第501話 結界都市籠城
南西から向かっているガザム及びゴブリン部隊と、西から向かっているギレザムの部隊のどちらからも、日本人部隊が見つかったという報告は無かった。北から向かっているスラガの部隊からも、まだ村の捜索が終わっていないという通達がくる。
まあ日本人部隊と言ってもイショウキリヤが一人混ざっているだけだけど。
「ラウルよ包囲網が縮まるまで待つのかの?」
モーリス先生が聞いて来る。
「ここにいる部隊だけでいけそうですし出発しようかと思います。」
「駐屯地ももぬけの空でしたね。」
「これは想定通りだよグレース。」
俺達と聖都から来たモーリス先生の部隊は敵駐屯地で合流したのだった。
「ふむ。それではここより西にあるという都市へと向かうのじゃな。」
「はい。皆の到着を待たずしても、攻略できる戦力がここにありますから。強力なオージェとトライトンもいますしね。」
「まかせておけ。」
まるで世紀末の拳法家兄弟の次男みたいな、いでたちでオージェがサムズアップする。
「よし!それじゃみんな進軍するぞ。」
俺達が乗った96式装輪装甲車と軽装甲機動車部隊が西に向けて出発する。聖都から真っすぐに西に延びた街道なので広く整備されているようだった。悪路を進むよりだいぶ速度を上げる事が出来る。
《ギル!俺達は都市に向けて出発した。そっちの部隊も進めてくれ。》
《かしこまりました。では隊を二つに分け我は洞窟内を抜ける道筋で、分隊は山脈を迂回するように向かいます。》
《了解だ。ただガザムがいないが、隊を分けて分隊は機能するのか?」
《我が育てて副官に任命したものがおります》
《ひょっとして…ライカン?》
俺が泥棒髭で一緒に行動した時に、際立った動きの奴がいたから聞いてみた。
《そうです。》
《あ、やっぱり。泥棒髭で部隊と一緒になった時、一人雰囲気が際立ったものがいたから。》
《サーデクと言います。作戦が終わった後ラウル様にお伺いを立てようと思っておりました。》
《あ、いいよいいよ。ギレザムが見立てたんだったらサーデクが副官で問題ない。》
《かしこまりました。本人も喜ぶでしょう。》
《それならよかった。》
どうやらギレザムは部隊を効率よく動かすための、コツのようなものが分かってきたようだ。
《ギル。》
《は!》
ギレザムとの念話を切る前に話をしておく。
《ギルにはもっと権限を与えたいと思っているんだ。もっと細かい部隊編成を行い、さらに魔人達を鍛えて将官をたくさん生み出してほしいんだよ。すでに軍が大きくなりすぎているからね、命令系統が俺からの上意下達だけでは機能しない可能性がある。もっと役職を増やして行こうと思っているんだ。》
《かしこまりました。我にもいろいろと考えが御座います。ファートリア神聖国での作戦が一通り落ち着きましたら、ぜひ幹部を集めて会議を行えればと思われます。》
うっわ!ギレザム頼もしいわ!やっぱガルドジン父さんが見込んだだけの事はあるなあ。
《よろしく頼むよ。》
《は!》
ギレザムとの念話を切る。
《ガザム。》
《は!》
《そちらの状況は?》
《ことのほか魔獣が浸食してきております。合流までは時間がかかりそうです。》
《そうか、慎重にやってくれてかまわないぞ。ティラ達は?》
《ラウル様!》
ティラが答えて来る。
《ティラ、どうだ?》
《ブラックドッグは上手く森に返す事ができています。ただ屍人は全く言う事を聞きません。》
《てか、本当にブラックドックを森に返してるのか?》
《二カルスの主から、お前なら出来ると言われたんです。》
なるほど…きっとティラに眠る何らかの力を見抜いたか…面倒くさくなって丸投げした結果、ティラが勝手にできるようになったかどっちかだろう。あの木の爺さんがそんな能力を見抜く力があると思えない。
あいかわらずトレントを下に見ているラウルであった。
《凄いよティラ。》
《えへへ。》
《タピはどうしてる?》
《ラウル様!》
タピが返してくる。
《おおタピ!ブラックドッグはどうかな?》
《はい。2頭ほど言う事を聞きそうなやつを見つけました。》
《その2頭は今どうしてる?》
《自分が狩って来たグレートボアを食ってます。》
《餌付け‥‥って事でいいのかな?》
《まずはこういう事から始めるといいとイオナ様が言ってました。》
《それじゃあ、お前が遅れるんじゃないのか?》
《大丈夫です。屍人の群れならガザム、マカ、クレ、ナタがかたずけてくれますから。》
《わかった。》
《ラウル様。タピの言うように我と魔人達で屍人を掃除してからいきます。》
《ああガザムよろしく頼む。屍人はやはりエルフや獣人か?》
《そのようです。》
《そうか…きっちり滅ぼしてやってくれ。》
《は!》
どうやら皆しっかりと仕事をこなしてくれているようだった。あとは北から向かっているスラガの部隊だが、いまだ連絡が無いと言う事は作戦続行中だろう。
「よし、シャーミリア!偵察に出てくれ。ここから西に都市があるはずだが、そこがどうなっているのか確認して来てほしい。」
「は!」
ドシュッ
シャーミリアの気配が車両の周りから消えた。そして…数秒後。
《ご主人様、到着いたしました。》
はやっ
《どうなっている。》
《異変が生じております。》
《どうなってる!?》
《都市全体に巨大な結界が張り巡らされているようです。》
《ビンゴ!なーんだ…》
敵はそれほど難しい行動をとっていなかったようだ。どうやらデモンが抜けてもぬけの殻になった都市に籠城していたらしい。俺達を警戒して結界を張って待ち構えていた。
《中に人間がおります。恐らくはニホンジンと呼ばれるものと魔導士が多数。騎士たちもかなりの数が生存しているようです。》
《了解だ。近寄らず監視を続けろ。》
《かしこまりました。》
俺は96式装輪装甲車の中にいるみんなを見渡す。俺の他にはモーリス先生、マリア、グレース、オージェ、オンジ、トライトン、ゴーグ、ラーズが座っている。
「先生。どうやら敵は西の都市に立てこもっているようです。」
「ふむ。それなら作戦は簡単じゃろうな。」
「はい。ただ一つ問題がありまして…。」
「なんじゃ?」
「都市全体に巨大な結界が張り巡らされているようです。」
「ほう!わし以外にもそんなことのできる奴がおったか! 」
「それがどうやら魔導士がたくさんいるようなのです。」
「なるほど、それなら合点がいくわい。」
「どうしたものでしょう?」
「わしとラウルがいるではないか!」
「というと、あの地下書庫の結界の時のように?」
「そう言うわけじゃ。むしろ解析は簡単じゃが、ここは魔力勝負といったところじゃろうな。」
「私の魔力で足りますかね?」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ!おぬしは自分の魔力量もわからんのかの?」
「まあ人よりは多少、多いと思いますが…。」
「魔王の息子が人より多少魔力が多いくらいで務まると思っておるのか?」
「やっぱり相当多いんですかね?」
「ここにいる誰よりもな、むしろ魔人国で言うたら王くらいのものじゃろな。じゃがわしもラウルの魔力総量など計り知れんわ。」
「ルゼミア母さんも凄いんですか?」
「あの御仁はもはや人知を超えておる。むろんラウルもじゃが、あんな華奢な体で龍を投げ飛ばすのじゃぞ!わしにその魔力が計り知れるわけが無かろう。」
「先生でも無理なのですね…。」
「本気で言うとるのか?ラウルに比べればワシなど足元の蟻にすらならんぞ。」
「は、はあ…。」
俺は俺の魔力総量を自分でも把握できていない。どうやらモーリス先生では分からないようだった。モーリス先生で分からないんだったら俺でも分かるわけない。俺の基準はそういうものだ。
「あのー。それ、ラウルさん素で言ってます?」
「素で言ってるが?」
「僕もそんな分からないですが、あんな膨大な戦闘車両を一気に出せる人の魔力が少ないわけないじゃないですか。もしかしたらこの世界の常識など、とうに超えてるんじゃないんですか?」
「そう言われてみれば…。」
「出た…天然。」
オージェが言う。
「オージェ!て、天然ではないと思うが。」
「誰がどう考えても尋常じゃないだろうよ。むしろお前がやられたらこの戦況だってひっくり返されるぞ。」
「それは…。」
確かにオージェの言うとおりか。俺が消滅すれば兵器召喚が出来なくなる。すると魔人達のアドバンテージは純粋にその体に備わったパワーだけ。とはいえ進化した魔人達のパワーは、この世界をひっくり返すだけの力はあると思うが。
「ラウル様の御身は、ご自身が思うより重要なのです。」
マリアが言う。
「ふぉふぉそうじゃな!ラウルがいなくなったりすれば、この状況を維持する事など困難じゃろうて。」
「はい先生。肝に銘じます。」
「ラウル様!都市の結界が見えてまいりました!」
上部ハッチから頭を出して先を見ていたゴーグが言う。
「ゴーグ、全体を止めてくれ。」
「はい!」
車両部隊を止めて全員が車両から降りて先を見る。すると半円状の大きくて透明な球体が淡く輝いて広がっているのが見える。
「大きいですね。」
「そうじゃな。思ったより都市も大きくて、あれなら魔導士もかなりの人数いるやもしれん。」
「はい。では作戦を開始します。」
「ふむ。」
「ゴーグ!」
ゴーグが俺達の所にきて巨大狼へと変貌していく。そして頭を下げると手慣れた様子でモーリス先生がまたがった。
「マリア!ダークエルフ隊を連れて待機していてくれ。」
「はい。」
マリアの後ろにダークエルフ隊が整列した。全員がそれぞれの得意なスナイパーライフルを持っている。
「カララ!ラーズ!マリアとダークエルフ隊の警護につけ。」
「はい。」
「御意。」
「アナミス、ルピア、マキーナ!上空待機して逃げる奴や、狙撃から逃れたやつを撃て。」
「「はい!」」
「かしこまりました!」
「オージェとトライトンはグレースとオンジの護衛を頼む。」
「了解。」
「わかりました。」
「グレースは魔導鎧とバーニア、そして追加の推進剤を出してくれ。」
「了解です。」
グレースが手をかざすとヴァルキリーがバーニアを装着した状態で出て来た。デイジーとミーシャ製の推進剤カプセルも出してもらい、補給用のカバーを外して推進剤を補充した。
《ヴァルキリー。》
《はい、我が主。》
ガパン
ヴァルキリーの後ろが空いたのでそのまま前に進み装着した。
《今回の戦闘はそれほど時間はかからない。魔法の攻撃が想定されるので、防御は任せるぞ。》
《我が主の魔力を流されている状態で、機体に傷がつく事など万が一にもないでしょう。》
《よろしくたのむ。》
やはりヴァルキリーの防御力も俺の魔力と関係しているらしかった。
《シャーミリア!監視から戻り、ファントムと共にゴーグとモーリス先生を護衛しろ。》
《は!》
ドン!
一瞬でシャーミリアが俺達の側に立つ。皆が一瞬ビクッとするほどいきなり降ってくる。もう少しソフトリーに着陸できないものなんだろうか。ドレスのスカートがバサッとなるとドキッとするんだが。
「ファントムも頼むぞ。」
「‥‥‥。」
もちろんどっか見ている。
そして俺は目の前に大きく展開されている結界を再び確認する。
「これって何人くらいの魔導士がいるのでしょう?」
「ふむ。恐らく数百はいるのではないかな? 」
「数百…ですか…貴重な魔導士が。」
「ファートリアの人間じゃろうからあまり傷つけたくはないがの。」
「もちろん大丈夫です。傷は一瞬着きますがすぐにエリクサーで修復させますから。」
「うむ。よろしく頼む…そしてこの作戦は絶対にサイナスにバレてはならんぞ。」
「もちろんです。そもそも全員が聖都に戻って枢機卿の下で働く、働き蟻になるのですから問題ないかと思います。」
「は…働きアリ。」
「えっと失言でした。働き者になるのですから。」
「そうじゃな。」
「では。」
俺達は結界の張られた都市に向かって進軍し始めるのだった。都市の中で待っている敵兵の心境はいかなるものか分からないが、そんなことはどうでもいい。
全て使役して帰るだけなのだから。
次話:第502話 使役のための狙撃
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