第486話 偶像の魂
モーリス先生と枢機卿達に巨大魔石の解析を頼んだものの、根本的な解明には至らなかった。
解明された内容は、
この中の人間のものと思われる魂が存在している事
中の人間のスキルにより魔石に包まれてしまったであろう事
悲しみの感情を持っている事
落ちた魔石はこの中の人間の涙の可能性がある事。
それ以上は突き止める事が出来なかった。ひとまず調査を終え落ちていた魔石粒を皆で全て拾い集めるのだった。
「モーリス先生、この魔石と結界が合わさったようなものは解除できませんか?」
「さすがに初めて見る魔法はわしにもどうにもならん。そもそもこれが魔法で錬成されたものだとは限らんしのう…」
「そうですか…サイナス枢機卿は何かありますか?」
「ここに祭壇を作り祈りを捧げ続ければ、悲しみの感情くらいは癒せる可能性もあるがのう。」
「それはどれくらいで出来ますか。」
「数年…いや数十年もかかろうか。」
「そんなに…。」
「わしにも初めての事でのう、皆目見当がつかんというのが正直な所じゃな。」
「わかりました。」
各地に立ち上っている光の柱を消すための糸口を探るつもりだったが、一筋縄ではいかない事が分かった。この二人が分からないとなると俺達にはお手上げだ。
「では次の調査に移ります。」
「ふむ。」
「わかったのじゃ。」
俺達はその奥にあった部屋に移る。
その部屋には特に何かがあるわけではないが、調べに来たのはその隣にあるであろう隠し部屋だった。
「カララ。」
「はい。」
カララが部屋の壁に触れ、あらゆる隙間から蜘蛛の糸を流し込む。
「枢機卿。この向こうに部屋があるらしいのですが何かご存知ですか?」
「すまんが分からん。」
「そうですか、ではカララに捜査させますので、内容を聞いて何か気が付いた事があれば教えてください。」
「わかった。」
「じゃあカララ頼む。」
「はい。」
スッとカララが目を閉じて精神を集中させる。
「部屋の広さは10メード四方ほどです。」
「ふむ。長方形か真四角かわかるかの?」
「真四角になるかと思います。」
「高さは?」
「同じです。」
「正六面体ということかの?」
「そうです。」
「他に何がある?」
「祭壇のような形状のものが一つ。」
「祭壇じゃと…。」
「分かりませんが、見た事のある物の中ではそれが近いかと。」
「その祭壇の場所は?」
「部屋の中央に。」
「形状は?」
「これもほぼ正六面体に近いかと思われます。そして何段にも棚があり、一番上に‥‥扉のような物があります。」
「扉は開くかの?」
「開きます。」
「中には何がある?」
「‥‥おそらく‥‥像ではないかと。」
「どんな?」
「人型をしております。髪の毛は頭の上で編みこまれております、垂れた髪は緩くなびいており腰のあたりまで伸びております。そして衣装は着ておらず形状からすると女性だと思われます。」
「間違いない。」
サイナス枢機卿が確信したように言う。
「なにがです?」
俺が聞く。
「アトム神の像じゃな。」
やはり…恐らくはそうなんじゃないかと思っていた。
「なんでこんなところに?」
「ここは大聖堂の真下にあたる場所じゃ、大聖堂を建立するにあたって、地下深くにアトム神像を祀ったと考えるのが妥当じゃろう。もちろん地鎮や加護などの恩恵を受けるためにじゃ。」
「なぜ敵はこの部屋の存在に気が付かなかったのでしょう?」
「何らかの力が働いているか…。」
サイナス枢機卿が言う。
「なにも力を発していないか…か。」
モーリス先生が言う。
「じゃな。」
二人には何か思うところがあるらしい。
「どういうことです?」
「アトム神の力が弱まったと考えられるのう。」
「じゃろうな。」
やっぱり。もしかするとデモンに対抗するために力を使い果たしたとか?
「信仰が弱まってしまったせいじゃろうな。」
サイナス枢機卿は憂いを感じさせるように言う。
「信仰ですか。」
「アトム神は人々の信仰によって力を得ていると考えられておるのじゃ。恐らく人間の信仰が弱まり力を失ってしまったのかもしれん。」
「なるほど。」
やはりそうだ。オージェが受体する前の龍神が言っていた通り、世界の均衡が破れ混沌が訪れたのはアトム神の力が弱まったからという事だった。
それは推測どおり、人間の信仰が弱くなり力が弱まったためだったか。
「ふむ。それによってこの世界のどこかにひずみが生じたのかもしれんのう。」
「どういうことですか先生。」
「ここまでの一連の流れ、ラウルと仲間たちの出現。そして敵デモンの出現じゃな。2000年前もその後もこのような事が起きたという記録は無い。人間がデモンを呼び出し戦争に使い、その後人間によって滅ぼされたという記録はあるのじゃが、このように大量にデモンが出現する事など歴史には記されておらぬ。」
「なるほどです。」
ファートリア聖都で延々と派閥争いなんかを、やっていたからなんじゃないのか?サイナス枢機卿はそんなドロドロが嫌で逃げだしたと言っているし。
「カララ嬢、他には何かあるかのう?」
「像の目から涙のような物が。」
「濡れていると言う事か?」
「はい。」
「嘆いておるのじゃろうな。」
偶像に魂でも籠っているのだろうか?偶像が泣いているなんて事があるのか?その水分はどこから来てるんだ?
俺はこの目でそれが見たくなった。
「枢機卿、実はこの部屋には入り口が無いようなのです。中に入る事は出来ませんかね?」
「教会の下にもそういう場所はある。もっと小さい小箱のようなものじゃがの。そこに入り口などは作らん。」
「そうですか。」
「さらに均衡がとれており、崩したりすれば完全にその力を失うとも言われておるのでな、壊して中に入る事も敵わんよ。」
「わかりました。」
残念。
それ以降もサイナス枢機卿の質問にカララが答えていたが、新しい情報は特になさそうだった。
「恐らくこれ以上調べても何も出て来んじゃろうな。」
サイナス枢機卿が言う。
「では一度地上に戻る事にしましょう。あの巨大魔石を魔人に見張らせようとも思いましたが、魔人には荷が重い気がしますので誰も配置しない事にします。」
「それならば、ここに至るまでの道は一つしかない。あのラウルの車両を置いたあたりに門番を立てればよいのじゃないか?」
「わかりました。それではあの石扉を修復し門番を立てましょう。」
「それがええじゃろ。」
帰り際に、サイナス枢機卿と聖女リシェル、ケイシー神父が巨大魔石に祈りを捧げたので、俺達も同じように見よう見まねで祈りを捧げた。
「では行こう。」
「はい。」
俺達は魔石と隠し部屋の検証を終えて地上に上がった。地上ではまだせわしなく魔人達が拠点づくりに精を出していた。どうやらすでに木造の建物が数軒出来上がったようだ。
相変わらず建築速度が速い。
「ウルド、異常はないか?」
「は!特に変わった事はございません。」
「了解。」
俺を出迎えたウルドに声をかけてから歩いて行く。
「ラウルさん!」
グレースが俺に近づいて来る。
「グレースどうした?」
「見てください!」
グレースがいきなり声をかけて来て、ほんのりドヤ顔で言う。グレースが指さした場所にはゴーレムが2体いた。
「ゴーレムがどうした?」
「見ててください。」
ゴーレムが草原で見つめ合っている。
なんだ?模擬戦でもするのか?
俺たちがグレースに言われるままゴーレムたちを見ていると‥‥
ゴーレムが…
じゃんけんをしていた。
「え?じゃんけん?自分たちで思考してやってるって事?」
俺は少し驚いた。
「ちょっと見ててください!」
グレースがしゃべるなと言わんばかりに言う。
ゴーレム同士のじゃんけんはあいこだったようで、もう一度手を差し出す。
またあいこだった。
そしてまたあいこ。
だが次の勝負に変化が起きた。一体のゴーレムがチョキで一体のゴーレムがパーを出したのだ。
「違う行動をした?もしくは勝つために変化させた?」
「これ、僕はコマンドを入れていないんですよ。本来はずっと同じパターンを追うはずなんです。」
「そうなの?てことは自分で考えた?」
「そう言う事です!」
「マジか。」
「片方1体に勝ち負けの概念を教えたんです。そしたら自分で考え始めたらしくて。」
「凄い…。」
「恐らく人間が考えうるいろんな概念を教えていくと、人間のように判断して動く事が出来るかもしれません。」
それはいいかもしれない。
「グレース!もしかしたらもっと複雑な判断を自分でする可能性があると言う事か?」
「そう言う事です。」
「例えば、地下の魔石を護衛させるなんてことも可能かね?」
「できると思いますよ。」
「グレースに折り入ってお願いがあるんだが、2体のゴーレムに護衛の概念や人間の思考、もし魔石を狙って来るとしたら何を最優先にするかなど、もろもろの行動を教え込ませてほしいんだ。」
「わかりました。」
俺がモーリス先生を見ると顔がニコニコしていた。
「すごいのう!なんじゃあの石人形が判断をするということかのう?」
「状況に合わせて自分で何をすべきか判断させることが可能かもしれません。」
俺に代わってグレースが言う。
「ふむふむ。それならグレースよ、わしと一緒にいろいろと教え込まんか?」
「いいですね!先生のお知恵があれば、かなりこの世界に則した事が出来るようになるんじゃないかと思います。」
「楽しそうなのじゃ!」
「ええ!」
なんかグレースとモーリス先生が盛り上がっているので、これからは二人に任せてゴーレムの能力向上に努めてもらう事にしよう。
「じゃあそれはお二人に任せてよろしいですか?」
「ふむ。まかせておれ。」
「了解ですー。」
「じゃあ。」
俺達はその場所を離れた。俺のそばにはいつの間にかファントムが立ってついて来ている。光の柱に近寄らせないように、聖都から離れた場所に待機させていたのだが、俺が出て来たため付き従っているらしい。
「ファントム。お前も自分の判断をしてるって事なんだよな?」
「‥‥‥。」
相変わらず何も答える事は無かった。
「いや、いいんだ。戦闘において魔人兵なんかよりはるかに的確に動くし、必ず俺を守るように動いてくれているからな。俺はそれだけで十分なんだ。」
「‥‥‥。」
やはりファントムに思考などは無いのかもしれない。何も答える事は無いし、俺が声をかけてもなにかの反応を返す事も無い。
だが…
ちょっと悔しい。
グレースのゴーレムはコマンドを覚え込ませることで、どんどん新しい事を覚えるらしいのに、ファントムは最初っから激強で、特に進化したような部分は無い。強いて言えば何でも飲み込むようになったことか。
「ファントム、コルトガバメント。」
シュッ
ファントムの手からコルトガバメントが出て来る。
「しまえ。」
ズブスブズブ
再び体の中に入る。
「ファントム、HKMP7。」
スッ
ファントムの手には小型のサブマシンガンが出ていた。
「しまえ。」
ズブスブズブ
「バレットM82」
ファントムの手には大型のスナイパーライフルが出て来た。
「しまえ。」
俺はグレースのゴーレムの学習能力がうらやましくて、ファントムに対してしばらく同じことをくりかえすのだった。
「あの、ラウル様。」
いつのまにかカトリーヌとマリアが俺のそばにいた。
「おう。」
「何をされているのです?」
「ああ、いざという時の為の訓練だ。」
「そうでしたか。」
するとカトリーヌがファントムを見上げる。
するとおもむろに…
「ファントム。私を肩に。」
スッ
カトリーヌがファントムに指示を出すと、ファントムはカトリーヌを手に掴み自分の肩に乗せたのだった。
「!?」
滅茶苦茶驚いてしまった。
「カティ!今コイツ…カティの言う事聞いたか?」
「はい。簡単な事ですけど私の言うことを聞いてくれます。」
「えっと…もしかしたらシャーミリアか?」
「はい。シャーミリアがファントムの使用権限?というのを私にもくれました。」
俺は反対側に立っていたシャーミリアを見る。
「申し訳ございません。カトリーヌ様はご主人様の大切なお人ですので、私奴が勝手に権限を与えてしまいました。」
「謝らなくていい。すっごく嬉しいよミリア。」
シャーミリアが自分の判断で、ファントムの一部の権限をカトリーヌに与えていた。これは今までに無かった行動だった。完全に俺に従順なばかりと思っていたシャーミリアがだ。
俺は…ふとアスモデウスが言っていた、神速の如き動きをするヴァンパイアという言葉を思い出した。
もしかしたら…進化した?
「勝手な真似を申し訳ございませんでした。」
「だから謝らなくて…。」
「ラウル様。」
「なんだいカティ?」
「私がシャーミリアにお願いしたのです。シャーミリアを許してください。」
「違うんだカティ。俺は嬉しいんだよ、シャーミリアにもファントムにもカトリーヌにも感動してるんだ。」
「どうしてです?」
「いや、いいんだ。俺の勝手な思いだよ。」
「はい。」
そうだ、ファントムはゴーレムなんかとは違う。俺の仲間なんだ、俺は仲間とゴーレムを比べてしまっていた。
「ファントム、ごめんな。」
「‥‥‥。」
「ご主人様。このようなウスノロに何を謝罪など!」
「いいんだよ。ファントムも俺の仲間だ。」
「‥‥かしこまりました。」
もちろんファントムに感情は無いだろうが、俺をずっと守護して来た俺の守護神だ。俺はもっとこいつを大切にしていこうと思うのだった。
その思いに応えるように、心なしかファントムが微笑んだように感じる。
恐らくは俺の思いがそう見せているだけだとしても、ファントムは道具じゃない。もちろん俺の身を案じたりはしていないかもしれないが、それでもここまで守ってきてくれたのだ。
「これからもよろしくなファントム。」
ファントムは俺に返事を返す事もなく、どこか遠くを見つめてただ立っているだけだった。
次話:第487話 ルタン町の絶品料理 ~エミル視点~
お楽しみいただきありがとうございます。
続きが気になる方はぜひブックマークをおねがいします。
面白かったと思うかたは★★★★★の評価を!
引き続きこの小説をお楽しみ下さい!




