下町に来るようになったのは、俺と行動を共にするようになってからだ。元公爵令嬢には楽しい事のようだ。
《まあカトリーヌだけじゃなく、俺も楽しみではあるんだが》
飲食街に来てみると、閉まっている店はあるものの数軒の店が開いており、ぼちぼち人が入っているようだった。俺の感覚的に一番うまそうな匂いを発している店へと向かう。
ギイ
木の扉を開けて中に入ってみると、まあまあの広さがあり数組の客が食事をしているようだった。時間的には午後3時くらいなのだが、もうアルコールをあおっている人間もいた。
「いらっしゃい!」
顔立ちは可愛らしいが恰幅のいい女が声をかけて来た。
「8人だけどいいか?」
冒険者らしく話してみる。
「見ての通りガラガラさ」
「何か美味しい物を」
「あいよ」
アナミスも合流しているので8人いた。ルフラは安全の為カトリーヌがまとっているので二人でひとりだ。俺達が席に座るまで、店内の人間達がずーっと見ていた。そりゃそうだ、少年、美女、化物、イケメン、美女、少しイケメン、美少女、美女なんて組み合わせは街の中にはいなかった。
「あんたらは、よそから来た冒険者かい?」
「そうだよ」
「本当にめずらしいね、ここ数年はこの都市の身内みたいな元冒険者しか見た事ないからね」
「ギルドが機能していないからな」
「そうさね。どうやら本部も他の国の支部もなくなってしまったようだしねぇ。おかげで肉や香草が手に入りずらくなってね、ちょっと値段がはるかもしれないがいいかい?」
「金はある」
俺がズシっと金貨の入った袋を見せる。
「あら?めずらしく気前が良さそうなお客さんがきたもんだ!腕によりをかけさせてもらおうかね」
「頼む」
そう言って腕まくりしながら、可愛らしい顔をした恰幅の良いおばちゃんは厨房の中に入って行ってしまった。そんなやり取りをしていても、周りの席からはずっとちらちらとみられている。
《まさか残党じゃないよな?》
《ラウル様。残党兵があのようにあからさまに見てくる事はないでしょう》
《だなギル。いくら何でもそりゃないよな?》
《そう思います》
「あんたら!冒険者か?」
離れたテーブルから声をかけられた。
「そうだ」
「本当か?どこから?」
「西からだ。アグラニ迷宮とやらを目指して来た」
「アグラニに来たのか!?そんな奴らは本当にひさしぶりだ!ギルドが機能しなくなってからは、それぞれが勝手に魔獣を狩ったりして生計を立てているが、あんたらもそうなのか?」
「まあそんなところだ」
「だがアグラニに行くなら気をつけろ。ギルドが動いてないから何かあっても助けは無いぞ」
「冒険者同士で助け合いは無いのか?」
「そもそも冒険者がかなり減ってしまったのさ。用心棒をやったり、自ら名乗り出て護衛の仕事をやったりしてはいるがな」
「揉め事は無いのか?」
「まあ…金を払わなければ身ぐるみはがされるか殺されるだけだ。雇う方もきちんと金は払うさ。それにいま仕事をしているのは、元々名のある冒険者だけだ。彼らはきちんと仕事をするからな!そうじゃないと盗賊崩れのようになってまともに仕事をしない。ギルドが無くなってしまったのは本当に痛手だよ」
すると厨房の方から大皿を持って女主人がやって来た。
「はいはーい!物騒な話は終わりだよ!腕によりをかけた料理だ、ぜひ食べておくれ!」
テーブルには所狭しと料理が並べられていく。どれも今までの国では見たことのない料理だった。さらに!何とエールも一緒に置かれたのだった!
《てか‥‥これ中華だな》
《中華?でございますか?》
《ああギレザム、前世の記憶だ》
《わかりました》
目の前には大皿に乗った酢豚のような物や、春巻きのような揚げ物、若鳥のあんかけのような料理が並んでいた。どうやら大皿から自分でとって食べるような豪快な感じだ。
「じゃあいただくよ」
俺は酢豚のような料理をしゃもじで自分の皿にすくい、さじで一口くちに入れた。
《酢豚だ…》
「うんま!」
「そいつはよかったよ!」
「みんなも食え」
俺が言うとカトリーヌとキリヤ、食べられる魔人が自分の小皿にとりわけて食べ始める。残念ながらシャーミリアは食べない。
「おいしいです!」
カトリーヌが満面の笑みで笑う。
「本当ですね!これは美味い、中華料理ににてます!」
キリヤが言う。
《本当ですね。ニホンジンが中華といいました!》
《だろ?こいつも覚えているんだよ》
《なるほどです》
「どうだ?ここの料理は美味いだろ!」
さっき話しかけていたグループの男が言う。
「ああうまいな!素材が不足しているなんてもったいない話だ」
「そうだな。まあギルドが動かないからな、それはあきらめるしかない」
また料理を持ってきた女将さんがいう。
「もう終わったんだよ。時代が変わったのかもしれないねえ…」
少し悲しそうな顔をする。
「大丈夫だよ!モーラ!ライード達も絶対帰ってくるさ」
「どうだかねえ?もう行ったきり何カ月にもなる。こんなに長い事、街をあけたことはないからねえ」
「…まあ、諦めないで待つしかねえさ」
テーブルに置かれたのは、ふかし饅頭のような食い物だった。手に取ると熱くてキャッチボールのように手で遊びながら持ち上げる。
「ふーふー。はふはふ」
うっま!
「うまい!」
「そうかいそうかい!それはよかったよ!」
「ところでそのライードって人が帰ってこないって話だけど?西部に向かったとか?」
もしかしたら戦争に巻き込まれたのかもしれない。
「違うんだよ!あたしの亭主なんだけどね!冒険者なのさ。まあ今となっては”元”だけどね。それがアグラニ迷宮に潜るとか言ったきり戻って来なくなっちまって」
モーラと呼ばれた女主人は悲しそうにする。
「なるほど、ギルドもないから捜索も出せないって事かな?」
「そういうわけさね、まあ冒険者なんてそんなもんだ。あたしゃ別に期待しないで待っている事にしてるのさ」
そうか、ギルドが動かないとまともにダンジョン攻略など出来ないって事なんだ。まあ戦争に駆り出される事がない分、力を持て余している冒険者もたくさんいそうなものだが、ファートリア東部の冒険者のように村人と一緒に生きて居たりするのかもしれない。
「そう言うわけでな。アグラニに行ったきり戻らねえ奴らなんか元々いっぱいいたんだが、女将の旦那も戻ってきてねえんだよ」
「だからね、あんたらもせっかく西から来たのに悪いんだけど、アグラニなんかにゃいかないほうがいいのさね」
「そうか。冒険者がだめでも兵士ならどうにかなるんじゃないのか?門をくぐる時にも番兵のようなやつがいたようだが」
俺が情報を探るように聞いてみる。
「ありゃ兵士じゃないさね。元冒険者の自警団が自ら門番をしてくれているだけさ」
そうだったのか。兵士がいるからおかしいと思っていたが、どうやら騎士がつけていた皮の鎧を着た元冒険者だったらしい。
「って事は兵士はいない?」
「リュート王都で反乱のような事件があった時に、この都市の領主や兵隊は出兵したんだよ。だけどその兵士たちも帰ってくる事は無くてねぇ、話によると王都はもぬけの殻になったとかならないとか。冒険者もいないから容易に王都に行く事も出来なくなったってわけさ」
「だと冒険者はこの周辺で活動するのみか?」
「そんなところだよ」
「周辺に村や町は?」
「近場にはあるけど、あまり遠くに行く物はいなくなったのさ。魔獣が出たら対応できないからね」
「それなのに、わざわざアグラニ迷宮に行く元冒険者がいるのか?」
「そうだねえ…」
モーラはガクッと肩を落としてため息をついた。
「アグラニ迷宮に行けば、珍しい魔獣が取れたり武器や防具が手に入ったり、死んだ冒険者がもっていた金が手に入ったりするからな。この貧乏暮らしを抜け出すために行くんだよ」
今度は他のテーブルで飯を食っている男が声をかけて来た。
「一攫千金か」
「そういうわけだ。だけど兵もいないし武器なんて自分で使うくらいで、ギルドで換金が出来るわけじゃないから魔獣の素材も意味はねえかもしれねえ」
「なるほどな、あんたも冒険者だったのかい?」
「そうだ」
どうやらアグラニ迷宮に行くのは、生活のためにやむを得ずなどの理由がありそうだ。兵士たちは既にここにはおらず、ここの領主も不在で冒険者崩れの自警団で治安を保っているって事か。
「とにかく、あんちゃんらもそんなところに良く来たもんだな?」
「まあ俺の父も冒険者だったからな、生きているうちにダンジョンとやらを見ておきたいと思っただけさ」
「このご時世に物好きがいたもんだ。でも見た感じずいぶん軽装に見えるけど、あんちゃんら以外の女たちは魔法使いか何かかい?」
!!
「そ、そうだ!彼女らは魔法使いだ」
違うけど。
女性陣は一人で国を亡ぼす事の出来る魔人が2人と、スライムアーマーをかぶった奇跡の回復術士と、エロにかけては天下一品の洗脳魔人が1人だ。ちなみにイケメンの魔法使いのあんちゃんは剣士でもなんでもなく、そのエロい魔人に洗脳された作品の一つだ。
俺とカトリーヌとキリヤなどは、彼ら彼女らにしてみれば弱ーいお荷物さ。
「あんちゃんが隊長かい?」
「まあそうだ」
「一番若そうにみえるけどなあ」
「おい!ご主人様を!~」
シャーミリアが叫ぶ。
「シャーミリア!」
「はっ!失礼しました」
俺に生意気な口をきくとキレる性格をどうにかしないといけないだろうな。まあいままで支障があったとすれば、間違って人を殺しちゃったとかくらいだからいいけど。
良くないか…
「そうだ、おれがリーダーだ」
すると話しかけてきていた男が何かに気が付いたように言う。
「いやいや、俺は隊長が若いからって冒険者をみくびったりしないよ。その昔にはすっげえ若いのにやたら剣技の冴えるお兄ちゃんがいてなあ、どっかの国の男爵の息子らしいんだが、それはそれは気の冴えが半端なかったよ。それがパーティーを率いていたんだが強い冒険者達だったな」
「それはすごい。俺達も出来ればそういうやつと一緒に潜りたかったよ」
「そういえばモーラ!ライードはそのパーティーだったよな?」
男が女将に言う。
「ん?ああ、そう言えば居たねえ。うちの人が一緒に組んでいた気の冴えたお兄さんが」
「その人はどこに?」
「たまたまこっちに来ていた、ユークリット国の軍師に見初められてねぇ。連れて行かれちまったのさ」
「それは残念だ」
「まあ昔の話さね、ところであんたたち泊る所はもう決まったのかい?うちの二階の宿泊部屋ががら空きなんだ、泊まってお金を落としてくれればうれしいねえ。明日の朝食も腕によりをかけるがどうだい?」
え!明日の朝も食えるの!
「ぜひ」
間違って即答してしまった。
「なら決まりだね!」
「お!モーラ!久しぶりの宿泊客じゃないか?そりゃよかったな!」
商談成立し、俺は都市の外で待つ魔人達に宿泊の旨を念話する。
《ティラ!俺達は情報収集のために都市内に宿泊する事になった。モーリス先生はどうしてる?》
《はいラウル様。マリアに魔法の精度向上のための何とやらを話しています》
マリアの狙撃があれ以上の精度になるのだろうか?それはそれでありがたい。
《わかった、俺達は戻れないのでそちらはそちらで食事などはどうにかしてくれ》
《既にやっております。ゴーグがビッグホーンディアを狩ってまいりました》
《ならよかった。じゃあよろしくな》
《はーい》
皆に伝えたので心置きなく飯が食える。あっちはあっちで食料を調達したようだし、良かった良かった。
パク
俺がまた饅頭をぱくついた時だった。
「ただいまー!」
店の入り口から声が聞こえた。
「おや!お帰り」
モーラが言うので俺達が入り口を見る。
「あー!」
「あー!」
店の入り口に立っていたのは、さっき俺に声をかけて来たルーチカという少女とその姉だった。
「なんだい?おまえたち知り合いなのかい?」
「えっと…」
ルーチカが女将に説明しだすのだった。
って事は、この幼女が助けてくれと言っていたのはどうやらこの女将の旦那らしい。
グレースの前の虹蛇が言ってたっけ…物事には何でも意味がある。人との出会いや頼まれごとは、偶然ではなく必然だと。その法則はこれまでの戦いや旅路ですべて当たっていた。
俺は間違いなくこの縁には何かあると、直感で感じ取ったのだった。
次話:第514話 姉妹の心配事




