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第495話 極限を生き抜く

憔悴しきっていた子供たちはケイナ達の献身的な看護と睡眠、ハイポーションのおかげで普通の食事が取れるまで回復した。ほとんどの子供はそこら辺を歩き回るまでになっており、ケイナの召喚した土の精霊である小人を追いかけまわして遊んでいる。一番重傷だった子供も既に肉を食うまでに回復していた。


そこまでたったの1日。


そう考えるとデイジー&ミーシャ製のハイポーションは高く売れそうである。数日療養したわけでもなく回復魔法を使ったわけでもない、それなのにここまで回復してくれたのだ。約2名ほど急ピッチで体を治した為、まだ精神的に追いついていないらしく、普通に歩くまでには至っていない子がいる。


「まあ、まもなく歩けるようになるだろう。」


「そうでしょうね。」


グレースが答える。


「で、今日中に北に飛べるかどうかだな。」


「ああエミル。ここにいつまでも長居するわけにもいかんからな、まずは子供と話しをしてみるよ。」


「ああ。」


俺は都市の領主の子供だと言っていた長身の子供を呼ぶ。


「おーい!君!」


領主の子供は小さな子供たちを遊ばせていたが、こちらを振り向いてタタタっと駆け寄って来た。


「はい。」


相変わらず髪もぼさぼさで顔が良く見えない。顔も薄汚れたままなので性別も良く分からなかった。


「君の名は何て呼べばいい?」


「ヴェーラと言います。」


「ヴェーラか良い名前だ。よろしくなラウルだ。」


「はい。ラウル様。」


「礼儀正しくていいね。ところでちょっと話をしたいんだがいいかな?」


「わかりました。」


俺はヴェーラを連れてテントに入る。グレースとエミルも一緒に入って来た。


「もしかしたら嫌な事を思い出させてしまうかもしれないけど、聞いても大丈夫かな?」


「‥‥はい‥‥。」


グレースがさっと飲み物を注いだ盃を子供に渡した。


「どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


「これからいろいろと聞かせてもらうんだが、まあ答えたくない事は答えなくていい。まずは生き残ったのは君たち13人だけかな?」


「いえ。」


「ん、どこかにもっといるのかい?」


「そういう事ではないです。ただ最初は50人以上いたんです。」


なんと…50人も逃げる事が出来ていたのか。一体どうやってデモン召喚の生贄魔法陣から、そんなに逃げたというのだろう。


「50人か…君たちは森の地下の隠れ家にどれだけの期間いたのかな?」


「よくわからない、ただ…あれが起こったのは冬だったと思います。」


どうやら召喚魔法陣の発動した日を言っているようだ。ということは子供達だけで数ヵ月もあんな極限の暮らしをしていたというのか…本当に良く生きていたものだ。


「他の子供達は全員、あの黒いバケモノにやられたのか?」


ヴェーラの顔が青くなる。思い出したくない事を思い出してしまったのだろう。


「ヴェーラ、無理に答えなくてもーー」


俺は慌てて言葉をはさむがヴェーラが話し始める。


「いえ、バケモノだけではありません。」


「他にも何かあったのか?」


「盗賊です。盗賊に連れて行かれた子も数人います。」


「盗賊に…数人が連れて行かれたんだね。他の子は全て魔獣に?」


「怖いのはあの黒いバケモノだけじゃないです。森で他の魔獣にやられたり、病気になった子もいたし、餓死してしまった子も…いました…」


ヴェーラはポロポロと泣き出してしまう。


「都市には隠れようとは思わなかったのかい?」


「街は、あの…変な光に飲まれるかもしれないし、夜になると魔獣が来るから。」


「それも…そうだな。」


「食べ物を取りに行くときと、調理をしなければならないときは昼間に町に帰るんです。」


「それであの時、あの家にいたのか。」


「そうするしかなかったので。」


ヴェーラは涙を流しながらも話す。


「辛いならもう話さなくていいぞ。」


「いえ。」


魔獣の跋扈する森に隠れ続け、夜な夜な訪れる恐ろしい化物から逃げ、やっと人に会えたと思えば助けてくれない人間の盗賊に連れて行かれ…そんな暮らしを子供達だけで数ヵ月もか…悲惨すぎる。


「ヴェーラもう大丈夫だよ。これから俺が安全な場所に連れて行ってあげるから。逆にこの都市に居たいって気持ちはあるかい?」


「無いです!」


食い気味に言ってきた。


「わかった。」


「あの…。」


「どうした?」


「ただ…私達のお父さんやお母さんはどこに行ってしまったのでしょう。」


‥‥


俺は言葉を詰まらせてしまった。間違いなく都市の人間はデモン召喚の生贄になってしまったのだ、だがそんな事実を告げるのはまだ早い。いずれは分かるにしても、いま話せば子供たちの精神は崩壊しかねない。


「それは…俺達にも分からないんだ。誰かに連れ去られたのかな…。」


「あの、誰かに捕まえられたって事でしょうか?」


「そうかもしれないと言う事だ。」


苦しい嘘だ。1夜にして街の人が忽然と消え、街に死体の一つも残っていないのだから、連れ去られたわけがないことぐらいは分かる。ヴェーラは少し黙り込んで次の言葉を探しているようだ。


「あの…たぶんお父様は知っていました。」


記憶を探るように話をする。


「お父さんが知ってた?そうなる事をか?」


「はい。そうなってしまう事を知っていて、事前に私達を逃がす準備をしていたのだと思います。」


「先に情報を掴んでいたと言う事かな?」


「そこまでは分からないのですが、あの光の少し前から子供たちを逃がすように私に言ったんです。私は皆を連れてあの地下室に逃げこみました。」


ヴェーラの目に力がよみがえってくる。領主の子供として他の子供たちを助けるように、父親に言われて必死に守って来たということだ。もちろん父親も事前に知らなければ、50人以上もの子供を、あのデモン召喚魔法陣から逃がす事など不可能だろう。


「そうか、君のお父さんのおかげでこの13人は助かったんだよ。凄いお父さんだね。」


「はい…はい…。」


ヴェーラの瞳からポロポロと止めどなく涙があふれて来る。ヴェーラはそこに座りながら頭を下げ歯を食いしばっているようだ。


「そして君も、良くあの子達を守り抜いて来た。大人にそのまねができるかと言ったら容易ではないと思う。その勇気と行動に敬意を表したい。」


「でも、でも…いっぱいいなくなって…いっぱい死んで。」


「いや、それは違う。大人でも生き残れないような環境で、君は13人も守り抜いたんだよ。」


「…でも…でも…。」


床に突っ伏して鳴きはじめたので、グレースが側によって背中をさする。


「本当に君たちは凄いよ。」


グレースもポロポロと涙を流していた。前世からドライなようで情に脆い一面のあったグレースが、ヴェーラの気持ちを思い泣くのだった。


「そしてねヴェーラ。君たちは祈りを捧げていたといったね?」


「…うん、必ずいつか神様が来ると思っていたんです。」


まあそれにすがりつくしかなかったんだろう。


「君の祈りは通じたよ。この二人は神様だ。」


「えっ‥‥。」


ヴェーラがエミルとグレースを見てポカンとしている。そりゃそうだ、いきなり目の前の二人が神だと言われれば誰でもびっくりする。


「本来は、北部の俺達の部隊を巡回してある事をする予定だったんだ。それが急遽、作戦を変えて東部の哨戒行動…まあ見回りをすることになったんだよ。そして君たちを見つけて助ける事が出来たんだ。君たちの祈りが通じたんだと考えずにはいられないよね、俺は君が子供達を支え祈りを捧げ続けた結果だと思ってるよ。本当に君は子供達の命をすくったんだ。」


いやマジでそう思う。


「…神様…本当に来てくれてありがとうございます。」


ヴェーラが二人に頭を下げると、エミルもヴェーラの頭を撫でてあげる。


「君たちはもう誰にも脅かされる事の無い場所に行くんだよ。そうだ!この神様達に加護をもらう事にしよう。」


俺がエミルとグレースに目配せをする。


エミルはコクリと頷いて何かをしてくれるようだ。グレースの方は…えっ僕はどうすればいいの?って顔をしている。そりゃそうだ、グレースはまだ虹蛇の収納とゴーレムの命吹き込みしか使えていない。


まあそれで十分だけど。


「じゃあヴェーラ、子供達を集めてくれるかい?」


エミルが言う。


「は、はい。」


そして俺達がテントを出るとヴェーラは子供達を呼び集めるのだった。皆が集まったので、まだ横になっている2人の子供たちが居るテントへ向かう。すると寝込んでいた2人の子供はテントの前に立っていたのだった。


「もう大丈夫なのかい。」


「うん、たてるようになった。」

「わたしも。」


「それはよかった。それじゃあね、神様がみんなに力をくれるからね!みんな一列になってね。」


「はーい。」

「わかったー。」

「うん!」

「おれここがいい!」

「じゃあわたしはこっちー!」


本当に元気になってくれたようだ。


「じゃあこれからね、みんなに加護を授けます。病気にならずに元気に過ごせるように力をあげますよ!」


エミルが幼稚園の先生張りに声を張って言う。ヴェーラから真っすぐ横に子供達が並んだ、小さい子はふらふら歩いてしまうので大きい子が手を繋いであげている。


「それじゃあヴェーラから。」


「は、はい。」


エミルがヴェーラの所に行って頭に手をかざす。するとエミルの手のひらから光が溢れて、ヴェーラに光のシャワーが降り注いだ。軽く体を輝かせ少し経つと光は落ち着くのだった。


「終わり。」


「ありがとうございます。」


「じゃあ次は君ね。」


エミルは次の子の頭に手をかざし、光のシャワーを浴びせて精霊の加護を与えるのだった。


「えっと、じゃあヴェーラこれをどうぞ。」


「はい!」


エミルの後ろをついて歩くグレースが、ヴェーラに…”飴”をあげていた。確かにエミルの後だとご利益がありそうな感じだが、あれはただの飴だった。恰好だけでも加護を与える雰囲気を醸し出しているらしい。まあそれで十分だ。


「ありがとうございます!」


ヴェーラがありがたく、ただの飴をもらっている。


13人に一通り加護を与え終えると、子供達はより一層元気になったようであちこち飛び跳ね回っている。いや…普通の子供より元気になったようにすら見える。


遊び始めた子供たちをよそに、加護を与え終わったエミルを呼ぶ。


「エ、エミル!なんの加護を与えたんだ?」


「ん?ラウル、あの13人は本当に辛く悲しい時間を過ごして来たんだ。しかも地獄と言っても過言じゃないほどのね。だから今までやったことない事をやってみたよ。」


「確かにめっちゃ元気いいよね?何したの?」


「普通は1属性に限るんだが、全員に地・水・風・火の四台元素全ての下級精霊の加護を与えてみた。」


「そんなことできんの?」


「いや、初めてやってみたがやればできるもんだ。これも神ならではの力なんだろうけどな。」


「はは…そうか。あの子たちはそれほど辛い生き方をしてきたんだもんな、そりゃそのくらいやっちゃった方がいいよな。うん。」


「普通の人間より勘が鋭くなったり、精霊術なんかも使えるようになるかもしれないけど…。」


「エルフでも無いのにそんなことしていいの?」


「いいじゃんいいじゃん!辛い事の後には褒美があるもんだよ!この際だから景気よくやっておこうぜ。」


エミルの目頭も熱くなっているようだった。うるうるしているが、よっぽど心に響いたらしく大盤振る舞いしてしまったらしい。


「精霊神がそう言うならいいんだ。俺は何も言わん。」


「神様は見てるんだぞ!って分かってもらった方がいいだろ。そしてこれから嫌な夢ばかり見るかもしれないんだ、少しでも忘れる事が出来たらと思う。」


「だな。」


しかしめっちゃ元気になった。てか死にそうだった俺が助けた子供なんか…ものすごくすばしこく動き回っている。今まで捕まえられなかったケイナが召喚した小人も難なく捕まえているみたいだし。数人の男の子達なんかファントムにまとわりついている。


ファントムが怖くないんだろうか?俺でも暗闇で見たらたまにぎょっとするのに。


「よし!とにかく移動するだけの体力が着いたようだな。」


「だな。俺はヘリの準備をするよ。」


「頼む。」


エミルとケイナはキングスタリオンに向かって歩いて行った。


「グレース!鎧と武器とテントも全て回収してくれないか?」


「了解でーす。」


「そしてみんなも安全なところに一緒に行くからね!あの鉄の龍にのっていいよ!」


俺が子供たちに伝える。


「わーい!」

「のるー!」

「りゅうさんすごーい。」

「とぶんだ!」


俺が言うと子供達も喜んでいる。


「よし!次の場所に出発だ。」


「「「「は!」」」」


シャーミリアとカララ、アナミス、マキーナが見よう見まねで敬礼する。魔人達はたまーに雰囲気を察して、おちゃらけるようになったんだよな。子供達も4人の美女のマネをして俺に敬礼を捧げるのだった。


俺も子供たちに敬礼で返す。


俺達の他に助けた子供たちを乗せたキングスタリオンは、再び異世界の空へと羽ばたくのだった。

次話:第496話 東方面軍の補給


いつもお読みいただきありがとうございます。


引き続きお楽しみ下さい。

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