第500話 日本人部隊の包囲網
ゴブリン隊が前線基地から、ガザムの居る拠点に到着するまでは20時間ほど必要とした。作戦が開始されたのはゴブリンが到着してすぐだった。俺達は既に聖都より西方向に向けて進軍している。日本人魔導士とそいつが率いている人間部隊を探すためだった。
「敵は恐らく、元居た場所にはもういないでしょうね。」
96式装輪装甲車の車内で対面に座るグレースが言う。
「だな。奴らが向かうとすれば東のファートリア聖都か西のデモンがいた都市、逃げるとすれば南に向かい二カルス大森林ってとこだろう。」
俺が答える。
俺達の隊列は軽装甲機動車2台と96式装輪装甲車となっていた。悪路ではあるが特に障害物も無く順調に進んでいる。
「東にいるなら一網打尽なんですけどね。敵はそんなに馬鹿じゃなさそうですよね?」
「ああ、やはり一度デモン部隊と接触するために西へと向かったと思うんだ。」
「でもその都市に居たデモン達は、転移魔法陣で現れたそばからギレザムさんが一掃してしまったんですよね?」
「そういう事だ。人間の兵士たちがたどり着いたとしても都市はもぬけの殻だろうな。もしくは残ったデモンがいる可能性もあるか…」
「で、よしんば西に逃げたとしても、ギレザムさんガザムさんとゴブリン隊が待ち構えていると。」
「そういう事だ。北に行けばドラン隊から出発したスラガが率いる魔人達と接触するだろう。」
「だと…最悪は南に向かっていた場合ですよね。」
「もしそうなら二カルス大森林から溢れ出た魔獣達に蹂躙されて全滅、俺の目論見は見事外れて作戦は水の泡だな。」
「生きていてくれるといいですね。」
「そうなんだよなあ。」
この部隊には俺の直属の主力の一角である、シャーミリア ファントム、カララ、マキーナ、アナミス、ルピアがいた。拠点はミノス一人でも魔人達の管理は十分だと、ミノス本人が言うのでルピアを借してもらった。敵からヘリを確認されれば逃げられる可能性もあったので、エミルとケイナはこの作戦から外れてもらう事になりミノスの所に居てもらう事にした。
「作戦が上手く行けばまた仲間が手に入りますね。」
「ああ、そもそもサキュバスの霧毒弾丸は、人道的じゃないと思って使うつもりはなかったんだが‥‥。」
「はは…やっぱ、もったいないと?」
「そう言う事だ。」
「そうですよね!新しい技術は使ってこそナンボですよ!僕はラウルさんのその決定に大賛成ですよ。新しい事はどんどんやって行くべきです!」
俺が認めたとたんにグレースが目をキラキラとさせていう。こいつは前世の林田だったころから新しいものが好きで、どんどん試したいタイプの性格だった。
「そのつもりでミノスの所からダークエルフを10人も借りて来たんだ。聖都からはモーリス先生とマリアを連れ、ゴーグ、ラーズ、セイラ、とオージェ、トライトンを護衛につけて向かってもらっている。」
「恐らくは敵の拠点で合流となりそうですね。」
「そうなりそうだ。」
包囲網を縮めて行けば必ずどこかの部隊にひっかかるはずだ。サキュバスの霧毒弾丸は各隊が携帯しているはずなので、モーリス先生が到着してしまえばこの作戦は終わりだ。
ありゃなんだ?
ま、まじゅうじゃあぁぁ
にげろおぉぉぉ
俺達が村のそばを通ると車両を見た人間達が騒いでいるらしい。既にこのあたりに脅威になる敵がいないと予想して堂々と走っているのだった。
ブロロロロロロロ
軽装甲機動車2台と96式装輪装甲車は、村の側を何事も無いように走破していく。
しばらく走り続けていると今度はシャーミリアから声がかかる。
《ご主人様。今度はどうやら盗賊のようです。》
《どんな奴?》
《ただの盗賊ですが、武装して先ほどの村に向かっていたように思えます。しかしこの車両に驚いて街道脇の森に隠れてしまったようです。》
《ふーん。》
《無視でよろしいですか?》
せっかくシャーミリアが人間に興味を示してくれたんだしなあ。
《盗賊は何人くらい?》
《23人です。》
《じゃあシャーミリア、マキーナ、アナミスが自由にしていいよ。俺は別にいらないし。》
《よろしいので!?》
《ああ、思う存分自由にしていいぞ。》
《アナミス、マキーナ聞きましたか?》
シャーミリアが二人に聞いている。
《ええ!》
《はい!》
《ではご主人様、お言葉に甘えまして行ってまいります。》
《いってらー。》
俺達の周りからシャーミリアとマキーナ、アナミスの気配が消えて飛んでいった。
《たまにはご褒美あげないとね。上質な人間じゃなくて申し訳ないけど、やはり食事はとても大事だからね。》
「しかし、魔獣とかに会わないものですな。」
すかさずグレースの隣に座るオンジが言う。今の念話の後なので俺はビクッ!としてしまう。
えっと…いまの念話聞いてた?まさかね。
「ですねぇ~。なんかこの車両に怖気づいて出てこないんじゃないですかねえ。」
「なるほど、そう言われてみればそうですな。盗賊なども出てこないのはそのためでしょうかな?」
「もちろんそうでしょうねぇ。」
いや…絶対いまの念話聞いていただろう。なわけはないだろうけど…
《ラウル様。》
ラーズから念話が来る。
《おうラーズ、いまどのあたりだ。》
《まもなく敵兵が居た拠点に向かう分岐点に差し掛かります。》
《やはりそっちの方が早かったか。皆疲れていないか?》
《御師様だけは、とても興奮して上部ハッチから顔を出して歌を歌っております。マリアがそろそろ座ってはどうだと声をかけておりますが、言う事を聞く気配はありません。》
《モーリス先生はそういう人だ。》
《もちろん分かっております。どうやら不意の攻撃に備えて結界は張っておられるようですし。》
《楽しみのためには全力を尽くす人だ。》
《もちろん分かっております。なにやらラウル様の兵器から手がかりを得たとやらで、歌があたりに反響しておりますから。》
《やめさせろ!》
《えっ?我がですか!?》
《あと誰がいるんだ。》
《えっと…。》
《敵に逃げられるだろ!》
《ラウル様!》
《おおゴーグ、ゴーグから頼んでくれ。》
《はいー。》
どうだろうか…確かにラーズではモーリス先生の鼻歌を止めるのは難しいかもしれない。
《止まりましたな。》
ラーズがホッとしている。
《さすがゴーグ。今は何をしている?》
《と、言うよりもゴーグと御師様は一緒に出て行ってしまいました。散歩してくる!とか言っておりましたが。》
《まあゴーグがついてるなら大丈夫だ。》
《はい。》
モーリス先生は冒険が大好きなようで、今回も相当喜んでくれているみたいだ。大量人間の使役作戦という非道な作戦なのだが、殺すよりずっとましだと言う事で二つ返事で了承してくれたっぽい。もちろんオージェや枢機卿一行には伝えないようにと言ってある。
すぐバレるとおもうけど。
《我らが分岐で待ちますか?》
《いやラーズ、先に進んでくれていい。お前とオージェとトライトンがいるなら、先生とマリアは問題ないだろう。まあ予想では既に敵は駐屯地にはいないはずだが。》
《わかりました。》
俺達の車両部隊が峠を越え麓の道をしばらく進んでいくと、車両が通って行っただろう轍があり右の道に向かって進んでいた。
「これを右だ!」
「は!」
運転している魔人にそう伝えたところで、
《ご主人様。ただいま戻りました。》
シャーミリアが帰って来た。
《おかえりー。》
《お気遣いいただきありがとうございます。》
《私も久々の精でございました。》
《私まで良かったのでしょうか?》
《いいよー。もともと俺の物でもないしさ。》
3人はとても満足してくれたようだ。この国はいま盗賊のパラダイスと化しているから、もしかすると魔人達にとってもパラダイスかもしれない。今度は見つけ次第、許可を出すようにしよう。別に盗賊のハイグールはもう作ってもらわなくてもいい、泥棒髭だけでこりごりだ。あいつに潜ると本当に具合が悪くなって仕方がない。
《ラウル様。以前通った都市につきました。》
今度はギレザムから念話が繋がった。
《ギル。早いな。》
《速度を上げてまいりましたので。》
ギレザムたちは以前、俺の泥棒髭と河童とゴーレムで透明ドラゴンと戦った都市に着いたようだ。
《そこに来るまで敵に遭遇する事は無かったか?》
《はい。見当たりませんでした。》
《だと西は無いか‥》
《南西に向かったとも考えられますので、部隊を分けてガザムとゴブリン隊が南から回り込んでおります。》
《さすがだな。》
《ゴーグとミノスが以前進んだ道があるかと思いますので。》
《まあな。ただ二カルス大森林の魔獣の襲撃をしのいで進めるかどうかだ。》
《それも含め確認します。》
《頼む。》
俺が車内で考え込んでいると、正面のグレースが聞いて来る。
「どうしました?」
「敵は西には抜けてない。と言う事はデモンがいた都市に潜伏しているか南北のどちらかだな。」
「そうですか。魔人部隊の脅威を感じて南にという可能性は捨てきれませんよね。」
「ああ。」
それはそうだが、だとこの作戦は失敗と言う事になるだろう。
《スラガはどのあたりだ。》
俺の方からスラガに繋ぐ。
《はい。峠が険しくまだ越える事が出来ておりません。》
俺も一度シャーミリアと近くを通ったので分かる。
《そこはそうだったな、敵の気配は無かったか?》
《接触はありません。》
《なるほどな。》
《村などもあるようですが、敵の人間が潜伏したりはしてないでしょうかね?》
《かなりの数の人間兵がいたからな‥‥バラバラに散らばった可能性もあるか…。》
《村人に紛れている可能性もあるので、俺が潜伏して探りを入れて見ます。気配で分かると思いますので。》
スラガに言われるとそうかもしれない。俺は一つ村をスルーしてきてしまったが…もしかしたらそこに潜伏していた可能性もあったか。
《いえ、ご主人様。その可能性は万が一にもございません。》
シャーミリアが言う。
《どういうことだ。》
《私奴とカララの目を逃れる事など出来ません。》
《それもそうか。》
そういえば俺の部隊にはこの二人が居た。
《スラガ!手間はかかるが潜入して調べながら進んでくれ。》
《了解です。》
《ゲリラと化している可能性もあるから十分注意してな。》
《一般の村人として潜りますよ。》
《わかった。》
ということは北からの部隊は少し到着が遅れそうだな。ドランがいる拠点から中央に向かっては村が3つほどあったと記憶している。スラガが怪しまれずに確認しながら進むとなれば時間がかかるだろう。
《ラウル様。》
《どうしたガザム。》
《やはり魔獣がファートリアに侵入してきているようです。》
《そうか。今は冒険者とかがいないから食い止められないんだ。どんな魔獣だ?》
《ブラックドッグと屍人ですね。かなりの数がこちらに来ているようです。》
《ならガザム。ブラックドッグと屍人には恨みはないが、見つけたら殲滅してくれるか?》
《は!…あの…》
《どうした?》
《ラウル様!!》
《おおティラじゃないか!元気にしてたか?》
《してます!》
《来て早々大変な仕事を任せて悪いな。》
《いえ!》
しばらく二カルス大森林の拠点で、ミノスの代わりに指揮をとっていたティラだった。ゴブリン隊の紅一点で南国の少女のような雰囲気の子だ。魔人の稽古をつけてもらう時、最初に俺に体術を教えてくれた。
《どうした?》
《屍人はどうにもならないけど、ブラックドッグなら少し任せてもらっていいですか?》
《ん?お前ひとりで始末がつけられるのか?》
《始末はしません。そのまま森に返せばいいのではないですか?》
《それはそうだが…。》
《ならお任せください。森で二カルスの主にたくさんの事を教わりましたから。》
《そうなのか?》
《はい!》
どうやら俺の知らない間にも、ティラは成長していたようだ。どうやるのかは全く分からないが、魔獣を森に返すと言う。
《あの…。》
《おおタピじゃないか。》
《はい!自分も手伝えると思います。》
《何かできるのか?》
《イオナ様から魔獣のしつけ方などを学んでおりました。もしかしたら1匹2匹くらいなら言う事を聞いてくれるかもしれません。》
《‥‥すごいな。それが出来るならやってみてくれ。》
《はい!》
イオナが何を教えたというのだろう…タピもいつの間にか成長していたようだ。俺は独自の進化を遂げていく魔人達に感動を覚えるのだった。マカ、クレ、ナタもそれぞれの場所でいろんな経験をしてきたのだろう。デモン討伐の進化を直接受け取っていなくても、成長するようになったらしい。
俺はこの作戦の成功を確信するのだった。
次話:第501話 結界都市籠城
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