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第506話 人間の不思議と魔人の普通

ここにきて大量の騎士や魔導士を捕えられたのは思わぬ収穫だった。俺の予想では大半の敵兵は既に死に絶えていたと思っていたからだ。もしくは既に国外に逃亡している可能性も考えていた。しかしモーリス先生が言うにはファートリアで生き残った魔導士のほとんどが、ここに集まっていたのではないかと言う事だった。


「ラウル様。どうして敵の兵隊はここに固まっていたんでしょうね?」


ティラがあっけらかんと聞いて来る。


「ここに固まっていた…か。ティラからすれば不思議に思うよな?」


「はい。逃げるか、もしくは反撃を狙うなら、あんな場所に留まっているのはおかしいですよ!」


「まったくだな」


「ではなぜ?」


「うーん。まあアナミスと一緒に彼らの魂核に触れて分かったんだけどな、簡単に言ってしまえば何も考えていなかったよ」


「何も考えていない?」


「ああ文字通り何も考えていなかった」


「それはおかしいですよ」


「ふふ、そうだよな。自分で考えて行動して来たティラからすればおかしいよな」


そう、ティラは二カルス主トレントから魔獣なんか適当に操ればいいと言われ、自分で試行錯誤し尽くした結果、魔獣を森に追い返してしまうような力を身に付けた。小さい進化ゴブリンの女の子なのに、二カルス基地の切り盛りを任されて拠点の維持にも成功している。


「結局のところ敵兵たちは、私達に操られる事になったじゃないですか?」


「ははは。まったくだよ!でもな、人間てなそういうものなんだよ」


「そうなんですか?」


ティラは後ろに座っているイショウキリヤをみて首をひねる。まるで信じられないものを見るような顔でみているが、当のイショウキリヤは、俺達の事を意識するなと命令してからずっと外を見ていた。


「ああ、自分で考えて未来を切り開く人間なんていうのは、ごく僅かなものさ」


「自分の命なのにですか?私は自ら望んでラウル様の為に生きてます」


「お前たちは本当に偉いよ」


「はは!うれしいです!これからも私はずっとお側にいたいです」


俺達はファートリア国内を全て掌握するために、南東に向かって進行していた。東部地域の包囲作戦を開始する為だ。西側からリュート王国方面に向かって包囲網を狭めていき、デモンや敵兵のあぶり出し作戦を敢行する。もちろんこの移動中にも魔人達が鏡面薬を使って、転移魔法陣やインフェルノの罠を捜索し撤去していく。


そしてティラが俺の隣に座り質問をしていたのだった。


「人間ってな。上の偉い人たちが考えて、それを国民にやらせて国を運営していくんだよ。逆に魔人国のルゼミア王はなーんにも言わないだろう?」


「はい!ルゼミア様は、ティラの好きなようにしなさい!と言ってくださいます!」


「そうそう、母さんは間違いなくそう言うよな。それで魔人国はまとまっているだろう?」


「そうですね。だって私がルゼミア様にいろいろしてあげたかったから。今はラウル様の為にしたいことをしています!」


「そう、自分で考えて周りの人たちのために役に立つ動きをする。もし困ったことがあれば協力して切り開く、それぞれが誰かの事を思いやって国が成り立つなんて魔人国くらいなものさ」


「普通はそうならないんですか?」


「バラバラになるだろうね」


「どうしてですか?」


「分かりやすく言うと人間は楽をしたい生き物だからさ。それなのに自分が他の人より裕福になりたかったり、優位に立ちたかったりするんだ。そして人より秀でたことで喜んだり、誰かに認められることで自分の立場を良くしたりしているんだな。その目的がお金だったり他人を支配することだったりするんだよ。そのため人の腹の中を探ったり裏切ったりもするんだ」


「そんなことをしてどうするんですか?」


「ぷっ!はっはっはっはっはっ!!」


俺は思わず大笑いしてしまった。


「なんです?」


「ホントだよな!なんでそんなことするんだろうな?俺もおかしいと思うわ」


「ですよね!」


「ああ」


純粋に生きて来たティラには分からないらしい。彼らの世界には人間の社会のような仕組みが無かったため、自分たちひとりひとりが考えながら生きて来た。しかもよく考えねば死ぬような厳しい環境でだ。ぬるま湯につかった人間の生活など想像もつかないだろう。


「それであそこに固まっていたんですか?人より秀でたいのに?」


「それがな人間は上の人間がいなくなると、瞬く間に国が機能しなくなるんだよ。おもしろいだろう?」


「はい」


「自分達に何が起きたのかすら分からず、何をしていいのかもわからず、本当はすぐにでも動き出さなきゃいけないのに自分で判断する事を止めるんだよ」


「自分で判断しない?どうしてです?」


「上の人たちが決めてくれたりしたことをやるだけで良かったからさ」


「あの…」


「なんだ?」


「それで生きてて楽しいものなんですか?」


「はっ!ははははははははは!まったくだ!楽しくなんかない!」


「ですよね!そうですよね?」


「うんうん」


なんかティラと話をしていると純粋な子供と話をしているようで楽しい。物凄い体術を体得していて、魔人達を統率し二カルス大森林の魔獣を追い返してしまうような力があるとは思えない。むしろ力があるからこそ、そんな考えを持っているのかもしれないが。


「わたしは!ラウル様をずっと助けたい!」


「ありがとうな!でも自由にしてくれていいんだからな」


「ラウル様!ルゼミア様みたい!」


「そうか? 」


「はい!」


「とにかく人間達は操られる糸を切られて思考を無くしてしまったってことさ。指示をしてくれる人間がいなくなって、何をしたらよいのか分からなくなって思考を放棄したって事だよ」


「考えるのを止めた?どうしてです?」


そうか。やっぱりそうだよな…ティラは自発的に凄い事をやっているという自覚は無いんだよな。それがティラであり俺の直属の部下達なんだよな。


「彼らの魂核に触れて分かるんだよ。デモンに干渉される前から、自分で考える事を止めていた人間が多かったってことに。おそらくは国内の政治争いに明け暮れていたり、自分が裕福になる事だけを考えて居たんだろう。まさか内部から敵が発生して、そいつらに操られる事になるとは思わなかっただろうからな」


「なーんだ!自分が悪いんじゃないですかぁ!」


「その通り。自業自得だよ。だから俺から魂核をいじられて一生操り人形になったのさ」


「でも…ラウル様!今までの話からすると人間はその方が幸せなんじゃないですか?魔人達の保護下で平和に働き続ける事が出来るなんて、あの人間達からすれば一番望んだことなのでは?」


「ある意味そうだろうと思う。だから俺は魂核の書き換えをやった。何も知らない人間がそれを見たり知ったりしたらこういうだろう「人を勝手に支配して酷い」ってね。でもそれすらも自分の考えじゃなかったりするんだぜ」


「人間って面白いですね」


「だな。与えられた平和でも満足な癖にな」


「もしまたデモンが攻めてきて、そいつらに勝手に抗えって指示されたら困り果てて考えるのを止めそうじゃないですか?自分達じゃどうにもできないとか言って」


「ティラは賢いよ、恐らくそのとおりだろう」


「あの…わたし普通の事を言っただけです」


「ああ、まさに普通の事だ。その普通が人間の世界に出来る人が少ないってだけだな」


「凄いです!ラウル様ってなんでも知っているんですね!神様みたいです!」


ティラが言う神様とは俺の中の奴の事だろうか?どうやら俺は神を受体しているらしいんだが、それを発現させることは出来ていない。むしろ前世の知識で話している事がほとんどだ。ティラは不思議そうな顔で後ろに座るキリヤの顔を見つめていた。


「ティラ。お仕事よ」


シャーミリアが窓に近づいてきて言う。どうやら二カルス東より先の森に魔獣を多数確認したようだった。


「はーい!」


ティラは俺が乗る自衛隊軽装甲機動車に一緒に乗って話をしていたのだが、動く車からそのまま飛び出して森の方に走って行ってしまった。


「ティラとお話を?」


「ああミリア。ティラは純粋でいい子だな」


「はい、あの子のおかげで無用な殺生をせずに済んでおります」


「なるほど、ミリアも助かっているって事か」


「はい」


そしてシャーミリアも再び魔法陣探索をするために俺のそばを離れた。俺のそばにはファントムがデン!と座っているのだった。相変わらずどこを見ているのか分からない。


「お前は何かを考えているのかな?指示待ちではあるが俺が想像する以上の戦果をあげてくれる」


「‥‥‥。」


もちろんコイツが返事をすることは無い。そもそも思考しているのかどうかも分からないし、思考するのをやめた人間達とも違う気がする。グレースが俺を守るための超高性能AIが搭載されているんじゃないかと冗談を言っていたが、俺もひょっとしたらと思ってしまうほど性能がいい。


「お前…俺とシャーミリアが消滅したらどうなるんだろう?」


《我が主》


《なんだヴァルキリー》


俺が脱いだヴァルキリーは自動で、俺達の乗っている車の後ろをついて来ていた。作戦を継続するためにグレースに預けるのをやめて持ってきたのだ。そのヴァルキリーが俺に話しかけて来る。


《そいつは我と似ています》


《えっ?分体ってこと?》


《違います》


《似てるってのは?》


《我が主の深層を捕えて動いているのです》


《深層って潜在意識のこと?》


《そうです》


《もしかしたら、俺が考えていなくても俺が動いて欲しいように動くみたいな?》


《まさにそのとおりです》


《すげえな。泥棒髭とは雲泥の差だ》


《比べ物にならないと思います》


《逆にファントムに失礼か》


《そういった感情もないかと》


《なるほどね。それならなんとなく想像がつくな。シャーミリアが俺と深く繋げてくれたんだ》


《素晴らしい技です》


《うん、最高傑作って言ってた》


《まさにそのとおりです》


《で、俺がいなくなるとどうなる?》


《動かなくなってしまうでしょう。まるで銅像のように》


《そうか。お前はどうなる?》


《消滅します》


まあ分体だからな、本体が無くなったら消えるのは当然か。じゃあこいつらの為にも俺は消えないように頑張らなきゃいけないな。


「ラウル様!前方でカララが止まるように言っているようです」


運転していたタピが言う。


《どうしたカララ》


《この先に川があります》


《わかった》


「タピ、この先で車を乗り捨てる。川を渡らなきゃいけないらしい」


「分かりました」


「ラウル様。この車は?」


助手席のマリアが聞いて来る。


「川に沈めていく」


「かしこまりました。では武器を全て降ろさねばなりません」


「そうしよう」


そしてカララが言うように、俺達の進む先には大きな川が流れていた。俺が車を降りて川べりにたって向こう岸を見る。


「このあたりに橋は?」


隣にいるカララに聞く。


「ございません」


「そうか、じゃあみんなが来るまでここで待つとしよう」


「はい」


俺は皆に念話で集まるように言う。側にはタピとカララとマリア、そして目の前にヴァルキリーとファントムが立っていた。


「カララ」


「なに?タピ」


「魚の魔獣がいるよ」


「ええそのようね」


「ラウル様に食べさせてあげたい」


タピが魚を食べさせてくれるという!食べたい!


「おお!魚か!いいな!でもどうやって獲るか?」


「カララ!網を作ってよ」


「いいわ」


タピに言われて、カララが糸を出して網を作り出した。


「なるほどなるほど、なんだか魔人国を思い出すな」


「はい。」


俺は魔人達とよく海に漁をしに行っていた。あの時はセイラが主導権を握って安全に潜り漁をしていたが、タピはどうやら投網漁をしようとしているらしい。


「ラウル様、ここに来る途中で適当に魔獣を狩って来るようにお願いできますか?」


「わかった」


《シャーミリア、マキーナここに来る間に少し魔獣を狩ってきてくれ》


《《は!》》


しばらく待っているとシャーミリア達が魔獣を担いでやってくる。そしてアナミスとルピアも魔法陣探しを終えて合流して来たのだった。


「何をなさってるのです?」


アナミスが聞く。


「魚とりしようって事になった」


「それは、いいですね」


「ご主人様。ではこれは餌ですね?」


「そういうことだ」


シャーミリアとマキーナはレッドベアーを狩って来た。ていうか…6メートルくらいだから、まだ若いレッドベアーだ。


ご愁傷様


そしてシャーミリアとマキーナがテキパキとレッドベアーを捌きはじめた。


「よし!タピ!準備で来たぞ!」


「じゃあみんなで肉を川へまきましょう!!」


全員でレッドベアーの肉を、建前の餅まきのようにばらまきはじめる。しばらくすると川面にびちゃびちゃと魚影が飛び跳ね始めた。


「カララ!」


タピがカララに言う。


バサーっとカララが川に向かって作った網を放り投げた。物凄く綺麗に広がって魚たちの上に網が落ちていく。そして次にカララがグイっと糸を引くと、袋状に網が閉じて魚が中で暴れ出すのだった。でっかい1メートルくらいのピラニアのような魔獣だが、その鋭い歯でもカララの糸を千切る事などできなかった。


ビチビチビチビチ


陸揚げされた巨大ピラニアたちが跳ね回っている。


「みんな!絞めるよ!」


タピの合図に魔人全員が巨大ピラニアを締め始める。マリアと俺は見学だ。そもそも巨大ピラニアのさばき方など俺もマリアもしたことが無い。


「ファントム!薪をとってこい!」


俺が指示を出す。


ボッ


ファントムが消えた。


捌いた魚が俺の前に並んだ。そしてファントムが大量の薪を持って現れる…何トンあるんだろう?


「火をつけます」


マリアが言う。


「マリアの火魔法!久々に見るよ!」


「そう言えばそうですね」


そしてマリアが大木の薪に向かって手をかざす。


ボウッ


「えっ?」

「あれ?」


マリアの火魔法の火力がおかしい。何トンもの大木に一気に火が灯るのだった。


「ラウル様…なんだか私の魔力がおかしいです」


「うん、かなり力が上がったみたいだね」


「はい」


マリアは間違いなく魔人達の影響をうけているようだ。まるでモーリス先生のような火炎を出したのだった。本人も相当驚いているようでポカンとしている。そんな俺達の事など気にする様子もなく、魔人達は巨大な白身魚の身を串にさして焼き始めるのだった。


「ファントム!岩塩!」


俺が言うとファントムの腹から岩塩が出て来た。


「シャーミリア!」


俺はその岩塩を手に取りシャーミリアに投げてやる。するとシャーミリアはそれを受け取り、長い爪でシャシャシャシャシャシャっと魚に塩をふっていくのだった。


とろけそうな魚の脂の臭いに、俺の腹は大きな音を立てるのだった。

次話:第507話 魔法の橋と都市の奪還


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