第497話 急転直下 ~ギレザム視点~
ファートリア神聖国中央あたりから北にそれた東西にのびる街道沿いに、ドランとスラガが指揮する駐屯地がある。そこを訪れたのはギレザムと10名の精鋭魔人部隊だった。その中には、ラウルやシャーミリアが操る事が出来る、泥棒髭と呼ばれていたハイグールもどきもいた。どうしても主人に現場確認をしてもらう必要がある場合には、連れてきておいた方が良いだろうという、ギレザム独自の判断であった。
「おおむね順調という感じだな。」
「ああ。」
ギレザムとドランが話をしていた。
ラウル達が大量デモン駆除をした時におきた兵士達の軽い2次進化は、少し離れたこの地でも確認する事が出来た。さらに兵士たちは日々の鍛錬も忘れずに行っており、食料は自分達で調達し自給自足の体制も確立させていたのである。
「ドランよ、兵器の方は戦闘中に弾薬の不足がおこらぬよう、ラウル様に総入れ替えしていただく必要があるだろう。戦闘車両の燃料も半分以下となっているようだぞ。」
「いやギレザムよ。我らは現存する兵器で十分だ。」
恐らくドランはラウル様に迷惑をかけるのを嫌がっているのだろうか…
「駄目だ。それでは作戦に支障をきたす必要がある。いずれラウル様が補給にやってくるだろう、その時すみやかに作業が済むように、必要とする物資の報告準備や回収していただく物を分けておけ。弾薬に関しては余剰に下賜いただくことを提言した方が良いだろう。」
「うむ、わかった。」
ドランが真剣な顔で頷く。
「ところでギレザム。」
「ん?なんだスラガ。」
隣にいたスラガが声をかけて来る。
「お前気づいてるか?」
「何がだ?」
「ツノ。」
「ん?」
スラガに言われて、自分の額の上あたりを触ってみる。
「あれ?」
「姿かたちはそれほど変わっていないが…いや…なんか存在が大きくなった気もするが、とにかく一度は無くなったはずのツノがあるな。」
「どういうことだ?我は少しでもラウル様の御姿に近づくことができてうれしかったのだがな。これでは逆戻りではないか。」
「うーむ。逆戻りというよりも以前より力を感じるぞ。」
ドランが言う。
「力?ツノがか?」
「いや、お前が。」
こいつらの言っている事はよくわからんが、せっかくラウル様の御姿に近づいたはずなのに、元に戻ったのであれば力は減少するはずだ。ただ今のところは力の減少は感じていないし、体内の魔力が静かにうねっているような感覚もある。
なら何かが変わったのか?
よくわからない、わからないが、今は…そのような事を話している場合ではない。
「我の事などどうでもよいのだ。西の村の人間とはうまくやっているのか?」
「もちろんだ。我々は食材を提供し、彼らはそれらを捌き加工などもしてくれている。」
「それならいいんだ。いざこざなどは起こすなよ。」
「ラウル様の顔に泥を塗るような真似はせんよ。」
「まあ下手な真似はせんだろうがな、お前は目つきが悪いから勘違いされそうだ。」
ドランは人間の容姿になっても、目つきの鋭さは竜人の時から変わっていない。髪の毛も無くまゆ毛も無いのでその眼光の鋭さがひときわ目立つ。
「そこは、スラガに一任しているから大丈夫だ。」
「なるほどな。ならスラガは十分注意するようにな。」
「俺も人間相手に巨人化を見られないように気を付けているよ。」
「その方が良いだろう。」
スラガは一見すると人間の少年だ。黒髪に黒い瞳がめずらしいものの、その幼さが残るような顔立ちなら、人間に警戒される事もなさそうだ。
「人間のアデルフィアという女がとりわけ良くやってくれているんだ。」
「村のか?」
「そうだ。どうやらラウル様に命を救われたらしい。」
「さすがはラウル様だ。ここでもきちんと機能するように根回しをしていたとはな。我もその先見の明というやつを身に付けねばならん。」
「ふふっギレザムが先見の明か…お前は総大将だものな。」
「だよな俺はてっきりミノスあたりになるかと思ったがな。」
「我自身も驚いている。だがラウル様のご判断に誤りなどない、ならば我はその命を全うするだけだ。」
「あいも変わらず真っすぐな男よの。」
「若いってのはいいもんだ。」
どう見てもギレザムよりスラガの方がずっと若く見えるのだが、実際に生きた年数はスラガの方が長い。はたから見ればスラガがギレザムに”若い”と言うのは違和感があった。
「うむ。我は若輩ではあるが精一杯やるしかないだろう。ラウル様は魔人の年齢などよく分かっておらぬだろうし、我はただ一心不乱にラウル様が目指すものの、外堀を埋める事に全力を注ぐさ。」
「そうだなギレザム、俺達ももちろんそうするつもりだ。とにかく期待してるぜ総大将。おまえはガルドジン様にも見込まれ、ラウル様にも見込まれた男だ。」
「ああ。」
スラガに肩を叩かれて改めて思う。我はラウル様から申し付かった役割を精一杯務めるだけだと。
「じゃあ俺はすぐに、ガザムと魔人兵が待機している西の都市へと向かう。」
「わかった。ガザムが何かを感じてとどまっているらしいが、何かあると見て間違いないのかな?」
「ああドラン。ガザムがその感覚を違えるとは思えんしな、何も無いにこしたことはないがラウル様も気にされていた事だ。。」
「そうか、ならば気をつけろ。」
「この拠点は俺達に任せてくれ。」
「分かった。ここも安全とは言えないだろうから、十分注意するようにな。」
俺が言うと、ふいにドランとスラガが直立で敬礼をする。
「ふっ。なんだ?ドラン!スラガ!ラウル様達の真似か?」
「ん?ギレザム、お前はしないのか?」
「いや、お前たちもすっかり気に入ったんだなと思ってな。」
「なぜか気が引き締まる思いがするぞ。」
「そうだな。」
我も敬礼をすると、二人が再び敬礼を返してくれるのだった。
駐屯地の中では魔人達が住居や保管庫などの建設にいそしんでおり、あちこちに戦闘車両が置いてある。確認したところ燃料や弾薬が半分以下になっていたので、ラウル様に補給品を下賜してもらわねばならないだろう。ラウル様がいらっしゃるギリギリまでは、この状態にしておくしかあるまい。
我は踵を返して、駐屯地の外に向かうのだった。
「ギレザム総大将、準備は整っております。」
入り口付近で魔人兵に声をかけられた。
俺がこの部隊の副官に任命したライカンのサーデクだ。勝手に任命したのだが後にラウル様に承諾してもらうつもりだった。そうでなければ部隊の命令系統が上手く回らないので仕方がない。2つに部隊を分けて行動するには、指示系統を分けなければならない時があるのだ。
「よしサーデク、それでは西に向かう。」
「は!」
副官にしたライカンが兵員輸送車の助手席にまわった。自分は後部ハッチから乗り込んで前まで移動する。
「では、出してくれ。」
ブロロロロロロ
俺の席の正面にはあの泥棒髭のハイグールもどきが座っている。顔色が悪く髭面も汚いが、ラウル様が入る事もあるため、魔人達には丁重に扱うように言っている。
「‥‥これが…ファントムと同じ種族などとは到底思えんがな…。」
つい呟いてしまった。ファントムよりかなり脆く戦闘においてもほとんど役に立たない。ラウル様は良くこれに入って戦えたものだ。どう考えても魔法の集中砲火を浴びて、消滅してしまうのが関の山だ。今も瞳の焦点が合う事なく、どこを見ているのかすらも分からない。
「まあ生きていないんだからしかたないがな。」
運転席から外を見ると村が見えて来た。
「あれがラウル様が助けた村だな。」
「はい。どうしますか?」
「通過でいい。村の視察は予定に含まれてない。」
「は!」
サーデク副官に伝えそのまま村を過ぎるのだった。
《ガザムがいる都市までは約1日程度かかるだろう、それまでは特にやる事はなさそうだ。ここから南東にデモンがいた都市があったはずだが、既に敵は動いたのだろうか?ガザムがいま駐留している都市へは一番近い。だがあそこのデモンが動くとすれば、やはり決戦の場所である聖都であると思うが…》
それから半日は何もなく車に揺られて進んでいた。あたりには森しか見えず街道では誰ともすれ違う事は無かった。
「あと半日。明日の朝にはつくだろう。」
「は!」
俺が感じているガザムの気配からすれば、間違いなく明日の朝には到着するだろう。既にガザムも自分の気配を察知しているはずだが。徐々に辺りは薄暗くなってきており、ここからは魔獣たちが我が物顔で闊歩する時間帯だ。
「灯りはいらんのか?」
本来、ラウル様の車両には前方を照らす光がある。しかし運転している者も助手性の者もライカンのため、暗闇でも昼間と変わらずに見えているのだろう。あえて光を消しているようだ。
「必要ございません。」
「そうか。」
まもなく街道には漆黒の闇が訪れた。魔獣が出たら処分しながら進まねばならないだろう。魔獣で問題があるとすれば車を壊される事だが、ここにいる部隊兵なら素手で一人でも大型魔獣を殺す事が出来る。とにかくすみやかに排除して前に進むだけだった。
「魔獣を発見したらお前とお前が処理しろ。銃火器は使わずそのコンバットナイフで仕留めるんだ。」
「「は!」」
二人が腰にさしているナイフを指さして言う。俺が車内の二人の魔人に指示を出し魔獣対策の為、後部ハッチを開くのだった。
「グレードボアかビッグホーンディア、レッドベアーなら食料にする。」
「「了解です。」」
しかし我が指示をしても魔獣はなかなか出てこなかった。
何事もなく1時間ほどそのまま走っていた時だった…
「ん?」
俺はある気配を察知してしまったのだ。
「どうしましたギレザム様。」
サーデクが聞いて来る。
「動いたな。」
「何がです?」
「この感覚はデモンだ。すぐにラウル様に報告を入れる。一度車を止めて外で警戒態勢を取れ、銃火器の使用を許可する。それぞれが得意な銃を携帯しろ、お前とお前はロケットランチャーを携帯。お前は12.7㎜を車体上部に設置し警戒。」
「「「「「は!」」」」」
どうやらデモンがやってきたらしい。森の気配がおかしいと思って集中していたので、かなりの距離があっても察知する事が出来た。恐らくデモン達は都市から動いたばかりだとみえる。
しかし…この距離で気づくことができたのは幸いだったな。
ピリッ
ギレザムは気が付いていないが、一瞬ツノのあたりに電気のような光が走った。
《ラウル様。》
《おおギル、どうした。》
《今、よろしいでしょうか?》
《いいぞ。》
《デモンが動きました。》
《なに?どこだ?》
《我がいるのはドラン、スラガがいた拠点より、西に半日ほど車で移動したところです。》
《そっちに行ったか…ガザムの感覚は正解だったな。》
《はい。》
やはりラウル様はガザムの感覚を信じていたらしい。
《聖都か西か、五分五分だと思ってたがな。》
《我もです。》
《ガザムと合流したほうが早いか?ドランとスラガに合流したほうが早いか?》
《ほぼ同じですが、このままガザムに合流したほうが早いかと。》
《そうか。》
《はい。》
《こうなるんだったら、ギルに泥棒髭を連れて行ってもらうんだったな…》
《ここにおります。》
《えっ!連れてったの?それギルの判断?》
《左様でございます。》
《でかした!すぐに共有するから待ってろ!》
《ありがとうございます。》
すると目の前に座っていた泥棒髭の目に光が灯る。
「ギル!他の魔人達は?」
泥棒髭の声で話しだした。
「念のため外に出て周辺を警戒中です。」
「オッケ。じゃあ一旦俺達も出て警戒しつつ作戦会議だ。決まった内容をガザムに伝えデモン討伐の指示を出そう。」
「は!」
泥棒髭に入ってこられたラウル様と共に、我は輸送車の外へと出た。やはりラウル様が入られると行動も素早く、かなり使いこなせているように感じる。すぐさま泥棒髭の声で皆を呼んだ。
「よし!みんな!お疲れ様!」
泥棒髭のラウル様が号令をかけると、一斉にその気配を察知した魔人達が集まり前に跪いた。
「よし!皆!休みの姿勢でラウル様からのお言葉を聞け!」
「「「「「は!」」」」」
魔人達は頭を下げたまま返事をする。どうやら緊張しているようだ。
「いいよ、頭をあげてくれ。話しづらいから。」
皆が一斉に頭をあげた。
「よし!どうやらデモンが行動を開始したようだ。俺はてっきり聖都に現れるのかと思った、しかしガザムの居る都市に向かってデモンが進行しているらしい。恐らくはその先にある我々の前線基地を襲うつもりだろう。ガザムが正面から迎え撃ち、この部隊で後方から挟撃するのがいいと思うがどうだ?」
「「「「「よろしいかと!」」」」」
うむ…この魔人達にラウル様以上の案が出る可能性は低い、もちろん我も反対ではないがデモン達がこのまま直進してくれるとは限らない。
「ラウル様。デモンは真っすぐにガザムの居る都市に向かうでしょうか?」
「どういうことだギル?」
「進行方向が微妙にずれているように感じるのです。迂回する為なのか、他に目的があるからなのか。」
「なるほど。敵にも何らかの思惑がーー」
「!?」
「どうしたギル!」
「デモンの気配が消えました!」
「えっ?」
パアアアアアアアアア
次の瞬間、自分たちの場所から目視できる距離の森の奥が光り輝いていた。
「なんだあの光!」
どうやら泥棒髭の視界はハッキリしていないようだった。
「ラウル様…転移魔法陣が発動したようです。」
「なに!」
「デモンはここに現れます。」
森の奥が光り輝き、そこにいきなりデモンの気配が出現したのだった。我らの存在に気が付いているのか?もしくは何かの目論見があるのかは分からない。だが先ほど話していたラウル様の挟撃の話はこれで無くなった。
「どうしてこんなところに?」
「わかりません。我々に気が付いたのでしょうか?」
「それはまずい。」
我々にできる事は、デモンより早くガザムに合流するかドランとスラガ隊を呼び寄せるかだが…
「ラウル様、残念ながら敵は待ってはくれないようです。こちらに向けて大量のデモンが進行中です。」
明らかにデモンの気配はこちらを目指していた。
次話:第498話 ギレザム神格化
お読みいただきありがとうございます。
続きが気になる方はブックマークを面白いと思ったら評価をお願いします。
引き続き次話もお楽しみ下さい。




